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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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その牙は、売り物になる

 魔物の素材が売れることなら、前にも知った。


 ナーヴァが狩った大型魔獣の皮と角。


 探索者組合へ預け、種類と状態を確認してもらい、扱える部分だけを売った。


 特別に珍しい素材ではなかった。


 大きな利益にもならなかった。


 同じ魔獣から取った物でも、グールの汚れがついていれば、洗浄と安全確認の手間に価値が負けることもあると言われた。


 持ち帰れば全部が金になるわけではない。


 大きければ高く売れるわけでもない。


 それに、売る前には誰の物なのかも決めなければならなかった。


 前の皮と角は、ナーヴァの獲物だった。


 だから本人へ聞いて、売った金も共同資金には混ぜなかった。


 今回、隔離している牙や爪も売れるかもしれない。


 だが、前と同じではなかった。


 何の魔物か分からない。


 毒があるかもしれない。


 そして、二つの門の間にいる四人が、本当に探索者なのかも確認できていない。


「見せる?」


 ヴィオラが、四人の持ち物を書いた紙を指で押さえた。


 採取袋。


 素材を傷めず包むための布。


 鉱石を割る小さな槌。


 素材を持ち帰って売っている、というサフィラの話。


「見てもらうことと、売ることは分けたい」


「うん。値段を決めてもらうわけでもないよね」


「あの者らが、値を決められる者とも限らぬ」


 千代が言う。


「採る者と、加工する者と、買う者が同じとは限らぬからな」


 それもそうだった。


 四人が素材を売った経験を持っていても、武器職人や皮を加工する職人とは限らない。


「まず、見てもらうか聞く?」


 レイナが確認する。


「休ませる代わりに、とはしないで」


「もちろんですわ」


 短い休息は、先に認めている。


 素材を見ないなら追い出す。


 そんな条件は、後から足さない。


「断っても、休む時間と退出条件は変わらないって先に伝えて」


「分かりましたわ」


 レイナとヴィオラが、もう一度緩衝区画へ向かった。


 内門が開く前に、外側の四人を外門寄りの線まで下げる。


 アヤメと千代が、それぞれの観察位置から四人の場所と武器を確認する。


 内門が開く。


 二人が通る。


 すぐに閉じた。


     ◇


「素材を扱うと聞きました」


 レイナの声が、伝声用の細い穴から聞こえる。


「こちらに、用途の分からない魔物の部位があります」


「見せてもらえるのか?」


 サフィラが聞き返した。


「その前に、見ていただけるかを確認しています」


 レイナが続ける。


「お断りになっても、先ほど決めた休息時間や退出条件は変わりません」


「見るだけでいいのか」


「分かる範囲を教えてほしいの」


 今度はヴィオラだった。


「名前や値段が分からないなら、分からないって言ってくれればいいよ」


 少し間があった。


「実物を見なければ何とも言えない」


 サフィラが答える。


「だが、私たちが普段扱う物に近ければ、知っている範囲は話せる」


「ロアンは?」


「見ていない物へ答えは出せない」


 低い男の声が返った。


「見た後も分からなければ、そう言う」


「それでいいよ」


 見てもらうことになった。


 まだ、何を見せるかは決めていない。


     ◇


 隔離区画の前へ戻る。


 中にある物を、全部並べる必要はなかった。


 牙。


 爪。


 針。


 皮。


 袋状器官候補。


 濁った液体。


 生の肉と、焼いた肉。


 使った布と刃物。


「肉は出さない」


「食べるための調査は終わっていますものね」


 ファステが記録を確認する。


「袋のような器官と液体も、このまま置く?」


 ヴィオラが尋ねると、アヤメが頷いた。


「動かす必要がありません」


「詳しい人に見せるなら、全部あった方が分かりやすくない?」


「詳しい人かどうかも、まだ確認できていません」


「そっか」


 アヤメは、器の札を一つずつ見る。


「袋状器官候補と液体は、開ける理由もありません。針は密閉したままなら、形を見せることはできます」


「牙と爪は?」


「別々の容器です。採取位置も残っています」


「皮は小さい方だけにしましょう」


 ファステが言う。


「保管している全量を運ぶ必要はありません」


 見せるのは、牙一本。


 爪一本。


 どこから剥いだか分かる、小さな皮の一部。


 密閉した針状器官一本。


 それから、ヴィオラが描いた魔物全体と採取位置の簡単な図。


「これだけで分かる?」


「分からなければ、それも答えです」


 アヤメが言った。


 分からせるために、危ない物まで全部持っていく必要はない。


 四人を再び外門側へ下げる。


 レイナとヴィオラを内門側へ戻し、選んだ容器だけを渡す。


 二人が緩衝区画へ戻った後、内門を閉じた。


 俺は内門より内側へ残る。


 四人に俺の姿は見えない。


 声も出さない。


     ◇


「最初は牙です」


 レイナが告げる。


「口の奥から外した一本。ほかの部位とは混ぜていません」


「体液は残っているか?」


 サフィラが尋ねた。


「目立つ液体はありません。ただし、無毒とも、完全に汚れがないとも確認できていません」


「分かった。こちらでは触らない」


 布が動く小さな音がした。


 外側の蓋だけを外し、容器の中身が見える状態にしたらしい。


 牙そのものは、内側の布の上に置いたままにする。


「大きいな」


 ダグの声だった。


「この辺りでは見ない形だ」


「ガルディア側では?」


 ヴィオラが聞く。


「まったく同じ物は知らない」


 サフィラの返答は早かった。


「似た牙ならある。だが、この形だけで同じ魔物とは言えない」


「何かに使える?」


「根元が残っている。大きく割れてもいない」


 少し間を置いて、ロアンが言う。


「武器か工具の部材を見る職人なら、確かめたがるかもしれない」


「刃になる?」


「そこまでは言っていない」


「硬そうだけど」


「硬そうでも、削れば割れるかもしれない」


 ヴィオラが小さく笑った。


「そこでも別なんだ」


「何かおかしいか?」


「こっちで、よく言う人がいるの」


 ミネットは今、学校にいる。


 本人がいないところでも、言葉だけは残っていた。


「今、ここで削ったり折ったりはしない方がいい?」


「売るつもりがあるなら、しない方がいい」


 ロアンが答えた。


「試すなら、扱える職人の前で必要な分だけ試す。分からないまま傷を増やせば、その分だけ見る場所が減る」


 硬さ。


 粘り。


 折れやすさ。


 何に加工できるか。


 ここで全部を調べる必要はなかった。


 今は、調べられる者へ見せる形を残す。


「売れる?」


 ヴィオラが、まっすぐ尋ねた。


 サフィラはすぐには答えなかった。


「その牙は、売り物になる」


 言い切った後、続ける。


「買う者を探す価値がある、という意味だ。ここで値段を付けられる、という意味ではない」


「高い?」


「分からない」


「珍しい?」


「私たちの知る範囲では見ない。珍しいのか、単に知らないだけかは分からない」


「じゃあ、職人に見せる候補」


「それなら言える」


 ヴィオラが紙へ書く音がした。


 牙。


 職人か買い手へ見せる候補。


 売却は未決定。


 価格も未決定。


     ◇


 次は爪だった。


 牙と同じように、触れずに形と採取位置を見る。


「こちらも、工具や小型の武器を扱う者へ見せる候補にはなる」


 サフィラが言う。


「何を作るの?」


「それを決めるのは職人だ」


 小さな刃物。


 工具の先。


 留め具。


 似た素材が使われる例はある。


 だが、今回の爪で同じ物が作れるとは言わなかった。


 曲げない。


 折らない。


 刃を当てない。


 今後のために、そのまま残す。


「皮は?」


「量が少ない」


 メルナが初めて、素材について長く答えた。


「これだけで防具や袋を作るのは無理だと思う。でも、似た皮を扱う者へ見せる試料にはなる」


「防具に使えるかもしれない?」


「使えるかもしれない。補強材になるかもしれない。どちらにも向かないかもしれない」


 剥ぎ方。


 傷。


 乾燥。


 保存方法。


 皮は、それらで価値が変わるという。


「じゃあ、これも売り物?」


「今ある量だけなら、見本に近い」


 サフィラが答えた。


「同じ個体の皮がほかにも残っているなら、状態を見てからだ」


 残っている。


 だが、全部を見せるとは決めていない。


「使い道があっても、今ある量で作れるかは分からないね」


 ヴィオラが記録する。


 誰も、絶対に売れるとは言わなかった。


 高く売れるとも。


     ◇


「最後は、針のような器官です」


 レイナの声が少し硬くなった。


「これは、容器を開けません」


「開けないでくれ」


 サフィラが即座に答えた。


「何か出たのか?」


「この器官とは別に、顎の後ろに袋のような器官がありました」


 アヤメが整理した記録を、レイナが読み上げる。


 針状器官。


 そこへ続いているように見えた細い管。


 顎の後ろの袋状器官候補。


 切開時に出た濁った液体。


「袋は持ってきていないの?」


 メルナが聞く。


「隔離したままです」


「その方がいい」


「毒に使える?」


 ヴィオラが尋ねる。


「毒かどうかも、まだ決めていません」


 レイナが訂正した。


 短い沈黙の後、サフィラも言い直す。


「毒性素材の可能性はある」


「可能性」


「似た構造を持つ魔物なら、針や器官を薬師や毒を扱う者が買うことはある。研究のために欲しがる者もいる」


「じゃあ、牙と一緒に売れる?」


「同じ相手へ持ち込む物ではない」


 サフィラの声が強くなる。


「種類も液体の性質も分からないなら、開けずに、分けたままにしろ。普通の素材と同じ袋へ入れるな」


「今も別です」


「なら、そのままがいい」


 針は、売る候補へは加えなかった。


 毒性素材を扱える者へ見せる可能性がある。


 それだけを記録する。


     ◇


「外した順番まで残しているのか?」


 サフィラが尋ねた。


「残してるよ」


 ヴィオラが紙を一枚ずつ示す。


 口の奥から牙。


 四肢から爪。


 顎の後ろから袋状器官候補。


 針と、そこへ続いているように見えた管。


 液体が出た時点で、一度全員が手を止めたこと。


 肉と皮も別にしたこと。


「洗ったか?」


「勝手には洗ってない」


「薬や油は?」


「使ってないよ」


「乾かした?」


「それも、方法が分からないからしてない」


 分からないまま手を加えれば、元の状態まで分からなくなる。


 だから、できるだけ混ぜずに置いた。


「それなら、見る者が判断できる部分は残っている」


 サフィラが言う。


「珍しいから?」


「分けてあるからだ」


 ヴィオラの質問へ、今度はメルナが答えた。


「どこから外したか分からない。別の液体がついている。採った後に何を塗ったかも分からない。そういう物は、使える部位でも断られることがある」


 前に組合で聞いた話と似ていた。


 使える素材でも、汚れを落とし、安全を確かめる手間に価値が負ければ売れない。


「分けたから売れる?」


「分けたから、売れるか確かめられる状態が残った」


 サフィラが答えた。


 食べるために始めた分離だった。


 危険な部位と、分からない部位を混ぜないための記録だった。


 それが、素材として調べる時にも残った。


 食べられる物は見つからなかった。


 でも、何も残らなかったわけではない。


     ◇


「売るなら、誰の物になるの?」


 ヴィオラが内側へ戻った後、最初に聞いた。


 まだ素材は緩衝区画にある。


 四人を外門側へ下げ、二人と素材を戻す前に、扱いを決めなければならない。


「千代の獲物?」


 門の前に残った一体へ、最後に刃を入れたのは千代だった。


「我一人で倒したとは言えぬ」


 千代は首を横へ振る。


 警報を聞いた。


 アヤメが外を見た。


 ヴィオラが縄を引いた。


 ファステも障害物を落とした。


 ナーヴァが炎を通した。


 千代が狭間から刀を使った。


 死骸を引き入れ、分け、記録したのも一人ではない。


「城の前で倒したから、俺の物?」


「なぜそうなる」


 ナーヴァが即座に言った。


「王だから?」


「我の皮と角の時は、我の物だと言ったではないか」


「だから、今回も決めないと」


 前は、ナーヴァが狩った獲物だった。


 今回は、皆で守った結果として残った物だ。


「共同の物にする?」


「それも、今ここで勝手に決める必要はありません」


 ファステが言う。


「実際にお渡しする物と、何を受け取れるのかを確認してからでも遅くありません」


 売ると決めていない。


 どれを渡すかも決めていない。


 所有の扱いも決めていない。


 価値があるかもしれないと聞いた勢いで、全部を共同資金へ変える必要はなかった。


「今日は戻そう」


「売らぬのか?」


 ナーヴァが聞く。


「値段も、何と交換できるかも聞いてない」


「牙は売り物になるのであろう?」


「売り物になり得るって分かっただけ」


「面倒じゃな」


「前も、そうだっただろ」


 ナーヴァの皮と角も、売れると分かったその日には売らなかった。


 本人へ確認し、誰が金を受け取るのかを決めてから売った。


 今回も同じだった。


     ◇


 四人を外門寄りへ下げる。


 武器には触れていない。


 ダグも、低い台から立つ時にはメルナの肩を借りたが、自分の足で移動した。


 内門を開く。


 レイナとヴィオラが、四つの容器と紙を持って戻る。


 すぐに閉じた。


「ただいま」


「お帰りなさいませ」


 ファステが迎える。


 牙、爪、皮は元の隔離場所へ戻す。


 針も、密閉したまま別の場所へ戻した。


 通常の倉庫へは入れない。


 ヴィオラが、新しい札を加える。


 牙。


 職人か買い手へ見せる候補。


 売却と価格は未決定。


 爪。


 同じく候補。


 加工できるかは未確認。


 皮。


 用途候補あり。


 量に制限。


 保存状態と加工適性は未確認。


 針。


 毒性素材候補。


 隔離継続。


「向こうの相場なら、少しくらい分かるんじゃない?」


 俺が聞くと、ヴィオラは首を横へ振った。


「サフィラたちも、ここで値段は決められないって」


 ガルディア側でいくらになるか。


 今いる場所で買う者がいるか。


 新しい固定期に同じ魔物が増えるのか。


 同じ素材が大量に取れれば、値は下がるかもしれない。


 知らない素材だから、誰も買わないかもしれない。


「四人は欲しがってた?」


「今持ってる物と交換できるかもしれない、とは言ってた」


「何を持ってる?」


「保存食。薬。布。容器。火を起こす物。道具も少し」


 どれも、こちらで使える可能性がある。


 だからといって、すぐに牙を渡す理由にはならない。


 今回の物。


 今回の相手。


 今回の条件。


 一つずつ決める必要があった。


「それから」


 ヴィオラが、素材の記録とは別の紙を持ち上げる。


「魔物の絵を見て、メルナが聞いたの」


「何を?」


「肉も残してるのかって」


 隔離している生の肉と、焼いた肉。


 食べないまま終わらせた物。


「どうして?」


「ガルディアからもっと南の方で、似た魔物を食べる土地があるんだって」


 似た魔物。


 同じとは言っていない。


 食べる土地があっても、俺たちの肉の安全は証明されない。


 それでも。


 魔物の素材が売れることなら、前にも知っていた。


 大きければ高いわけでもない。


 持ち帰れば全部が金になるわけでもない。


 誰が倒したかを無視して、勝手に売っていいわけでもない。


 そのうえで。


 分けて、記録して、壊さずに残した一本を見て。


 迷宮を歩いてきた探索者は言った。


 その牙は、売り物になる、と。


 売れたわけではない。


 値段が決まったわけでもない。


 ただ、捨てずに残した牙は。


 売り物になり得る物として、新しい札に記録された。

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