第173話 作れるものから作る
翌朝、俺は《淫獄》の機能を確認した。
何か新しいものが増えていないか。
壁門の内側を曲げる機能。
負傷者を安全な場所へ運ぶ機能。
敵だけを止める柵。
俺以外にも通常入口を開ける権限。
どれも表示されていなかった。
「増えたか?」
隣にいたリゼが尋ねる。
「何も」
「そうか」
「皆で守りたいものを話したから、少しくらい変わるかと思った」
「話すたびに都合よく変わるなら、もう城になってるだろ」
「城までは求めてないよ」
「なら、何を待ってる?」
新しい機能が増えること。
必要なものが、いつの間にか用意されること。
でも、次に魔物が来るまで待ってくれるとは限らない。
「待つの、やめる」
俺は表示を閉じた。
◇
「今ある物で、何が作れる?」
食堂の卓へ、使えそうな物を書き出した。
余っている木材。
空の棚。
丈夫な縄。
布。
水桶。
空き箱。
工具。
「これも使えるかな」
俺は食堂の端にある椅子を持ち上げた。
「そちらは毎日使用しております」
ファステに止められた。
「でも、何脚かあるよね」
「皆様がお食事をされるための物です」
「一脚くらいなら」
「夜斗様がお使いになっている椅子からでしたら」
「じゃあ、やめる」
椅子を戻した。
「防衛に必要でも駄目?」
ヴィオラが尋ねる。
「使うこと自体が駄目なのではありません。普段お使いになる物を、確認せず別の用途へ回してはいけないと思います」
「じゃあ、私の部屋の箱も使わないでね」
「何が入ってるの?」
「私の物」
「具体的には?」
「私の物は、私の物でいいでしょ」
「うん。使わない」
共同で使っている物。
余っている物。
持ち主が使ってよいと言った物。
防衛のためでも、その区別はなくならない。
使える物をもう一度選び直した。
◇
最初に作ったのは、木の柵だった。
壁門の内側へ置く。
床や壁へ固定はしない。
必要がなければ動かせるように、木材を組み、倒れにくい幅を取る。
「こんなものか?」
リゼが揺らして確かめる。
「もう少し重くした方がよいな」
千代が反対側を押した。
「重くすると、私たちが動かせなくならない?」
ヴィオラが言う。
「敵が簡単に動かせても意味がない」
「私が動かせなくても困るよ」
完全に止めるための壁ではない。
大型の魔物が真っすぐ進めないようにする。
走ってきた相手が、一度足を止めるようにする。
誰かが壁門へ来るまでの時間を少し増やす。
「これでどう?」
柵を二つ、少しずらして置いた。
間を曲がれば通れる。
俺が試す。
一つ目を避ける。
横へ動く。
二つ目の端で身体を回す。
壁門側から邸宅側へ抜けた。
「通れた」
「夜斗が通れるなら、細すぎない?」
「どういう意味?」
「敵も通れる」
「敵を絶対に止める物じゃないから」
今度はヴィオラが通る。
俺より速い。
次にファステ。
服を引っかけないよう、少し慎重に曲がる。
レイナも続いた。
「皆、通れるね」
「我は通れぬ」
後ろからナーヴァの声がした。
「今、人の姿だろ?」
「狭い」
ナーヴァは一つ目の柵を避けた。
二つ目との間で足を止める。
身体は通る。
でも、曲がるために大きく速度を落としていた。
「通れてるよ」
「急いでおる時に面倒じゃ」
「敵も面倒になる」
「我まで面倒になる」
ナーヴァが柵へ手をかける。
「これを動かした方が早い」
「動かしたら敵も真っすぐ来るよ」
「では、燃やす」
「木だから燃えるね」
敵より先に、ナーヴァが障害物を壊しそうだった。
「人を運んでいた場合は、さらに通りにくいです」
アヤメが言った。
「ナーヴァが誰かを抱えてる時?」
「人だけとは限りません。物資、負傷者、武器。両手が塞がっていれば、身体の向きを変えるにも時間がかかります」
ナーヴァ一人が通れるだけでは足りない。
柵の位置を少し広げた。
敵も通りやすくなる。
でも、こちらが使えない道を作っても仕方がない。
◇
ファステとレイナは、使える物資を分け始めた。
水。
清潔な布。
傷を洗う道具。
縄。
小さな工具。
全部を壁門の近くへ置けば、すぐ使える。
壁門を越えられれば、まとめて失う。
全部を邸宅へ戻せば、必要になるたび取りに来なければならない。
「こちらと、邸宅寄り。それから治療に使う場所の近くへ分けますわ」
レイナが空き箱を三つ並べた。
「同じ物を全部に入れる?」
「最低限は」
「どれが何の箱か、暗くても分かるようにしたいですね」
ファステが布を持ってくる。
色の違う布。
端を一度だけ結んだもの。
二度結んだもの。
太い布と細い布。
「文字だけではいけないの?」
「汚れや水で読みにくくなる可能性があります」
ファステが答える。
「以前、レイナ様と相談して決めた方法を使えます。色と結び方が違えば、暗い場所でも手で確認できます」
「全部覚えられるかな」
「最初から増やしすぎなければよいと思いますわ」
レイナが箱の中身を分ける。
壁門寄りの箱には、水と布を多めにした。
邸宅寄りには、予備の工具と縄。
治療場所へ運ぶ箱には、傷を洗う物と清潔な布。
「できましたわ」
「運んでみる」
ヴィオラが壁門寄りの箱を持ち上げようとした。
箱が少し浮き、すぐ床へ戻る。
「重い」
「水を入れすぎましたわね」
「二人なら運べるよ」
「一人しかいない時に使えません」
アヤメが言った。
「分けたのに、一人で運べないね」
「さらに分けましょう」
レイナが水を別の容器へ移した。
置き場所が増える。
覚える物も増える。
一つを解決すると、次に決めることが出てきた。
◇
負傷者を置く場所も必要だった。
「厨房はいかがでしょう?」
ファステが尋ねる。
「水は近いですけれど、食事の準備ができなくなりますわ」
レイナが答える。
「血や汚れも入りますね」
「では、個室を一つ空けますか?」
「誰の部屋にする?」
俺が聞くと、答えが止まった。
防衛のためだからといって、誰かの部屋を勝手に治療場所にはできない。
空いている部屋もあるが、入口が狭く、負傷者を運び込みにくい。
菜園の近くは土や外気が入りやすい。
壁門の近くは危険すぎる。
最終的に、邸宅内の共用区画の一部を、警報時だけ空けることにした。
「普段は使っていい?」
ヴィオラが尋ねる。
「はい。警報が鳴った際に、こちらの家具を動かします」
「動かす人も必要だね」
「それも決めなければなりませんわ」
負傷者を運ぶため、丈夫な布と棒も使った。
布の両端へ棒を通し、外れないように結ぶ。
「試す?」
「誰で?」
皆が俺を見た。
「俺?」
「夜斗様が一番お怪我をされていません」
「皆も怪我してないよね?」
「それに、入口を扱う夜斗が倒れた場合も想定できますわ」
レイナの理由に納得してしまった。
靴を脱ぎ、簡易担架へ横になる。
視界が低い。
「持ち上げますわ」
頭側をリゼ。
足側をナーヴァが持った。
「その二人なら俺ごと投げられそう」
「投げぬ」
「早く運ぶなら投げてもよいのではないか?」
「よくない」
身体が浮く。
揺れは少ない。
二人が柵の間へ向かう。
最初の角を曲がった。
二つ目で、担架の棒が柵へ当たる。
「止まれ」
リゼが足を止めた。
「通れない?」
「夜斗だけなら通る。担架の長さが邪魔だ」
「俺を置いていく?」
「設備の方を直しますわ」
レイナが迷わず答えた。
俺は一度下ろされた。
柵の位置をまた変える。
ナーヴァが通れるように広げた場所を、今度は担架が曲がれるように調整した。
敵を遅らせる形が、少しずつ緩くなる。
それでも、負傷者を運べないよりはいい。
◇
次に、警報が鳴った直後の役割を決めた。
最初に音を聞いた者は、自分だけで壁門を見に行かない。
近くにいる者へ伝える。
ファステは住民の所在を確認し、決めた場所へ案内する。
レイナは治療場所を空け、必要な箱を確認する。
ヴィオラは伝達と、一人で運べる物資を動かす。
戦える者は、壁門側の状況を確認する。
「アヤメは?」
「私が確認へ行くと決めた場合は、侵入経路と数を見ます」
「一人で向こうまで行く?」
「必要なら」
「どこまで?」
「状況によります」
「戻る場所は?」
アヤメが俺を見る。
「まだ決まっていません」
「じゃあ、先に決めたい。奥まで追わない。戻る場所を決めてから出る」
「依頼ですか?」
「今の手順として」
「私が確認へ行くと決めた場合も?」
「止められるかは分からない。でも、どこまで行くか誰にも分からないままにはしたくない」
アヤメは少し考えた。
「暫定なら、それで構いません」
「夜斗は?」
ヴィオラが聞く。
「通常入口を閉じる。閉じてたら、壁門を見る」
「待って」
リゼが止めた。
「俺は門まで行かない方がいい?」
「少なくとも、最初から前へ出る必要はない」
「でも、状況は見たい」
「誰かから聞け。夜斗が倒れれば、外へ出る入口を誰も扱えない」
戦えないから、後ろへいるのではない。
俺にしかできないことが残っているから、最初から危険な場所へ行かない。
「じゃあ、通常入口と、皆がどこにいるかを確認する」
「入口が閉じていても、その場を離れないの?」
「必要になるまでは」
壁門が気になって、前へ行きたくなると思う。
でも、俺が見に行くことと、全体が守りやすくなることは別だった。
今決めた役割は、ずっと続ける仕事ではない。
いる者と、起きたことに合わせて変える。
それでも、警報を聞いた全員が同時に壁門へ集まるよりはよかった。
◇
石製の小型ゴーレムは、壁門近くで待機していた。
「柵の位置に合わせて、少し動かした方がいいかな」
「勝手に?」
アヤメが聞いた。
「置く場所くらいなら」
「位置を変えても同じ条件で働くと確認したの?」
「してない」
「人の持ち物へ、必要だからという理由だけで仕事を増やすの?」
ゴーレムはエウリオの物だ。
俺たちが利用することを認められていても、自由に扱えるわけではない。
アヤメも、情報収集に向いているから選んだ。
必要だったからといって、仕事を受け続ける義務にはならなかった。
「やめておく」
石製ゴーレムには触れない。
今までどおりの場所で、今までどおりの役割を続けてもらう。
新しい設備へ合わせる必要が出た時は、エウリオへ相談する。
◇
夕方までに、壁門の内側は朝と違う姿になった。
移動できる柵。
分けて置いた物資。
警報時に空ける治療場所。
簡易担架。
最初に何をするかだけを決めた暫定手順。
「できた?」
ヴィオラが聞く。
「まだ」
答えたのは千代だった。
「作ったではないか」
「作っただけじゃ」
実際に全員で歩く。
柵は敵だけでなく、避難する俺たちも遅らせる。
担架は通れるようになったが、二人で運ぶ間、別の仕事ができない。
分けた水は運びやすくなった代わりに、置き場所を覚える必要がある。
壁門寄りの布は、ナーヴァが炎を使えば燃えるかもしれない。
色布は明るい今なら見分けられる。
夜の暗さで同じように使えるかは分からない。
役割も、誰か一人が不在になれば空く。
「昨日より悪くなってない?」
俺が聞くと、千代が柵を押して位置を確かめた。
「作らねば、どこが悪いかも分からぬ」
「悪いところは分かった」
「ならば、朝より進んでおる」
完成したわけではない。
安全になったとも言えない。
ただ、頭の中だけにあった防衛を、実際に試せる形にはできた。
「次は、夜に動くの?」
ヴィオラが嫌そうに尋ねる。
「いきなり今夜はやらないよ」
「本当に?」
「先に日を決める。途中で危ないと思ったら止める」
「警報も鳴らす?」
「実際に聞こえるか確かめたい」
昼間に、全員が起きた状態で通れただけでは足りない。
眠っている時に音を聞き、決めた場所へ動けるのか。
暗い中で箱を見つけられるのか。
柵へぶつからず、負傷者を運べるのか。
実際の襲撃は、皆が準備できた時間に来てくれるとは限らない。
だから、失敗しても止められる時に試す。
作れるものから作った。
けれど、作っただけでは守れることにならない。
次に確かめるのは、設備ではなかった。
その設備を使って、俺たちが本当に動けるかどうかだった。




