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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第164話 帰る道が、なくなっている



 町へ近づくにつれて、地下へ向かう者が減っていった。


 以前は、同じ方向へ歩く探索者や荷運びの姿を何度も見た。


 武器を背負った者。


 採掘道具を積んだ荷車。


 空の袋を持って地下へ向かい、膨らんだ袋を持って戻る者。


 今は、町へ向かう道より、離れていく道の方が混んでいた。


 セリナは道端へ止まった荷車を避ける。


 荷台には、使い込まれたつるはしと灯りの器具が積まれていた。


「売り物?」


 持ち主らしい男へ聞く。


「欲しいなら安くするぞ」


「地下で使ってた物?」


「そうだ」


「もう潜らないの?」


「潜れないんだよ」


 男は町の方を顎で示した。


「入口が開くまで待ってたが、いつになるか分からん。別の街へ行く」


「開く可能性はある?」


「知らん。組合も何も言わない」


「何も?」


「危険だから近づくな。調査中だ。それだけだ」


「夜斗という人は?」


 男の顔が少し変わった。


「そいつを知ってるのか?」


「名前を聞いた」


「なら、俺より知ってるんじゃないか。異空間に地下を隠した男だろ」


「見た?」


「見てたら、こんな所で道具を売ってない」


 それ以上の話は持っていないらしい。


 セリナはつるはしを買わなかった。


 使う予定のない道具は、安くても荷物になる。


     ◇


 町の門は開いていた。


 出入りする者は以前より少ない。


 セリナの番が来ると、門番が背負い袋と腰の刃物を見る。


「目的は?」


「宿と買い物。数日いるかもしれない」


「地下へ行くつもりか?」


「今は閉じてるんでしょ」


「近づくな。入口周辺は探索者組合が封鎖している」


「いつまで?」


「決まっていない」


「街を出る時に申告はいる?」


「普通に出るならいらない」


「分かった」


 夜斗の名前は聞かれなかった。


 セリナも出さなかった。


 門を通り、町の中へ入る。


 以前と同じ建物が並んでいる。


 だが、店先に置かれた物は変わっていた。


 地下用の灯り。


 丈夫な縄。


 厚い手袋。


 補修用の金具。


 値札には、その上から別の数字が書かれている。


 どれも以前より安い。


「そこの外套、半額だよ」


 店先の女が声を掛けてきた。


「地下へ潜るなら丈夫な方がいい。……まあ、今は潜れないけどね」


「再開すると思う?」


「するなら仕入れを止めなかったよ」


 店の奥には、日用品の入った箱が増えている。


 地下へ行く者へ売る店から、町に残る者へ売る店へ変えようとしているらしい。


「夜斗が入口を隠したって聞いた」


 セリナが言うと、女は鼻を鳴らした。


「隠したんじゃない。売ろうとしたんだよ」


「誰に?」


「通りたい探索者に決まってるだろ。自分の入口しか使えなくして、金を取るつもりだった」


「取られた人がいる?」


「いないよ。いなくなったからね」


「夜斗が?」


「入口も、夜斗も」


 金を取られた者はいない。


 それでも、金を取るつもりだった話になっている。


「領主へ逆らったとも聞いた」


「竜を持ってるなら、領主くらい怖くないだろうさ」


「竜を見た人は?」


「見た奴から聞いた人なら、いるんじゃないかい」


 遠くで聞いた噂より、種類は増えている。


 入口を売ろうとした。


 地下資源を独占した。


 領主へ渡すくらいなら消した。


 竜を使って組合を脅した。


 魔物を育てて、地下へ放した。


 夜斗本人が異世界の魔物だった。


 噂が多いことと、事実が多いことは同じではなかった。


「外套、買うかい?」


「今のが破れたら考える」


「半額は今日までだよ」


「明日必要になるとは決まってない」


 セリナは店を離れた。


     ◇


 地下探索者を泊めていた宿は、空室が増えていた。


「一人。二泊」


 セリナが言うと、宿の主人はすぐ鍵を出した。


「食事も付けるなら安くする」


「何が出る?」


「豆と野菜の煮込み。肉は少し」


「朝も?」


「黒パンと湯。追加するなら別だ」


「部屋の閂は?」


「内側から掛かる」


「裏口は夜に閉まる?」


「閉める。心配なら自分で見ろ」


 セリナは先に裏口と部屋を確かめた。


 閂は使える。


 窓は狭く、外から簡単には開けられない。


「泊まる」


「地下が閉まってから、旅人は減った。二泊と言わず、長くいてもいいぞ」


「二泊より先は、後で決める」


 代金を払い、荷物を置く。


 今すぐ旧入口へ向かうこともできた。


 だが、町へ入ったばかりだった。


 入口周辺がどの程度封鎖され、誰が見張っているかも分からない。


 夜斗の知り合いだと名乗れば、領主へ知らせが行く可能性もある。


 まずは、普通の旅人として見られる範囲を確かめる。


     ◇


 入口へ続く道には、以前なかった柵が置かれていた。


 完全に道を塞いではいない。


 その先に組合の建物や倉があるため、関係者は通れるようになっている。


 一般人は、手前で止められる。


 柵には板が掛けられていた。


『地下入口閉鎖』


『許可なき立入を禁ずる』


『内部構造の異常を確認』


 理由は、それ以上書かれていない。


 柵の向こうには、組合員らしい者が二人いる。


 入口の建物自体は見えた。


 消えてはいない。


 以前と同じ石造りの壁。


 扉は閉じられている。


 セリナは柵の前で立ち止まった。


「地下は使えない」


 組合員の一人が先に言った。


「掲示は読んだ」


「なら戻れ」


「入口が崩れたの?」


「詳細は組合で確認しろ」


「入口の建物は残ってる」


「見れば分かる」


「石段も?」


 組合員が、セリナを見た。


「以前に入ったことがあるのか」


「ある」


 嘘ではない。


「探索者証は?」


「持ってない」


「なら、ここから先へは入れない」


「以前入れたことと、今入れることは別?」


「そういうことだ」


 男は少しだけ警戒を解いた。


「石段と前室は残ってる?」


「残っている」


「じゃあ、どこがなくなったの?」


「それ以上は組合で聞け」


 答えは止まった。


 セリナは柵を越えなかった。


 警備を抜けて侵入すれば、夜斗のことを確かめる前に自分が追われる側になる。


     ◇


 探索者組合の建物には、人が少なかった。


 依頼板の地下関連欄は、ほとんど外されている。


 残っているのは、入口周辺へ近づかないよう求める掲示と、地下向け物資の依頼停止だけだった。


 受付へ並ぶ者も少ない。


 セリナは一番短い列へ入った。


「地下入口について聞きたい」


 順番が来て言うと、受付の男は見慣れた回答を返した。


「現在閉鎖中です。再開時期は未定。一般の方は近づかないでください」


「入口が消えたって聞いた」


「地上入口は残っています」


「中は?」


「何のために確認を?」


「以前、そこから地下へ入ったことがある。別の町で、地下ごとなくなったとか、入口を誰かが盗んだとか聞いた」


「地下全体の状態は確認できていません」


「確認できたところは?」


 男はすぐには答えなかった。


 セリナの服、荷物、腰の刃物を見る。


「探索者ではないのですね」


「旅人」


「閉鎖前に入った目的は?」


「一緒にいた人が使った入口を通るため」


「誰ですか?」


 夜斗の名前を出せば、話は早くなるかもしれない。


 同時に、帰る道を探している夜斗の関係者だと知らせることになる。


「今、それを話さないと確認できない?」


「内容によります」


「なら、入口について公開している範囲だけでいい」


 男は一度奥へ行き、別の職員へ確認した。


 戻ると、短く説明する。


「地上入口、石段、固定前室は残っています」


「その先は?」


「以前存在した門は確認できません」


「壊れた?」


「破片や崩落跡はありません。門があった位置は、灰色の石壁となっています」


「壁の先は?」


「確認できていません」


「壊そうとした?」


「調査方法は公開していません」


「夜斗が消したの?」


「原因は確定していません」


 噂より、答えは短かった。


 地上入口はある。


 石段もある。


 固定前室も残っている。


 だが、その先の門はない。


 灰色の石壁で塞がっている。


「夜斗たちは、その門がなくなった後に戻ってきた?」


「その質問へは答えられません」


 答えられないことと、違うことは同じではない。


「分かった」


 セリナは受付を離れた。


 夜斗の名前を自分との関係と一緒に出さずに済んだ。


 その代わり、夜斗が今どこにいるのかは何も分からなかった。


     ◇


 組合を出た後、地下向けの店が集まる通りを歩いた。


 店じまいを始めている道具屋が一軒あった。


 箱へ金具を詰めていた老人へ、セリナは声を掛ける。


「灰色の壁を見た人を知ってる?」


「組合の人間なら見てる」


「ほかには?」


「閉じ込められた連中を迎えに行った奴らがいる」


「閉じ込められた?」


「外へ報告に出た三人が、戻ろうとしたら壁になってたらしい」


 報告に出た。


 戻ろうとした。


 その間に道がなくなった。


「その三人は?」


「別の場所から仲間が迎えに来たそうだ」


「別の入口?」


「場所は知らん。組合も話してない」


「夜斗たちが隠してる?」


「隠してるんだろうさ。だが、俺が同じ立場でも隠す」


「どうして?」


「残った道が一つなら、知らない奴へ教えるか?」


 老人は金具の箱を閉じた。


「夜斗が地下を奪ったと思う?」


「知らん」


「噂では、そうなってる」


「噂が道具を買ってくれるなら、俺も相手にする」


 老人が空になった棚を見る。


「買わないなら、客じゃない」


 セリナは少しだけ笑った。


「その金具はいくら?」


「全部か?」


「一つだけ」


「何に使う」


「背負い袋の留め具。今のが曲がってる」


 使える大きさを選び、値段を聞いてから買った。


 情報への礼として不要な物を買ったわけではない。


 必要な物を、必要な数だけ買う。


 老人も、それ以上は話さなかった。


     ◇


 日が落ちる前に、セリナはもう一度、封鎖された道の近くへ戻った。


 柵を越えない位置で立ち止まる。


 入口の建物は、そこにある。


 石段も、固定前室も残っている。


 ただ、その先へ続いていた門だけが消えた。


 夜斗が門を消し、別の入口だけを隠した可能性はある。


 最初から全てを奪うつもりだった可能性も、まだなくなってはいない。


 けれど、報告へ出た三人が戻れなくなったのなら。


 夜斗たちも、自分たちが使っていた道を予想せず失った可能性がある。


 セリナは背負い袋へ手を入れた。


 取り出したのは、灰色の小石だった。


 《淫獄》の庭に落ちていた、ただの石。


 握っても温かくならない。


 光らない。


 夜斗へ何も伝えない。


 入口を開くこともない。


「帰ろうと思った」


 誰へ聞かせるでもなく言った。


 返事はない。


 当たり前だった。


 これは《帰還目印》ではない。


 夜斗は、セリナがここにいることを知らない。


 セリナも、夜斗が今どこにいるのか知らない。


 帰ると約束しなかった。


 帰る日も決めなかった。


 それでも、戻りたくなった時に来る場所だけは教えられていた。


 その場所へ来た。


 建物は残っている。


 石段も残っている。


 固定前室も残っている。


 その先だけが、もうどこにも続いていなかった。


 セリナは小石を背負い袋へ戻した。


 帰るかどうかは、見てから決めるつもりだった。


 けれど今は、その前の問題だった。


 帰るために使うはずだった道が、もうなかった。

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