その牙は、売り物になる
魔物の素材が売れることなら、前にも知った。
ナーヴァが狩った大型魔獣の皮と角。
探索者組合へ預け、種類と状態を確認してもらい、扱える部分だけを売った。
特別に珍しい素材ではなかった。
大きな利益にもならなかった。
同じ魔獣から取った物でも、グールの汚れがついていれば、洗浄と安全確認の手間に価値が負けることもあると言われた。
持ち帰れば全部が金になるわけではない。
大きければ高く売れるわけでもない。
それに、売る前には誰の物なのかも決めなければならなかった。
前の皮と角は、ナーヴァの獲物だった。
だから本人へ聞いて、売った金も共同資金には混ぜなかった。
今回、隔離している牙や爪も売れるかもしれない。
だが、前と同じではなかった。
何の魔物か分からない。
毒があるかもしれない。
そして、二つの門の間にいる四人が、本当に探索者なのかも確認できていない。
「見せる?」
ヴィオラが、四人の持ち物を書いた紙を指で押さえた。
採取袋。
素材を傷めず包むための布。
鉱石を割る小さな槌。
素材を持ち帰って売っている、というサフィラの話。
「見てもらうことと、売ることは分けたい」
「うん。値段を決めてもらうわけでもないよね」
「あの者らが、値を決められる者とも限らぬ」
千代が言う。
「採る者と、加工する者と、買う者が同じとは限らぬからな」
それもそうだった。
四人が素材を売った経験を持っていても、武器職人や皮を加工する職人とは限らない。
「まず、見てもらうか聞く?」
レイナが確認する。
「休ませる代わりに、とはしないで」
「もちろんですわ」
短い休息は、先に認めている。
素材を見ないなら追い出す。
そんな条件は、後から足さない。
「断っても、休む時間と退出条件は変わらないって先に伝えて」
「分かりましたわ」
レイナとヴィオラが、もう一度緩衝区画へ向かった。
内門が開く前に、外側の四人を外門寄りの線まで下げる。
アヤメと千代が、それぞれの観察位置から四人の場所と武器を確認する。
内門が開く。
二人が通る。
すぐに閉じた。
◇
「素材を扱うと聞きました」
レイナの声が、伝声用の細い穴から聞こえる。
「こちらに、用途の分からない魔物の部位があります」
「見せてもらえるのか?」
サフィラが聞き返した。
「その前に、見ていただけるかを確認しています」
レイナが続ける。
「お断りになっても、先ほど決めた休息時間や退出条件は変わりません」
「見るだけでいいのか」
「分かる範囲を教えてほしいの」
今度はヴィオラだった。
「名前や値段が分からないなら、分からないって言ってくれればいいよ」
少し間があった。
「実物を見なければ何とも言えない」
サフィラが答える。
「だが、私たちが普段扱う物に近ければ、知っている範囲は話せる」
「ロアンは?」
「見ていない物へ答えは出せない」
低い男の声が返った。
「見た後も分からなければ、そう言う」
「それでいいよ」
見てもらうことになった。
まだ、何を見せるかは決めていない。
◇
隔離区画の前へ戻る。
中にある物を、全部並べる必要はなかった。
牙。
爪。
針。
皮。
袋状器官候補。
濁った液体。
生の肉と、焼いた肉。
使った布と刃物。
「肉は出さない」
「食べるための調査は終わっていますものね」
ファステが記録を確認する。
「袋のような器官と液体も、このまま置く?」
ヴィオラが尋ねると、アヤメが頷いた。
「動かす必要がありません」
「詳しい人に見せるなら、全部あった方が分かりやすくない?」
「詳しい人かどうかも、まだ確認できていません」
「そっか」
アヤメは、器の札を一つずつ見る。
「袋状器官候補と液体は、開ける理由もありません。針は密閉したままなら、形を見せることはできます」
「牙と爪は?」
「別々の容器です。採取位置も残っています」
「皮は小さい方だけにしましょう」
ファステが言う。
「保管している全量を運ぶ必要はありません」
見せるのは、牙一本。
爪一本。
どこから剥いだか分かる、小さな皮の一部。
密閉した針状器官一本。
それから、ヴィオラが描いた魔物全体と採取位置の簡単な図。
「これだけで分かる?」
「分からなければ、それも答えです」
アヤメが言った。
分からせるために、危ない物まで全部持っていく必要はない。
四人を再び外門側へ下げる。
レイナとヴィオラを内門側へ戻し、選んだ容器だけを渡す。
二人が緩衝区画へ戻った後、内門を閉じた。
俺は内門より内側へ残る。
四人に俺の姿は見えない。
声も出さない。
◇
「最初は牙です」
レイナが告げる。
「口の奥から外した一本。ほかの部位とは混ぜていません」
「体液は残っているか?」
サフィラが尋ねた。
「目立つ液体はありません。ただし、無毒とも、完全に汚れがないとも確認できていません」
「分かった。こちらでは触らない」
布が動く小さな音がした。
外側の蓋だけを外し、容器の中身が見える状態にしたらしい。
牙そのものは、内側の布の上に置いたままにする。
「大きいな」
ダグの声だった。
「この辺りでは見ない形だ」
「ガルディア側では?」
ヴィオラが聞く。
「まったく同じ物は知らない」
サフィラの返答は早かった。
「似た牙ならある。だが、この形だけで同じ魔物とは言えない」
「何かに使える?」
「根元が残っている。大きく割れてもいない」
少し間を置いて、ロアンが言う。
「武器か工具の部材を見る職人なら、確かめたがるかもしれない」
「刃になる?」
「そこまでは言っていない」
「硬そうだけど」
「硬そうでも、削れば割れるかもしれない」
ヴィオラが小さく笑った。
「そこでも別なんだ」
「何かおかしいか?」
「こっちで、よく言う人がいるの」
ミネットは今、学校にいる。
本人がいないところでも、言葉だけは残っていた。
「今、ここで削ったり折ったりはしない方がいい?」
「売るつもりがあるなら、しない方がいい」
ロアンが答えた。
「試すなら、扱える職人の前で必要な分だけ試す。分からないまま傷を増やせば、その分だけ見る場所が減る」
硬さ。
粘り。
折れやすさ。
何に加工できるか。
ここで全部を調べる必要はなかった。
今は、調べられる者へ見せる形を残す。
「売れる?」
ヴィオラが、まっすぐ尋ねた。
サフィラはすぐには答えなかった。
「その牙は、売り物になる」
言い切った後、続ける。
「買う者を探す価値がある、という意味だ。ここで値段を付けられる、という意味ではない」
「高い?」
「分からない」
「珍しい?」
「私たちの知る範囲では見ない。珍しいのか、単に知らないだけかは分からない」
「じゃあ、職人に見せる候補」
「それなら言える」
ヴィオラが紙へ書く音がした。
牙。
職人か買い手へ見せる候補。
売却は未決定。
価格も未決定。
◇
次は爪だった。
牙と同じように、触れずに形と採取位置を見る。
「こちらも、工具や小型の武器を扱う者へ見せる候補にはなる」
サフィラが言う。
「何を作るの?」
「それを決めるのは職人だ」
小さな刃物。
工具の先。
留め具。
似た素材が使われる例はある。
だが、今回の爪で同じ物が作れるとは言わなかった。
曲げない。
折らない。
刃を当てない。
今後のために、そのまま残す。
「皮は?」
「量が少ない」
メルナが初めて、素材について長く答えた。
「これだけで防具や袋を作るのは無理だと思う。でも、似た皮を扱う者へ見せる試料にはなる」
「防具に使えるかもしれない?」
「使えるかもしれない。補強材になるかもしれない。どちらにも向かないかもしれない」
剥ぎ方。
傷。
乾燥。
保存方法。
皮は、それらで価値が変わるという。
「じゃあ、これも売り物?」
「今ある量だけなら、見本に近い」
サフィラが答えた。
「同じ個体の皮がほかにも残っているなら、状態を見てからだ」
残っている。
だが、全部を見せるとは決めていない。
「使い道があっても、今ある量で作れるかは分からないね」
ヴィオラが記録する。
誰も、絶対に売れるとは言わなかった。
高く売れるとも。
◇
「最後は、針のような器官です」
レイナの声が少し硬くなった。
「これは、容器を開けません」
「開けないでくれ」
サフィラが即座に答えた。
「何か出たのか?」
「この器官とは別に、顎の後ろに袋のような器官がありました」
アヤメが整理した記録を、レイナが読み上げる。
針状器官。
そこへ続いているように見えた細い管。
顎の後ろの袋状器官候補。
切開時に出た濁った液体。
「袋は持ってきていないの?」
メルナが聞く。
「隔離したままです」
「その方がいい」
「毒に使える?」
ヴィオラが尋ねる。
「毒かどうかも、まだ決めていません」
レイナが訂正した。
短い沈黙の後、サフィラも言い直す。
「毒性素材の可能性はある」
「可能性」
「似た構造を持つ魔物なら、針や器官を薬師や毒を扱う者が買うことはある。研究のために欲しがる者もいる」
「じゃあ、牙と一緒に売れる?」
「同じ相手へ持ち込む物ではない」
サフィラの声が強くなる。
「種類も液体の性質も分からないなら、開けずに、分けたままにしろ。普通の素材と同じ袋へ入れるな」
「今も別です」
「なら、そのままがいい」
針は、売る候補へは加えなかった。
毒性素材を扱える者へ見せる可能性がある。
それだけを記録する。
◇
「外した順番まで残しているのか?」
サフィラが尋ねた。
「残してるよ」
ヴィオラが紙を一枚ずつ示す。
口の奥から牙。
四肢から爪。
顎の後ろから袋状器官候補。
針と、そこへ続いているように見えた管。
液体が出た時点で、一度全員が手を止めたこと。
肉と皮も別にしたこと。
「洗ったか?」
「勝手には洗ってない」
「薬や油は?」
「使ってないよ」
「乾かした?」
「それも、方法が分からないからしてない」
分からないまま手を加えれば、元の状態まで分からなくなる。
だから、できるだけ混ぜずに置いた。
「それなら、見る者が判断できる部分は残っている」
サフィラが言う。
「珍しいから?」
「分けてあるからだ」
ヴィオラの質問へ、今度はメルナが答えた。
「どこから外したか分からない。別の液体がついている。採った後に何を塗ったかも分からない。そういう物は、使える部位でも断られることがある」
前に組合で聞いた話と似ていた。
使える素材でも、汚れを落とし、安全を確かめる手間に価値が負ければ売れない。
「分けたから売れる?」
「分けたから、売れるか確かめられる状態が残った」
サフィラが答えた。
食べるために始めた分離だった。
危険な部位と、分からない部位を混ぜないための記録だった。
それが、素材として調べる時にも残った。
食べられる物は見つからなかった。
でも、何も残らなかったわけではない。
◇
「売るなら、誰の物になるの?」
ヴィオラが内側へ戻った後、最初に聞いた。
まだ素材は緩衝区画にある。
四人を外門側へ下げ、二人と素材を戻す前に、扱いを決めなければならない。
「千代の獲物?」
門の前に残った一体へ、最後に刃を入れたのは千代だった。
「我一人で倒したとは言えぬ」
千代は首を横へ振る。
警報を聞いた。
アヤメが外を見た。
ヴィオラが縄を引いた。
ファステも障害物を落とした。
ナーヴァが炎を通した。
千代が狭間から刀を使った。
死骸を引き入れ、分け、記録したのも一人ではない。
「城の前で倒したから、俺の物?」
「なぜそうなる」
ナーヴァが即座に言った。
「王だから?」
「我の皮と角の時は、我の物だと言ったではないか」
「だから、今回も決めないと」
前は、ナーヴァが狩った獲物だった。
今回は、皆で守った結果として残った物だ。
「共同の物にする?」
「それも、今ここで勝手に決める必要はありません」
ファステが言う。
「実際にお渡しする物と、何を受け取れるのかを確認してからでも遅くありません」
売ると決めていない。
どれを渡すかも決めていない。
所有の扱いも決めていない。
価値があるかもしれないと聞いた勢いで、全部を共同資金へ変える必要はなかった。
「今日は戻そう」
「売らぬのか?」
ナーヴァが聞く。
「値段も、何と交換できるかも聞いてない」
「牙は売り物になるのであろう?」
「売り物になり得るって分かっただけ」
「面倒じゃな」
「前も、そうだっただろ」
ナーヴァの皮と角も、売れると分かったその日には売らなかった。
本人へ確認し、誰が金を受け取るのかを決めてから売った。
今回も同じだった。
◇
四人を外門寄りへ下げる。
武器には触れていない。
ダグも、低い台から立つ時にはメルナの肩を借りたが、自分の足で移動した。
内門を開く。
レイナとヴィオラが、四つの容器と紙を持って戻る。
すぐに閉じた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
ファステが迎える。
牙、爪、皮は元の隔離場所へ戻す。
針も、密閉したまま別の場所へ戻した。
通常の倉庫へは入れない。
ヴィオラが、新しい札を加える。
牙。
職人か買い手へ見せる候補。
売却と価格は未決定。
爪。
同じく候補。
加工できるかは未確認。
皮。
用途候補あり。
量に制限。
保存状態と加工適性は未確認。
針。
毒性素材候補。
隔離継続。
「向こうの相場なら、少しくらい分かるんじゃない?」
俺が聞くと、ヴィオラは首を横へ振った。
「サフィラたちも、ここで値段は決められないって」
ガルディア側でいくらになるか。
今いる場所で買う者がいるか。
新しい固定期に同じ魔物が増えるのか。
同じ素材が大量に取れれば、値は下がるかもしれない。
知らない素材だから、誰も買わないかもしれない。
「四人は欲しがってた?」
「今持ってる物と交換できるかもしれない、とは言ってた」
「何を持ってる?」
「保存食。薬。布。容器。火を起こす物。道具も少し」
どれも、こちらで使える可能性がある。
だからといって、すぐに牙を渡す理由にはならない。
今回の物。
今回の相手。
今回の条件。
一つずつ決める必要があった。
「それから」
ヴィオラが、素材の記録とは別の紙を持ち上げる。
「魔物の絵を見て、メルナが聞いたの」
「何を?」
「肉も残してるのかって」
隔離している生の肉と、焼いた肉。
食べないまま終わらせた物。
「どうして?」
「ガルディアからもっと南の方で、似た魔物を食べる土地があるんだって」
似た魔物。
同じとは言っていない。
食べる土地があっても、俺たちの肉の安全は証明されない。
それでも。
魔物の素材が売れることなら、前にも知っていた。
大きければ高いわけでもない。
持ち帰れば全部が金になるわけでもない。
誰が倒したかを無視して、勝手に売っていいわけでもない。
そのうえで。
分けて、記録して、壊さずに残した一本を見て。
迷宮を歩いてきた探索者は言った。
その牙は、売り物になる、と。
売れたわけではない。
値段が決まったわけでもない。
ただ、捨てずに残した牙は。
売り物になり得る物として、新しい札に記録された。




