第180話 門を開けずに、迎え撃つ
城門は、一日では完成しなかった。
一つの区画を作る。
境界が消えたら、全員で歩く。
担架を運び、箱を抱え、ナーヴァにも急いで通ってもらう。
使いにくければ、中の物を出し、誰もいないことを確かめてから作り直す。
それを何度も繰り返した。
紙の上では十分に広かった曲がり角で、担架の端が壁へ当たった。
扉は開いた。でも、開いた扉がヴィオラの持つ箱を押し戻した。
アヤメの第二退避路は短くできた。でも、出口が応急処置区画へ近すぎて、負傷者を運ぶ人とぶつかることが分かった。
直す。
また歩く。
外門。
そこから曲がって続く迎撃通路。
内門。
壁の上を通る道と、外門の周囲を確認するための塔。
詰所と、分けて物を置ける小さな部屋。
担架を応急処置区画まで運ぶ道。
アヤメが戻るための二本の道。
生活している場所と通常入口を、外門から直接見せないための壁。
形だけなら、《領域構築》で作れた。
だが、縄も鐘も治療用品も、勝手には増えない。
飲み水も、清潔な布も、攻撃に使う物も、自分たちで運ぶ必要があった。
そして、二か所だけ空いた場所が残った。
石製の小型ゴーレムを置く場所。
黒い人型ゴーレムを待たせる場所。
どちらも、俺たちだけでは決められない。
「エウリオ、来ないね」
ヴィオラが、空いた場所を見ながら言った。
「呼ぶ方法がないからな」
近くにいることと、来てほしいと伝えられることは別だ。
一瞬、アヤメへ伝言を頼むことも考えた。
でも、同じ顔で二度も街へ入っている。
ゴーレムの調整を早めるためだけに、もう一度危険を増やす理由にはならなかった。
「来るまでは、空けておこう」
できない部分だけを残し、ほかを進めた。
◇
エウリオが第二接続地点から来たのは、それから数日後だった。
淡い色の人型ゴーレムが先に現れ、その後ろから本人が歩いてくる。
新しく増えた外壁を見上げても、驚いた声は出さなかった。
「何を増やしたの?」
「城門」
「見れば、それくらいは分かるよ」
「じゃあ聞かなくてもよかっただろ」
「どこまで僕の仕事が増えたのか、見ただけでは分からないからね」
来て最初に確認することが、それらしい。
「今日は何しに来たの?」
「置いた個体の状態を見るため」
「点検?」
「壊れてから全部直す方が面倒だろう?」
定期的に来る約束をしたわけではない。
これからも毎回来てくれるとも言っていない。
今回は、自分の物を確認するために来ただけらしい。
エウリオは黒い人型ゴーレムの腕を見た。
表面に残る傷へ指を沿わせ、腕を曲げさせる。
「動くけれど、このまま重いものを押さえ続ければ悪くなるね」
「勝手に直してない」
「それでいいよ。中までどう作ったか分からないものを、外から埋めれば余計に面倒になる」
「直せる?」
「持ち帰れば」
「それと、頼みたいことがある」
俺たちは、新しい城門を案内した。
外門を破られた後の迎撃通路。
その奥にある内門。
人型ゴーレムには、内門の手前で待ってほしい。
外門の外へは追わせない。
《万物迷宮》の奥へも追わせない。
生活している場所を勝手に歩かせない。
「迎撃通路へ入って、内門を越えようとするものだけを止めてほしい」
「人間も?」
「敵かどうかは、俺たちが決める」
「なら、君たちが止めると決めた対象だけ?」
千代が首を横へ振った。
「それでは、命令する者が動けぬ時に止まる。外門が破られ、迎撃通路を進み、内門へ触れたものを止める。そこまでを条件にした方がよい」
「来訪者が、外門を破って入った場合も止まる?」
「外門を破った者を、そのまま生活場所へ通すつもりはない」
リゼが答えた。
エウリオは少し考えた後、人型ゴーレムを見る。
「条件は作れる。ただし、今回だけだよ」
「今回だけ?」
「この先、城門を変えるたびに僕が調整するとは約束しない。遠くから命令を変えることもできない。壊れた時に毎回無料で直すとも言わない。追加でもう一体作る話もしない」
「分かった」
「所有者も僕のまま」
「うん。分解しない。別の仕事にも使わない。誰かへ渡さない」
「なら、腕を直してから設定する」
黒い人型ゴーレムは、その日、エウリオと一緒に第二接続地点の向こうへ消えた。
戻ってきたのは、さらに数日後だった。
腕の傷は塞がっている。
エウリオが曲げ伸ばしさせ、重い石を一度だけ支えさせた。
それから迎撃通路と内門の位置を確認し、決めた手順を設定する。
黒い人型ゴーレムは、内門の脇へ立った。
顔も向きも、以前とほとんど変わらない。
でも、待っている条件だけが変わっていた。
◇
石製の小型ゴーレムにも、新しい仕事を頼んだ。
外門へ強い衝撃が加わった時は、低い音を続けて鳴らす。
外門が開いた時と閉じた時は、高い音を一度ずつ。
迎撃通路を何かが通れば、短い音を三度。
内門へ何かが触れれば、重い金属音を一度。
鳴らした後は、仕掛けを戻す。
迎撃通路を通った回数は、小石で残す。
「誰が通ったかは残る?」
ファステが確認する。
「残さないよ」
「声や会話は?」
「記録しない」
「持っていた物も?」
「それも残さない」
「人間と魔物は?」
「区別しない」
エウリオの答えは変わらない。
「外門を叩いた音でも、助けを求めている人かもしれませんわ」
レイナが言った。
「外門が開いた音でも、私たちが確認のために開いた場合があります」
アヤメが続ける。
「音が違っても、意味まで決まったわけではないんだな」
「音は、起きたことの一部を知らせるだけだよ」
エウリオが小型ゴーレムの前から立ち上がった。
「敵かどうかを決める仕事まで増やさないでほしい」
「頼まないよ」
全部を任せられないから、役に立たないわけではない。
何を確かめればいいかが分かる。
それだけでも、何も分からないまま全員が門へ走るよりよかった。
四種類の音を一つずつ試す。
石製ゴーレムは仕掛けを戻し、通過用の器へ小石を入れた。
「これで終わり?」
「今回の僕の仕事はね」
「防衛を手伝っていかない?」
「嫌だよ」
迷いがない。
「調整は終わった。住む気はないよ」
エウリオは淡い人型ゴーレムを連れ、その日のうちに帰っていった。
◇
次は、俺たちの試験だった。
千代は、壁へ細く開けた狭間から外を確認する。
門の外へ置いた印へ、刀の切っ先が届く位置を確かめた。
リゼも隣の狭間へ立ったが、剣は持たない。
右手の痺れは、まだ残っている。
見える範囲と、死角だけを確認した。
ヴィオラが縄を引く。
上で留めていた障害物が外門前の道へ落ちた。
「一人でも落とせる」
「戻せる?」
「今すぐは無理」
落とすのは早い。
元へ戻すには、皆で持ち上げる必要があった。
アヤメは観察位置から外門前を見て、第一退避路を戻る。
続いて、途中を使えないことにして第二退避路へ回った。
「どちらも戻れます」
「外は全部見える?」
「いいえ」
アヤメは、残った死角を紙へ印した。
上の開口部からは、軽い木片を落としてみた。
真下に誰もいないことを、声をかけ合って確認してからだ。
自動で落ちる仕掛けにはしない。
落とすかどうかも、下に誰もいないかも、人が決める。
最後に残ったのが、ナーヴァの炎だった。
「弱くしてね」
「分かっておる」
「最初は、本当に弱く」
「分かっておると言ったであろう」
ナーヴァが射線の入口へ立つ。
成人の姿のまま、足の位置を変えた。
肩を引き、顔をわずかに上げる。
普段のような気軽さはない。
出口と、途中の壁と、外に置いた濡れた土の塊を見比べている。
「皆、離れよ」
短い炎が放たれた。
真っすぐ石の道を抜け、外の土へ当たる。
「届いた!」
ヴィオラが声を上げる。
「まだ近づくな」
千代が止めた。
射線の途中へ手を近づける。
触れなくても、熱が分かった。
隣の通路まで壁が熱くなっている。
「このまま続ければ、ここを通る者が火傷する」
「炎は届いたぞ」
「届いても、この熱では味方が通れないよ」
俺は《領域構築》を開いた。
壁を少し厚くする。
熱が生活側へ抜けにくいよう、射線の周りへ空間を増やす。
出口の向きもわずかに変えた。
変更が終わり、石が冷えるまで待った。
二度目。
ナーヴァは、さっきより長く立ち位置を確かめた。
片足を引く。
腰を落とす。
炎を吐く直前、胸を大きく開くように息を吸った。
赤い髪が、先に流れ込む空気で揺れた。
炎が走る。
石の射線を抜け、濡れた土の塊を黒く焼いた。
今度は隣の通路へ熱が漏れてこない。
連続で使える回数も、もっと強い炎へ耐えられるかも分からない。
それでも、今使った強さなら届いた。
ナーヴァが射線の先を見る。
真剣だった顔が緩んだ。
「門を開けずとも、我の炎は届くぞ」
ものすごく嬉しそうだった。
さっきまでの鋭い横顔。
炎を通すために何度も変えた姿勢。
力を抑えながら、身体全体で扱っていた動き。
成人した女性の姿で圧倒的な炎を操っていたのに、成功した途端、褒められるのを待つように笑っている。
その落差を。
俺は、性的に意識した。
『《淫獄石》を400個獲得しました』
『所持《淫獄石》:2,900』
通知は出た。
でも、そこで立ち止まらない。
射線の周囲に火が残っていないことを先に確認する。
出口の土以外が燃えていないことも、観察位置からアヤメに見てもらった。
「夜斗」
ナーヴァが俺を見る。
「今、増えたであろう」
「増えた」
「我の炎でか?」
「炎が届いたからじゃない」
「では、何じゃ」
「真剣に炎を扱ってたナーヴァが、いつもと違って見えた。あと、成功してすごく嬉しそうだったから」
「当然であろう。上手くいったのじゃぞ」
否定しない。
もう一度やってほしいとも言わなかった。
試験は、確認できた強さまでで終わりにした。
◇
「完成した?」
ヴィオラが聞いた。
俺は城門を見る。
音は鳴った。
狭間から外を確認できた。
遮断設備も落とせた。
二本の退避路も通れた。
炎も届いた。
「使えるようにはなった。でも、完成ではない」
狭間には死角がある。
遮断設備は、一度使えばすぐには戻せない。
炎は、試した強さまでしか安全とは言えない。
ゴーレムは決めた条件しか扱わない。
警報は、来たものが敵か味方かを教えない。
それでも、門を開ける以外の選択肢は増えた。
そう確認した翌朝。
低い音が、続けて鳴った。
◇
一度。
二度。
三度目が鳴る前に、俺は立ち上がっていた。
「外門へ強い衝撃!」
外門が開いた音ではない。
迎撃通路を通った音でもない。
内門へ触れた音でもない。
何かが、外から門へぶつかっている。
でも、それだけでは敵と決まらない。
俺は壁門側へ走らず、通常入口を確認した。
閉じている。
能力表示にも、入口や領域の異常は出ていない。
「今いる者を確認します!」
ファステの声が飛ぶ。
ミネットと縁は学校。
セリナは旅の途中。
エウリオは自分の場所へ帰っている。
最初からいない者を探さない。
レイナは応急処置区画へ向かう。
ヴィオラは遮断設備の縄を確認する。
千代とナーヴァは、決めた迎撃位置へ進む。
リゼは剣を持たず、内門側から全体を見る。
俺も前へ走らない。
誰がどこへ入ったかを確認する。
外門へ、また衝撃があった。
低い音が鳴る。
アヤメが観察位置へ続く道の前で止まった。
俺を振り返る。
「私への命令はありますか」
一瞬、返事が遅れた。
聞き間違いではない。
アヤメは俺を見たまま、次を待っている。
なぜ命令と呼んだのか。
今、聞くことではなかった。
「敵を見て、皆に知らせて、それから必ず戻ってきて」
「承知しました」
アヤメが観察位置へ入る。
低い音が、もう一度鳴った。
外門はまだ閉じている。
迎撃通路の音もない。
しばらくして、アヤメの声が伝声用の細い穴から届いた。
「見える範囲に四体。すべて小型です。灰色。二体が門へ爪を立てています。一体は蝶番側。もう一体は後ろを動いています」
「ほかには?」
「足音はあります。姿は見えません。正確な総数は分かりません」
「人は?」
「見えません。呼びかけもありません。門を叩いているのではなく、爪と牙で壊そうとしています」
助けを求めている人間ではない。
少なくとも、今見えているものは、門を壊して入ろうとしている。
「戻って!」
返事の代わりに、観察位置から足音が離れた。
第一退避路の扉が開く。
アヤメが内門側へ戻ってきた。
「戻りました」
「うん」
報告できたことより先に、その姿を確認した。
◇
「迎撃する」
千代が狭間へ立つ。
外門へ張りついた魔物の前脚が、細い隙間から見えた。
千代の刀が狭間を通る。
斬り払うのではない。
狭い場所から、見えている部分だけを突く。
刃が脚の付け根へ入った。
魔物が門から離れる。
「右へ動いた!」
アヤメが別の観察孔から伝える。
「ヴィオラ、今じゃ!」
千代の声で、ヴィオラが縄を引いた。
外門前へ障害物が落ちる。
直接押し潰す位置ではない。
魔物が門へ近づける道を、ナーヴァの射線側へ狭める位置だ。
「入ったぞ!」
ナーヴァが息を吸う。
「千代!」
「こちらは退いた!」
炎が石の道を走った。
門は閉じたまま。
その外で、灰色の影が赤く照らされる。
短い悲鳴が重なった。
炎は一度で止まる。
「まだ動いています。左へ二!」
アヤメの声。
「上から落とす!」
ヴィオラとファステが、上部の開口へ運んでいた木片を押した。
その前に、千代が下を確認する。
「味方はおらぬ。落とせ!」
重い音がした。
一体の動きが止まる。
もう一体が外門へ飛びついた。
低い警報が鳴る。
千代の刀が、再び狭間から突き出された。
今度は炎を使わない。
首の横へ刃が入る。
灰色の身体が外門の前へ崩れた。
残った足音が遠ざかる。
「追う?」
ヴィオラが聞く。
「追わぬ」
千代がすぐに答えた。
「見える範囲から離れています」
アヤメも言う。
外門は開けない。
逃げたものを倒すことより、ここへ入れないことを優先する。
迎撃通路を通った音は、最後まで鳴らなかった。
内門へ触れた音もない。
内門の脇に立つ黒い人型ゴーレムは、一度も動かなかった。
仕事がなかったからだ。
外門は破られなかった。
リゼが剣を持たなくても。
誰も外へ出なくても。
俺たちの攻撃は、門の向こうまで届いた。
◇
すぐには開けなかった。
警報の記録を見る。
迎撃通路の器に、小石は増えていない。
観察孔から、動く影がないことを確かめる。
音を聞く。
時間を置く。
それでも、新しい衝撃はなかった。
「開けるなら、短くだ」
リゼが言った。
「戦うためじゃない。死骸と設備を確認するためだけ」
「我も行くぞ」
「外へは出ないで。門の内側から届く範囲だけ」
「むう」
閉める者を決める。
内門側にも人を残す。
外門を、少しだけ開いた。
焦げた死骸が二体。
障害物の下に一体。
門のすぐ前には、千代が倒した個体がある。
ほかのものより形が残っていた。
長柄の道具を使い、門の内側へ引く。
素手では触れない。
専用の布へ載せ、ほかの死骸や道具と混ぜない。
食べられるとは決めない。
毒がないとも決めない。
素材になるとも決めない。
ただ、前に拾った肉より新しい。
種類を混ぜず、一体のまま隔離できた。
ナーヴァが布の上を覗き込む。
「今度は焦げておらぬぞ」
「それは食べられるって意味じゃないからね」
「まだ何も言っておらぬ」
「顔に出てる」
外門を閉じる。
警報の仕掛けを戻す。
落とした障害物は、すぐには元へ戻らない。
炎の射線には煤が残った。
千代の使った狭間にも、黒い血がついている。
使った物を洗い、補充し、点検する仕事は残った。
城が全部を終わらせてくれたわけではない。
「でも、守れたよね」
ヴィオラが言った。
「うん」
今度は、そう答えられた。
音を聞いた。
外を見た。
敵だと確かめた。
攻撃すると決めた。
そして、全員が内側へ戻った。
アヤメは第一退避路の出口を見ていた。
「アヤメ?」
「何でもありません」
そう答えてから、ほんの少し間を置く。
「……必ず戻ってきて」
俺が言った言葉を、確かめるように小さく繰り返した。
意味は聞かなかった。
今は、戻ってきたことだけでよかった。
迎え撃つために、外門を開けることはなかった。
誰も、戦うために門の外へ出なかった。
見て、知らせて、撃って、戻った。
皆で作った城は、初めて俺たちを内側に残したまま敵を退けた。
城が勝手に守ったわけではない。
音を聞き、外を見て、撃つと決めたのは俺たちだった。
そして、安全を確かめた後に一度だけ開いた門から。
今度は焦げていない一体だけを、ほかの死骸と分けて持ち帰った。




