迷宮の道が、変わっている
人を入れる前に、出す方法を決めた。
「危険だと分かった後で考えるのでは遅い」
リゼが、閉じた内門へ目を向ける。
「外門を開けている時に何か来たら?」
「入れるのを止める」
「四人のうち二人だけ入った後なら?」
答えが止まった。
二人を内側へ残し、二人を外へ置く。
そのまま門を閉めれば、四人を分断することになる。
外から魔物が来た場合、外に残った二人を置き去りにするかもしれない。
「一人ずつ確認するのは必要じゃ」
千代が言う。
「されど、途中で危険が出た場合は、入った者を出すのか、外の者を入れるのかを先に決めねばならぬ」
「外に危険があるなら、残りも入れる?」
「内側に危険があるなら、先に入った者を戻す」
「どっちか分からない時は?」
「門を動かす者が、一人で決めぬ」
観察位置から外を見る者。
緩衝区画を見る者。
二つの報告を聞いてから決める。
人間だから、魔物より簡単に入れられるわけではなかった。
相手にも、自分で動く理由がある。
こちらの指示を理解できる分、何をさせられるのか不安にもなる。
「内門は閉じたままです」
ファステが確認する。
「四人が緩衝区画にいる間は、生活区域側へ開けません」
「レイナとヴィオラが戻る時は?」
「四人を外門側の線まで下げてから、一度だけ開ける」
四人を入れたまま、内門を開くことになる。
その時も千代とアヤメが位置を見る。
リゼは内門側。
ナーヴァは、外から見えない迎撃位置。
「我を隠す必要があるのか?」
「竜がいるって、今教える必要はないから」
「見せれば、おとなしくなるぞ」
「逃げるかもしれない」
「それなら門を開ける手間が省ける」
「話を聞くために入れるんだよ」
ナーヴァは納得していない顔をした。
それでも、指定した場所から動くとは言わなかった。
次は武器だった。
「外へ置かせる?」
ヴィオラが尋ねる。
「外で魔物が来たら、戻った時に困りますわ」
レイナが答えた。
「でも、持ったまま入れるのも怖いよ」
「門を越えた後、外門の近くへ置いてもらう」
外へ捨てさせない。
内門側へも持ってこさせない。
弓は、すぐ引けない状態にする。
矢も束ねる。
剣や短槍は鞘や覆いを固定する。
全部を脱がせ、身体の隅まで調べることはしない。
見えない小刀がないとは確認できない。
だから、隠していた武器を出した時点で会話を終える。
「退出したいと言われた時は?」
「外を確認してから開ける」
「拒んではならぬ」
千代が言った。
「入れた後に条件を足せば、相手には罠と変わらぬ」
武器を置くこと。
指定した線を越えないこと。
内門へ近づかないこと。
荷物を開く時は先に言うこと。
退出を求めれば、外を確認してから門を開けること。
全部、入れる前に伝える。
嫌なら、入らなくていい。
閉じた門越しに話せる範囲で終える。
◇
レイナとヴィオラが、もう一度緩衝区画へ入った。
内門を閉じる。
二人が、外門越しに条件を伝えた。
外の女は、最後まで聞いてから答えた。
「武器を外へ残すことはできない!」
声が少し強くなっていた。
「退去する時に魔物が来ていたら、丸腰になる!」
「外へ置いていただくとは申しません」
レイナが答える。
「門を越えた後、こちらが示す場所へ置いてください」
「手の届く場所か?」
「あなたたちが休む位置からは離します」
「そちらからは取れる?」
今度はヴィオラが答えた。
「取ろうと思えば取れる位置。でも、勝手には触らない」
「それを信じろと?」
「私たちも、隠した武器がないって言葉を全部信じるわけじゃないよ」
外側が黙る。
「だから、見える武器をすぐ使えないようにして、決めた場所に置く。お互いに、それ以上は確認できないまま話す」
完全な安全にはならない。
相手だけに安全を証明させることもできない。
「中へ入れば、二つの門の間に閉じられるんだな?」
「はい」
レイナは否定しなかった。
「ただし、退出を望まれた場合は、外の安全を確認した後に門を開けます」
「すぐに?」
「外に魔物がいる状態では開けられません」
「こちらを閉じ込めるつもりはない、と?」
「閉じ込めるためではありません」
ヴィオラが続けた。
「でも、内側へ自由に進める場所でもありません」
短髪の女は、後ろの三人へ何かを尋ねた。
声は低く、内門側までは届かない。
しばらくして、返答が来る。
「条件を受ける!」
「四人とも?」
「全員に確認した!」
「では、弓の弦を緩めてください。矢筒も開かないよう留めてください」
「分かった!」
剣や短槍の留め具も固定する。
準備が終わるまで、門は開けない。
「約束どおりです」
アヤメの報告が届いた。
「弓の弦は緩められています。矢筒の蓋も縄で縛りました。ほかの武器も覆いと鞘を留めています」
「別の人影は?」
「見える範囲にはいません」
千代も、別の観察位置から同じことを確認した。
外門を開く。
◇
高い音が鳴った。
小型ゴーレムが、外門の開閉を知らせる音。
前に魔物が来た時、最後まで開けなかった門だ。
今度は、その向こうにいる人間を通すために開いた。
内門は閉じている。
俺は、そのさらに内側にいる。
外門が開く様子も、入ってくる四人の姿も直接は見えない。
聞こえる音と、観察位置からの報告を待つ。
「負傷者と、支えていた女が入ります」
アヤメの声。
足音が二人分。
一つは、床を擦るように遅い。
「指定位置で止まりました。武器を置きます」
金属が石へ当たる小さな音。
「次、門前で話していた女」
もう一人が入る。
「止まりました。武器を置きました」
最後は弓の男。
すぐには入らなかった。
「後方を見ています」
千代が言う。
何かが来たのかと思った。
「人影も魔物も見えぬ。最後の確認であろう」
弓の男が門を越える。
弓と矢筒を指定場所へ置いた。
「全員、入った」
「外は?」
「新しい動きはありません」
「閉めて」
外門が動く。
もう一度、高い音が鳴った。
閉じる音が止む。
四人は、二つの門の間に入った。
生活区域には、入っていない。
◇
「私は、サフィラ」
短髪の女が名乗った。
「この四人をまとめている」
続いて、負傷した男。
「ダグだ」
その隣にいた女が、メルナ。
弓の男が、ロアン。
四人を呼び分ける名前ができた。
本名かどうかは分からない。
でも、四人をずっと女、負傷者、隣の女、弓の男と呼ぶよりはよかった。
「レイナです」
「ヴィオラ」
二人も名だけを返す。
姓は言わない。
誰に仕えているかも。
ここが何という場所かも言わない。
「これが探索者証だ」
サフィラが何かを出したらしい。
「そこへ置いてください」
ヴィオラの声。
紙か札が床へ置かれる音がした。
「印があります。文字もあります」
観察位置からアヤメが報告する。
「本物?」
「分かりません」
発行した組織も正しい印の形も知らず、比較できる本物もない。
「証は確認しました」
レイナが言った。
「本物だと認めるとは言わないんだな」
サフィラが返す。
「私たちには、比べるものがありませんので」
「分かった。今はそれでいい」
少なくとも、見せれば無条件に信じる相手ではないと伝わった。
◇
ダグを、外門寄りに用意した低い台へ座らせる。
メルナが荷物を開ける前に声をかけた。
「包帯と薬を出す」
「ゆっくりお願いします」
レイナが答える。
持ち込んだ荷物から出した物だけを使う。
こちらの治療用品とは混ぜない。
「出血は増えていますか?」
「増えてはいない」
メルナが答えた。
「布の外まで広がってる?」
ヴィオラが尋ねる。
「最初についた範囲からは、ほとんど変わっていない」
レイナは、見える位置から脚を見る。
布を外して傷口を露出させろとは言わなかった。
「足先を、もう一度動かせますか?」
「動く」
ダグが答える。
「痛みは?」
「ある。立つより、座ってる方がましだ」
「腫れは?」
「少し増えたように見える」
メルナの答え。
骨が折れていないとは分からない。
傷の内側が汚れていないとも。
「今は布を外さない方がよいと思います」
レイナが言う。
「傷口を直接見ていないので、歩いてよいとは言えません」
「休ませてもらえるだけで助かる」
ダグの声は、門越しに聞いた時より小さかった。
話せてはいるが、休息は必要だった。
◇
「どこの入口から入ったの?」
ヴィオラが尋ねた。
「ガルディア側の管理口だ」
サフィラが答える。
聞いたことのない名前だった。
「帝国の中?」
「帝国?」
今度は、サフィラが聞き返した。
「どの帝国を指している?」
ヴィオラもすぐには答えなかった。
国の名前を出せば、こちらの場所を絞られるかもしれない。
「少なくとも、私たちが知ってる帝国とは違うみたい」
「ガルディアは、海の向こうだ」
「海の向こう?」
「この辺りが、こちらの知る大陸側ならな」
サフィラ自身も、今いる場所を確定できていない。
「船で渡る?」
「迷宮を使わないなら」
別の大陸。
セリナが、船で向かおうとしている場所を思い出した。
同じ大陸かもしれない。
海の向こうに大陸が一つしかないとは限らない。
ガルディアという名も、セリナが調べた港の候補と同じか分からない。
今は、別大陸側の入口から人が歩いてきた。
確認できたのは、そこまでだった。
「何日くらい迷宮にいるの?」
「六日目だ」
「六日で、海の向こうから?」
「地上を歩けば無理だ」
サフィラは、当たり前のように答えた。
「だから迷宮へ入る」
◇
サフィラたちが入ったのは、道が変わった後だった。
「変わった後?」
ヴィオラが聞き返す。
「《万物迷宮》の道は、ずっと同じではないだろう」
「変わることは知ってる」
近くの地下入口にも、接続先が変わる変動領域があった。
入口は一時閉鎖され、組合が調べる予定だった。
でも、その先を俺たちは最後まで確認できなかった。
《淫獄》と融合し、以前の門は灰色の壁になった。
「そっちでは、どう変わるの?」
「変動する時は、同時だ」
サフィラが答える。
「一つの道だけが少しずつ変わるんじゃない。変動領域と、その先の内部が一度に組み替わる」
「全部?」
「全部を見た者はいない。だが、離れた管理口で同じ時期に変化が確認される」
入口によって、見える変化は違う。
通れた道が閉じる。
行き止まりに道ができる。
魔物のいる場所が変わる。
でも、変わる時期は重なる。
「変わった後も、ずっと動くの?」
「いや」
サフィラの返答は早かった。
「これまでの記録では、一度収まれば、数年は同じ形が続いている」
「数年」
「その間に地図を作る。道を決める。魔物と採取場所を調べる。次の変動が来れば、また作り直す」
管理口に残された記録を読み、変動後の迷宮を何度も歩いた探索者なら、ある程度知っていることらしい。
次がいつ来るのかまで、正確に分かるわけではない。
変わることが異常なのではない。
変わった直後に、古い地図を持って入る方が危ない。
「じゃあ、今は変わったばかり?」
「そうだ」
だから探索者が増えている。
新しい道を先に知る。
危険な魔物がどこにいるかを調べる。
新しい鉱脈や採取場所を見つける。
別の入口へつながる経路があれば、交易にも使える。
安全のためだけではない。
新しい固定期の最初にしか得られない利益を探して、探索者組織だけでなく、領主や商人も人を出す。
「最近、人が増えたってこと?」
「増えた」
サフィラが言う。
「私たちの管理口だけじゃない。ほかの入口でも、新しい地図を作っているはずだ」
以前は交わらなかった地域の探索者が、同じ区画で見つかることもある。
使えなくなる入口もある。
別の入口の近くへ出た隊もあるという。
全部が同じ原因かは分からない。
でも、古い固定期が終わり、新しい形になったという見方は、複数の管理口で一致していた。
◇
「私たちが使うはずだったのは、この道だ」
紙を広げる音がした。
サフィラたちが持ってきた地図。
永久に使える地図ではない。
どの固定期に作られたものか。
どの管理口から入るか。
最後に確認したのはいつか。
それらと一緒に使う地図だった。
「これは前の地図?」
ヴィオラが尋ねる。
「前の固定期の地図だ。こちらは、今回歩いた場所を書き足した紙」
古い地図を見ながら、新しい道を一から記録する。
前の道があると思って進むためではない。
何が消え、何が増えたかを比べるためだ。
「ここに回廊があった」
サフィラが紙の上を示しているらしい。
「今は、継ぎ目のない壁になっている」
「壊れた壁じゃなく?」
「掘った跡も、崩れた石もない」
次に、以前は行き止まりだった場所。
今は、下へ続く道がある。
その先で、以前はもっと深い区画にいた魔物を見た。
新しい道の一部で崩れやすい場所があり、そこでダグが落石に脚を挟まれた。
戻るより先に安全な場所を探し、進んだ先に外門があった。
「この門は、地図には?」
「ない」
「前の地図にも?」
「何もない区画だ」
《淫獄》の外門は、前の固定期には存在しなかった。
城になったのも最近だ。
どちらが先に道をつないだのかは、分からない。
ヴィオラが、自分の紙へ経路を写していく。
内側から知っている旧地下入口の特徴と比べる。
「固定前室みたいな場所は?」
「その呼び方は知らない」
「地上へ続く石段は?」
「私たちの管理口にはある。だが、この近くには記録していない」
サフィラたちの中継地点。
回廊。
下り道。
俺たちが知っていた石段や前室。
同じ紙へ重ねても、つながらない。
「向きが違う?」
「迷宮の中で地上の方角がそのまま使えるとは限らない」
ロアンが初めて長く口を開いた。
「歩いた時間は?」
ヴィオラが聞く。
時間を比べる。
曲がった回数も。
それでも、夜斗たちが知る道には重ならない。
「この地図で来た道と、私たちが知ってる道が同じ形じゃない」
ヴィオラは、相手の地図が間違いだとは言わなかった。
俺たちの記憶だけが正しいとも。
「変動前の道を比べても、合わないのは当然だ」
サフィラが言う。
「必要なのは、今の道だ」
入口と、調べた日。
新しい分岐。
新しい危険。
今の固定期が終わるまで使える地図。
それを作るため、探索者たちは増えていた。
◇
話を聞きながら、頭に一つの文が浮かんでいた。
『領域を再固定しました』
城ができた時。
《淫獄》全体の振動が止まった後に出た、短い表示。
何を再固定したのか。
なぜ必要だったのか。
説明はなかった。
《万物迷宮》が新しい固定期へ移った。
《淫獄》も、領域を再固定した。
時期は近い。
だからといって、《淫獄》が迷宮全体を変えたとは決められない。
迷宮が変わったから、《淫獄》が押し流されないよう形を固定したのかもしれない。
同じ変動の中で、それぞれ別に起きただけかもしれない。
どれも、今は確かめられなかった。
「時期が近いことと、原因が同じことは別です」
アヤメが小さな声で言った。
「うん」
外の四人へ、能力表示のことは伝えない。
エウリオなら、過去の変動について何か知っているかもしれない。
でも、今日は来ていない。
次に会った時、聞くことが一つ増えた。
◇
話を始めてから、ダグの状態は急に悪くなっていない。
レイナがもう一度、痛み、痺れ、吐き気を確認した。
「今のところ、変わらない」
ダグが答える。
「ここで、もう少し休ませてほしい」
サフィラが言った。
すぐに返事はしない。
四人を入れた時に決めた範囲。
そこから動いていない。
武器にも触れていない。
話と見える行動に、大きな食い違いも出ていない。
「短い時間だけです」
レイナが答えた。
「武器へ触れないでください。内門へも近づかないでください」
「分かった」
「荷物を開ける時は、先に教えて」
ヴィオラが足す。
「水と食料は、自分たちの物を使ってください」
「それも分かった」
宿泊を許したわけではない。
次も入れると約束したわけでもない。
安全な休息所だと認めたわけでもない。
今回、決めた場所で短時間休む。
それだけだった。
レイナとヴィオラを戻す前に、四人を外門寄りの線まで下げる。
千代とアヤメが位置を確認する。
内門を一度開き、二人が戻る。
すぐに閉じた。
「ただいま」
ヴィオラが、今度は迷わず言った。
「お帰りなさいませ」
ファステが迎える。
ヴィオラの手には、自分で写した経路の紙があった。
サフィラの原図が本物かは分からない。
写した内容が、今の道を全部示しているわけでもない。
それでも、海の向こうからここまで来たとされる経路の最初の記録だった。
「あの人たち、道を調べるだけじゃないみたい」
ヴィオラが、別の頁を見せる。
持ち物を尋ねた時の記録。
採取袋。
鉱石を割る小さな槌。
牙や皮を傷めず運ぶための包み。
「魔物の素材も持ち帰って売るって」
隔離してある牙、爪、針、皮を思い出した。
扱いを知る人へ、いつか見せられるよう残したもの。
見せるかどうかは、まだ決めない。
けれど、聞ける相手は二つの門の間にいた。
道が変わることなら、探索者たちは知っていた。
一度に広い範囲が組み替わり、その後は数年間、同じ道を歩けることも。
そして今、その切り替わりが来た。
変わったのは、四人が歩いた一本だけではなかった。
閉じた入口。
現れた通路。
移った魔物。
遠い入口から来る探索者。
《万物迷宮》の道そのものが。
今、一斉に新しい形へ変わっていた。




