第152話 十人出るわけじゃない
「ちょっと待って」
俺は消えかけた表示へ意識を向けた。
「今の、もう一回見せて」
返事はない。
けれど、能力の表示を開くと、今までになかった項目が追加されていた。
《住民召喚》
《十連召喚》
本当にある。
見間違いではなかった。
「どう違うの?」
ヴィオラが俺の横から表示をのぞこうとする。
「もう少し待って。今見てるから」
「私たちにも見えるようにはできないの?」
「できたら最初からやってる」
「では、読み上げてください」
ミネットが記録帳を開いた。
さっきまで作業着の脱ぎ方を書いていた頁とは別の頁だ。
縁が、その足元へ座る。
「《十連召喚》」
「それは聞きました」
「必要な《淫獄石》は……三万」
「ほとんど全部ではないか」
千代が俺を見る。
現在の所持数は三万百。
使えば残るのは百個だけだ。
「十人来るなら、そうなるのかな」
俺は邸宅の方を見る。
空いている部屋は残っている。
けれど、十人全員へすぐ私室を用意できるほどではない。
寝具も椅子も足りない。
食料だって、いきなり十人分増えれば問題になる。
「十人分の部屋を決めないと」
「その前に寝具ですわ」
レイナが言う。
「部屋があっても、床へ直接寝かせるわけにはいきませんもの」
「食事も必要です」
ファステが続ける。
「今ある分だけでは、すぐに足りなくなると思います」
「肉ならば、向こうにあるぞ」
ナーヴァが壁門の方を示した。
「食べられると決まってない」
「焼けばよい臭いがした」
「いい匂いがしたことと、食べられることは別です」
ミネットが言った。
「知っておる」
「では、なぜ言ったのですか?」
「十人増えれば、肉が要るであろう」
「必要でも、あれを食べるとは決めてないから」
十人。
今いる人数より、一度に増える方が多い。
生活空間は広くなった。
けれど、広くなったことと、何人でもすぐ迎えられることは違う。
「今すぐ回すのは無理か」
「待て」
リゼが表示を指した。
もちろん、リゼには見えていない。
「本当に十人来ると書いてあるのか?」
「十連だから」
「名前から想像しただけだろ」
「十連って、普通は十回分だから」
「お前のいた世界では、だろう」
「でも、この名前を付けた何かは、たぶん意味を分かってると思う」
「思うだけだな」
「……もう少し詳しく見る」
《十連召喚》へ意識を向ける。
項目の下へ、追加の文字が開いた。
必要《淫獄石》:30,000
候補提示数:10
正式召喚数:1
「一人?」
思わず声が出た。
「十人じゃないの?」
「候補が十人。実際に召喚されるのは一人」
全員が黙った。
最初に口を開いたのはヴィオラだった。
「それ、十連召喚って言っていいの?」
「十人から選べるなら、ぎりぎり」
「三万個使って一人しか来ないんでしょ?」
「通常召喚なら三人呼べる」
「余計に駄目じゃない?」
「でも選べる」
通常の《住民召喚》では、誰が来るか分からなかった。
召喚を実行して、初めて相手の姿と名前を知る。
今までずっとそうだった。
けれど、これは違うらしい。
十名の候補情報を提示します。
候補確認後、正式召喚する一名を選択してください。
選択されなかった候補は実体化しません。
「候補を見てから選べる」
「それが、通常召喚三回分の違いですか」
ミネットが記録する。
「たぶん」
「候補として何が表示されるのです?」
さらに意識を向ける。
表示情報:
名前
姿
レアリティ
二つ名
能力概要
「そこまでは見られるみたい」
「性格は?」
ヴィオラが聞く。
「書いてない」
「どこにいた人かは?」
「分からない」
「呼ばれたいと思ってるかは?」
「それも出ないと思う」
「では、選べる情報は多いですが、相手のすべてが分かるわけではありません」
ミネットの言葉に、俺はうなずく。
名前。
姿。
レアリティ。
二つ名。
短い能力の説明。
通常召喚よりは多い。
でも、それだけで相手がどんな人間なのか分かるはずがない。
「候補は全員、同じレアリティみたいだ」
「同じ?」
「Rが十人」
「ならば、一番高い者を選ぶことはできぬな」
千代が言った。
「全員同じだからね」
「能力で選ぶことになるのか?」
リゼが尋ねる。
「それか、姿とか」
「お前は能力を見ろ」
「姿も表示される情報だから」
「見るなとは言っていない。選ぶ理由の最初に置くな」
「分かってる」
「返事が軽い」
それでも、姿が見えるなら見る。
絶対に見る。
俺の能力がわざわざ表示するのに、目を閉じる理由はない。
「同じRでも、能力は違うのですわね?」
「候補を出すまでは分からないみたい」
「十名を確認するだけなら、石は減らないのですか?」
「……そこがよく分からない」
表示を探す。
実行前に候補だけ見られるとは書かれていない。
むしろ、三万個を消費して十名の候補を出し、その後で一人を選ぶように見える。
「候補を見る時点で、三万個を使うんだと思う」
「見てから、やめることは?」
「書いてない」
「一度候補を出したら、必ず一人を選ぶ必要がある可能性があります」
「選ばずに閉じたら?」
「分からない」
「もう一度同じ候補が出る?」
「分からない」
「時間制限は?」
「それも分からない」
質問が増えるほど、表示されていないことも増えていく。
「今回も説明が足りぬな」
千代が呟いた。
「入口が侵食された時より短い」
「向こうは領域がなくなるかもしれなかったから、少し丁寧にしたのかも」
「召喚も人に関わることです」
ミネットが表示の見えない場所を見た。
「こちらも、もう少し説明してほしいです」
システムは答えなかった。
「選ばなかった九人は、どうなる?」
ファステが静かに尋ねた。
「実体化しないって書いてある」
「亡くなるわけではないのですね?」
「それは……分からない」
候補になる前の状態へ戻るのか。
別の場所でそのまま暮らすのか。
候補として選ばれなかったことすら本人には分からないのか。
それとも、表示されるのは今を生きている人ではないのか。
何も書かれていない。
「少なくとも、《淫獄》へ現れるのは一人だけです」
ミネットが言う。
「選ばれなかった九人について、死亡や消滅を示す表示はありません」
「ないだけで、違うとも言い切れない?」
「はい。ですから、今分かる範囲を越えて決めません」
十人分の寝具は必要なかった。
十人分の食料も。
その代わり、十人から一人を選ばなければならない。
最初に想像したより、軽くなった気がしなかった。
◇
作業着を容器から出し、もう一度状態を確かめてから、それぞれの保管場所へ移した。
今日は清潔な服で練習しただけなので、洗浄はしていない。
それでも実際に使った後と混同しないよう、練習済みだと分かる札を付ける。
その作業を終えてから、皆で食堂へ移った。
大きな卓を囲む。
ナーヴァが自分で買った頑丈な椅子へ座り、ほかの皆も共用の椅子を使う。
空いている椅子もある。
一人なら迎えられる。
だからといって、今すぐ呼ぶ理由にはならない。
「部屋は残っています」
ファステが言った。
「寝具も、一人分なら用意できます。食事も、すぐに困ることはないと思います」
「衣服は?」
レイナが尋ねる。
「その方が何を着て現れるかによりますわね」
「着替えが必要なら、今ある布から作れます」
「体格が分からなければ先には作れませんわ」
「食べられないものがある可能性もあります」
ミネットが書き加える。
「人間とは限らないしね」
ヴィオラが縁を見る。
縁はミネットの椅子の下で丸くなっていた。
「十人の姿を見れば、種族も分かるんじゃない?」
「姿だけで種族を決めるのは危険です」
「ナーヴァみたいに?」
「我は竜だ」
「今は人に見えるでしょ」
「我が竜であることは変わらぬ」
「見た目だけでは分からない例が、すぐ近くにいました」
ミネットが記録する。
「我を例にするな」
「分かりやすいので」
ナーヴァは不満そうにしたが、それ以上は言わなかった。
「迎える準備は、一人ならある」
俺は卓の上へ指を置く。
「でも、誰を選ぶかは別だよな」
「何を基準にする?」
リゼが尋ねた。
「今までの召喚では、選べなかった」
「今回は選べます」
ファステが言う。
「ですが、表示だけでは、その方のお気持ちは分からないのですよね」
「うん」
「なら、私たちに都合のよい能力だけで決めるのは、少し怖いです」
「役立つ者を選ぶこと自体が悪いとは思わない」
リゼが腕を組む。
「ここで暮らす以上、できることを確認するのは必要だ」
「でも、できることを必ずやらせるわけじゃない」
「そうだ」
召喚されたから。
能力があるから。
今の俺たちに必要だから。
それだけで役目を決めるなら、選べることが増えた分、通常召喚より悪くなるかもしれない。
戦える人が戦いを望むとは限らない。料理や魔法が使えても、それを毎日の役目にしたいとは限らない。
ナーヴァが自分の椅子へ座り直した。
「我と同じだな」
「そうだね」
「ならば、本人へ聞けばよい」
「呼んだ後にしか聞けないんだ」
「面倒だな」
「選ばれる方からすれば、もっと面倒かもしれないよ」
知らない場所へ突然呼ばれる。
知らない相手に、自分は十人の中から選ばれたのだと告げられる。
理由が能力だったら。
姿だったら。
今の生活に都合がよかったからだったら。
その人は、どう思うだろう。
「選んだ理由は、隠さない方がいいと思う」
俺が言うと、リゼがうなずいた。
「聞かれたならな」
「聞かれなくても、説明した方がよくない?」
「何も聞いていない相手へ、お前の能力が便利そうだから選んだと最初に言うのか?」
「……言い方は考える」
「そこは考えろ」
「でも、召喚の仕組みは説明する」
「住民登録と、外へ出る選択についてもです」
ミネットが記録へ加えた。
「帰れるとは限らないことも」
ファステの声が少し低くなった。
「元の場所へ帰す方法は、まだ分かっていません」
「それも話す」
便利なことだけを並べて、ここへ残るよう誘導するつもりはない。
「呼んだ後、すぐに何かを頼まない」
「危険な状態で現れた場合は別です」
ミネットが付け加えた。
「怪我や病気があれば、まず安全確認が必要です」
「敵意がある場合もだ」
リゼが言う。
「召喚されたから味方だと決めるな」
「分かってる」
「本当に?」
「今までの人が全員普通に話せたからって、次も同じとは思わない」
「ならいい」
「我が押さえればよいか?」
ナーヴァが尋ねる。
「最初から押さえつけるのは駄目」
「襲ってきた時は?」
「その時は止めて。でも殺す前に聞いて」
「加減は面倒だ」
「前よりできるようになっただろ」
「できることと、やりたいことは別だ」
「使い方が合ってるようで少し違う」
ヴィオラが笑った。
話しているうちに、決めることが増えていく。
召喚する場所。
その場にいる人数。
武器をどこまで用意するか。
服や食事。
説明する順番。
休む時間。
本人が一人になれる場所。
外へ出たいと言った場合の対応。
全部を先に決めることはできない。
それでも、何も決めずに回すよりはいい。
「今日は実行しない」
俺は言った。
石はある。
表示も開いている。
今すぐ選択すれば、十人の候補を見られるのかもしれない。
ガチャなら、普通はここで回す。
三万個も貯めた。
新しい方式が出た。
十人を見てから選べる。
回さない理由を探す方が難しい。
「夜斗が、今すぐ回さないって言った」
ヴィオラが目を見開く。
「聞こえてるよ」
「具合が悪いの?」
「正常」
「本当に夜斗か?」
リゼまで言う。
「俺だよ」
「十連なのでしょう?」
レイナが不思議そうに首を傾けた。
「昔、何度も見た言葉なのでしょう?」
「だから危ないんだよ」
「自覚はあるのじゃな」
千代が呆れた顔をする。
「回したいよ」
ものすごく回したい。
十人の姿を見たい。
二つ名を読みたい。
能力を比べたい。
同じRでも何が違うのか確かめたい。
そして、その中から一人を選びたい。
そこまで考えて、俺は息を吐いた。
「でも、一度始めたら、誰か一人を選ぶまで止められないかもしれない」
「表示に中止方法はありませんでした」
ミネットが記録帳を閉じる。
「候補を確認した後で相談する時間があるかも不明です」
「なら、始める前に考えられることは考えておく」
「賛成です」
ファステが微笑んだ。
「一人分のお部屋と寝具は、もう一度確認しておきます」
「服に使える布も分けておきますわ」
「食料も確認する?」
ヴィオラが聞く。
「急に食べる量がナーヴァと同じ者が来たら困る」
リゼが言った。
「我より食う者かもしれぬぞ」
「それはもっと困る」
「その時は狩ればよい」
「何を食べる人か分かってから」
「注文が多いな」
「まだ誰も来てないのにね」
ヴィオラが笑う。
さっきまで作業着を脱いでいた部屋で、今度はまだ見たこともない一人の暮らしを考えている。
候補すら見ていない。
男か女かも。
人間かどうかも。
何を食べるのかも。
どんな性格なのかも分からない。
それでも、来てから困ることを少し減らすことはできる。
「選ぶ基準も、全員で考えよう」
「お前の召喚だぞ」
リゼが言った。
「でも、ここで一緒に暮らすなら、俺一人の話じゃない」
「最後に選ぶのは?」
「たぶん俺になる。でも、皆の意見は聞く」
「自分の好みも?」
ヴィオラが聞く。
「聞かなくても自分で分かる」
「候補の女の人ばかり見ないでよ」
「まだ女の人がいるとも決まってない」
「いたら?」
「見る」
「即答した」
「能力も見るよ」
「順番は?」
「同時」
「便利な答えだね」
笑いが起きる。
けれど、胸の奥に残った重さは消えなかった。
十人出るわけではない。
一人だけだ。
だから簡単なのではなかった。
一人しか選べないから、選ばなかった九人のことまで考えてしまう。
表示の向こうに本当に人がいるのかさえ、まだ分からないのに。
◇
その日の夕方だった。
空き部屋の一つへ寝具を運び、必要ならすぐ使えるよう整えていた時、《帰還目印》の反応が届いた。
俺は手を止める。
「誰?」
ヴィオラが廊下から顔を出す。
「分からない」
住民たちの目印なら、それぞれ反応の違いをある程度覚えている。
けれど、今届いているものは少し違って感じた。
「第二接続地点ですか?」
ミネットが縁と一緒に近づいてくる。
「うん」
「予定していた帰還者は?」
「いない」
リゼがすぐに装備を取った。
「全員、邸宅内へ。夜斗、一度だけ細く開けろ」
「分かった」
第二接続地点へ意識を向ける。
入口を細く開く。
先に外の臭いと音を確かめた。
血の臭いはない。
争う音も聞こえない。
入口の向こうに、一人の男が立っていた。
疲れた顔。
赤褐色の髪。
その半歩後ろには、淡い色の人型ゴーレムがいる。
「エウリオ?」
「開けるまでが長いね」
「来るって聞いてない」
「言っていないからね」
エウリオはいつもどおり面倒そうだった。
ただ、いつもより少しだけ目が開いている。
「何かあった?」
「街で、面倒な話を聞いた」
「どんな?」
「ここで立ったまま、最初から全部説明するの?」
「中で話そう」
入口を広げる前に、周囲を確認する。
人影はない。
尾行の有無までは、ここからでは分からない。
「誰かにつけられてない?」
「その確認が必要になるような話だよ」
リゼの表情が変わった。
俺たちはエウリオと人型ゴーレムを中へ入れ、すぐに入口を閉じた。
三万個を何に使うか。
十人から誰を選ぶのか。
それを決める前に。
俺たちが選ばなければならないことは、もう一つ増えたらしい。




