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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第150話 汚していい服

 リゼの上着は、まだほかの洗濯物と分けて置かれていた。


 洗い終わっている。


 見た目にも、臭いにも異常はない。


 それでも、すぐ普段の装備へ戻すことはしなかった。


「次に同じ物を扱えば、また洗うことになります」


 ファステが、畳んだ上着を見る。


「洗えるなら、それでいいだろう」


 リゼが答えた。


「洗っている間、装備できません」


「別の上着を使う」


「その上着も洗うことになれば、同じです」


「では、順番に使えばいい」


「普段着を全部、正体の分からない肉のために使うつもり?」


 ヴィオラに聞かれ、リゼが黙った。


 俺たちは食堂の卓を囲んでいた。


 中央には、昨日使った道具と衣服の一覧が置かれている。


 実物は持ち込んでいない。


 隔離したままだ。


「調査専用の服を用意した方がよいかもしれません」


 ミネットが言った。


「肉片を扱う時だけ使用し、終わったらほかの衣服と分けて洗う物です」


「一度しか開けぬのであろう?」


 ナーヴァが聞く。


「昨日は一度だけです」


「次も一度か?」


「次に何を確認するかによります」


「食うなら服はいらぬぞ」


「食べる段階ではありません」


「まだか」


「まだです」


 ナーヴァは不満そうだ。


 密閉容器は今日も隔離場所にある。


 黒い糸のようなものがどうなったのかは、開けていないので分からない。


「専用にするなら、上着だけでいい?」


 俺が聞く。


「手袋も必要だ」


 リゼが自分の手を見る。


「昨日使った物は厚すぎた。指が動かしにくい」


「厚くないと危なくない?」


「厚ければ何でも防げるわけではない」


「何を防ぐ必要があるのかも、まだ分かっていません」


 ミネットが付け加える。


「噛みつく生物が出るなら厚さは必要です。液体が染み込むなら、布の厚さだけでは不十分かもしれません。魔力へ影響するなら、普通の布では防げない可能性もあります」


「じゃあ、作っても意味ない?」


「少なくとも、普段の衣服へ直接臭いや汚れが付着することは減らせます」


「完全に安全な服じゃなくて、汚していい服か」


 俺が言うと、レイナが卓上の一覧を引き寄せた。


「それなら、今ある布でも作れますわ」


「本当に?」


「防具は無理ですけれど、作業用の上着なら」


 レイナの指が、必要な部分を順番になぞる。


「前で開ける形にして、脱ぐ時に外側へ触れにくくします。袖口と裾は絞れるように。首元も普段着が出すぎない方がよいでしょうね」


「すぐ作れる?」


「一人分なら、それほど時間はかかりませんわ」


「必要なのは一人分だけではないと思います」


 ミネットが言った。


「昨日はリゼさんが開封しました。しかし、毎回同じ人が担当するとは決めていません」


「私は構わない」


「リゼさんが担当できることと、毎回担当しなければならないことは別です」


「出た」


 ヴィオラが小さく言う。


 ミネットがそちらを見る。


「何がですか?」


「何でもない」


 ヴィオラは笑いを隠すように口元へ手を当てた。


「何人分いる?」


 俺が尋ねる。


「まず、実際に試料へ近づく可能性がある者の分でしょうか」


 ファステが答えた。


「私も必要です。使用後の衣服や道具を洗うのであれば、受け取る時に着た方がよいでしょう」


「ファステに汚れた物を渡さない方法も考えた方がいいんじゃない?」


「洗わずに捨て続けるわけにはいきません」


「それはそうだけど」


 洗う役目をファステへ固定したくはない。


 でも、洗濯や汚れの扱いに一番慣れているのもファステだった。


「私にも一着あれば、記録だけでなく近くで確認する必要がある時に使えます」


 ミネットが言う。


「妾もあった方がよかろう」


 千代が一覧をのぞき込む。


「術式や呪いに関わる物なら、近くで見ることもあるやもしれぬ」


「では、まず四人分ですわね」


 レイナが数える。


「リゼ、ミネット、ファステ、千代」


「レイナは?」


「私は作る側ですもの。必要になったら、その時に自分の分を作りますわ」


「残った物を使うつもりじゃないよね?」


 俺が聞くと、レイナが眉を上げた。


「今回は、残り物を待っているわけではありませんわ」


「ならいいけど」


「私が必要だと判断したら、私の身体に合わせて作ります」


「うん」


「今、少し疑いましたわね?」


「ファステが前にやったから」


「私はファステではありません」


「それとこれとは別です」


 ミネットが言う。


 レイナと俺が同時にミネットを見る。


「何ですか?」


「いや、正しいけど」


「必要な区別です」


 最近、その言葉を聞かない日の方が少ない気がする。


     ◇


 作業は、邸宅内の工房区画で始まった。


 レイナが保管していた布を広げる。


 丈夫だが、防具ほど重くはない。


 色は薄い灰色だった。


「もっと濃い方が、汚れが目立たなくない?」


 ヴィオラが尋ねる。


「汚れを見つけるための服ですわ。目立たなくしてどうしますの」


「なるほど」


「変色が分かるよう、なるべく同じ色の布で揃えます」


 ミネットが記録帳へ書き込む。


「記録するの?」


「次に追加する時、同じ物を作りやすくなります」


「服まで研究みたいになってる」


「再現できるように残しているだけです」


 レイナはまず、リゼを立たせた。


「腕を上げてくださいな」


「こうか?」


「もう少し横へ」


 リゼが両腕を広げる。


 レイナは肩から手首まで紐を当て、長さを確認した。


 次に胸元。


 腰。


 背中。


 身体へ紐を回しながら、布へ数値を書き込んでいく。


「窮屈でなければいい」


「動きやすい物を作るには、窮屈でないというだけでは足りませんわ」


「剣を振れれば十分だ」


「肉片の確認に剣は振りません」


「何か出れば振る」


「その場合、この服は防具ではありませんから、先に離れてくださいませ」


 レイナが淡々と返す。


 リゼは納得していないようだったが、採寸中は動かなかった。


「次はミネットですわ」


「はい」


 ミネットが記録帳を閉じる。


 足元にいた縁へ、


「少し待っていてください」


 と伝え、リゼと場所を替わった。


 縁はその場に座ったまま、二人を見る。


 レイナが紐を肩へ掛ける。


「腕を上げて」


 ミネットが両腕を上げた。


 動作に合わせて、いつも着ている服の布が引かれる。


 腰の細さが、普段よりはっきり分かった。


 見てはいけない場面ではない。


 でも、見続けていい場面でもない気がする。


 俺は視線を落とし、床に積まれた布を持ち上げた。


「これ、どこに置く?」


「そちらの卓へお願いしますわ」


「分かった」


 卓へ運ぶ。


 戻る。


 今度はレイナが、ミネットの背後から腰へ紐を回しているところだった。


「もう少し力を抜いてくださいな」


「抜いています」


「肩に力が入っていますわ」


「測られることに慣れていません」


「じっとしていれば、すぐ終わります」


 レイナがミネットの身体へ近づき、紐の位置を直す。


 俺は、また床を見る。


「夜斗さん」


 ミネットに呼ばれた。


「何?」


「そちらの細い紐を取ってください」


「これ?」


「はい」


 渡そうとして近づく。


 レイナが片手を出したので、その手へ紐を載せる。


「ありがとうございます」


「うん」


「なぜ目を逸らしているのですか?」


「採寸中だから」


「作業を見る必要はありませんね」


「そう思ってる」


「では問題ありません」


 ミネットは気にしていないらしい。


 気にしているのは俺だけだった。


「次、ファステ」


「はい」


 ファステは少し遠慮するようにレイナの前へ立った。


「私は、動きやすければ」


「全員、同じ形を基本にしますわ」


「私だけ簡単な物でも構いません」


「同じ方が作る手間が減ります」


 エウリオみたいな理由だった。


 でも、それならファステも断りにくいらしい。


「腕を上げてくださいな」


 ファステが従う。


 普段は前で重ねている手が離れ、身体の横へ伸びた。


 姿勢が良い。


 レイナが胸元から腰へ紐を下ろしていく。


 ファステは動かないようにしているが、少し落ち着かなそうだった。


「きつくありませんか?」


「測っているだけですわ」


「承知しています」


「夜斗様」


 突然呼ばれた。


「何?」


「先ほどから、運ぶ物をお探しですか?」


「何か手伝えるかなって」


「今はありません」


「そう」


「こちらを見なくても大丈夫ですよ」


「見てない」


「そうですか」


 声が少しだけ笑っていた。


「見ておるではないか」


 工房の入口からナーヴァが言う。


「ナーヴァ、いつからいたの?」


「今だ」


「肉の容器は?」


「黒い人形が見ておる」


「ナーヴァも見張るんじゃなかった?」


「今日は開けぬと決めた。ならば勝手には開かぬ」


「容器が勝手に開くかもしれない」


「開けば音がする」


「聞こえる?」


「我には聞こえる」


 本当かどうかは分からない。


「それより、その服で肉を食うのか?」


「扱うためです」


 ミネットが答える。


「食う時は脱ぐのか?」


「食べません」


「まだその話か」


「ずっとその話です」


 ナーヴァは灰色の布へ触れようとして、レイナに手を払われた。


「まだ切る場所を決めていません。動かさないでくださいませ」


「少しくらい変わらぬ」


「少し変わると困ります」


「面倒な布だな」


「服を作っているのですから当然ですわ」


 ナーヴァは興味を失ったように工房を出ていった。


 たぶん、容器のところへ戻ったのだろう。


「最後は千代ですわ」


「うむ」


 千代が立つ。


 採寸されることに慣れているのか、リゼやミネットより自然に腕を上げた。


「袖は、少し長めでもよいぞ」


「作業中に余ると危険ですわ」


「絞るのであろう?」


「絞って余った部分が何かへ触れます」


「では任せる」


 話が早い。


 レイナが紐を回す間、千代は姿勢を崩さなかった。


 作業着の採寸をしているだけなのに、服を仕立ててもらう貴族のように見える。


「夜斗」


 千代がこちらを見た。


「先ほどから忙しそうじゃの」


「布を運んでる」


「もう運ぶ布は残っておらぬぞ」


 見ると、確かに床は空になっていた。


「じゃあ、何か別のことをしてくる」


「手伝いに来たのではなかったか?」


「俺がいなくても進みそうだから」


「おってもよいぞ」


「いいの?」


「妾は見られて困ることはしておらぬ」


 その言い方をされると、逆に見づらい。


「夜斗さん」


 ミネットが記録帳から顔を上げる。


「採寸を見ているだけで、また石が増えるのですか?」


「増えてない」


「まだ?」


「まだって何」


「先ほどから不自然に目を逸らしています」


「増えるかもしれないと思ってる?」


「可能性は考えています」


 リゼが小さく息を吐いた。


「追い出すか?」


「いや、邪魔はしてないだろ」


「今のところはな」


「だったら置いといていいよ」


 ヴィオラが楽しそうに言う。


「増えるか見るのも確認になるし」


「何の確認だよ」


「どんな服が好きなのか」


「作業着を作ってるんだよね?」


「作業着が好きかもしれない」


「決めないで」


 誰も否定してくれなかった。


     ◇


 採寸が終わると、レイナはすぐ布を切り始めた。


 同じ形を四着。


 ただし、寸法は一人ずつ違う。


 袖口と裾には紐を通し、首元は普段着が隠れる高さまで覆う。


 前側には留め具を並べ、手袋を着けたままでも外せる大きさにした。


 その日のうちに完成したのは、仮縫いまでだった。


「一度着てくださいな」


 レイナが四着を並べる。


「動いた時に引かれる場所がないか確認します」


「ここで?」


 俺が聞く。


「隣の部屋で着替えますわ」


「そうだよね」


「残念そうだね」


 ヴィオラが言う。


「安心したんだよ」


「どちらでも、夜斗さんはここで待っていてください」


 ミネットまで言う。


「分かってる」


 四人が作業着を持って隣室へ入る。


 レイナも調整のため一緒だ。


 俺とヴィオラ、それからいつの間にか戻ってきたナーヴァが工房に残った。


「何を待っておる?」


 ナーヴァが聞く。


「試着」


「食えぬ服を見て何が楽しい」


「食べ物じゃなくても見るものはあるだろ」


「服は着られれば同じだ」


「ナーヴァの服も誰かが選んだんじゃないの?」


「動ける物を選んだ」


「じゃあ違いはあるだろ」


「動けぬ服など作る意味がない」


「似合うとか」


「戦いに関係あるのか?」


「ないけど」


「ならば同じだ」


 説明しても分かってもらえそうにない。


「夜斗は、同じじゃないと思うんだよね」


 ヴィオラが笑う。


「何が?」


「同じ形の服でも、着る人が違えば」


 隣室の扉が開いた。


 最初に出てきたのはリゼだった。


 灰色の作業着は、普段の装備よりずっと簡素だ。


 厚い革も金属もない。


 袖口はきっちり絞られ、余分な布が動きを邪魔しないよう身体へ沿っている。


 リゼは腕を曲げ、肩を回した。


 腰を落とす。


 戦闘用ではないのに、今にも踏み込めそうだった。


「背中が少し引かれる」


「印を付けますわ。そのまま腕を前へ」


 レイナがすぐ背後へ回る。


 布をつまみ、指先で位置を確かめた。


 次に出てきたミネットは、袖口の紐を見ていた。


「左右で締まり方が違います」


「仮縫いですから、後で揃えますわ」


「この程度なら動作には影響しません」


「影響がなくても直します」


「分かりました」


 機能ばかり見ている。


 でも、いつもの学校の制服とはまるで違う。


 首元まで閉じた灰色の布。


 飾りはない。


 身体へ合わせただけの作業着なのに、その細い輪郭がいつもより分かりやすかった。


 縁がミネットの足元を一周し、作業着の裾を嗅ぐ。


「まだ試料には使用していません」


 ミネットが説明する。


 縁は答えず、近くに座った。


 三人目はファステだった。


 同じ作業着を着ているのに、袖や裾を汚さないよう気をつけているように見える。


「汚してよい服なのでしょう?」


「汚すための服ではありません」


「でも、汚れる前提だよね」


「必要がなければ、汚さない方がよいです」


 ファステらしい。


 前側の留め具も一つずつきれいに揃っている。


「腕を伸ばしてくださいな」


 レイナに言われ、ファステが両腕を前へ出す。


 胸元の布が引かれ、すぐレイナが脇の余りを確認した。


「少し詰めた方がよいですわね」


「このままでも動けます」


「余った布が道具へ触れます」


「では、お願いします」


 最後に千代が出てきた。


 作業着なのに、なぜか一番整って見える。


 袖口の紐を同じ長さに揃え、襟も真っすぐになっていた。


「どうじゃ?」


「似合ってる」


「ほかに言うことは?」


「作業着に見えない」


「何に見える?」


「そう言われると作業着だけど」


「適当じゃな」


 千代が笑う。


 四人が、レイナの前へ並んだ。


 同じ灰色。


 同じ形。


 同じ用途。


 それなのに、全員が違って見える。


 リゼは、作業着でもいつでも動けるように立っている。


 ミネットは、袖口と留め具の構造を確かめ続けている。


 ファステは、汚していい服まで丁寧に扱っている。


 千代は、簡素な服さえ自分の着方へ整えていた。


 その間をレイナが行き来する。


 肩へ触れる。


 腰の布をつまむ。


 裾へしゃがみ、印を付ける。


 立ち上がったレイナが、俺のすぐ横へ来た。


「夜斗、後ろから見て、裾の長さに違いはあります?」


「俺が見るの?」


「正面は私が確認しましたもの」


「同じくらいだと思う」


「思う、では困りますわ」


 四人が一斉にこちらを向いた。


 見るしかない。


 リゼ。


 ミネット。


 ファステ。


 千代。


 同じ作業着なのに、身体の線も、立ち方も、こちらを見る目も全然違う。


「右から二人目が、少し長いかも」


「ミネットですわね」


 レイナが俺の前を横切り、ミネットの裾へしゃがむ。


 近づいた拍子に、レイナの髪が俺の腕へ触れた。


 いい匂いがした。


 危険な肉とはまるで違う。


「これくらい?」


 レイナが裾を少し上げる。


「うん」


「リゼは?」


「合ってると思う」


「ファステ」


「大丈夫」


「千代」


「整ってる」


「服の確認になっています?」


「なってる。たぶん」


 レイナが立ち上がり、四人をもう一度見渡す。


「では、この状態で少し動いてくださいな」


 リゼが腕を振る。


 ミネットが屈んで裾を見る。


 ファステが袖を押さえながら身体をひねる。


 千代が両腕を上げる。


 同じ服が、一斉に違う形で動いた。


 その瞬間、表示が開く。


『《淫獄石》を1,800個獲得しました』


『所持《淫獄石》:27,100』


「増えた」


 思わず声が出た。


 全員の動きが止まる。


「やっぱり?」


 ヴィオラが最初に聞いた。


「何がやっぱりなんだよ」


「作業着、好きだったんだ」


「今まで見たことなかったから知らない」


「では、今回初めて分かったのですね」


 ミネットが言う。


「何個ですか?」


「言わない」


「記録しません」


「前にもそう言ってたよね」


「今回は、服のどの部分が関係したのか確認したいだけです」


「確認しなくていい」


「首元ですか?」


「違う」


「袖?」


「違う」


「身体へ合っていること?」


「聞かないで」


 ミネットが自分の作業着を見る。


「全員、同じ形です」


「同じだからだよ」


「同じだから?」


「同じ服なのに、全員違って見えたから」


 答えてから、言わなければよかったと思った。


 リゼが自分の袖を見る。


 ファステは前側の留め具へ手を添えた。


 千代が面白そうに目を細める。


「つまり、服だけではなく、着ている者も見ておったのじゃな」


「それは、まあ」


「何人を?」


「数えさせないで」


「全員だろう?」


 リゼが言う。


「……はい」


「レイナも?」


 ヴィオラが聞く。


「なんでヴィオラが聞くの?」


「気になるから」


 レイナもこちらを見ている。


「私は作業着を着ていませんわ」


「近かったから」


「近ければ増えるんですの?」


「採寸したり、服を直したりしてたから」


「つまり?」


「働いてる姿も、よかった」


 逃げ道がなくなっていく。


 レイナが少しだけ頬へ手を当てた。


「そうですの」


 怒ってはいないらしい。


 それが余計に困る。


「量は?」


 リゼが聞く。


「言わない」


「前回より多いのか?」


「多い」


「私一人の時より?」


「……多い」


「全員分だから?」


「分からない」


「千代の言った通りではないか」


「何が?」


「全員を見ていた」


 否定できなかった。


「最近、増える量が多くありませんか?」


 ミネットが尋ねる。


 俺も、それは思っていた。


 以前なら、少し目を奪われただけで、ここまで増えただろうか。


 風呂上がり。


 普段と違う服。


 いつもは見せない表情。


 複数人が重なった時。


 一度に増える量が、前より大きくなっている気がする。


「多い気はする」


「原因は?」


「分からない」


「以前より欲望が強くなった?」


「否定しづらい」


「《淫獄》の成長と関係している可能性は?」


「分からない」


「住民との関係が変化したことは?」


「それも分からない」


「では、記録だけ――」


「しなくていい」


「数は書きません」


「服も書かなくていい」


「作業着を見た直後に増えたことは、確認できた事実です」


「残さなくていい事実もあると思う」


「後で原因を調べるなら必要です」


「調べるの?」


「最近の増加量が本当に変化しているなら」


 ミネットは真面目だった。


 真面目だからこそ止めづらい。


「俺が恥ずかしいことと、記録が必要なことは別?」


「はい」


 即答された。


 ヴィオラが吹き出す。


「その記録、皆も見られる?」


「共有資料にはしません」


「個人用?」


「夜斗さんの欲望について本人の許可なく詳細を残すつもりはありません。今は、増加が起きたことだけ覚えておきます」


「忘れてくれてもいいよ」


「原因を調べないなら忘れます」


「じゃあ調べない」


「今後も急に増えるなら、そうはいかないかもしれません」


 それは困る。


 でも、石が増えること自体は困らない。


 増えた石で、また召喚できる。


 そう思ったところで、自分がかなり深く沼へ沈んでいる気がした。


     ◇


 仮縫いは、リゼの背中、ミネットの裾、ファステの脇を調整する。千代は大きな修正なし。襟の内側には、それぞれ違う印を付ける。


 使用後は専用の容器へ入れ、ほかの洗濯物と分ける。


 安全が確認されるまでは、邸宅内へ着たまま戻らない。


「これで、次はすぐ肉を調べられるな」


 ナーヴァが言う。


「先に調査方法を決めます」


「そなたは今日も慎重だな」


「普通です」


「我は服などなくても調べられるぞ」


「ナーヴァが近づくかどうかも、その時に決めます」


「なぜ我の服は作らぬ」


「必要ですか?」


「我だけないのは気に入らぬ」


「さっき、食えない服に興味はないって言ってなかった?」


「皆が着るなら別だ」


 ヴィオラが目を丸くする。


「ナーヴァまで別って言った」


「そなたらが何度も言うからであろう」


「作るなら採寸が必要ですわ」


 レイナが言う。


「測れ」


「今日は四人分の調整があります。後日です」


「我を後にするのか?」


「必要だと言ったのが最後ですもの」


 ナーヴァは不満そうだったが、無理に布を取ろうとはしなかった。


 欲しいと言う。


 順番を待つ。


 それだけの距離を、今日も保てている。


 作業着は、まだ完成していない。


 未知の肉を安全に扱える保証もない。


 ただ、普段の服を何度も隔離せずに済むようになる。


 今はそれで十分だった。


 汚してもいい服を作ったはずなのに。


 俺の考えていたことだけが、一番汚れている気がした。

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