↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
176/190

第176話 守りたいものは、一つじゃない

 リゼの指先には、朝になっても痺れが残っていた。


「握ってください」


 レイナに言われ、リゼが右手を閉じる。


 昨日よりは動いている。


 それでも、左手と同じ強さでは握れていない。


「熱は?」


「傷の周りだけだ。広がってはいない」


「痛みはございますか?」


「触れば少し」


 レイナは傷の周りを確認し、昨日使ったものとは別の布を巻き直した。


 治ったとは言わない。


 悪くなっていないことだけを確かめる。


「今日は刃を持たないでくださいまし」


「分かっている」


 リゼは素直に答えた。


 少しだけ不満そうだったが、昨日のように戦えるとは言わなかった。


 俺たちはリゼの腕を守れた。


 たぶん。


 まだ結果が出ていない以上、それ以上のことは言えなかった。


     ◇


 壁門側には、昨日の跡が残っている。


 蝶番に近い部分は歪み、端の隙間は前より広い。


 仮設柵の一本は折れていた。


 もう一つも縄が緩み、以前と同じ位置には立たない。


 水桶の一つは半分以下になった。


 清潔な布も減っている。


 体液が付いた布と道具は、生活用品から離して置いた。


 人型ゴーレムの腕には、灰色の爪でつけられた傷が残っている。


「動きはする」


 千代が、ゴーレムの腕が上がるのを見て言った。


「動くことと、使い続けてよいことは別です」


 アヤメが答える。


「エウリオへ見せるまでは、重い仕事をさせない方がいいでしょう」


 俺たちの物ではない。


 それ以前に、傷んだ物を、まだ動くという理由だけで使い続ければ壊れるかもしれない。


「あとで俺が持っていく」


「今すぐ?」


 ヴィオラが尋ねる。


 壁門を見る。


 もう一度警報が鳴った場合、人型ゴーレムがいないのは困る。


 でも、壊れるまでここへ立たせることもできない。


「先に、エウリオへ持っていっていいか確認する。持っていくなら、その間のことも決めてから」


「昨日より、守るもの減ってない?」


「減ってる」


 柵。


 水。


 布。


 門。


 ゴーレム。


 リゼの右腕。


 一度守っただけで、次に使えるものは少なくなっていた。


     ◇


 魔物の死骸は、昨夜決めた場所から動かしていない。


 毒を持っていると思われる個体は、ほかの死骸からさらに離してある。


 アヤメは布で口元を覆い、離れた位置から一体ずつ見た。


 牙。


 短い針。


 顎の後ろの膨らみ。


 濁った液体が乾いた跡。


 どこへ何が付いていたかを、新しい紙へ書いていく。


 ナーヴァが、毒を持っていないように見える小型の死骸を示した。


「こやつなら食えるか?」


「毒の有無も、加熱で安全になるかも未確認です。今は食べません」


 アヤメの返事は早かった。


 ナーヴァが死骸から目を離す。


 まだ諦めてはいないと思う。


 ただ、勝手に持っていこうとはしなかった。


「どうすれば分かる?」


 俺が尋ねる。


「肉、内臓、体液を分けます。変色や臭い、時間による変化も見ます。既知の毒に似た反応があるかも調べます」


「最後は食べるの?」


「食べられる可能性まで調べるなら、いずれは摂取による確認が必要になるかもしれません」


 アヤメは自分の手を見る。


「私には耐毒があります」


 言われる前から、何を考えているのか分かった。


 アヤメなら、ほかの者より耐えられるかもしれない。


 召喚された時に飲んでいた量でも、数日寝込んで回復した。


 毒の知識もある。


 少量を試すなら、一番向いている。


 そう考えた。


 考えてしまった。


「アヤメには頼まない」


 俺が言うと、アヤメが顔を上げた。


「調査をしないのですか?」


「食べるのは頼まない」


「耐えられる可能性は、私が一番高いです」


「だからって、最初に食べてもらう理由にはならない」


「私の能力は必要なのでしょう?」


「必要だよ」


 そこは誤魔化さない。


 俺はアヤメの能力を欲しいと思って選んだ。


 今も毒の知識は必要だった。


「必要だから、使い潰していいことにはならない」


 アヤメは何も言わなかった。


「調べた結果、アヤメが自分で必要だと思って提案するなら、その時にもう一度考える。でも、耐毒があるから先に食べてくれとは言わない」


「私が提案しても、止める可能性は?」


「ある」


「私が提案しても、危険なら止めるのですね」


「たぶん」


 アヤメはしばらく俺を見た。


「……そうですか」


 それだけ言って、記録へ戻る。


 何を考えたのかは分からない。


 ただ、その後もアヤメは試料へ口をつけなかった。


     ◇


 食べられるかどうかの確認は、今日中に終わらない。


 死骸を種類ごとに離し、近づける者を決め、観察だけを続ける。


 俺たちは壁門側へ戻った。


「直す順番を決めよう」


 千代が言う。


「門が先じゃ」


 ナーヴァが即答する。


「風呂ではないんだな」


「門が破られれば、風呂へ入りながら敵を待つことになる」


「そこまでして入るの?」


 ヴィオラが聞く。


「入らぬ」


 ナーヴァは少し考える。


「ゆえに、風呂へ入れる状態を守るには門が要る」


 ナーヴァが門を守りたいわけではない。


 門の向こうにある生活を失いたくないから、門が必要だった。


「私は、水と布を先に戻したいですわ」


 レイナが言う。


「次に負傷者が出ても、洗う物が足りなければ治療を始められませんもの」


「食料も分け直します」


 ファステが続ける。


「昨日、治療用品を取り出すために物資箱を動かしました。食料と衣類まで同じ場所へ寄せれば、火や体液で一度に使えなくなります」


「柵も直さないと」


 ヴィオラが、折れた木を見る。


「あれがなかったら、最初の一体がもっと奥まで来てた」


「でも、同じ物を直すだけでは次も折れる」


 リゼは右手を使わず、左手で傷んだ門を示した。


「門の前で迎え撃つ者と、後ろへ運ぶ者が同じ道を使っている。昨日は詰まらなかったが、敵がもう一体多ければ分からなかった」


「全部必要だな」


 俺が言う。


「だから困っておる」


 千代が答えた。


 門だけ直せばいいわけではない。


 水と布だけでもない。


 柵だけでもない。


 命さえ助かれば、ほかは全部失ってもいいとも思えなかった。


 ヴィオラが選んだ私物。


 ミネットが置いていった本と衣服。


 セリナが帰ってきた時に休める寝床。


 ファステが使う台所と、セリナからもらった茶葉。


 レイナが負傷者を寝かせられる場所。


 ナーヴァが気に入っている風呂。


 畑の作物。


 武器と工具。


 誰かが一人で静かに眠れる部屋。


 一つだけ残っても、今の生活には戻れない。


「前は、安全ならそれでいいと思ってた」


 俺は言った。


 外に出なくていい。


 誰にも見つからない。


 危険なものが入ってこない。


 最初に欲しかったのは、それだけだった。


「でも、俺が閉じこもるためだけの場所じゃ、もう足りない」


 ミネットは学校へ行く。


 セリナは旅をする。


 アヤメも、自分の目的と仕事のために外へ出る。


 エウリオのように、必要な時だけ来る者もいる。


「外へ行かなければ安全なのかもしれない。でも、外へ行かないように守りたいわけじゃない」


「では、何を守るのじゃ?」


「外へ行っても、帰れるようにしたい」


 門を閉じたまま、全員を内側へ置けばいいわけではない。


 帰る義務はなくていい。


 いつ帰るかも、自分で決めればいい。


 それでも帰ろうとした時、ここが残っていてほしい。


「守りたいものは、一つじゃないんだと思う」


 人。


 道。


 物。


 暮らし。


 それを自分で選べること。


 全部を無傷で残せるとは思わない。


 でも、どれか一つだけ守ればいいとも思えなかった。


     ◇


「前に、退路を守りたいと言ったね」


 俺が尋ねると、アヤメが頷いた。


「今も変わりません」


「アヤメだけが使える道でいい?」


 少し前なら、すぐに肯定したかもしれない。


 アヤメは傷んだ壁門を見る。


 次に、リゼの巻かれた腕。


 壊れた柵と、減った水桶を見る。


「自分の退路だけではありません」


 ゆっくりと言った。


「ここにいる者が逃げられる道も必要です」


「皆を先に逃がす?」


「そこまでは言っていません」


 すぐに否定された。


「私の退路を塞がない形で、ほかの者も使える道が必要です」


「うん」


「なぜ笑うのですか」


「笑ってた?」


「少し」


 アヤメが俺を見る目は、まだ疑う時のものだった。


 でも、最初にここを牢ではないかと疑っていた時より、少しだけ違って見えた。


 気のせいかもしれない。


 今は確かめなくていい。


     ◇


 その日の修理は、できるところまでで終わった。


 折れた柵は、完全には戻らない。


 水は別の桶から移し、治療用として使う分を分けた。


 壁門には近づきすぎず、隙間の前へ仮の板を置いた。


 人型ゴーレムは重い作業から外し、従来の位置で待機させた。


 夜になり、全員が邸宅へ戻る。


 警報は鳴らなかった。


 壁門を叩く音もしない。


 それでも、寝台へ入ってしばらくした頃。


 低い振動で目が覚めた。


「……また?」


 靴を履く。


 外套をつかみ、部屋を出る。


 廊下にはリゼとファステが出ていた。


 ほかの部屋からも扉が開く。


「警報は?」


「鳴っていません」


 ファステが答える。


 石製ゴーレムの警報音はない。


 壁門への衝撃音もない。


 なのに、足元が震えている。


 一度。


 止まる。


 今度は壁の奥から、長く低い音がした。


 土や石が、見えないところで動いているような音だった。


「灰色のやつか?」


 俺が言う。


「決めるな」


 リゼが答える。


「でも、壁門側は閉じたままだ。全員、まず邸宅へ集める」


 訓練の時とは違う。


 今は移動する役割がない。


 壁門へ確認に行くより、未知の変化から離れる。


 千代とナーヴァも戻ってくる。


 アヤメは通路の床へ手を触れた。


「外から近づいている振動ではありません」


「分かるの?」


「門側だけではなく、ここも同時に動いています」


 邸宅の床も、壁門へ続く通路も震えている。


 菜園側からも、かすかな音が響く。


 一つの方向から押されているようには見えない。


 灰色の床が広がっている様子もなかった。


「侵食ではないのか?」


 千代が尋ねる。


「分からない」


 能力表示を確認する。


 侵食を示す表示はない。


 領域保全の新しい説明もない。


 入口は閉じている。


 それ以上は、何も教えてくれない。


「外へ出る?」


 ヴィオラが尋ねた。


「今、外へつないで安全か分からない」


 通常入口を開けば、現地世界との接続が増える。


 何が起きているのか分からない状態で開きたくない。


「邸宅から出ない。壁から離れて、揺れが止まるまで待つ」


 俺たちは共用区画の中央へ集まった。


 今度は所在確認のためだ。


 移動する者はいない。


 誰も壁門へ走らない。


 振動が、また強くなる。


 棚の器が小さく鳴った。


 天井から埃が落ちる。


 ナーヴァが上を見る。


「壊れるのか?」


「分からない」


「分からぬことばかりじゃな」


「うん」


 でも、昨日とは違うことが一つあった。


 外から、何かが門を叩いている音ではなかった。


 今度は、俺たちが守ろうとした場所そのものが。


 内側から、形を変えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。