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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第149話 開けるのは、一度だけ

 密閉容器を開ける場所は、邸宅の外に決まった。


 厨房から離れている。


 菜園からも離れている。


 縁がよく使う場所からも遠い。


 壁門には近づきすぎず、それでも何か起きた時にはすぐ状況を確認できる。


 そんな場所を選び、地面へ古い布を何枚か重ねて敷いた。


「開けるだけなのに、ずいぶん用意するのだな」


 ナーヴァが、少し離れた場所から言う。


「正体の分からない肉だからね」


「肉は肉であろう」


「同じ魔物の肉を、前に食べたことはありますか?」


 ミネットに聞かれ、ナーヴァが黙った。


「ない」


「では、以前食べられた魔物の肉と、今回の肉は別です」


「分かっておる」


「本当に?」


「最近、皆が我を疑うようになったぞ」


「食べたそうに容器を見続けるからだろ」


 俺が言うと、ナーヴァは密閉容器へ視線を戻した。


 やっぱり見ている。


 容器は、敷いた布の中央に置かれていた。


 その周囲には何もない。


 水を入れた桶。


 使い終わった道具を入れるための別の容器。


 長い挟み具。


 厚手の手袋。


 口元を覆う布。


 それから、何かあればすぐ蓋を戻せるように、硬い板も用意している。


「確認します」


 ミネットが記録帳を開いた。


「今回の目的は、回収した肉片の外見と臭いの変化を確認することです」


「食えるかどうかではないのか?」


「今回は、そこまで判断しません」


「なぜだ」


「見た目と臭いだけで、安全性を確認できないからです」


「うまそうなら?」


「食べません」


「腐っていなければ?」


「食べません」


「毒がなさそうなら?」


「見ただけで毒の有無は分かりません」


 ナーヴァが不満そうに腕を組む。


「では、今日は何が分かればよい」


「開けた時に何が起きるかです」


 リゼが答えた。


「臭いが強くなる。動く。膨らむ。液体が出る。周囲へ何かが付着する。そういう変化がないかを見る」


「動く肉なのか?」


「分からないから警戒する」


 俺も、肉片が動くとは思っていない。


 でも、巨大な魔物は《万物迷宮》の中から来た。


 食欲を誘う匂いがしたからといって、普通の肉と同じように扱う理由にはならない。


「開けるのは一度だけ」


 俺は言った。


「途中で誰かが止めようと言ったら、すぐ閉める。今日は開け直さない」


「誰が開ける?」


 ヴィオラが尋ねる。


「私が行く」


 リゼが手袋を着けながら答えた。


「夜斗は蓋を戻す準備をしておけ。ミネットは記録。ほかは離れていろ」


「俺が開けてもいいけど」


「異常が起きた時、入口を扱える者まで最初に倒れる必要はない」


「私が記録をやめて、蓋を担当しましょうか?」


「お前も下がれ」


 リゼはミネットを見た。


「臭いや飛沫が魔力へ影響する可能性も分からない。縁との契約へ何が起きるかも不明だ」


 ミネットは少し考え、頷いた。


「分かりました。距離を取って記録します」


 縁はミネットの足元にいる。


 密閉容器へ顔を向けているが、近づこうとはしなかった。


 興味がないのか。


 何かを警戒しているのか。


 それも分からない。


「ファステたちは、邸宅の中へ」


「承知しました」


 ファステが答える。


 レイナと千代も一緒に戻る。


 ヴィオラは残りたそうにしていたが、リゼに見られると素直に壁門内へ下がった。


「我は残るぞ」


 ナーヴァが言う。


「何か出れば焼ける」


「肉まで焼くなよ」


「もう焼けておる」


「全部燃やすなって意味」


「分かっておる」


「炎を使うかどうかも、先に聞いて」


「何か飛び出してから聞くのか?」


「間に合わないなら使っていい。でも、容器を燃やさない範囲で」


「難しい注文だな」


 そう言いながら、ナーヴァは俺たちより離れた位置へ移動した。


 今の姿は人型だ。


 それでも何か起きれば、一番早く対応できるのはたぶんナーヴァだった。


 準備が終わる。


 風はほとんどない。


 周囲にも変化はない。


 黒い人型ゴーレムは壁門近くに立ち、石製の警戒ゴーレムも決められた位置にいる。


「開けるぞ」


 リゼが言った。


 俺は硬い板を持ち、容器の横へ立つ。


 ミネットは少し離れ、記録帳と筆を構えた。


 縁はそのさらに後ろだ。


「うん」


 リゼが、外側の留め具へ手を掛ける。


 一つ。


 二つ。


 金具が外れる。


 蓋を持ち上げる前に、一度こちらを見る。


 俺が頷く。


 リゼが、ゆっくりと蓋を開けた。


 最初に広がったのは、臭いだった。


「止める?」


「待て」


 リゼが短く答える。


 昨日の焼けた肉に似た匂い。


 それが、密閉されていた分だけ濃くなっている。


 腹が減っていれば、食べ物だと思ったかもしれない。


 でも、その奥に少しだけ違う臭いが混じっていた。


 湿った石。


 金属。


 それから、土とも血とも言い切れない重い臭い。


「よい匂いだ」


 ナーヴァが一歩出る。


「そこにいて」


「食わぬ」


「今は近づかない約束だろ」


 ナーヴァは止まった。


 リゼが蓋を完全に外し、横へ置く。


 布に包まれた肉片は動かない。


 膨らんでもいない。


 容器の内側に液体が溜まった様子もなかった。


「外見上の大きな変化はありません」


 ミネットが記録する。


「包みを開く?」


 俺が聞く。


「予定どおり、一枚だけだ」


 リゼは長い挟み具を使い、肉片を包んでいる布の端をつまんだ。


 一枚めくる。


 焼けた表面が見えた。


 黒く焦げた部分。


 その下に、赤黒い肉が残っている。


 昨日回収した時と、大きく変わったようには見えない。


「腐ってはおらぬ」


 ナーヴァが言う。


「見た目では判断できない」


「臭いでも分からぬのか?」


「少なくとも、俺には分からない」


「我には分かる」


「本当に?」


「腐った肉の臭いではない」


「腐っていないことと、安全に食べられることは別です」


 ミネットの声が飛んでくる。


「聞こえておる」


「返事をしただけです」


 リゼが挟み具を少し動かす。


 肉片の下側を確認する。


 布には、赤黒い染みがわずかについていた。


 新しく染み出したものか、回収時からあったものかは分からない。


「記録」


「布の内側に少量の変色。液体かどうかは距離から確認できません」


「触らない方がいいな」


「同意します」


 リゼが布を戻そうとした時だった。


 肉片の表面から、細い何かが一本落ちた。


「止めろ」


 リゼが手を離す。


 俺はすぐ硬い板を容器の上へ載せた。


 その上から蓋を戻す。


 リゼが留め具を閉じる。


 一つ。


 二つ。


 密閉を確認するまで、誰も近づかなかった。


「今のは何だ?」


 ナーヴァが聞く。


「分からない」


 黒い糸のように見えた。


 肉の繊維かもしれない。


 焦げた表面が剥がれただけかもしれない。


 生き物だった可能性も、今は否定できない。


「動いた?」


「落ちただけだ」


 リゼが手袋をしたまま答える。


「自分から動いたようには見えなかった」


「でも、予定どおり閉めた」


「異常かもしれない変化があったからな」


 容器の外へ何かが落ちた様子はない。


 板と蓋も、そのままにする。


 触った挟み具と手袋は、用意していた別の容器へ入れた。


「もう一度開ければ分かるぞ」


 ナーヴァが言う。


「今日は開けない」


「糸であろう」


「糸だと分かってから考える」


「どうやって分かる?」


「それをこれから考える」


 ナーヴァが容器を見つめる。


「食えるかどうかは?」


「まだ分からない」


「昨日から何も進んでおらぬではないか」


「開けた時にすぐ襲ってこないことは分かった」


 俺は答えた。


「目に見える範囲で急に膨らんだり、液体を撒いたりもしなかった」


「食えることは?」


「分からない」


「大事なところだけ進んでおらぬ」


「ナーヴァにとってはね」


 ミネットが記録帳を閉じる。


「開封直後に大きな変化が起きなかったことと、長く開けても安全であることは別です。今回の観察には意味があります」


「ならば次は長く開けるのか?」


「今回の結果を整理してからです」


「いつ食える?」


「それも、まだ分かりません」


 ナーヴァは大きく息を吐いた。


 その様子だけなら、危険な肉を前にしているというより、食事を待たされているだけに見える。


「壁門の近くで見た時よりは、我慢できそう?」


 俺が聞く。


「我慢はしておる」


「昨日より食べたい?」


「昨日も今日も食いたい」


「焦ってる感じは?」


「そなたは我を何だと思っている」


「正体の分からない肉を二日見張ってる竜」


「食える可能性があるからだ」


「今すぐ開けたい?」


 ナーヴァは、密閉容器を見る。


 少し間を置いてから答えた。


「開けたい」


「でも?」


「今日は一度だけと決めた」


「うん」


「ゆえに、今日は開けぬ」


 ナーヴァの声には不満が残っている。


 それでも、容器へ近づこうとはしなかった。


 離れても欲求は残っている。


 だから全部が《万物迷宮》から与えられたものとは言えない。


 でも、残っているから影響がなかったとも言えない。


 俺たちにできるのは、決めた手順を守ることだけだった。


     ◇


 使った道具を隔離し、外側の布も別の容器へ入れた。


 リゼの手袋と上着には、肉の臭いが少し移っていた。


「洗った方がいいですね」


 ファステが言う。


「手袋だけでは不十分か?」


「臭いが付着している場所を、今ここで正確には分けられません」


「では洗う」


 リゼは迷わなかった。


 直接触れたわけではない。


 飛沫も見ていない。


 それでも、見えないものが付着している可能性は残る。


 俺とミネットも、近くにいたため身体と服を確認することになった。


 ミネットは縁との接続に異常がないことを確かめてから、先に浴室へ向かった。


 縁は浴室の前までついていき、扉の外で座った。


「縁は洗わなくていいの?」


 ヴィオラが聞く。


「今回、縁は容器へ近づいていません」


「でも同じ場所にはいたよ?」


「私より離れていました。臭いも確認しますが、必要性が分からないまま水をかけることはしません」


「嫌がるかもしれないもんね」


「はい」


 縁は二人の会話を聞いているのかいないのか、閉じた扉を見上げていた。


 俺は別の場所で手と顔を洗い、着ていた上着を脱いだ。


 臭いは分からない。


 自分の服についた臭いは、自分では気づきにくいのかもしれない。


「それも洗濯へ回しますね」


 ファステが俺の上着を受け取る。


「ファステは触って大丈夫?」


「外側へ直接触れないように持っています」


「それでも洗ってきて」


「承知しました」


「服も替えて」


「私は近づいていませんから――」


 そこでファステが止まった。


「近づいていないことと、洗わなくてよいことは別?」


「いえ。今回、私は容器へ近づいていませんし、上着の外側だけを布越しに持っています。着替えが必要だと判断できる根拠はありません」


「ちゃんと別にしなかった」


「何でも同じ言い方にはなりません」


 少し離れたところで、ヴィオラが笑っている。


 ファステも、ごく小さく笑った。


 しばらくして、浴室の扉が開いた。


 先に出てきたのはミネットだった。


 髪を拭きながら、縁の前へしゃがむ。


「待っていたのですか?」


 縁が立ち上がり、ミネットの足へ身体を寄せる。


「待ってたみたいだね」


 ヴィオラが言う。


「浴室の前にいたことは確認できます」


「まだ言うんだ」


「待っていたと考えることもできます」


 ミネットはそう答え、縁の背を撫でた。


 以前なら、そこまで言わなかったかもしれない。


 二人が廊下の先へ移動する。


 俺も自分の部屋へ戻ろうとした。


 その時、もう一度浴室の扉が開いた。


 リゼが出てくる。


 いつもの革装備は身につけていない。


 臭いが移った上着も、手袋もない。


 身体を洗ったばかりらしく、短い髪の先からまだ小さな雫が落ちていた。


 着ているのは、浴室に置いてあった薄い室内着だけだった。


 普段より柔らかい布が、まだ乾ききっていない肩へ少し張りついている。


 首元もいつもより緩い。


 武器もない。


 警戒するように周囲を見る目だけが、いつものリゼだった。


「何だ」


 目が合った。


「いや」


「さっきから見ている」


「服が違うなって」


「洗う必要があったからだ」


「うん」


「それ以外に何かあるのか?」


「ない」


 答えた瞬間、表示が開いた。


『《淫獄石》を499個獲得しました』


『所持《淫獄石》:25,300』


 四百九十九。


 俺が想像していたより多い。


 でも、前みたいな、とんでもない跳ね方ではなかった。


「ある顔だな」


 リゼが言った。


「表示が出ただけ」


「何の?」


「……石」


「増えたのか」


「うん」


「私を見た直後に?」


 リゼの目が細くなる。


「たまたまかもしれない」


「そうか」


 納得していない声だった。


 リゼは自分の濡れた髪先をつまみ、それから薄い室内着を見る。


「前にも、風呂の後だったな」


「毎回じゃないよ」


「今回は増えた」


「増えたけど」


「いくつだ」


「言わない」


「なぜだ」


「余計に気まずくなるから」


「もう十分気まずい」


 その通りだった。


 逃げるように視線を外す。


「着替えてくる」


「そうして」


 リゼが俺の横を通り過ぎる。


 石鹸の匂いがした。


 肉の臭いは分からなかった。


 その代わり、すれ違う時に室内着の裾から伸びた脚が目に入り、もう一度慌てて前を向く。


 表示は増えなかった。


 助かったような、少し残念なような気がする。


「夜斗」


 後ろから呼ばれる。


「何?」


「今、また見ただろ」


「見てない」


「そうか」


 やっぱり、納得していない声だった。


     ◇


 密閉容器は、元の隔離場所へ戻した。


 外側へ新しい布を巻き、今日の日付と開封回数を札へ書く。確認できたのは外見と臭いだけで、表面から落ちた細い物の正体も分からない。


「分からぬことが増えたな」


 千代が札を見る。


「でも、何も起きなかったことも増えた」


 俺は答えた。


「開けた瞬間には襲ってこなかった。急に膨らみもしなかった。見える範囲では、周囲へ何かを撒かなかった」


「それで食えるのか?」


 ナーヴァが尋ねる。


「食べられるとは分かってない」


「結局、それか」


「一度で全部分かるとは思ってなかっただろ」


「我は少し思っておった」


「正直だね」


 ヴィオラが笑う。


 ナーヴァは隠す様子もない。


「次はいつ開ける?」


「今日の記録を整理してから」


 ミネットが答える。


「次に何を確認するか決め、そのために必要な方法を用意します」


「食う確認を入れろ」


「入れません」


「なぜ即答する」


「まだ、その段階ではないからです」


 ナーヴァが俺を見る。


 助けを求めているらしい。


「俺も同じ意見」


「王まで使えぬ」


「食べさせるための王じゃないからね」


「では、何の王だ」


 一瞬、答えに迷う。


 皆を見る。


 暮らしている場所を守る。


 帰ってくる人を迎える。


 危険なものを勝手に食べないよう止める。


 そういう役目を、スキル名が決めたわけではない。


「少なくとも、今は蓋を閉める側かな」


 俺が言うと、ナーヴァは露骨に顔をしかめた。


 それでも、欲しいと思ったまま蓋を開け続けず、一度で閉めることはできた。


 今日分かったのは、そのくらいだった。


 そして俺の石は、危険な肉ではなく、風呂上がりのリゼを見たせいで増えていた。

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