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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第174話 夜に鳴るのは、訓練の鐘

「夜に試す前に、決めておくことがある」


 俺たちは食堂へ集まり、千代の前に小さな鐘を置いた。


 魔道具ではない。


 遠くへ音を送る機能もない。


 倉庫にあった、手で振れば鳴るだけの鐘だ。


「訓練で鳴らすのは、これ」


 千代が持ち上げ、一度だけ振る。


 高く、短い音が食堂へ響いた。


 壁門近くの石製ゴーレムが鳴らす警報とは違う。


「本物の警報が鳴ったら?」


 ヴィオラが尋ねた。


「訓練は中止。本当の手順へ切り替える」


「鐘と警報が同時に鳴ったら?」


「警報を優先する」


 訓練の日は、今日から数日以内。


 夜に行うことだけは全員が知っている。


 正確な日と時刻を決めるのは千代だけ。


「我にも教えぬのか?」


 ナーヴァが聞いた。


「教えぬ」


「眠っておるかもしれぬぞ」


「眠っている時に動けるか確かめるのじゃ」


「起きなかった場合は?」


「扉の外から呼ぶ。勝手に部屋へは入らない」


 各自、寝台の近くへ靴と避難用の外套を置く。


 鐘が鳴っても、完全には着替えない。


 最低限の格好で、決めた場所へ移動する。


「それ、本当に必要?」


 ヴィオラが外套を広げながら言う。


「着替えている間に敵が待ってくれるとは限らないから」


「でも、訓練でしょ」


「訓練だから、どれくらい困るか確かめたい」


 身体へ触れる場合の条件も決めた。


 負傷者役を運ぶために必要な範囲。


 転びそうな者を支える場合。


 本当に危険が生じた時。


 それ以外では、訓練を理由に勝手に触らない。


「負傷者役は私がやる」


 リゼが言った。


「いいの?」


「私が倒れた後も動けるか確かめたいと言ったのは、私だからな」


「本当に倒れなくていいよ」


「分かっている。決めた場所で横になるだけだ」


「担架で運ぶ時は?」


「持ち上げていい。運び方に問題があれば、その場で止める」


 俺の役割も、もう一度確認した。


 通常入口は、訓練開始時にも閉じたままにする。


 開いていないことを確認し、住民がどこにいるかを把握する。


 最初から壁門へは向かわない。


「見に行きたくなっても?」


 リゼが聞く。


「行かない」


「本当に?」


「……必要になるまでは」


「今の間が不安だな」


 俺も少し不安だった。


     ◇


 その日の夜、鐘は鳴らなかった。


 靴を寝台の近くへ置く。


 外套も手を伸ばせば取れる位置へ掛けた。


 横になる。


 眠ろうとする。


 少し物音がするたび、鐘ではないかと思って目を開けた。


 朝まで何も起きなかった。


「寝不足か?」


 翌朝、リゼに聞かれた。


「少し」


「今夜だと思っていた?」


「今日から数日以内って聞いたら、最初の日も警戒するだろ」


「千代に聞けばよかったのに」


「聞いたら訓練にならない」


「そうだな」


 昼間はいつもどおりに過ごした。


 仮設柵の位置を変えない。


 物資箱の中身も触らない。


 誰も鐘の時刻を千代へ聞かなかった。


 二日目の夜も、鐘は鳴らなかった。


 三日目。


 待つことに疲れたのか、俺は前より早く眠った。


     ◇


 音がした。


 一度目は、何の音か分からなかった。


 高く、短い音。


 目を開ける。


 暗い。


 身体を起こしたところで、二度目の音が鳴った。


 訓練だ。


 寝台から足を下ろす。


 靴を履く。


 外套を肩へ掛ける。


 留め具を一度外し、暗い中で付け直した。


 部屋を出る。


 廊下の向こうでも、扉が開いていた。


 リゼが出てくる。


 寝間着の上へ外套を羽織り、長い髪は解いたままだった。


 眠そうには見えない。


 廊下の左右へ視線を走らせ、すぐ人数を確かめ始める。


 反対側からファステが来た。


 髪を十分に整えていない。


 外套の前を片手で押さえながら、それでも自分の服より、開いた扉の数を見ている。


「夜斗様。リゼ様。確認しました」


 レイナは乱れた髪を直す前に、治療用品を置いた方角へ向かった。


 ヴィオラはまだ眠そうな顔で外套を引き寄せていたが、鐘の三度目の音を聞くと走り出した。


 ナーヴァは明らかに不機嫌そうだった。


「眠い」


 そう言いながら、壁門側を見た瞬間に目が変わる。


 アヤメは寝間着の上へ暗い外套を羽織っていた。


 髪は普段より緩く、完全にはまとめられていない。


 それでも足音を立てず、俺たちより先に出口と通路の影を確認していた。


 千代だけは、すでに外套の留め具を閉じ、小さな鐘を持っている。


 同じ夜だった。


 同じ訓練だった。


 外套も、避難用として用意した同じ形だ。


 それなのに、全員違って見えた。


 眠気の残る顔。


 解いた髪。


 普段は見ない寝間着。


 無防備な姿のまま、音を聞いた瞬間から真剣に動き始める。


 まずいと思った。


 何がまずいのか考える前に、表示が現れた。


『《淫獄石》を600個獲得しました』


『所持《淫獄石》:1,600』


 六百。


 訓練をしたからではない。


 皆が協力してくれたからでもない。


 寝間着と髪と外套。


 眠そうな姿から真剣な顔へ切り替わった、その落差を。


 俺が性的に意識した。


 たぶん、それだけだ。


「夜斗、そこで止まるな」


 千代の声が飛んだ。


 気づけば、俺は通路の中央に立っていた。


「どいて!」


 後ろからヴィオラの声がする。


 軽い物資箱を抱えている。


 俺が横へ動こうとした。


 別の方向から、ファステが来る。


 どちらへ避ければいいか迷った瞬間、外套の腕をつかまれた。


 身体が通路の端へ引かれる。


 アヤメだった。


 ヴィオラが横を抜ける。


 ファステも反対側へ進んだ。


「助けてくれた?」


「通路を塞がれると、全員が困ります」


 アヤメはそれだけ言い、廊下の先へ目を戻した。


 俺も表示から意識を外す。


 通常入口へ向かった。


 閉じている。


 予定どおりだ。


 それを確認するまでに、俺はもう一度、予定にない時間を使っていた。


     ◇


 治療用品の箱は、邸宅から少し離れた場所に置いてある。


 レイナとヴィオラが向かった。


 俺の位置からは、手元まで見えない。


「こっち?」


 ヴィオラの声が聞こえる。


「お待ちください」


 レイナが箱に付けた布へ触れる。


「こちらではありませんわ」


「色は分からないよ」


「結び方は分かります」


 レイナは別の箱へ手を伸ばした。


 布の結び目を指で確かめる。


「こちらですわ」


 色だけなら取り違えていた。


 結び方も変えていたから、暗くても判別できた。


 ただし、明るい時より時間がかかっている。


 箱を見つける。


 布へ触れる。


 結び目を数える。


 持ち上げる。


 箱の数が増えれば、その分だけ確認も増える。


     ◇


 リゼは決めた場所まで移動し、床へ横になっていた。


 訓練上の負傷者だ。


 ナーヴァとファステが、簡易担架を運んでくる。


「乗せるぞ」


「ああ」


 事前に決めたとおり、二人がリゼの身体を支える。


 担架へ移す。


「痛いところは?」


 ファステが尋ねた。


「ない。訓練を続けられる」


 ナーヴァが頭側を持ち、ファステが足側を持つ。


 持ち上げる。


 仮設柵の最初の角へ入った。


 昼間より遅い。


 灯りが少なく、足元と柵の端を同時には見られない。


「右へ寄れ」


 リゼが担架の上から言う。


「負傷者は黙っておれ」


「柵へ当たりそうだから言った」


「当てぬ」


 ナーヴァが身体の向きを変える。


 担架も曲がる。


 二つ目の角を抜けたところで、正面から灯りが近づいてきた。


 ヴィオラとレイナだ。


 二人で治療用品の箱を運んでいる。


「止まって」


 ヴィオラが言う。


 ナーヴァも止まった。


 担架と箱が向かい合う。


 どちらも通れる幅はある。


 同時にすれ違える幅はない。


「どちらが戻る?」


 アヤメの声が後ろからした。


 避難経路を確かめる役として来たが、ナーヴァたちの後ろで止まっている。


「負傷者を先に」


 レイナが答える。


「戻るためにも、後ろに人がいる」


 アヤメが言う。


 ナーヴァとファステの後ろには、アヤメがいる。


 そのさらに後ろから、別の者が来る可能性もある。


「私が下がる」


 ヴィオラが箱を持ち直した。


「レイナ、一回戻ろう」


 二人が来た道を下がる。


 狭い場所で向きを変えるため、また時間がかかった。


 担架はようやく進む。


 通れるように作った道で、担架とほかの者がぶつかって止まった。


     ◇


 リゼを治療場所へ運んだ後、ナーヴァは壁門側へ向かった。


 今度は避難する方向と逆へ進む。


 柵の間へ入ったところで、千代と向かい合った。


「どけ」


「そなたが戻れ」


「我は壁門を見る」


「我は壁門を閉じた確認から戻るところじゃ」


 二人とも止まった。


「横を通れない?」


 少し離れたところから俺が聞く。


「通れぬ」


 ナーヴァが即答した。


「昼は通れたよ」


「夜に急げばぶつかる」


「一人ずつ通ったからな」


 千代も柵を見る。


 壁門を閉じる者。


 確認を終えて戻る者。


 これから壁門へ向かう者。


 同じ道を、別の向きへ使っている。


 昼間に一人ずつ歩いた時には、誰ともぶつからなかった。


 夜に全員が動けば、道の意味が変わっていた。


     ◇


「ファステ、人数は?」


 俺が尋ねた。


「確認中です」


「誰がまだ?」


「今、こちらにいらっしゃるのは――」


 ファステが周囲を見る。


 リゼは治療場所。


 レイナとヴィオラは物資箱を運び直している。


 千代とナーヴァは仮設柵のところ。


 アヤメは通路の先。


 俺は通常入口の近くにいる。


「全員、一度こちらへ来ていただけますか?」


 ファステの声を聞き、皆が邸宅玄関へ向かい始めた。


 最初にヴィオラが来る。


 後ろにレイナ。


 反対から千代とナーヴァ。


 アヤメも戻ってくる。


 玄関の前で、人が止まった。


「入れないよ」


 ヴィオラが言う。


「押すな」


「押してない。後ろから来てるの」


 人数を確かめるために一か所へ集めた。


 そのせいで、玄関が通れなくなった。


 アヤメが人の間から抜け、塞がった玄関を指した。


「集めずに所在を数える方法が必要です」


 誰かが見に行けば、その間に別の者が移動する。


 全員を集めれば、道が塞がる。


 集合場所を一つ決めるだけでは足りなかった。


     ◇


 鐘が続けて三度鳴った。


 千代が決めた、訓練終了の合図だ。


「止めるぞ」


 全員がその場で動きを止める。


 本物の警報が鳴っていないことを確認する。


 怪我をした者がいないか、一人ずつ声を出す。


 リゼも担架から下り、自分で歩いた。


「食堂へ集まろう」


 俺が言うと、皆がこちらを見る。


 寝間着。


 解いた髪。


 避難用の外套。


 訓練中より落ち着いた今の方が、かえって意識しそうになった。


「着替えてからにしよう」


「今さら?」


 ヴィオラに言われた。


「今さらでも」


「さっき、ずっと見てたよね」


「動きを確認してた」


「本当に?」


「それだけではなかったです」


 アヤメが言った。


「なんで分かるの?」


「通路の中央で止まっていました」


 否定できなかった。


「とにかく、着替えてから」


 訓練が終わった後まで、寝間着のままでいてもらう理由はない。


 皆はいったん部屋へ戻った。


 身支度を整えてから、改めて食堂へ集まった。


     ◇


 卓の上へ、訓練で起きたことを書き出す。


 暗い場所では、布の色だけでは箱を見分けられない。


 結び方は役に立ったが、触って確かめる時間が必要だった。


 担架と物資が同じ道で向かい合った。


 ナーヴァと千代が仮設柵ですれ違えなかった。


 負傷者を運ぶ者と、壁門へ向かう者の道が重なった。


 邸宅玄関へ人が集まり、動けなくなった。


 全員の無事を確かめる方法も決まっていなかった。


 それから。


「夜斗が、何もないところで止まった」


 ヴィオラが言った。


「何もなくはない」


「何があったの?」


「能力の通知」


「何の?」


「《淫獄石》が増えた」


「訓練で?」


 ファステが尋ねる。


「違う。皆の寝間着とか、髪とか、外套とか。そのまま真剣に動いてるところを見たから」


 少しの間、誰も話さなかった。


「訓練中に、何を見ておる」


 ナーヴァが呆れたように言う。


「俺もそう思う」


「通知は勝手に出たんだよ」


 言い訳しかける。


 千代が俺を見る。


「出たことと、読むために止まったことは別じゃ」


「はい」


 表示が出ることは、俺には止められない。


 そこで内容を追い、立ち止まるかどうかは別だった。


「次から、警報中は石が増えた通知では止まらない」


「ほかの通知は?」


 リゼが聞く。


「入口や領域の異常なら見る。それ以外は、安全な場所へ着いてから確認する」


「できる?」


「やる」


 俺自身も、防衛手順を乱す側になり得る。


 記録へ加えた。


「でもさ」


 ヴィオラが、書き出した問題を上から見た。


「誰か一人が間違ったから失敗したんじゃないよね」


「俺は間違ったと思う」


「夜斗は止まった。でも、夜斗が動いてても、担架と箱はぶつかったよ」


「そうだな」


「ナーヴァと千代も、決めたことをしようとしてぶつかった」


 どちらかが勝手な行動をしたわけではない。


 負傷者を運んだ。


 物資を運んだ。


 壁門を確認した。


 人数を数えようとした。


 決めたとおりに動こうとして、道が塞がった。


「人が間違ってるんじゃなくて、場所の形が足りないんじゃない?」


 昼間に一人ずつ歩けた道は、夜に全員で動けば道ではなくなった。


 俺たちが手順を覚えるだけでは足りない。


 同時に動いても邪魔にならない形が、ここにはまだなかった。

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