↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
158/189

第158話 知らない顔なら、入れる

 食卓の上へ、街に関する物を並べた。


 以前使っていた簡単な地図。


 探索者組合へ報告した内容の控え。


 エウリオが持ち帰った通達の写し。


 街で買った物に付いていた店の印。


 領主の名前は、まだ分からない。


 誰が俺たちの顔を知っているのかも、すべては把握できていない。


 分からないことまで含めて並べると、食卓の半分近くが埋まった。


 アヤメは椅子へ座り、一つずつ確認していた。


 召喚されてから七日目。


 部屋と食堂を往復するだけなら、途中で支えを必要としなくなっている。


 食事も、ほぼ一人分を取れるようになった。


 それでも、完全に元へ戻ったのかは分からない。


 本人も、もう治ったとは言っていなかった。


「これが、街までの道?」


 アヤメが地図を指す。


「うん。今残ってる入口からだと、ここへ出る」


 地図上の一点を示した。


「正確な場所は、紙に残していないのね」


「この地図を誰かに取られても、入口の場所まで分からないようにしたかったから」


「街までは、歩いてどの程度?」


「俺たちならこれくらい」


 時間を伝える。


「道から見える?」


「すぐには見えない。でも、出たところを見られた可能性がないとは言えない」


「周囲の人通りは?」


「少ないと思う。ただ、ずっと見張ったわけじゃない」


 アヤメが地図の余白へ何かを書き込む。


 現地世界の文字だった。


 使っている言葉が違っても、意味は分かる。


 けれど、細かな記号の付け方までは、俺が見てもよく分からなかった。


「街の門は?」


「普段は衛兵がいる。中へ入る理由を聞かれることはあるけど、前は普通に入れた」


「身分を証明する物は?」


「俺たちは持ってなかった」


「それでも入れた?」


「探索者組合へ行くって言った。荷物や武器を確認されたことはある」


「入街料は」


 俺が答える。


 リゼと千代も、以前の経験から補足する。


 アヤメは、誰か一人の話だけでは書かなかった。


 同じ内容を二人以上が覚えているのか確かめてから、短く記録する。


「この通達は、誰が直接確認したの?」


「エウリオ」


「その人物は、今ここには?」


「いない。近くの街に借りた家がある」


「会える?」


「連絡する方法がない」


「近くに住んでいるのに?」


「そこはもう一度問題になった」


 アヤメが俺を見る。


「問題が多いのね」


「最近、一気に増えたんだよ」


「以前は少なかった?」


「種類が違った」


 食べ物。


 水。


 寝る場所。


 誰がどこで暮らすか。


 以前の問題を思い出す。


 簡単だったわけではない。


 でも、領主に疑われたり、異空間同士が領域を奪い合ったりはしていなかった。


「エウリオさんが見たのは、掲示された通達の写しです」


 ミネットが説明する。


「領主が夜斗さんを有罪と確定した文書ではありません。発見時に領主館へ同行させること。同行者からも事情を聞くこと。秘匿された入口を調査することが記されています」


「拒否した場合は?」


「敵対行為と判断する可能性がある、と」


「曖昧ね」


 アヤメが紙を見る。


「何をすれば敵対と判断されるかが書かれていない」


「領主館に行かなければ、じゃないの?」


 ヴィオラが聞く。


「それだけとは限りません。兵から逃げる。入口を隠す。質問に答えない。調査を拒む。どこまで含めるかを、向こうが後から決められる書き方です」


「最初から捕まえるつもり?」


「それも分かりません」


 アヤメは、通達の写しを食卓へ戻した。


「分かるのは、自由に帰してもらえる保証がないことだけです」


「だから俺たちは街へ行けない」


「あなたたちは、でしょう」


 アヤメが言う。


 全員の視線が集まる。


「私の顔は、この街で知られていません」


「候補表示を領主が見てた可能性はないと思う」


「思う?」


「絶対とは言えない。でも、《十連召喚》の表示を見ていたのは、ここにいた俺たちだけだ」


「住民の誰かが外へ漏らした可能性は?」


「ない」


 反射的に答えた。


 アヤメの目が細くなる。


「確認したの?」


「……全員、候補が出てから外へ行ってない」


「エウリオは」


「候補を見る前に帰った。十連を実行したことも知らない」


「なら、今確認できる範囲では、私の顔は知られていない」


「そうなる」


 俺の言葉を、そのまま事実にはしない。


 アヤメは自分で条件を確認してから書き込んだ。


「街へ入る方法はあると思う?」


「あります」


 迷いのない返事だった。


「変装する?」


「しません」


「しないんだ」


「知られていない顔を、なぜ隠すの?」


「情報収集とか潜入に向いてるなら、すごい変装をするのかと」


「必要のない変装は、見破られる痕跡を増やすだけです」


 前にも似た説明を聞いた。


「それに、この街で使われる衣服や化粧を詳しく知りません。不自然に作り込むより、外から来た旅人として入る方が簡単です」


「今の服では目立つかもしれませんわ」


 レイナがアヤメの衣服を見る。


 暗い色で、身体へ沿っている。


 装飾は少ない。


 俺には詳しい違いが分からないが、この辺りの旅人が着ている服とは少し違うらしい。


「以前購入した布と、予備の衣服がございます。大きく仕立て直さなくても、上から羽織れば印象を変えられる物がありますわ」


「見せて」


 アヤメは立ち上がった。


 そのまま歩こうとして、ファステが声をかける。


「お身体は?」


「問題ありません」


「昨日より長く座っていらっしゃいます。立った直後に眩暈はございませんか?」


「ありません」


「吐き気は?」


「今は」


「熱は?」


「朝にはありませんでした」


 ファステがアヤメを見る。


 アヤメも視線を逸らさなかった。


「もし途中で具合が悪くなれば、すぐに戻ります」


「街へ行くとお決めになったのですか?」


「衣服を見るだけです」


「承知しました」


 ファステが道を空ける。


 アヤメは、少しだけ息を吐いた。


     ◇


 レイナが持ってきたのは、地味な色の上着と長い外套だった。


 どちらも街で目立たない形らしい。


 アヤメは自分の衣服の上へ着る。


「少し大きいですわね」


「この程度なら使える」


「袖を一時的に留めましょうか?」


「糸を借りても?」


「もちろんですわ」


 レイナが道具を渡す。


 アヤメは、自分で袖口を留め始めた。


 針を扱う手は慣れている。


 数日間寝込んでいたとは思えない速さだった。


 ただ、途中で一度、指を止めた。


「疲れた?」


「少し」


「私が続きをいたしましょうか?」


「いえ」


 アヤメは針を置いた。


「休んでから続けます」


 初日なら、そのまま無理に終わらせようとしたかもしれない。


 ファステが小さく頷く。


「お茶をお持ちします」


「水でいい」


「では、お水を」


 アヤメは少し休んでから、残りを仕上げた。


 外套を羽織り、髪をほどく。


 後ろでまとめていた黒に近い髪が、肩へ落ちた。


 手櫛で分け、片側だけ耳へかける。


 それから立ち方を変えた。


 背筋を少し丸める。


 肩の力を抜く。


 足の向きまで変わった。


 姿そのものは同じだ。


 顔も変わっていない。


 それなのに、さっきまでとは別の人に見える。


「もう変装してない?」


「していません」


「でも、雰囲気が違う」


「街へ向かう旅人が、周囲を警戒する時の立ち方をしていないだけです」


 声まで少し違った。


 低く抑えていた声が、柔らかく聞こえる。


「声も変えてるよね?」


「話し方を変えただけです」


「それを変装って言わないの?」


「この程度は、目立たないための準備です」


「俺には十分すごいけど」


「あなたは見慣れていないから」


 アヤメは外套の内側を確認する。


「武器は、どこまで持っていける?」


「街へ入るだけなら、小さな刃物まですべて取り上げられることはないと思う」


 リゼが答えた。


「だが、隠した武器が見つかれば面倒になる」


「毒は持っていかない方がいい」


 俺が言う。


「理由は?」


「見つかったら、怪しすぎるから」


「使う可能性があります」


「誰に?」


「分かりません」


「分からない相手へ使う毒を持って街へ入るの?」


 アヤメは答えない。


「毒を使うなって命令したいわけじゃない。でも、最初は情報を見るだけにしようって話じゃなかった?」


「まだ、行くとは言っていません」


「そうだった」


 何度目か分からない訂正を受ける。


 アヤメは黒栓の瓶を取り出さなかった。


 代わりに、細い刃を一本だけ衣服の内側へ戻す。


「これは護身用です」


「使わずに済むなら使わない?」


「状況によります」


「そこは約束できない?」


「自分の命を守る必要がある時まで、あなたの許可を待つつもりはありません」


「……それはそうだな」


 街で何が起こるか、俺には分からない。


 その場にいない俺が、全部決めることはできない。


     ◇


 準備を終えても、アヤメはすぐに出発しなかった。


 食卓へ戻り、自分から条件を挙げた。


「最初に行うのは、情報の確認だけです」


「うん」


「領主館へは近づきません。兵や役人から接触された場合も、自分から関係を明かしません」


「分かった」


「あなたたちと知り合いだとは話さない。《淫獄》も、残っている入口も、私からは話しません」


「それは絶対に守ってほしい」


「聞かれた場合は?」


「知らないって言う?」


「嘘が必要になる可能性があります」


 アヤメが俺を見る。


「私は必要なら嘘をつきます。あなたたちが、外部へ必ず真実を話すことを求めるなら、引き受けません」


「第二接続地点を守るためなら、全部話わなくてもいいと思う」


「必要なら、嘘も使います」


「そうか」


 知らないと言えば、明確な嘘になる場合がある。


「どんな嘘をつくか、今ここで全部決められる?」


「できません」


「じゃあ、危険を増やさない範囲でアヤメさんが判断して。ただし、誰かを罪に陥れる嘘はつかないでほしい」


「状況によっては、追跡を避けるために架空の人物や場所を示すことがあります」


「実在する誰かに疑いを向けなければいい」


「分かりました」


 アヤメが続ける。


「危険を感じた場合、情報を得ていなくても戻ります」


「うん」


「一度行ったからといって、次も行くとは限りません」


「毎回、アヤメさんが決める」


「得た情報を、あなたたちがどう使うかは帰ってから聞きます。領主を攻撃するために使うなら、次はありません」


「領主を倒せば終わるとは考えてない」


 千代が答えた。


「少なくとも、今は戦うと決めておらぬ」


「今は?」


「向こうが此方を攻めるなら、身を守る必要はある。どのような場合にも反撃しないとは約束できぬ」


「それで十分です」


「ほかには?」


 リゼが聞く。


「帰還方法を確認したい」


 アヤメが俺を見る。


「私が入口へ戻ったことを、あなたはどうやって知るの?」


「《帰還目印》を登録できる」


「どのような物?」


「本人が選んだ持ち物。入口の近くで戻りたいと思えば、俺に反応が届く」


「位置は?」


「正確には分からない」


「周囲の人数」


「分からない」


「追われているか」


「それも分からない」


「反応が届けば、すぐに入口を開く?」


「今は一度、細く開いて外を確認してる」


「外から声は届く?」


「開いていれば」


「なら、私が合図を伝えるまで、通れる大きさにはしないで」


「合図?」


「決めます」


 アヤメは自分の持ち物から、細い黒紐を取り出した。


 髪をまとめるために使っていた物とは違う。


「これを使える?」


「本人の持ち物なら、たぶん」


「たぶん?」


「アヤメさんの物では試してないから」


「試して」


 黒紐を受け取る。


 《帰還目印》の登録へ意識を向けた。


『《帰還目印》を登録しますか?』


「できる」


「ほかの機能は?」


「戻りたいって反応を送るだけだと思う」


「私の位置を追い続けたり、会話を聞いたりは」


「できない」


「分かりました。登録して」


 実行する。


 黒紐が、ほんの一瞬だけ鈍く光った。


『《帰還目印》を登録しました』


 アヤメへ返す。


 彼女は表裏を確認してから、左手首へ結んだ。


「これを持っている間、私の意思に関係なく戻されることは?」


「今まで確認した範囲ではない」


「では、戻りたい時だけ使います」


「もう行くつもりで話してるよね?」


 ヴィオラが聞いた。


 アヤメは黒紐の結び目を確かめる。


「行きます」


 食堂が静かになった。


「本当に?」


「その確認は、一度で十分です」


「でも、昨日までは信用してないって」


「今も信用したとは言っていません」


「じゃあ、なんで?」


 アヤメは地図と通達の写しを見る。


「私が元の場所へ戻る方法を探すにも、この世界と周辺の情報が必要です」


「俺たちのためだけじゃない?」


「違います」


 はっきり答えた。


「助けられた借りを返すためでもありません。あなたたちが街の状況を知りたいことと、私が外の情報を必要としていることが、今回は同じ方向を向いているだけです」


「それなら、頼んでもいい?」


「条件を守るなら」


 俺は息を吸う。


「街へ行って、領主の通達と、俺たちについて広がってる話を確認してほしい。できれば、探索者組合がどんな立場なのかも」


「分かりました」


 アヤメは初めて、俺たちからの依頼を受けた。


     ◇


 第二接続地点へ通じる入口を、邸宅から少し離れた場所に開く。


 最初は細く。


 外の空気が流れ込む。


 異臭はない。


 魔物の声も聞こえない。


 リゼが隙間から周囲を見る。


「見える範囲に人はいない」


「交代する」


 アヤメが入口へ近づく。


 外套を羽織り、髪を下ろした姿は、食堂にいた時とは印象が違う。


「無理だと思ったら、街まで行かずに戻っていいから」


「分かっています」


「情報が取れなくても」


「先ほど聞きました」


「怪しいと思ったら」


「夜斗」


「何?」


「これ以上増えると、出発が遅れます」


「ごめん」


 入口を、人一人が通れる幅まで広げる。


 アヤメは境界の手前で一度止まった。


「これを越えれば、私は外へ出るのね」


「うん」


「止めない?」


「止めない」


「私がそのまま戻らなくても?」


 胸の奥が冷える。


 アヤメは元の場所へ帰る方法を探している。


 街で別の手段を見つけたら、《淫獄》へ戻らない可能性もある。


「戻ってきてほしい」


 正直に答えた。


「でも、無理に連れ戻す方法はないし、使うつもりもない」


「そう」


 アヤメが一歩を踏み出す。


 境界を越える。


 何かに止められることも、表示が出ることもなかった。


 外へ出た後、一度だけ振り返る。


「夕方までに戻らなければ?」


「入口の近くで待つ。反応が届かなければ、すぐ街へ探しに行くかは皆で決める」


「来ないで」


「え?」


「私が戻らない理由が、領主側に見つかったためなら、あなたたちが出れば全員捕まります」


「でも」


「探しに来るかは、私が戻らなかった時点で改めて決めて。今、必ず来るとは約束しないで」


 俺は言葉に詰まる。


 見つかっても助けに行かない。


 今ここで、そんな約束はできない。


「分かった。改めて決める」


「それでいい」


 アヤメは街へ続く方角へ歩き始めた。


 まだ少し遅い。


 けれど、足取りは揺れていない。


 姿が木々の向こうへ消える。


 入口を閉じた。


     ◇


 待つ時間は長かった。


 食堂へ戻っても、何も手につかない。


 何度も《帰還目印》の反応がないか確認する。


「見ておっても、早く戻りはせぬぞ」


 ナーヴァが言う。


「分かってる」


「ならば飯を食え」


「まだ昼だよ」


「昼なら昼の飯を食えばよい」


「そういう意味じゃない」


 ナーヴァは平然と肉を食べている。


「心配ではないの?」


 ヴィオラが聞く。


「心配して腹が減らなくなるわけではあるまい」


「ナーヴァらしいけど」


「それに、あの女は自分で行くと決めた。戻れぬと決まったわけでもない」


 そのとおりだ。


 今の時点で悪い結果を決める必要はない。


 それでも落ち着かなかった。


「街まで行って、情報を集めて、戻るなら時間が必要です」


 ミネットが記録帳を見ながら言う。


「今は、事前に考えた範囲内です」


「遅れたら?」


「その時に考えます」


「今から考えておいた方がよくない?」


「遅れた時の対応は決めます。でも、まだ予定の範囲内です」


「分かってるけど」


 俺は入口を開きたくなった。


 外を見たい。


 アヤメが戻っていないか確認したい。


 けれど、入口を開けば、誰かに見つかる可能性が増える。


 アヤメは、戻りたい時に知らせると言った。


 だから待つ。


 夕方が近づく。


 窓から入る光が、少しずつ傾いていく。


 その時だった。


 胸の奥へ、細い反応が届いた。


「来た」


 椅子から立ち上がる。


「アヤメさん?」


「目印の反応だと思う」


「一度だけですか?」


「うん。今のところ一度」


 全員で入口へ向かう。


 すぐには開かない。


 最初に決めたとおり、リゼと千代が壁門周辺を確認する。


 問題がないと分かってから、第二接続地点へ細い入口を開いた。


 夕方の冷たい空気が入ってくる。


 向こう側に、人影が立っていた。


 外套。


 下ろした黒髪。


 アヤメだ。


「一人か?」


 リゼが隙間越しに聞く。


「見える範囲には」


「追われている?」


「いいえ」


「合図は?」


 事前に決めた問いを伝える。


 アヤメが、決めていた返事をした。


 言葉も順番も合っている。


 リゼが周囲をもう一度確認する。


「開けていい」


 入口を広げた。


 アヤメが境界を越える。


 すぐに入口を閉じる。


「大丈夫だった?」


「何を指して?」


「体調。衛兵。領主。街。全部」


「一度に答えさせないで」


「ごめん」


 アヤメは朝と同じ姿をしていた。


 衣服が少し埃っぽくなっている。


 目立つ怪我はない。


 歩き方も崩れていなかった。


「まず休みましょう」


 ファステが近づく。


「先に報告します」


「お身体の確認が先です」


「報告してから休みます」


 二人が見つめ合う。


 今度はアヤメが譲らなかった。


「短く済ませる」


「では、食堂へお水をご用意します」


「お願いします」


 アヤメが初めて、自分からファステへ頼んだ。


     ◇


 アヤメは水を飲んでから、街で確認したことを話した。


 俺たちが知らない間に何を見て、誰と話したのか。


 詳しい行動順は、必要な範囲だけ説明された。


「街の門へは、普通に入れました」


「止められなかった?」


「質問は受けました。どこから来たのか。何のために街へ入るのか。滞在先はあるのか」


「なんて答えたの?」


「近隣を移動してきた旅人で、物資と情報を求めていると」


「嘘?」


「現地の地名を知らないため、遠方の具体名は出していません。旅人であることと、物資や情報が必要なことは事実です」


「武器は?」


「小さな護身用の刃を持っていると申告しました。確認されましたが、取り上げられてはいません」


「俺たちのことは聞かれた?」


「門では」


 門では。


 その言い方に引っかかる。


「街の中では?」


「話題になっていました」


「どんな?」


 アヤメが持ち帰った紙を食卓へ置く。


 領主側の通達を、街中で写し直したものらしい。


「正式に掲示されていた内容は、エウリオが持ち帰った写しと大きく違いません」


「俺を捕まえろ、ではない?」


「発見した場合、領主館への同行を求める。同行者にも事情確認を行う。秘匿された入口および異空間の調査へ協力を求める。拒否や逃亡があれば、敵対行為として扱う可能性がある」


 前に聞いた内容と同じだ。


「では、増えてない?」


「正式な内容は」


「正式じゃない方は?」


 アヤメが俺を見る。


「あなたは、ダンジョンを盗んだことになっています」


「盗んだ?」


「地下へ通じる入口を自分の異空間へ移し、資源を独占したと」


「してない」


「知っています」


「ほかには?」


「自分だけが通れる入口を隠し、今後は地下へ入る者から金を取ろうとしている」


「取ってない」


「魔物を異空間で飼い、領主へ対抗する兵力にしている」


「飼ってない」


 ナーヴァが手を挙げる。


「我は魔物に含まれるか?」


「今は黙ってて」


「竜を従え、街を焼く準備をしているという話もありました」


 全員がナーヴァを見る。


「我は街を焼いておらぬぞ」


「準備もしてないからな」


「焼けと言われれば焼けるが」


「それを外で言わないでくれ」


 頭が痛くなってきた。


「ほかには?」


「領主を追い出し、自分が新しい支配者になるつもりだと」


「なんでそこまで増えるんだよ」


「噂は、確認されていない部分ほど増えます」


 アヤメは淡々としている。


「つまり、私を選んで、異空間から新しい密偵を呼び出したという噂は、まだありませんでした」


「今日から増える可能性は?」


「私が見つかれば」


 怖いことを平然と言う。


「見つかってない?」


「夜斗たちとの関係を知られた様子はありません」


「じゃあ、成功?」


「街へ入れたことについては」


 アヤメが次の紙を出した。


「探索者組合にも入りました」


「大丈夫だった?」


「私は組合員ではありません。公開されている掲示と、受付周辺で聞ける話だけを確認しました」


「内部の記録は?」


「見ていません」


「じゃあ、組合が俺たちをどう扱ってるかは分からない?」


「すべては分かりません。ただし、あなたたちが異変前に警告したこと、巡回者を助けたこと、魔物の侵入を防いだことは、完全には消されていません」


「どこにあった?」


「異変に関する問い合わせへ、組合側がそう説明していました」


 少しだけ息が抜けた。


 俺たちがしたことまで、最初からなかったことにはされていない。


「組合は俺たちを犯人だと思ってる?」


「少なくとも、公には断定していません」


「味方?」


「それも確認できません」


 ミネットが記録する。


「領主側へ記録を提出したことと、夜斗さんを守る意思があることは別ですね」


「ええ」


 アヤメが頷いた。


「探索者組合は、自分たちの記録が正しいと主張しているだけかもしれません。領主へ対抗してまであなたたちを守るかは分かりません」


「領主は、本当に俺がやったと思ってるのかな」


「領主本人の考えは確認できませんでした」


「街まで行っても?」


「領主館へは近づかないという条件でした」


「そうだった」


「ただし、本当に信じているかどうかと、あなたを最重要の容疑者として扱うことは別です」


 千代が顔を上げる。


「信じておらずとも、追う理由があると?」


「あります」


「地下資源か」


「それもあります。入口。異空間。魔物を防げる領域。あなたたちが持っている情報。領主が管理したいものは多い」


 アヤメが食卓の紙を指先で揃える。


「それに、地下を失った理由を示さなければ、領主自身の管理責任を問われる可能性があります」


「だから、俺?」


「あなたは説明しやすい」


「俺らしいから?」


「異空間を持ち、入口へ関わり、異変後も別の経路を隠している。疑う材料は十分です」


「でも、証拠はない」


「ありません」


 はっきり答えた。


「少なくとも、今日私が確認できた範囲には」


「じゃあ、無実だって説明できる?」


「誰に?」


「領主に」


「私が?」


「……頼んだら?」


「断ります」


 すぐだった。


「早いな」


「領主館へ近づかないという条件でした。加えて、あなたたちとの関係を明かせば、私も事情聴取の対象になります」


「そうだよな」


 少しだけ、がっかりした。


 街へ入れた。


 情報も持ち帰った。


 なら、そのまま領主へ説明してもらえるかもしれない。


 一瞬、そう思った。


 アヤメは俺の顔を見ている。


「がっかりしましたか?」


「少し」


「そう」


「でも、行けとは言わない」


「確認しました」


「何を?」


「あなたが、本当にがっかりしても命令しないか」


「試したの?」


「断っただけです」


「どっち?」


「両方で問題がありますか?」


「ないけど」


 アヤメは水を飲む。


「今回の依頼は終わりです」


「次は?」


「今は決めません」


「また街へ行ってくれる可能性はある?」


「あります」


「ない可能性も?」


「あります」


「分かった」


「次に頼むなら、今回得た情報をどう扱うか決めてからにして」


 アヤメは、持ち帰った紙を俺たちの方へ押した。


「私が集め続けても、あなたたちが何も決めなければ、危険を増やすだけです」


「うん」


「それから、私の体調ももう一度確認します。今日は問題なく歩けましたが、明日も同じとは限りません」


 ファステが頷く。


「今夜も様子を見ましょう」


「お願いします」


 アヤメが素直に答える。


 報告を終えると、椅子から立ち上がった。


「休む?」


「ええ」


「部屋まで送ろうか?」


「一人で戻れます」


 今度は足元が揺れなかった。


 それでも、ファステが少し離れて後ろを歩く。


 アヤメは止めなかった。


     ◇


 食卓には、街から持ち帰った情報が残った。


 正式な通達。


 誇張された噂。


 探索者組合に残っている記録。


 領主本人の考えは分からない。


 俺たちを捕らえた後、何をするつもりなのかも分からない。


 それでも、昨日までよりは増えている。


 分からないことと、確認できたことを分けられる程度には。


「知らない顔なら、本当に入れたね」


 ヴィオラが言う。


「今回は、だ」


 リゼが答える。


「同じ顔が何度も出入りすれば、覚えられる可能性がある」


「じゃあ、次は変装?」


「それを決めるのはアヤメじゃ」


 千代が紙を読みながら言った。


「そして、次があるかも本人が決める」


「うん」


 俺は通達の写しを見る。


 そこに書かれた俺と、街で噂されている俺は違う。


 さらに噂の中にも、いくつもの俺がいるらしい。


 ダンジョンを盗んだ俺。


 通行料を取ろうとしている俺。


 魔物を飼っている俺。


 竜を従えている俺。


 領主へ反乱しようとしている俺。


 どれも、俺の知らない俺だった。


 知らない顔なら、街へ入れた。


 けれど街の中には、俺たちの知らない俺が、もう何人もいるらしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。