第171話 守る者が、足りない
セリナを送り出した後、俺とリゼは壁門へ向かった。
「すぐ見に行くのか?」
「今、見ておきたい」
「セリナが戻るまでに?」
「それもある。でも、また誰かが外へ出てから考えることにはしたくない」
セリナがいつ戻るかは分からない。
ミネットも学校にいる。
次に外へ出るのが誰かも、まだ決まっていない。
それでも、ここを残したいと思うなら。
誰も出ていかない日にだけ守れる場所では足りなかった。
◇
壁門は閉じていた。
近くには、石製の小型ゴーレムが立っている。
何者かが通れば警報を鳴らし、通過した数を小石で残す個体だ。
少し離れた位置には、人型ゴーレムもいる。
今のところ、どちらにも壊れた様子はない。
ただ、俺たちの物ではなかった。
「これ、エウリオのなんだよな」
「そうだな」
「ここに置いてくれてるけど、俺たちの設備になったわけじゃない」
「壊れれば、エウリオに持っていく必要がある。命令を変える場合も同じだ」
俺たちが使うことを認められている。
試験が終わった後も、置いていいと言われている。
だからといって、好きに分解したり、別の仕事を増やしたりはできない。
エウリオが返してほしいと言えば、その時は相談することになる。
「借りている物で守ってるんだな」
「借りられること自体は悪くない」
「うん。でも、これがあるから大丈夫って決めるのは違う気がする」
人型ゴーレムの前を通り、壁門へ近づく。
門の向こうは見えない。
閉じている間も、その先には《万物迷宮》が続いている。
何も来ない日が続いても、道そのものが消えたとは限らない。
「今、警報が鳴ったら?」
「私が見る」
「リゼがいなかったら?」
「ナーヴァか千代だな」
「三人ともいなかったら?」
リゼが答えなかった。
俺も、すぐには答えられなかった。
◇
皆を呼び、壁門から邸宅までの通路へ集まってもらった。
ミネットとセリナはいない。
エウリオも、自分の家へ戻っている。
残っている者で、今の状況を確かめる。
「もし、今ここで警報が鳴ったとして」
石製ゴーレムを示す。
「リゼとナーヴァと千代がいなかったら、どうする?」
「なぜ我がおらぬのだ?」
ナーヴァが聞いた。
「外へ狩りに行ってるかもしれないだろ」
「ならば帰ってくるまで待て」
「魔物も待ってくれる?」
「待たぬな」
ナーヴァが腕を組んだ。
「今回は、その三人は答えを知っていても言わないでほしい」
「私もか?」
リゼが尋ねる。
「うん。いない時の話だから」
リゼ、ナーヴァ、千代が少し下がった。
俺も完全に答える側から外れるべきか迷ったが、通常入口を開けられるのは俺だけだ。
いないことにはできない。
「まず、皆様へお知らせします」
ファステが言った。
「邸宅のお部屋にいらっしゃる方へ声をかけ、こちらへ――」
「待って」
アヤメが止める。
「こちらへ集めるの?」
「危険をお知らせするために……。いいえ、門の近くへ集めてはいけませんね」
ファステが自分で言い直す。
「では、安全な場所へお集まりいただきます」
「安全な場所はどこ?」
今度はヴィオラが聞いた。
「邸宅の中?」
「壁門からは離れていますわ」
レイナが答える。
「ですが、どのお部屋へ集まるかまでは決めておりませんわね」
「じゃあ、私が皆を呼ぶ。その間に、誰かが門を見る」
ヴィオラが壁門を指した。
「誰が?」
ファステに聞かれ、ヴィオラが俺を見る。
「俺?」
「夜斗が一番先に見に行きそう」
「行くと思う」
「負傷者が出た場合は、私が治療の準備をいたしますわ」
レイナが続ける。
「道具を取りに戻る?」
「今は邸宅にございますもの」
「じゃあ、その間に負傷者がここへ来たら?」
「どなたかに運んでいただく必要がありますわ」
「誰が運ぶの?」
答えが止まる。
ファステは皆を起こしに行く。
レイナは治療道具を取りに行く。
ヴィオラが門を確認するなら、避難する者を案内できない。
俺が壁門へ来れば、通常入口を開く必要が生じた時に、ここから離れなければならない。
一人ずつなら、どれも間違った行動には思えない。
でも、全員が同時に動くと、必要な場所から人がいなくなった。
「今、誰の指示で動いてた?」
俺が聞く。
「それぞれが必要と思ったことを話していましたわ」
「指示する人も決めてなかったんだ」
戦う前から、もう噛み合っていない。
◇
「夜なら、もっと遅れる」
アヤメが言った。
全員が起きている今でも、誰が警報を確かめ、誰を起こすか決まっていない。夜なら、聞き間違いと本物を分ける間にも遅れる。
石製ゴーレムは、決められた条件に従って音を鳴らす。
けれど、音を聞いた後に何をするかまでは決めてくれない。
人型ゴーレムも、与えられた仕事の外までは助けてくれない。
「夜中なら、皆が寝ている部屋も違う」
ヴィオラが言う。
「私が先に起きても、ファステがどこにいるか探してる間に遅れるかも」
「当番を決めますか?」
ファステが尋ねた。
「毎晩、誰かが起きて見張るの?」
「それでは、警報を置いた意味が薄くなりますわね」
レイナの言葉に、ファステが黙る。
見張らなくても来たことが分かるように、警報を作った。
その警報を聞くために、交代で眠らない者を置くのはおかしい。
「夜のことは、夜に試さないと分からないかもな」
リゼが言った。
「でも、今夜いきなりやるのは嫌だよ」
「私も、先に起こし方を決めてからがいい」
ヴィオラが答える。
今日は、できていないことを確かめるだけにする。
実際に夜中の警報を鳴らすのは、その後だ。
◇
「ナーヴァがずっとここにいてくれたら、止められる相手は増えると思う」
俺が言うと、ナーヴァがこちらを見た。
「だから、ずっと門の前にいてくれって言われたら?」
「嫌じゃ」
「早いな」
「我は門ではない」
迷いのない答えだった。
「戦えと言われれば、相手を見て決める。腹が減れば狩りにも行く。風呂にも入る。眠い時は寝る」
「うん」
「ここへ立ち続けるために住んでおるのではない」
「分かってる」
ナーヴァは強い。
だから頼りたくなる。
でも、強いからという理由だけで、門の一部にしてはいけない。
リゼにも外へ出る理由がある。
千代にも、自分で選ぶ生活がある。
「ならば、もっと強い者を増やせばよいのではないか?」
ナーヴァが言った。
強い人を召喚すればいい。
一瞬、そう考えた。
《淫獄石》は足りない。
今すぐ実行できることではない。
けれど、足りていたとしても。
呼ばれた人が、門の前へ立ち続けたいとは限らない。
アヤメを選んだ時も、俺たちに必要な能力を持っていると思った。
それでも、街へ行く仕事を強制していい理由にはならなかった。
戦える人を呼び、その人に守らせる。
それだけなら、人を一人増やすのではなく、防衛設備を買うのと変わらない。
「強い人が来ても、守ってくれるとは限らない」
「戦いたくない者かもしれぬということか」
「うん。戦えても、ずっと門番をしたいとは限らない」
「それはそうじゃな」
ナーヴァはあっさり認めた。
「では、我が増えても解決せぬのか」
「ナーヴァが二人いたら、食費の問題が増えそう」
「我が二人おれば、獲物も二倍取れる」
「食べる量も二倍だろ」
「足りなければ、さらに取ればよい」
防衛の話とは違う問題が始まりそうなので、そこで止めた。
◇
壁門から邸宅へ戻る途中、アヤメは何度も足を止めた。
通路の幅を見る。
曲がり角から壁門が見えるか確かめる。
床へ置かれている箱と壁の間を通る。
治療道具の場所も、飲み水の保管場所も確認した。
「アヤメ」
「何?」
「防衛の弱いところを、調べてもらいたい」
アヤメはもう調べ始めているように見えた。
それでも、頼むなら条件を決める必要がある。
「依頼として。報酬は――」
「今回は要りません」
「いいの?」
「私もここで寝ています」
アヤメは通路の先にある邸宅を見る。
「侵入されれば、私も困ります。自分が眠る場所の逃げ道を確認するのに、あなたから報酬を取るつもりはありません」
「助けた借りを返すためじゃなくて?」
「違います」
「俺の命令だからでもない?」
「あなたはまだ、私の主ではありません」
はっきり言われた。
でも、前より痛くはなかった。
「分かった。じゃあ、自分のために確認するアヤメと、同じ場所を使ってる俺たちで、一緒に考える」
「それなら構いません」
アヤメは、今まで見つけた問題を挙げた。
警報が鳴った後、最初に確認する者が決まっていない。
迎撃へ向かう者と、避難する者が同じ通路を使う。
負傷者をどこへ運ぶか決まっていない。
治療道具や飲み水が一か所にまとまっている。
夜中に誰が誰を起こすか決まっていない。
強い者が到着するまで、戦えない者が時間を稼ぐ方法もない。
そして。
「夜斗が動けなくなった場合、外へ出る入口を誰も開けられません」
「それは……そうだな」
通常入口を扱えるのは俺だけだ。
避難先として外を使うなら、俺が倒れた時点で使えなくなる。
「すぐに変えられる?」
ヴィオラが尋ねた。
「分かりません」
アヤメは即答した。
「変えられないものもあります。ですから、できないことを前提に別の方法を用意する必要があります」
「でも、私たちは戦えないよ」
「戦えない者を、門へ立たせる必要はありません」
アヤメがヴィオラを見る。
「警報を伝える。門から離れる。負傷者を運ぶ。治療道具を分けておく。逃げ道を塞がない。戦えなくても、決められることはあります」
リゼが頷いた。
「戦う者を増やすだけが、防衛じゃない」
「うん」
全員を戦闘員にする必要はない。
ファステに武器を持たせることが答えではない。
レイナに門前へ立ってもらう必要もない。
ヴィオラが魔物を倒せなくても、できることはある。
俺にも、入口を開く以外に決めるべきことがある。
◇
「では、何から決める?」
千代が尋ねた。
警報を聞いた後の順番。
避難する場所。
治療道具を分ける場所。
夜間の起こし方。
決めなければならないことは多い。
でも、その前に一つ聞きたかった。
「皆が、何を守りたいのか聞きたい」
ファステが俺を見る。
「《淫獄》を、ではなく?」
「《淫獄》の中でも、違うと思う」
邸宅を守りたいのか。
菜園を守りたいのか。
浴室や、自分の部屋や、持ち物なのか。
ここにいる誰かなのか。
今はいないミネットやセリナが、帰ってこられる場所なのか。
何を守りたいかが違えば、逃がしたくない物も、最初に助けたい者も変わる。
「守るものを決めてから、守り方を決める?」
ヴィオラが聞いた。
「全部を同じようには守れないと思うから」
誰かがいないだけで守れなくなるなら。
ここは、帰る場所としてまだ弱い。
足りないのは、戦える者だけではなかった。
戦えない時に、誰が何をするのか。
それを決めたことが、まだ一度もなかった。




