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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第172話 何を守りたい?



「皆が、何を守りたいのか聞きたい」


 そう言った後、俺たちは壁門の前から動けずにいた。


 ファステは邸宅の方を見る。


 ヴィオラは菜園へ目を向けた。


 ナーヴァは腕を組んだまま、閉じた壁門を見ている。


 何を守りたいか。


 聞くことはできても、そこで立ったまま答えるのは難しいらしい。


「《淫獄》では足りぬのか?」


 千代が尋ねた。


「それだと、全部にならない?」


「全部守れればよい」


「守れなかった時、何を先にする?」


 千代が黙る。


 誰かを逃がすのか。


 負傷者を運ぶのか。


 食料を持ち出すのか。


 敵の前に立つのか。


 全部を同時にできるなら困らない。


 でも、今さっき確かめたばかりだ。


 一人ずつが正しいと思った行動をしても、全体では噛み合わない。


「ここで決めなくてもよいのではありませんか?」


 ファステが言った。


「どういうこと?」


「実際に見ながら考えてはいかがでしょう」


 ファステが見ていたのは、邸宅だけではなかった。


 壁門から続く通路。


 その先にある菜園と倉庫。


 俺たちが暮らしている場所全体だ。


「歩くの?」


「守りたいものが、今いる場所から見えるとは限りませんもの」


 レイナが答えた。


 俺たちは、もう一度壁門から歩くことにした。


     ◇


 最初に見るのは、閉じた壁門だった。


「リゼは、何を守りたい?」


 尋ねると、リゼはすぐには答えなかった。


 門へ近づき、片手を触れる。


「これを守りたいわけじゃない」


「門じゃない?」


「壊されない方がいい。でも、門が残っても、後ろにいる者が全員死ねば意味はない」


 リゼが振り返る。


 壁門の後ろには、俺たちが並んでいた。


 そのさらに後ろに、生活している邸宅がある。


「私は前へ出る」


「うん」


「敵を止められるなら止める。倒せるなら倒す」


「それで、何を守りたい?」


「私が倒れた後だ」


 一瞬、意味が分からなかった。


「倒れたいってこと?」


「違う」


 リゼが俺を睨んだ。


「私が倒れただけで、後ろまで全部崩れるのが駄目だと言っている」


「ああ」


「私が立っていれば守れる、では足りない。立てなくなっても、すぐ敵が後ろへ届かない状態にしたい」


 リゼ自身を無事にするだけではない。


 リゼが戦えなくなった後も、残るものを守りたい。


「それなら、救助にも行けるな」


 千代が言う。


「今のままでは、前で倒れた者を助けに行けば、そのまま敵と向き合うことになる」


「そうだ。私一人を助けるために、次まで倒れるのは困る」


「リゼを助けないということ?」


 ヴィオラが聞く。


「助けに来るなとは言っていない」


 リゼは少し考えた。


「助けに来た者まで、一緒に倒れないようにしたい」


 まだ、どうすればいいかは分からない。


 でも、リゼが守りたい状態は分かった。


 一人が倒れただけで、残りまで続けて倒れないこと。


     ◇


「次は我か?」


 ナーヴァが尋ねた。


「何を守りたい?」


「我が守りたいのは、門ではない」


「それはさっきも聞いた」


「ならば分かるであろう」


「門じゃないことしか分からないよ」


 ナーヴァが壁門から離れる。


 そのまま邸宅の方へ歩き始めた。


 俺たちも後を追う。


「我が好きに眠り、食い、風呂へ入れる場所じゃ」


「全部、自分のため?」


「当然だ」


 ナーヴァは迷わなかった。


「我が暮らす場所を壊しに来るなら焼く。我が食う物を奪うなら倒す。眠りを邪魔するなら追い払う」


「皆を守るためではなく?」


 ファステが尋ねる。


「皆がおらぬ場所では、今と同じようには暮らせぬ」


 ナーヴァはそれだけ答えた。


 皆を守りたいとは言わない。


 でも、ナーヴァが気に入っている暮らしの中には、もう俺たちも入っているらしい。


「戦うのは嫌じゃないんだよな」


「相手による。弱すぎればつまらぬ。強すぎれば面倒だ」


「じゃあ、門のところで必要な時だけ炎を使うのは?」


「毎日立たずに済むならよい」


 ナーヴァが壁門を振り返る。


「門を開けず、向こうだけを焼ければ楽だな」


「できる?」


「今は壁がある」


 できるとも、できないとも決まっていない。


 ただ、ナーヴァ自身を門へ置くのではなく、必要な時だけ力を使える方がよい。


 それがナーヴァの望む形だった。


     ◇


 菜園のそばを通る。


 育てているものは、敵が来た時に持って逃げられない。


 土ごと運ぶこともできない。


 ファステが足を止めた。


「ファステは、菜園?」


「こちらも守れればと思います」


「一番は?」


「皆様です」


 答えは早かった。


 でも、それだけでは何をするか決まらない。


「皆を守るために、最初に何をする?」


「お知らせして、安全な場所へご案内します」


「安全な場所って?」


「それは……これから決めます」


「何も持たずに逃げる?」


「緊急であれば」


「水も食料も?」


 ファステが菜園から倉庫へ目を移した。


「短い時間で済むとは限りませんね」


「うん」


「皆様だけではなく、皆様がその後も暮らすための物も必要です」


 ファステは、食料だけを挙げなかった。


 飲み水。


 寝具。


 替えの衣服。


 火を起こす道具。


 怪我をした時に使う布。


 今まで一つずつ増やしてきた、生活のための物。


「全部運べる?」


「難しいと思います」


「じゃあ、何を持つ?」


「それを決めなければなりません」


 守りたいと言うだけでは足りない。


 置いて逃げる物と、持っていく物も選ぶ必要がある。


「わたくしは、治療できる場所が必要ですわ」


 レイナが言った。


「道具?」


「道具も必要ですけれど、それだけではありませんの」


 レイナが、邸宅へ続く通路の幅を見る。


「負傷した方をこちらへ運んでいる時に、避難する方々が向こうから来れば、どちらも進めなくなりますわ」


「今の通路だと、同じ道を使うことになるね」


「治療を始めた場所へ、次々に人が集まっても困りますわ。ですが、離れすぎれば運び込めません」


「レイナが守りたいのは、怪我をした人?」


「はい。それから、助けられる状態ですわね」


 レイナ一人が無事でも、道具がなく、場所もなく、負傷者へ近づけなければ治療できない。


 人だけでなく、助けるための場所も守る必要がある。


     ◇


 倉庫を過ぎ、壁門から邸宅までを振り返る。


 今は、ほとんど真っすぐ進める。


「敵が門を越えた後、ここまで来るのを止めるものが少ないな」


 千代が言った。


「千代は、何を守りたい?」


「敵から離れた場所じゃ」


「場所?」


「敵がすぐ目の前へ来ぬ時間、と言った方がよいかもしれぬ」


 千代は壁門から邸宅までを目で追う。


「倒しきれぬ相手もおる。ならば、こちらへ届くまでに時間を使わせたい」


「その間に逃げる?」


「逃げてもよい。立て直してもよい。ナーヴァが起きるのを待ってもよい」


「我を基準にするな」


「起きておれば早いであろう」


「それはそうだ」


 ナーヴァが認めた。


 千代は、必ず敵を倒せる場所を求めているわけではない。


 敵が進む間に、こちらが選べる時間を守りたいのだ。


「ヴィオラは?」


「逃げるだけなのは嫌」


 答えはすぐ返ってきた。


「戦いたい?」


「近くでは嫌。でも、安全なところから何かできるなら、その方がいい」


「石を投げるとか?」


「もっと痛いやつがいい」


 ヴィオラが拳を握る。


「それと、部屋の物」


「自分の物も守りたい?」


「命の方が大事だよ。でも、逃げるたびに全部なくなるのは嫌」


 少し言いにくそうにしたが、取り消さなかった。


「欲しいって言って、自分で選んだ物もあるから」


「うん」


「持ち出せないなら、簡単に取られない方がいい」


 命が一番大事だからといって、ほかを全部諦めたいわけではない。


 自分の物を守りたいと言うことも、間違いではなかった。


     ◇


 最後に、通常入口の前へ来た。


 今は閉じている。


 俺が接続地点を思い浮かべ、開こうとしなければ、外へはつながらない。


「壁門からここまで、隠すものが少ない」


 アヤメが言った。


「ここが見える?」


「入口そのものは、途中の位置から見えません」


「なら、大丈夫?」


「人の動きを見れば、重要な場所は絞れます」


 警報が鳴る。


 皆が邸宅から出てくる。


 誰かは倉庫へ走る。


 誰かは通常入口へ向かう。


 壁門を越えた者がその動きを見れば、生活区域と物資の場所を推測できる。


「今の配置は、侵入した者へ答えを見せます」


「アヤメは、何を守りたい?」


「自分の退路です」


 アヤメは迷わなかった。


「自分だけ?」


「最初に確保するのは、自分が生きて離れられる経路です」


 皆や《淫獄》とは言わない。


 夜斗を守るとも言わない。


 アヤメが最初に守るのは、自分の命と退路だった。


「分かった」


「責めないの?」


「生きて逃げたいのは普通だと思う」


「主を残しても?」


 召喚される前から仕えている主のことだろう。


 俺には、アヤメがどんな状況で主を残すのか分からない。


「俺が決めることじゃない」


「そう」


 アヤメは通常入口を見る。


「ですが、ここでは私だけが逃げられても困ります」


「どうして?」


「逃げた後、戻る場所がなくなります」


 アヤメの声は変わらなかった。


「私一人が外へ出ても、夜斗が動けなければ入口は開きません。残った者が全員倒れれば、私が戻っても生活は続けられません」


「皆も逃げられる方がいい?」


「私の退路を塞がない範囲で」


 アヤメらしい条件が付いた。


 それでも、自分一人だけの道では足りないと考え始めている。


「敵から見えにくく、ここにいる者が使える退路が必要です」


 どんな道にするかは、まだ決めない。


 今分かったのは、アヤメが自分のためにも、ほかの住民が逃げられる状態を必要としていることだった。


     ◇


「夜斗は?」


 ヴィオラに聞かれた。


「俺?」


「皆に聞いたのに、自分だけ答えてないよ」


「俺は、皆を――」


 そこまで言って、止まった。


 皆を守りたい。


 嘘ではない。


 でも、それだけなら、さっきと同じだった。


「帰ってこられる状態を守りたい」


「誰が?」


「今ここにいる皆も。外にいるミネットも、セリナも」


 ミネットは学校へ戻った。


 セリナは港へ向かっている。


 二人を今の防衛人数へ入れることはできない。


 それでも、守る理由から外したくはなかった。


「入口だけ残っても駄目なんだ」


 帰還目印が反応する。


 俺が通常入口を開く。


 それだけできても、入った先が壊れ、暮らせる場所ではなくなっていたら帰れないのと同じだ。


「邸宅が少しくらい壊れても、直せるならいい。物も、全部は無理かもしれない」


「では、何が残ればよい?」


 千代が尋ねる。


「戻って、また暮らし始められるもの」


 人。


 水と食料。


 眠れる場所。


 負傷した者を助けられる場所。


 外から入った瞬間に敵へ見つからない状態。


 全部を無傷で残すことではない。


 失ったものがあっても、ここからもう一度暮らせること。


「それを守りたい」


     ◇


 全員、同じものを守りたいわけではなかった。


 自分の命。


 自由に暮らせる生活。


 ほかの誰か。


 自分で選んだ物。


 逃げるための道と、帰ってくるための場所。


 守りたいものも、その理由も違っていた。


 それでも、一つだけ守れば、残りを失ってよいという話でもなかった。


 俺たちは邸宅の前まで戻った。


 部屋がある。


 食堂がある。


 浴室がある。


 倉庫と菜園もある。


 暮らし始めた頃にはなかったものが増え、ここは生活できる場所になった。


 でも、壁門を越えた敵が来れば、生活するために近くへ集めたものが、全部同じ方向から狙われる。


「ここは家にはなった。でも、守るための場所にはなってないんだな」


 俺が言うと、千代が頷いた。


「ならば、作れるものから変えるしかあるまい」


 守りたいものは、一つではなかった。


 だから、守り方も一つでは足りない。


 今の《淫獄》は、暮らすための家にはなっていた。


 けれど、その暮らしを守るための形には、まだなっていなかった。

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