↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第一章「逃げ場所から始まる生活」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/95

第17話 背中を預ける



「で、結局これには水を入れられない、と」


 俺は昨日作った簡易容器を持ち上げた。


 硬い殻のような素材を繊維で固定しただけの物だが、乾いた食材や小道具を分けるには役立っている。


 ただし、水を入れると漏れる。


 試しに注いだ分は、今も底から静かに滴り続けていた。


「最初から水には向かないと分かっていただろ」


 リゼが呆れたように言う。


「分かっていた。でも、一晩置けば素材が奇跡的な成長を遂げる可能性も」


「ない」


「夢がないな」


「夢で水を運べるなら、好きなだけ見てろ」


 まったくもって正論だった。


 乾燥食材、小物、火起こし用品。


 床へ直接並べていた物は、昨日よりずっと整理されている。


 けれど、水袋は相変わらず少ない。


 一つ破れれば一気に困るし、日常用と予備へ十分に分けることもできない。


「近くで、ほかの素材を探してみる必要がありますね」


 ファステが漏れた水を布で拭いながら言った。


「昨日の場所とは違う方向でしたら、別の物があるかもしれません」


「遠くまで行けば見つかる可能性は上がるぞ」


 リゼの言葉に、俺は考える。


 水用容器は欲しい。


 かなり欲しい。


 しかし遠出はしたくない。


 かなりしたくない。


 俺の中で欲望と生存本能が争った結果、生存本能が圧勝した。


「……近場だけな」


「最初からそう言え」


「俺は常に安全第一だ」


「臆病を立派に言い換えるな」


「安全管理能力と言ってくれ」


     ◇


 外へ出るのは、俺、リゼ、レイナの三人になった。


 ファステは《淫獄》へ残り、少ない水と食料の管理を続ける。


 千代には、ファステと一緒に既存の容器の配置を見直してもらうことにした。


「私も行けぬのか?」


 千代が腰の刀へ手を添える。


「そなたら三人より、私が足手まといになるとは思えぬが」


「戦えるかどうかの話じゃない」


 答えたのはリゼだった。


「お前はまだ、この辺りの地形も、音も、危険の痕跡も覚えてない。まずは近場を何度か歩いてからだ」


「そなたは知っておると?」


「全部じゃない。だから今日は私が知ってる範囲から出ない」


 千代は少しだけ目を細めた。


 反発するかと思ったが、すぐに刀から手を離す。


「承知した。知らぬ戦場で知ったふりをするほど愚かではない」


「助かる」


「ただし、帰還後に何を見たか聞かせよ。次も知らぬままでは意味がない」


「分かった」


 経験があるからこそ、自分の知らないものも分かるらしい。


 俺なら経験がなくても、危険そうなものは全部知らないと胸を張れる。


「夜斗様も、どうかお気をつけて」


 ファステが俺の荷物を確かめる。


「無理はなさらないでください」


「大丈夫。無理になる前に帰る」


「こいつの場合、無理になるのが早いけどな」


「そこは護衛の腕で補ってほしい」


 リゼは面倒そうに鼻を鳴らしたが、否定はしなかった。


     ◇


 外は、今日も俺に優しくなかった。


 湿った地面は歩きにくい。


 伸びた草は足へ絡む。


 虫らしき羽音が聞こえるたび、俺の首が勝手に縮む。


「まだ何も出ていませんわよ」


 レイナが言う。


「何か出てから怖がったら遅いだろ」


「その理屈ですと、外にいる間はずっと怖がることになりますわ」


「だから外が嫌いなんだ」


 我ながら一貫している。


 先頭はリゼ。


 中央に俺。


 最後をレイナが歩く。


 素材を見分けられるレイナを連れてきたが、彼女も外界では無理をしない。


 知識と警戒は別の仕事だ。


 しばらく進むと、低い木々の間で道らしきものが左右へ分かれた。


 正確には道ではない。


 どちらも草が薄くなり、人一人が通れそうに見えるだけだ。


 そして俺には、どちらも同じくらい危険そうに見えた。


「リゼ。右と左、どっちが安全そうだ?」


 リゼは両方の地面へ目をやり、風の向きを確かめる。


 膝を曲げ、左側の草へ軽く触れたあと、右を指した。


「右だな」


「じゃあ右」


 俺が歩き出そうとすると、リゼが腕を伸ばして止めた。


「理由を聞かないのか?」


「聞いても俺には同じ判断できない。そこはリゼの仕事だろ」


「……一応、左には新しい跡がある。何かが何度も通ってる」


「なるほど」


「今の説明、分かったか?」


「左へ行かない方がいいことは分かった」


 痕跡の形から生き物の大きさや進行方向を読む、なんて芸当は俺にはできない。


 説明を聞くことに意味はある。


 だが、聞いただけで俺がリゼと同じ判断をできるようになった気になる方が危険だ。


 拠点の配置なら俺も考える。


 素材ならレイナを見る。


 外の危険ならリゼに任せる。


 全部を王が決める必要はない。


 というか、全部俺が決めたらたぶん全滅する。


「先に行く。私が止まったら、お前も止まれ」


「了解」


 リゼは一度だけ俺を見てから、右の道へ入った。


     ◇


 見つけたのは、倒れた木の近くに散らばった厚い素材だった。


 樹皮にも見えるし、大きな殻の破片にも見える。


 端は曲がり、いくつかは自然に深いくぼみを作っていた。


「これならどうだ?」


 俺が持ち上げると、思ったより重い。


 腕に力を入れたままレイナへ見せる。


「そのままお持ちください」


「早めに頼む。俺の腕には時間制限がある」


「まだ数秒ですわよ」


 レイナは表面を指で押し、裏返して傷を調べる。


 小さな欠片で内側を軽くこすり、落ちた粉の匂いまで確かめた。


「完全ではありませんが、試す価値はありますわ」


「水を入れられるか?」


「短い間なら可能性はあります。ただ、乾燥すれば割れるかもしれませんし、水を入れたまま置けば柔らかくなるかもしれません」


「恒久利用は無理そうか」


「今の段階では何とも。少なくとも、すぐ水袋の代わりになるとは考えない方がよろしいですわ」


 大成功ではない。


 だが失敗でもない。


 俺たちは状態のよさそうな物をいくつか選んだ。


「この先は、少し地面が低くなっておりますわ」


 レイナが木々の向こうを見る。


「水が集まる場所なら、似た素材でも傷みの少ない物があるかもしれません」


 距離は、それほど遠く見えない。


 もう少し。


 その言葉が頭に浮かんだ直後、前にいたリゼが手を上げた。


「止まれ」


 俺とレイナは足を止める。


 何も見えない。


 ただ、さっきまで聞こえていた小さな羽音が消えていた。


 リゼは風上へ顔を向け、静かに周囲を見渡す。


「何かいるのか?」


「分からない。けど、ここへ来る途中にはなかった匂いがする。奥の草も揺れ方がおかしい」


「素材は、もう少し先にありそうですけれど……」


 レイナも声を落とす。


 少し進めば、もっといい物があるかもしれない。


 ここまで来た。


 あと少しだった。


 以前なら、その惜しさを理由に迷い続けたかもしれない。


「リゼ。戻るべきか?」


「戻る」


「分かった。今拾った分だけ持って帰る」


 答えが出るまで、一秒もかからなかった。


 悔しくないわけではない。


 でも、素材候補は手に入れた。


 俺たちは今日、未知の何かと戦うために来たわけではない。


「レイナ、割れてない物を二つだけ。残りは置く」


「承知しましたわ」


「急ぐぞ。ただし走るな。足音を増やすな」


 リゼの指示に従い、俺たちは来た道を引き返した。


     ◇


 問題は、帰り道にも安全な保証がないことだった。


 分かれ道を越えたあと、遠くから硬い物同士がぶつかるような音がした。


 リゼは進行方向を変え、木々の密な斜面へ俺たちを導く。


「ここを下りる」


「ここ?」


 斜面は急ではない。


 ただ、湿った土が崩れやすく、足場になる根も少ない。


 俺が一人で歩けば、三歩目くらいで尻から滑る自信がある。


「遠回りするより早い。向こうの音とも離れられる」


「安全なのか?」


「絶対とは言わない。私が先に下りる。レイナは後ろから荷物を支えろ」


 リゼは斜面へ足を置き、重心を確かめる。


 迷いはない。


 だが、雑でもない。


「行ける」


 そう言って俺へ手を差し出した。


 下を見れば、普通に怖い。


 戦う以前に、転ぶだけで怪我をするのが俺だ。


「リゼが行けるって言うなら行く」


「なら手を出せ」


 俺は素材をレイナへ預け、リゼの手を取った。


 強く引かれる。


 一歩下りたところで土が滑り、身体が前へ傾いた。


「うわっ」


「慌てるな」


 リゼの腕が俺の背中へ回る。


 胸元が肩へ当たり、硬い防具越しの体温が近づいた。


 戦闘衣からのぞく首筋には汗が浮かび、俺を支える腕には迷いがない。


「足はそこだ。次は右」


「近い近い」


「離したら落ちるぞ」


「それは困る。ぜひ近いままでお願いします」


「注文の多い荷物だな」


 荷物扱いされた。


 反論したいが、今の俺は実際、運ばれている素材より手がかかる。


 リゼは自分の身体を壁のように使い、俺を斜面の下まで支えた。


 俺の安全が、完全にこの人の手の中にある。


 普通なら恐ろしい状況のはずなのに、不思議とさっきより息が楽だった。


「リゼがいると、外でも少しマシだな」


「少し、か」


「かなり」


 言い直すと、リゼの口元がほんの少し上がった。


 強い成人女性へ身体を預け、その腕に支えられている。


 しかも、その相手を俺は信頼している。


 そう意識した瞬間、胸元へ当たる感触や近い体温まで、急にはっきりしてしまった。


『《淫獄石》を18個獲得しました』


『所持《淫獄石》:130』


「今かよ……」


「何がだ?」


「俺の人としての格が一段下がった気がした」


「元から低い。安心しろ」


 安心できる要素が一つもない。


 それでも、リゼの手は斜面を下りきるまで離れなかった。


     ◇


 《淫獄》へ戻ると、ファステが入口まで迎えに来た。


「お帰りなさいませ。お怪我はありませんか?」


「俺は無事。途中で滑りかけたけど、リゼに運ばれた」


「支えただけだ」


「俺の体感では命を運ばれた」


「大げさですわ」


 レイナが持ち帰った素材を共同作業台へ置く。


 千代も近づき、表面を確かめた。


「これが水を入れる候補か」


「候補ですわ。使えると決まったわけではありません」


 内側の汚れを落とし、少量の水を入れる。


 すぐには漏れない。


 昨日の素材よりは明らかにいい。


 だが、しばらく待つと表面の一部が濃くなり、底へ小さな水滴ができた。


「短い間は保ちそうです」


 ファステが水滴を指で拭う。


「水場から持ち帰り、すぐ別の物へ移す用途でしたら使えるかもしれません。ただ、このまま保存するのは難しいと思います」


「完全な水の分散には使えぬな」


 千代の言葉に俺もうなずく。


「試作用として残そう。次に外へ出るとき、少量だけ入れて持ち帰れるか確かめる」


 恒久的な容器は完成しなかった。


 水の予備を十分に分けることもできない。


 それでも、次に試す物はできた。


「ところで」


 千代が俺とリゼを見る。


「戻る判断は、どちらが下した?」


「リゼ」


「帰路で斜面を進む判断は?」


「それもリゼ」


「そなたは何を決めたのじゃ」


「リゼに任せることを決めた」


 千代は一瞬黙り、それから小さく笑った。


「なるほど。それならば、何も決めておらぬわけではない」


「千代まで俺を甘やかし始めた?」


「勘違いするでない。任せた結果を確かめぬなら、ただの怠慢じゃ」


「はい」


 やっぱり厳しかった。


     ◇


 その夜。


 ファステとレイナと千代が寝床へ入ったあとも、リゼは共同作業台の近くに座っていた。


 剣は手の届く位置。


 外した防具の一部は、すぐ身につけられるよう並べてある。


「休まないのか?」


「もう休んでる」


「武器を横に置いて、入口を見ながら?」


「これで落ち着くんだよ」


 俺は少し離れた場所へ腰を下ろした。


 リゼは肩の防具を外していた。


 戦闘衣の襟元がいつもより緩み、腕には今日ついたらしい薄い汚れが残っている。


 外では頼もしい背中ばかり見ていたが、今は張りつめた力が少し抜けていた。


「お前、私の判断を疑わなくなったな」


 不意にリゼが言った。


「疑ってないわけじゃない」


「どっちだ」


「間違うことはあると思ってる。でも、俺が決めるよりリゼが決めた方が正しいことが多い」


「本人を前に、よくそんな微妙な褒め方ができるな」


「絶対に間違わないって言われる方が嫌じゃないか?」


 リゼは答えず、俺を見る。


「間違わない人間なんていない。だから、もし結果が悪かったら、その時はまた考える。でも外の危険について、今この中で一番判断できるのはリゼだ」


「私が戻ると言えば戻る。進めると言えば進む?」


「少なくとも、今日の範囲なら」


「そこは言い切れよ」


「条件をつけるのが合理性だ」


「臆病の間違いだろ」


 リゼが息を吐く。


 けれど、その声から棘は少し抜けていた。


「……変な奴だな」


「よく言われる」


「誰にだよ」


「主に最近知り合った住民たちに」


「ほぼ私たちじゃねえか」


 リゼが笑った。


 ほんの短い笑いだった。


 戦場から召喚された直後、俺へ刃を向けていた人と同じには見えない。


 肩の力を抜いた姿。


 防具に隠れていた身体の線。


 汗の乾ききらない肌。


 それだけでも、現実の成人女性に慣れていない俺には十分すぎる。


 そのうえ、この人になら外で背中を向けられる。


 身体を預けられる。


 命に関わる判断まで任せられる。


 強い女が好み、というだけなら趣味の話で済んだ。


 でも、自分が信じた強い女性が、俺の前で少しだけ気を抜いている。


 その関係まで含めて魅力を感じた瞬間、嫌な予感がした。


『《淫獄石》を30個獲得しました』


『所持《淫獄石》:160』


「……俺の欲望、関係性まで判定するのか」


「また増えたのか?」


「増えた。説明すると俺が傷つくから聞かないでくれ」


「興味ない」


「即答も傷つく」


 リゼは再び入口へ視線を向けた。


 その横顔は、さっきより少しだけ穏やかだった。


     ◇


 翌朝、短時間だけ水場へ出る準備を整える。


 昨日の素材が本当に水を運べるか試すためだ。


「リゼ、次も頼む」


「言われなくても」


「そこは『任せろ』とかじゃないのか」


「面倒だ」


 ぶっきらぼうな返事だった。


 ただ、その声は以前より少し柔らかい。


『所持《淫獄石》:160』


『所持上限:1,000』


『次回必要《淫獄石》:1,000』


 あと八百四十個。


 まだ遠い。


 けれど今日は、その数を急いで埋める方法より、目の前の水と帰り道を考えていた。


 外は危険だ。


 俺が弱いことも変わらない。


 それでも、俺一人で全部を見る必要はない。


 危険を見つける目も、進むべき道を決める経験も、もう俺の隣にある。


 だから次も、俺は彼女の背中を追う。


 そして必要なときには、自分の背中を預けるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。