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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第185話 門の外から、声がした



 ミネットと縁が学校へ戻って、三日が経った。


 摂食解析の魔法が、三日でできるとは思っていない。


 いつ試すのか。


 何が分かったのか。


 聞くために入口を開くこともしなかった。


 次に帰ると決めた日まで、ミネットには学校の生活がある。


 俺たちにも、こちらの生活があった。


 隔離した肉の容器は開けない。


 危険部位候補と液体試料の蓋を外から確認する。


 試験区画へ異常がないかを見る。


 牙、爪、針、皮につけた札がずれていないか確かめる。


 食べるための調査は終わった。


 だからといって、置いてある物まで安全になったわけではない。


 その日も、ファステとヴィオラが隔離物の記録を確かめていた。


 俺は城門側の通路で、昨日直した扉の開き方を見ていた。


 小型ゴーレムの低い音が鳴った。


     ◇


 外門への衝撃を知らせる音だった。


 門が開いた時の、高い音ではない。


 内門へ何かが触れた時の、重い金属音でもない。


 前に魔物が外門へ飛びついた時と、同じ低い警報だ。


「通常入口を見る!」


 外門へは走らない。


 俺は生活区域側へ戻り、通常入口を確認する。


 開いていない。


 外界とつながる光もない。


 能力表示にも、入口や領域の異常は出ていなかった。


「こちらは閉じてる!」


 通路へ声を出す。


「現在、内側にいるのは八人です!」


 ファステの声が返ってきた。


 俺。


 リゼ。


 ファステ。


 レイナ。


 ヴィオラ。


 ナーヴァ。


 千代。


 アヤメ。


 ミネットと縁は学校側。


 セリナは旅の途中。


 エウリオも、今日は来ていない。


 いる者と、いない者を最初に分ける。


 前の襲撃で決めた位置へ、皆が動いた。


 レイナは応急処置区画。


 ファステは人と物資の確認。


 ヴィオラは遮断設備を動かせる位置へ行く。


 千代とナーヴァは迎撃位置へ向かう。


 リゼは剣を持たず、内門側から全体を見る。


 右腕の痺れは、まだ完全には消えていない。


 アヤメは観察位置へ続く道の手前で止まった。


 俺は通常入口側から内門へ戻る。


 低い音が、もう一度鳴った。


「二度目!」


 ヴィオラが知らせる。


 遮断設備は、まだ落とさない。


 狭間から攻撃もしない。


 外門は閉じている。


 黒い人型ゴーレムも、内門の脇から動かなかった。


「前と、間が違うな」


 リゼが言った。


「間?」


「魔物は、もっと続けて当たってきた」


 前の魔物は、身体をぶつけ、爪を立て、門へ張りついた。


 警報も、不規則に何度も鳴った。


 今回は違う。


 一度。


 待つ。


 もう一度。


 また待つ。


 門の向こうにいる何かが、こちらの反応を確かめているようにも聞こえた。


「人か?」


 俺が聞くと、千代は首を振った。


「音だけでは分からぬ」


「規則正しいぞ」


 ナーヴァが言う。


「規則を持つ魔物がおらぬとは限らぬ」


 小型ゴーレムも、何も教えてくれない。


 外門へ一定以上の衝撃があった。


 だから低い音を鳴らした。


 爪なのか。


 武器なのか。


 助けを求めて叩いた手なのか。


 そこまでは分からない。


 三度目の衝撃があった。


 低い警報が鳴る。


 その音が止んだ後。


「誰かいるか!」


 門の外から、声がした。


     ◇


 人の言葉だった。


 意味も分かる。


 ただ、抑揚が少し違った。


 近くの街で聞いた話し方とも、セリナやアヤメたちの話し方とも違う。


 それでも、何を尋ねているのかは分かった。


「聞こえているなら、返事をしてくれ!」


 同じ声が続いた。


 声を張っている。


 怒鳴って脅しているようには聞こえない。


 でも、声だけでそう決めることもできなかった。


「人じゃな」


 ナーヴァが、外門側を見る。


「開けるか?」


「まだ」


「話せるのであろう?」


「話せることと、中へ入れていいことは同じじゃない」


「別です、じゃな」


「今は真似しなくていいから」


 ナーヴァは不満そうだったが、迎撃位置から動かなかった。


「こちらに敵意はない!」


 外の声が言った。


「道を尋ねたい! 負傷者が一人いる!」


 レイナの顔が上がる。


「負傷者……」


「開ける?」


 俺が尋ねると、レイナはすぐには答えなかった。


「傷の状態が分かりませんわ」


「だから見ないと」


「はい。ですが、観察位置から見るだけです。生活区域へは通しません」


 今度は真似ではなかった。


 レイナ自身の答えだった。


「外に負傷者がいるなら、助けられるかは考えるべきだ」


 リゼが言う。


「でも、門を開く理由にも、まだならない」


 声の主が嘘をついている可能性はある。


 本当に負傷者がいる可能性もある。


 どちらも、今は確認していない。


「夜斗様」


 アヤメが俺を呼んだ。


「私が見ます」


「頼める?」


「そのための場所です」


 外門を開けなくても、門前の一部を確認できる観察位置。


 見つかった時に、内門を開けず戻れる二本の退避路。


 城を作った時、アヤメ自身が必要だと言ったものだった。


「見える範囲だけ。外へは出ないで」


「はい」


「向こうが門へ近づいたら?」


「戻ります」


「奥から何か来ても」


「戻ります」


 情報より、アヤメが戻る方を先にする。


 もう一度言わなくても、アヤメは先に答えた。


 それでも、確認はした。


「必ず戻ってきて」


「承知しました」


 アヤメが第一観察位置へ向かう。


 千代は別の観察孔へ続く道へ入った。


「我も見る」


 ナーヴァが言う。


「三人で同じ場所へ行ったら狭い」


「目は多い方がよいぞ」


「ナーヴァは迎撃位置にいて。門が本当に破られたら、そっちの方が必要だから」


「見ずに焼けと言うのか?」


「焼く前に千代が教える」


「我にも見せよ」


「後で、相手が安全なら」


「安全なら焼けぬではないか」


 何のために見たいのか、少し怪しかった。


 それでもナーヴァは、決めた位置に残った。


     ◇


 アヤメの声が、伝声用の細い穴から届く。


「見える範囲に、四人」


「四人だけ?」


「四人です。だけ、とは言いません」


 曲がった通路の先までは見えない。


 壁際や死角に、別の者がいる可能性も残っている。


「門の前に一人。少し離れています。短い髪の女。武器は腰にありますが、抜いていません」


 声を出していた人物らしい。


「外門へ触れてる?」


「今は触れていません。片手を上げています」


 敵意がないと示しているつもりなのかもしれない。


 単に、こちらから見えると思っているのかもしれない。


「ほかは?」


「負傷者らしい者が一人。男。左脚に布を巻いています」


「立てる?」


「立っています。体重は反対側へ寄せています」


 歩けないとは限らない。


 歩けるから軽傷とも限らない。


「もう一人が、その近くにいます。女。いつでも肩を貸せる位置です」


「最後の一人は?」


「男。弓を持っています」


 内門側の空気が少し硬くなった。


「こっちを狙ってる?」


「いいえ。門ではなく、来た通路を見ています。矢も番えていません」


 四人全員が門だけを見ているわけではない。


 一人は後ろを警戒している。


「追われてる?」


「見える範囲に、ほかの人影や魔物はいません」


 見えないところには、いるかもしれない。


「荷物は?」


「背負い袋。縄。灯り。採取用具に見えるもの。紙もあります」


「探索者みたい?」


 一度、間があった。


「探索者の装備と矛盾はしません」


 探索者だ、とは言わなかった。


 それらしい装備をしている。


 確認できたのは、そこまでだった。


 千代の声も、別の穴から届く。


「門を壊す配置には見えぬ。されど、四人で全てかは分からぬ」


「負傷者は?」


「今すぐ倒れそうには見えぬ。傷の深さまでは見えぬ」


 二人の見たものは、大きく食い違っていない。


 だから安全だと決まったわけではない。


 同じ見間違いをしている可能性もある。


 それでも、一人の目だけで決めるよりはよかった。


「もう一度呼びかけます!」


 外の女の声がした。


 少し聞き慣れない抑揚。


 言葉は、はっきり分かる。


「私たちは探索者だ! 迷宮の経路を調べている!」


 探索者。


 初めて、向こうが自分たちをそう呼んだ。


「以前通れた道が塞がった! 別の道を回って、ここへ出た!」


 俺は、リゼを見る。


 リゼも俺を見た。


 以前通れた道が塞がった。


 俺たちが知っている入口にも、同じことが起きている。


「この門を探して来たわけではない! 地図にもない!」


 本当なら、向こうにとっても予定外の場所だった。


 でも、まだ向こうが言っただけだ。


「返事ができない事情があるなら、門へは近づかない!」


 女が続ける。


「少し離れて待つ! 話せる者がいるなら、声だけでも返してほしい!」


 アヤメが報告する。


「門前の者が下がります」


「ほかの三人は?」


「負傷者を含め、全員が門から距離を取りました。通路の片側へ寄っています」


「武器は?」


「変わりません。抜いていません。弓の男は後方を見ています」


 近づかないと言って、実際に下がった。


 待つと言って、門へ張りつかなかった。


 言葉と行動は、今のところ合っている。


 それは、信じてよい理由の一つにはなるかもしれない。


 全部を信じてよい理由ではなかった。


     ◇


 アヤメと千代が内門側へ戻った。


 外門は閉じたままだ。


 高い開閉音は、一度も鳴っていない。


 黒い人型ゴーレムも動いていない。


「見えるのは四人」


 アヤメが短くまとめる。


「武器は持っています。こちらへは向けていません」


「負傷者は?」


 レイナが聞く。


「立てています。傷の程度は分かりません」


「ほかの人や魔物は?」


「見える範囲にはいません」


「つまり、危険はない?」


 ヴィオラの問いに、アヤメは首を横へ振った。


「今見える範囲では、武器を向けず、門を壊そうともしていません。ただ、安全とは断定できません」


 それ以外は、まだ向こうの話だった。


「組合の証は?」


「この距離と角度では確認できません」


 四人以外の存在も、迷ったという話の真偽も、観察位置からは分からない。


 分からないから攻撃するわけにはいかない。


 分からないまま開けることもできない。


「声を返すだけなら、門は開けなくてよいのであろう?」


 ナーヴァが言う。


「うん」


「ならば、返せばよい」


 それも、一つの選択だった。


 でも、返事をすれば、中に人がいると確定する。


 声で男か女かは分かる。


 言葉遣いで、育った場所や立場を推測されるかもしれない。


 何人いるかは隠せても、少なくとも一人いることは伝わる。


「俺が答える」


 言ってから、自分の名前を思い出した。


 黒瀬夜斗。


 領主側が探している重要関係者。


 街では、俺の知らない俺が噂になっている。


 顔を見せなければいい、とは限らない。


 名前を名乗らなくても、話の中心にいることは伝わるかもしれない。


「夜斗が出れば、向こうはここの代表だと考えるだろうな」


 リゼが言った。


「代表じゃないって言えば?」


「では、誰の許可を取って答えているのか聞かれる」


「誰かに代わってもらう?」


「代わった者の顔と声が、次から窓口になります」


 アヤメの言葉で、街へ二度入った時のことを思い出した。


 知らない顔も、一度見られれば覚えられる。


 窓口も、開けば外から見つかる。


 今度は、こちらから街へ出す窓口ではない。


 向こうから来た者へ、《淫獄》側から何かを返す窓口だった。


「返事をしないのは?」


 ヴィオラが聞く。


「無人だと思って帰るかもしれない」


「壁を調べ始めるかもしれません」


 アヤメが続けた。


「別の入口を探す可能性もあります」


 返事をしないことも、何もしないことではない。


 相手がどう判断するかを、相手へ任せる選択になる。


 負傷者が本当にいるなら、その時間も過ぎていく。


「待つと言ってるんだよな」


「今のところは」


「なら、その間に決めよう」


 門を開けるか。


 中へ入れるか。


 治療するか。


 取引するか。


 そこまで一度に決める必要はない。


 まず、誰が答えるのか。


 どこから答えるのか。


 何を尋ねるのか。


 何を教えないのか。


 危険だと分かった時、どうやって会話を終えるのか。


 それを先に決める。


 門の外にいたのは、牙を鳴らす魔物ではなかった。


 言葉を使い、返事を待つ人間だった。


 だからといって、開けてよい理由にはならない。


 次に決めるのは、門を開くかではなかった。


 この声へ、誰が答えるかだった。

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