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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第148話 欲しがっていたのは、誰?

 密閉した容器は、翌朝になっても同じ場所にあった。


 蓋は閉じている。


 包んだ布にも、見える範囲では変化がない。


 中に入れた肉片がどうなっているかは、開けなければ分からない。


 そして、開けるつもりはまだなかった。


「臭いはせぬな」


 ナーヴァが容器の前へしゃがんでいる。


「密閉してるからね」


「昨日は、あれほどよい匂いだった」


「だから開けないで」


「触れてもおらぬ」


 確かに、両手は膝の上にある。


 顔が近いだけだ。


「朝からずっと見てない?」


「ずっとではない」


「俺が来た時にはいたよ」


「そなたが来る前はおらぬ」


「どれくらい前?」


「知らぬ」


 ナーヴァが容器から顔を離す。


「食えるか調べるのであろう」


「調べたいとは思ってる」


「ならば、早く開けろ」


「開ける前に、昨日のことを確かめたい」


「昨日の何だ」


「俺たちが、取りたくなってたこと」


 ナーヴァが首を傾ける。


「欲しい物を取ろうとした。それだけであろう」


「それだけだったのかな」


 死骸が減っているのを見た時。


 俺は、全部持っていかれるのが惜しいと思った。


 壁門を閉めて離れると、今すぐ取らなければならないような焦りは弱くなった。


 それでも、調べるための一片は欲しいと思った。


 どこまでが俺自身の考えだったのか。


 どこからが《万物迷宮》の影響だったのか。


 今も分からない。


「エウリオに聞いてくる」


「やつなら分かるのか?」


「分からないかもしれない。でも、前の《万物迷宮》を知ってる」


「我も行く」


「容器を開けないで見てて」


「我を見張りに使うのか?」


「ナーヴァが開けないように、ナーヴァ自身で見張ってほしい」


 ナーヴァが黙る。


「信用しておらぬのか」


「安全が分かるまでは開けないって言ったナーヴァを信用してる」


「ならば見張る必要はない」


「ほかの魔物が来るかもしれない」


 壁門を見る。


 黒い人型ゴーレムは、今日も同じ位置に立っている。


 異常があれば知らせる。


 でも、それだけで戦いが終わるわけではない。


「……よかろう」


 ナーヴァが立ち上がる。


「我はここにいる。食えると分かったら、最初に知らせよ」


「最初かどうかは約束しない」


「なぜだ」


「皆で聞くから」


「ならば、我も皆に含めろ」


「もちろん」


 それで納得したらしい。


 ナーヴァは容器から離れ、壁門の前へ移動した。


     ◇


 俺とリゼは第二接続地点から現地世界へ出た。


 周囲を確認して入口を閉じ、エウリオが家を借りた街へ向かう。


 街の中で家を探すのは、それほど難しくなかった。


『作業用魔道人形・魔道具 製作、調整』


 通りから見える場所に、看板が出ている。


 客を集めるためではない。


 ゴーレムを連れていても説明しなくて済むようにするための看板だ。


 扉の横には、淡い色の人型ゴーレムが立っていた。


 俺たちを見る。


 何も言わず、扉を開けた。


「入っていいのか?」


 リゼが聞く。


 人型ゴーレムが一度だけ頷く。


「判断できるんだな」


「来客を通す条件があるだけかもしれない」


「エウリオに聞く?」


「必要ならな」


 中へ入る。


 借りた家の奥には、見慣れない扉があった。


 外から見れば、普通の壁に取りつけられた室内扉だ。


 その先だけが、この家よりずっと静かに感じる。


 《無為宮》へつながる入口。


 エウリオは、その手前に置かれた椅子へ深く座っていた。


 膝には薄い板が載っている。


 小型ゴーレムが、その上へ部品らしきものを一つずつ並べていた。


「今日は何?」


「相談」


「作る話なら断るよ」


「まだ何も言ってない」


「先に言っておけば、説明が減る」


「作ってほしいわけじゃない」


 エウリオが少しだけ顔を上げた。


「それなら聞く」


「《万物迷宮》の影響について知りたい」


「帰っていい?」


「今の家だろ、ここ」


「《無為宮》へ」


「扉一枚じゃないか」


「一枚でも、移動は移動だよ」


 エウリオは椅子から動かなかった。


 帰らないらしい。


「昨日、壁門の向こうを確認した」


「また開けたのか」


「少しだけ」


「君たちは、その言葉が好きだね」


「死骸が減ってたんだ」


 巨大な魔物の死骸へ、小型魔物が群がっていたことを話す。


 肉。


 皮。


 金属。


 それぞれを引き剥がし、奪い合いながら運んでいた。


 俺たちも、それを見て確保する話ばかりしていた。


 途中でリゼが気づき、一度門を閉めた。


 距離を取ると、焦りが少し弱くなった。


 その後、改めて話し合い、調査用の肉片を一つだけ回収した。


「食べた?」


「食べてない」


「持ってきた?」


「持ってきてない」


「それは助かる」


 エウリオが膝の板へ視線を戻す。


「正体の分からない肉を、相談相手の家まで運んでくる人もいるからね」


「そんなことすると思った?」


「思わないための確認が面倒なんだよ」


「それで、《強欲》の影響だと思う?」


「分からない」


 すぐに答えた。


「見ていないから?」


「それもある。君たちが普段、死骸を見て何を考えるかも知らない」


「でも、前の《万物迷宮》でも似たことはあったんだろ?」


 エウリオの指が止まる。


 小型ゴーレムも、次の部品を置かずに待った。


「前は、領域の中に入ればね」


「外までは?」


「少なくとも、僕が知っていた頃は、閉じた境界の外まで強く漏れることはなかった」


「じゃあ今回は」


「漏れたのかもしれない」


「かもしれない?」


「ただ死骸が奪われているのを見て、惜しくなっただけかもしれない」


 昨日、俺たちが出したのと同じ答えだった。


「どうやって区別する?」


「完全には無理じゃないかな」


「分からないまま?」


「自分の欲望と、外から強められた欲望が、別々に並んで見えると思う?」


 エウリオが俺を見る。


「もともと何も欲しくなかった人へ、突然まったく関係のないものを欲しがらせたなら分かりやすい。でも、今回は違うんだろう?」


「ナーヴァは前から食べたがってた」


「君たちは、死骸を調べる必要があると思っていた」


「うん」


「使える素材があるかもしれないとも?」


「少しは」


「なら、もともとあった欲求が強くなっただけかもしれない」


「《万物迷宮》は、そういうことをするの?」


「前はね」


 エウリオが椅子へさらに身体を預ける。


「中に長くいると、自分が欲しいものへ注意を引かれやすくなった。手元にある物を失いたくなくなる人もいたし、ほかの誰かが持っている物を欲しがる人もいた」


「全員同じじゃない?」


「強欲は、金貨だけを欲しがることじゃないよ」


 それは、以前にも聞いた。


 命。


 肉体。


 魔力。


 道具。


 食料。


 土地。


 縄張り。


 その人が価値を感じれば、何でも奪う対象になり得る。


「オルカは止めてた?」


「全部ではない」


 エウリオが答える。


「《万物迷宮》は、もともと強欲の領域だった。影響を完全になくしたら、領域そのものが別のものになるかもしれない」


「じゃあ、どこを止めてた?」


「欲しがることと、すぐ奪うことの間には距離があった」


「今は?」


「近すぎる」


 短い答えだった。


「魔物は欲しがったら奪う。奪った相手からも、別の個体がまた奪う。領域そのものも、近くにある別の領域を欲しがった」


「俺たちも、そうなり始めてる?」


「君たちは門を閉じた」


「うん」


「離れて考え直した」


「うん」


「全部ではなく、一つだけ取った」


「調べるために」


「なら、魔物と同じではないよ」


 少しだけ安心した。


 でも、同じではないから影響を受けていない、ということにはならない。


「欲しいと思ったこと自体は?」


「君のものだと思う」


「外から強くされたとしても?」


「強くされた部分まで、きれいに切り取れるならね」


「切り取れない?」


「僕には無理だよ」


 エウリオが欠伸をする。


「君は、その死骸を今も欲しい?」


「全部はいらない」


「一部は?」


「食べられるか、素材にできるかは知りたい」


「それなら、その欲求は門から離れても残っている」


「俺自身のもの?」


「少なくとも、今ここには《万物迷宮》はない」


 エウリオの後ろには《無為宮》がある。


 別の欲望に結びついた領域だ。


「ただし、影響がすぐ消えるとは限らない」


「どっちなんだよ」


「分からないものを、分かる形にしてほしいと言われても困る」


 エウリオは面倒そうに目を細める。


「分からないなら、分からないままでも間違いにくい手順を作ればいい」


「どうする?」


「もうやっているだろう?」


「何を?」


「門を閉じて、離れて、考え直した」


 エウリオが小型ゴーレムの置いた部品を一つ取る。


「領域を見ている最中に、回収量や用途を決めない。離れた後でも必要だと思ったら、必要な分だけ決める」


「毎回?」


「毎回同じことで迷う方が面倒だから、手順にしておけばいい」


「やっぱりそれなんだ」


「何が?」


「楽をするために、最初に決める」


「ほかに何があるんだ」


 エウリオには、それ以外ないらしい。


「ありがとう」


「礼を言われるほどのことはしていない」


「でも、参考になった」


「なら、次から同じ説明を求めないで」


「努力する」


「記録して」


「ミネットがすると思う」


「本人がいない時に聞いたことを、本人へ全部任せるの?」


「……俺も書く」


 エウリオが小さく頷いた。


 たぶん、それが一番面倒を増やさない答えだった。


     ◇


 《淫獄》へ戻った頃には、ミネットと縁も学校から帰っていた。


 密閉容器は、朝と同じ場所に置かれている。


 ナーヴァも、約束どおり開けていなかった。


「遅いぞ」


「街まで行ってたから」


「食えると分かったか?」


「まだ分からない」


「何をしに行った」


「昨日の俺たちが、《万物迷宮》の影響を受けてたか聞きに」


 食堂へ集まり、エウリオから聞いたことを話した。


 前の《万物迷宮》でも、中にいる者の欲求が強くなることはあった。


 でも、閉じた境界の外まで漏れるのが以前と同じかは分からない。


 俺たちが感じたのも、普通の欲求だった可能性がある。


 外から強められた可能性もある。


 完全には分けられない。


「やっぱり影響だった?」


 ヴィオラが聞く。


「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」


「結局分からないんだ」


「一度の出来事だけでは判断できません」


 ミネットが記録帳を開く。


「ただし、壁門を閉じて距離を取った後に焦りが弱まったことは記録できます」


「我は弱まっておらぬ」


 ナーヴァが言う。


「朝も、今も、食いたい」


「それは知ってる」


「ならば、我は影響を受けておらぬ」


「受けてないとは限らないだろ」


「なぜだ」


「元から食べたい気持ちが、もっと強くなったのかもしれない」


 ナーヴァが考える。


「強くなって、何か困るか?」


「安全だと分かる前に食べたら困る」


「食っておらぬ」


「開けてもいないね」


 ヴィオラが言う。


「約束したからな」


「じゃあ、大丈夫だった?」


「今回はな」


 リゼが答える。


「次も同じとは限らない」


 ミネットが筆を動かす。


「欲求が強められた可能性と、その欲求が本人のものではないことは、同じではありません」


「どういう意味?」


 俺が聞く。


「もともと存在する欲求が強まったなら、始まりは本人の中にあります」


「でも、強くなったのは外のせいかもしれない」


「はい。ですから、本人の望みか、外から与えられたものかという二つだけには分けられません」


「両方?」


「両方である可能性があります」


 ナーヴァが腕を組む。


「では、我が食いたいことは我の望みだ」


「はい」


「《万物迷宮》に強められたとしても?」


「その可能性はあります」


「それでも、我が食いたいことまで嘘にはならぬ」


 ミネットは少し考えた。


「そうですね」


「ならば食う」


「安全確認は必要です」


「なぜ話が戻る」


「欲望が本人のものでも、安全になるわけではありません」


 ナーヴァが不満そうに黙る。


「また別?」


 ヴィオラが聞く。


「欲望が本物でも、安全とは限りません」


「やっぱり本人がいると早いね」


「何がですか?」


「別の話」


「必要です」


「朝もそう言ってたよ」


 ミネットは記録帳へ視線を戻した。


     ◇


 俺たちは、壁門を開ける時の手順を増やした。


 門を開いている間は、向こうにある物を回収するか決めない。


 使えるかもしれないと思っても、その場では取らない。


 一度門を閉じる。


 壁門から離れる。


 欲しいという気持ちが変わるか確かめる。


 それでも必要だと思った時だけ、何のために、どれだけ取るのかを話し合う。


 一人でも中止を求めたら、その日は開けない。


「毎回やるの?」


 ヴィオラが聞く。


「面倒でもやる」


「エウリオが考えたのに?」


「エウリオは、次から迷わないために決めろって言ってた」


「面倒を減らすための手順か」


 千代が頷く。


「我は毎回食いたいと言うぞ」


 ナーヴァが宣言した。


「言うのは止めない」


 俺は答える。


「でも、ナーヴァが食べたいと言っただけでは開けない」


「我の望みを無視するのか?」


「聞いた上で、皆で決める」


「食えると分かれば?」


「その時に決める」


「量もか?」


「量も」


「我は多く食うぞ」


「まだ一片しかないよ」


 全員の視線が、隔離場所の容器へ向く。


 蓋は閉じたままだ。


 外から見える変化もない。


 中身を欲しいと思う気持ちは、今も少し残っている。


 ただ、壁門の前で死骸を見ていた時のような焦りはなかった。


 欲しがったのは、俺たちだったのか。


 向こうに、欲しがらされたのか。


 たぶん、どちらか一つではなかった。


 だからこそ、欲しいと思った瞬間には決めない手順を先に作った。

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