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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第170話 次は、海の向こうへ



 エウリオから別の道を聞いた後も、セリナは船で行くための情報を集め続けた。


 朝に出て、夕方に戻る日もあった。


 戻らず、街で一晩泊まった日もあった。


 同じ場所から何度も現れたと思われないように、第二接続地点から離れてから道を変えたらしい。


 街の門へ近づく前には、兵の数や人相書きも確認していた。


 俺との関係は話していない。


 《淫獄》についても話していない。


 アヤメに調べてもらったわけでもない。


 セリナが、自分の次の旅のために調べた。


 そうして数日が過ぎた。


     ◇


「ここから、港まで」


 食堂の卓へ地図が広げられた。


 新品ではない。


 何度も折り畳まれ、端が少し擦れている。


 地図の上には、セリナが書き加えた印がいくつもあった。


「この道が一番短い。ただ、橋が壊れてるって話もあった」


「通れないの?」


「荷車は難しいらしい。歩けるかは、行ってみないと分からない」


 セリナの指が、別の道をなぞる。


「こっちは遠いけど、乗合馬車がある。途中までなら、港へ向かう隊商も見つけられるかもしれない」


「護衛の仕事を受けるのか?」


 リゼが尋ねた。


「条件がよければ」


「悪ければ?」


「自分で歩く」


 もう港までの行き方を決めたのかと思ったが、違うらしい。


 短い道。


 遠いが馬車を使える道。


 仕事をしながら進める道。


 いくつかの選択肢を持ったまま、出発する。


「宿は?」


 ファステが尋ねる。


「この辺りと、ここ。水を補給できる集落も聞いた」


「食料は足りますか?」


「港までなら。途中で買える分は、全部持っていかない」


「それで、船はいつ出るんだ?」


 俺が聞くと、セリナは地図から顔を上げた。


「分からない」


「そこは分からないの?」


「船が増える季節は聞いた。でも、次に出る日までは、港へ行かないと分からない」


 別大陸へ向かう船があること。


 時期によって数が変わること。


 客として乗る場合の、おおよその船賃。


 荷物が多ければ、別に金を取られること。


 港で使われる貨幣と、両替を扱う場所。


 そこまでは確認できた。


 けれど、実際にどの船が出るのかは分からない。


 船ごとに着く港も、乗せられる荷物も違う。


 身分を確かめられることもあれば、紹介を求められることもあるらしい。


 船の上で食料を出すのか。


 水は船賃に含まれるのか。


 客室があるのか。


 甲板の隅で寝るのか。


 船上の仕事を引き受ければ、安く乗れるのか。


 話した人によって、答えが違っていた。


「どれが本当なの?」


 ヴィオラが聞く。


「どれも、その人が使った船では本当だったのかもしれない」


「今は違うかもしれない?」


「うん」


 古い情報が間違いとは限らない。


 誰か一人の話だけを、今も正しいと決めることもできない。


「じゃあ、どうするの?」


「まず港まで行く」


「そこですぐ船に乗る?」


「船を見て、条件を聞いて、それから決める」


 急いで最初の船へ乗るつもりはないらしい。


 港の治安が悪ければ、別の港を探す。


 金が足りなければ、仕事をする。


 出る船の行き先が望んだ場所と違えば、待つか、行き先を変える。


「エウリオが話していた港へ行くのか?」


 千代が尋ねた。


「候補には入ってる。でも、エウリオがいた頃と同じとは限らない」


「迷宮の道は調べぬのか」


「今は調べない」


 セリナは迷わず答えた。


「使わない道を調べるより、港までの道を確かめる」


 別経路を知った。


 それでも、セリナがやることは変わらなかった。


 確認できる道を通って、港へ行く。


 船を見て、乗るかどうかを決める。


     ◇


「いつ出るの?」


「明日の朝」


 答えは決まっていた。


「いつ戻る?」


 続けて聞いてから、セリナが答える前に気づいた。


 港まで何日かかるかも、まだ確定していない。


 どの船へ乗るかも決めていない。


 別大陸へ着いた後、どこへ行くのかも決めていない。


「戻る日は決めない」


「うん」


「決めても、守れるか分からないから」


「それも、うん」


 戻る日を決めてもらえれば、少しは安心できる。


 その日まで待てる。


 遅れたら心配できる。


 けれど、それは俺が安心するための約束だ。


 海の向こうで予定が変わったセリナを、無理に急がせる理由にはならない。


「でも、戻らないとも決めてない」


 セリナが付け加えた。


「帰る時は、どうする?」


「まず、こっちの大陸まで戻る」


「その後は?」


「使える接続地点を探す。近くまで来られたら、目印が反応するんでしょ」


「たぶん。でも、遠くから話せるわけじゃない」


「分かってる」


 《帰還目印》は、何でも解決してくれる道具ではない。


 遠くから入口を開くこともできない。


 セリナが危険な目に遭った時、俺へ知らせてくれるわけでもない。


 それでも、戻るために使える物の一つではある。


 使う日が来るかどうかは、セリナが決める。


     ◇


 翌朝。


 食堂へ行くと、セリナの旅支度は終わっていた。


 洗った旅装。


 丈夫な靴。


 腰の短い刃物。


 数日前に帰ってきた時と似た姿だ。


 ただ、背負い袋の留め具だけは新しくなっていた。


「これなら、すぐには外れませんわ」


 レイナが革紐を引いて確かめる。


「勝手に直してないよね?」


「昨日、セリナさんへ確認いたしましたわ」


「うん。頼んだ」


「ならよかった」


「夜斗が確認すること?」


「一応」


「私の背負い袋だけど」


「だから確認した」


 セリナが、少しだけ笑った。


 背負い袋の中には、地図と覚え書き。


 水袋。


 保存食。


 薬。


 予備の布。


 仕事に使う道具。


 用途ごとに分けた貨幣。


 壊れた方位磁針も、ほかの道具と一緒に収められた。


「こちらもお持ちください」


 ファステが、小さく包んだ保存食を卓へ置く。


「共同の食料?」


「はい。旅へ出られる方へお渡しする分として、皆様へ確認いたしました」


「全部はもらわないよ」


「港までに必要と思われる分です」


 セリナが包みを持ち上げ、重さを確かめる。


「じゃあ、もらう。足りない分は途中で買う」


「お気をつけて」


「ありがとう」


 ナーヴァが、背負い袋を横から見ている。


「肉は入っておるのか」


「少し」


「海の向こうには、こちらにいない獣がおるかもしれぬ」


「いるかもね」


「食って確かめよ」


「食べられるか確認してからね」


「当然だ」


 ナーヴァが言うと、アヤメがそちらを見た。


「未知の獣は、焼けば安全とは限りません」


「では、何を見ればよい」


「それを今から説明しても、旅へ出るのはセリナです」


「我もいずれ行けばよい」


「竜が港へ降りれば、船より先に兵が集まります」


「面倒だな」


「うん。だから今回は私が行く」


 セリナが背負い袋を背負った。


 肩紐の位置を直す。


 腰の刃物へ手が届くことを確かめる。


 一度下ろして、中身の偏りを直した。


 出発前だからといって、特別なことはしない。


 いつもの旅へ戻るための確認を、一つずつ終わらせている。


「尾けられたと思ったら、接続地点へ直接戻らないでください」


 アヤメが言った。


「分かってる」


「見失わせたと思っても、時間と経路を変えてください」


「それもやる」


「戻る直前に、周囲を二度確認してください」


「三つ目」


「何が?」


「出発前の注意。夜斗みたいになってる」


 アヤメが俺を見た。


「私は、必要なことだけを言っています」


「俺もそのつもりなんだけど」


「夜斗は増えます」


「まだ何も言ってないよ」


「顔に出ています」


 言おうとしていたことはあった。


 危険なら引き返してほしい。


 無理な仕事は受けないでほしい。


 船が怪しかったら乗らないでほしい。


 海の魔物が多い時期なら待ってほしい。


 それから。


「何を言おうとしてたの?」


 セリナに聞かれた。


「……気をつけて」


「それなら聞く」


 ほかは飲み込んだ。


     ◇


 セリナが持っていかなかった物もある。


 着替えが一組。


 旅先で手に入れた、小さな木の器。


 今の旅には使わない布。


 乾燥させた草の束。


 どれも、専用の部屋へ置いたわけではない。


 保管場所の棚へ、セリナの物だと分かる札を付けて収めた。


「持っていかないの?」


「全部持つと重いから」


「次に使うかもしれない?」


「使うかもしれないし、使わないかもしれない」


「帰ってきた時まで取っておく」


「勝手に使わなければ、それでいい」


 帰ってくる約束として残したわけではない。


 持ち歩く必要がないから置いていく。


 それだけだ。


 それでも、セリナの物が《淫獄》に残った。


     ◇


 通常入口の前には、俺とリゼとセリナが立った。


 全員で外へ出る必要はない。


 見送りに来た皆も、入口から少し離れている。


「開ける」


 第二接続地点を思い浮かべる。


 入口を、人一人が通れないほど細く開いた。


 外の光が差し込む。


 水の流れる音。


 湿った土と草の臭い。


 人の声は聞こえない。


 見える範囲に動く影もない。


 一度閉じる。


 少し待った。


 その間に、外側で誰かが近づいた様子はない。


 もう一度、細く開く。


 さっきと同じ水音。


 同じ明るさ。


 入口を広げると、リゼが先に外へ出た。


「待ってろ」


 短く言い残し、周囲を確認する。


 入口から見えない場所まで進み、足跡や人影を調べて戻ってきた。


「新しい足跡はない。近くに人もいない」


「分かった」


 今、確認できる範囲では安全だ。


 それ以上の意味にはしない。


「街道までは、まっすぐ行かない」


 セリナが言った。


「一度、林の側へ回る。誰かに見られてたら、そのまま街道へは出ない」


「港へ行くって、誰にも言わない?」


「仕事を受けるなら、行き先は話す。必要のない相手には話さない」


「帰る場所も?」


「話さない」


 セリナが境界の前へ立つ。


 数日前には、帰るためにここを越えた。


 今日は、次の旅へ出るために越える。


「港まで着いたら――」


「夜斗」


「はい」


「出発が遅れる」


「まだ一つしか言ってない」


「その後に増えるでしょ」


 否定できなかった。


「……行ってらっしゃい」


「行ってくる」


 セリナは一歩進み、境界を越えた。


 外へ出てから、皆の方を見る。


「次は、海の向こうへ」


 別大陸へ着くのは、まだ先だ。


 まず港へ行く。


 船を見て、条件を聞く。


 乗るかどうかは、それから決める。


 それでも、セリナの次の旅はもう始まっていた。


 リゼが外へ出る。


 セリナが林へ入り、姿が見えなくなるまで待った。


 リゼが戻る。


 俺は入口を閉じた。


     ◇


 外の光が消えた。


 水の音も聞こえなくなる。


 そこに残ったのは、《淫獄》の壁だった。


「行ったな」


 リゼが言う。


「うん」


「寂しい?」


「少し」


「止めればよかったと思うか?」


「それは思わない」


 セリナは、自分で行く先を決めた。


 危険がない旅ではない。


 帰る日も決めていない。


 途中で別の場所へ向かうかもしれない。


 それでも、中へ留めておくことが安全だとは思わなかった。


 セリナが自由に旅を続けるなら、俺たちにできることは少ない。


 けれど、一つだけある。


「帰ってこられる場所は、残したい」


 声に出すと、リゼが俺を見る。


「セリナのために?」


「セリナだけじゃない」


 学校へ戻ったミネット。


 今はいないセリナ。


 これから外へ出るかもしれない皆。


 帰りたいと思った時、帰還目印を持っていても。


 入口を開く先そのものがなくなっていたら、戻れない。


 俺たちは一度、門前空間を失っている。


 固定前室門も消えた。


 今の壁門の外には、《万物迷宮》がある。


 そこから来る魔物を止めているのは、壁門と、その時にいる者たちだ。


 リゼ。


 ナーヴァ。


 千代。


 エウリオが置いた人型ゴーレム。


 強い者がいれば、今までは何とかなった。


 でも、その全員がいつも壁門の近くにいるわけではない。


「今のままで、残せるかな」


「何を?」


「ここ」


 俺は閉じた入口ではなく、その向こうにある《淫獄》全体を見た。


 住民が自由に出ていける場所でいるためには。


 出ていった者が戻ろうとした時まで、残っていなければならない。


 セリナは、海の向こうへ行くために出ていった。


 戻る日は決めなかった。


 それでも、戻らないとは決めていない。


 なら俺たちは、次にセリナが帰ろうとした時まで、ここを残さなければならない。

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