↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
147/189

第147話 死骸が、減っている

 ミネットと縁が学校へ出た後、俺たちは壁門の前へ集まった。


 全員ではない。


 ファステとレイナは邸宅側に残っている。


 壁門の前にいるのは、俺、リゼ、ナーヴァ、千代、ヴィオラ。それから、黒い人型ゴーレムだった。


 昨日までと同じ位置に立ち、閉じた門を見ている。


「夜の間に反応は?」


 俺が聞くと、黒いゴーレムは首を横へ振った。


 言葉はない。


 壁門を突破しようとする動きは、なかったらしい。


「向こうに魔物がいなかったとは限らない」


 リゼが言う。


「決められた条件に当てはまる動きがなかっただけだ」


「分かってる」


 黒いゴーレムが見張っていた。


 だから安全だった。


 そう考えることはできない。


 エウリオが決めた仕事は、壁門を突破しようとする動きがあれば知らせることだけだ。


 門の向こうを見続けることでも、死骸を調べることでもない。


「開けるのか?」


 ナーヴァが壁門の前へ出る。


「少しだけ」


「昨日もそう言っておったな」


「昨日じゃない。何日か前だ」


「同じようなものだ」


「違うよ」


「ミネットがおらぬのに始まったぞ」


 ナーヴァがこちらを見る。


「何が?」


「違うという話だ」


「今のは普通の違いだろ」


「普通ではない違いもあるのか?」


「……開けよう」


 考えるほど分からなくなりそうだった。


 リゼが壁門の片側へ手をかける。


「いつもどおりだ。異常が見えたら閉じる。近づいてくるものがいても閉じる。死骸を見るために追わない」


「うん」


「ナーヴァ」


「分かっておる」


「まだ何も言ってない」


「我が勝手に出るなと言うのであろう」


「それもある」


「では、ほかは何だ」


「炎を吐くなら先に言え」


 ナーヴァが黙った。


「吐くつもりだったの?」


「必要ならな」


「先に言って」


「今言った」


「俺たちが聞いたからだろ」


「結果は同じだ」


「同じじゃない」


「また増えたな」


 ナーヴァは少し面白そうだった。


 リゼが息を吐く。


「門を開けるぞ」


 話を終わらせ、重い門をわずかに動かす。


 冷たい空気が、隙間から入ってきた。


 湿った石。


 灰色の砂。


 それに混じる、濃い臭い。


 数日前より強い。


「腐ってる?」


 ヴィオラが鼻を押さえる。


「臭いが強くなったことしか分からぬ」


 千代が布を口元へ当てた。


「腐敗か、血か、焼けた箇所か、それ以外か。今のところはな」


 リゼが門の隙間から外を見る。


 すぐには何も言わない。


「どう?」


「動いているものがいる」


 俺たちは門へ近づきすぎない位置から、外を覗いた。


 巨大な四腕の魔物は、まだ倒れた場所にあった。


 けれど、前に見た時と同じではない。


 肩に張りついていた金属片の多くがなくなっている。


 胸元の硬そうな部分も剥がされ、灰色の肉が露出していた。


 太い腕の一本は、途中から形が崩れている。


「減ってる」


 思わず口にした。


「位置は変わっていない」


 リゼが答える。


「でも、身体の一部がなくなってる」


「持っていかれたんじゃろう」


 死骸の周囲には、小さな影がいくつもいた。


 灰色の小型魔物。


 前に見たものと同じ種類に見える。


 一体が死骸の脇腹へ爪を差し込み、肉を引き裂いている。


 別の一体は、剥がれかけた硬い皮を両手で引いていた。


 その近くでは、二体が一本の金属片を奪い合っている。


 引く。


 殴る。


 噛みつく。


 相手が離しても、自分の物を守るように抱え込んでいた。


「食べてるだけじゃないね」


 ヴィオラが言う。


「皮も金属も持っていくのか」


「使うのかな?」


「分からぬ。欲しいから取っておるだけかもしれん」


 千代の言葉に、向こうで一体の魔物が倒された。


 金属片を持っていた個体だ。


 別の魔物がそれを奪い、死骸の向こうへ走っていく。


 仲間には見えなかった。


 同じ場所へ集まっているだけだ。


「このままなら、全部なくなるぞ」


 ナーヴァが言った。


「死骸が?」


「あやつらが運び続ければな」


 このまま全部持っていかれるのは、少し惜しい。


 そう思ってから、自分で引っかかった。


 何が惜しいんだ。


 あの死骸が、俺たちの物だと決まったわけでもない。


「なくなった方が安全じゃない?」


 ヴィオラが聞く。


 そう言いながらも、その目は剥がされていく金属片を追っていた。


「でも、あの金属、何かに使えるかもしれないよね。皮も、丈夫そうだし」


「無駄になるのは惜しいのう」


 千代も言う。


「我らの側で使える物なら、すべて奪われる前に確かめた方がよいかもしれん」


「何を持ち去ったか分からなくなる」


 リゼは死骸から目を離さない。


「向こうへ運ばれた物が、別の魔物に使われる可能性もある。調べるためにも、少し確保しておいた方が――」


 そこで言葉を切った。


「……待て」


「どうした?」


 リゼが俺たちを見る。


「私たち、さっきから取る話ばかりしていないか?」


 誰もすぐには答えなかった。


 死骸を見る。


 肉。


 皮。


 金属。


 硬そうな骨。


 少し前まで、危険だから近づかないと決めていたものだ。


 それが減っていると分かった途端、使えるかもしれない物に見え始めている。


「我らが倒した獲物だ」


 ナーヴァが言う。


「食べられるところもなくなる」


「それが、いつもより強く感じない?」


 俺が聞く。


「いつもとは何だ」


「前に見た時は、今すぐ取ろうとはしてなかった」


「あの時は、これほど多く集まっておらなんだ」


「そうだけど」


 理由にはなる。


 でも、それだけだと決めていいのか分からない。


 初めて《万物迷宮》へ入った時、俺たちは欲しいと思わされるような感覚を受けた。


 拾いたい。


 持っていたい。


 取られたくない。


 あの時ほど強くはない。


 頭の中へ無理やり押し込まれている感じもしない。


 それでも今、俺たちは危険より先に、取られていることを気にしていた。


「閉じるぞ」


 リゼが言った。


「まだ何も来ておらぬ」


「だから閉じる。襲われたからじゃない」


 千代とリゼが壁門を引く。


 灰色の死骸が、細くなっていく隙間の向こうへ消えた。


 最後まで見えていた金属片も、重い扉が合わさると見えなくなった。


「少し離れよう」


 壁門の前から下がる。


 黒い人型ゴーレムだけが、決められた位置へ残った。


 俺たちは邸宅側へ近づきすぎない範囲で立ち止まる。


「まだ取りたい?」


 ヴィオラが聞く。


「さっきよりは……急がなくてもいい気がする」


「我は変わらぬ」


 ナーヴァが即答した。


「食われ尽くす前に、我らの分も取るぞ」


「それがナーヴァ自身の考えか、《万物迷宮》の影響か分かる?」


「我は前から食えるか確かめろと言っておる」


「それは本当だな」


「ならば我の考えだ」


「全部がそうだとは限らない」


 リゼが言う。


「門の近くにいたせいかもしれない。ただ死骸が減るのを見て、普通に惜しくなっただけかもしれない」


「両方かもしれぬな」


 千代が自分の袖を見ながら言う。


「少なくとも、一度離れて考え直す必要はあった」


 俺はもう一度、自分へ聞いてみる。


 あの死骸が欲しいのか。


 全部をこちらへ運びたいのか。


 答えは違った。


 食べられるか。


 素材として使えるか。


 危険があるか。


 それを調べるための一部は欲しい。


 全部ではない。


「一片だけなら、調べるために回収してもいいと思う」


 俺が言う。


「今すぐ食べるためじゃない。使えると決めるためでもない」


「危険が見えたら中止する」


 リゼが続ける。


「死骸そのものへは近づかない。外へ長く留まらない」


「取った物も、生活場所へは持ち込まぬ」


 千代も言う。


「我が取る」


「ナーヴァが素手で触るのは駄目」


「では、周囲の小さいものを散らす」


「どうやって?」


 聞く前から、だいたい分かっていた。


 ナーヴァが小さく息を吸う。


「炎は駄目」


「まだ吐いておらぬ」


「吐く顔だった」


「どのような顔だ」


「今の顔」


 壁門の外には複数の小型魔物がいる。


 死骸へ群がっているだけに見えるが、こちらへ気づけば生きている俺たちを優先するかもしれない。


 あれを散らせれば、死骸へ近づく余地はできる。


 でも、ナーヴァの炎は少し間違えば死骸だけでなく、壁門まで焼く。


「小さくできる」


 ナーヴァが言う。


「風呂の水を温めた時よりも?」


「あれは難しかった」


「水を温める方が?」


「動かぬ水を、容器を壊さず、そなたらが入れる温度にせねばならぬ」


 ナーヴァが門の外を見る。


「今回は、あやつらを遠ざければよい」


「死骸は焼かない?」


「当てぬようにはする」


「絶対に?」


「試しておらぬことを、絶対とは言わぬ」


 以前なら、できると言い切っていたかもしれない。


 今は、試していないことを試していないと言える。


 それでも危険がなくなったわけではない。


「どうする?」


 俺はリゼを見る。


「炎の範囲を絞れるなら、外へ出て戦うよりは危険が少ないかもしれない」


「門は?」


「ナーヴァが吐けるだけ開く。私たちは左右へ離れる。炎が止まったら即座に閉じる」


「向こうから来たら?」


「その前に閉じる」


「我が焼く」


「門を閉じる」


 リゼが言い直した。


 ナーヴァは不満そうだったが、反論はしなかった。


 炎を使う目的は、倒すことではない。


 死骸の周囲から魔物を散らすこと。


 それ以上はしない。


「一度だけだよ」


 俺が言う。


「足りなければ?」


「一度閉じてから考える」


「分かった」


 本当に分かったのか不安だった。


 けれど、ナーヴァは壁門の前で勝手に動かず、俺たちが離れるのを待った。


 リゼが門を少し広げる。


 人一人が通れるほどではない。


 ナーヴァが顔を向けられるだけの幅だ。


 外の小型魔物が一体、こちらへ気づいた。


 金属片を捨てる。


 頭が壁門へ向く。


「今だ」


 リゼが言った。


 ナーヴァが短く息を吸う。


 唇の間から、細い赤黒い炎が伸びた。


 風呂を沸かした時より長い。


 でも、竜の姿で吐いた炎とは比べものにならないほど細い。


 炎は灰色の床を低く走り、死骸の周囲を横切った。


 小型魔物が散る。


 一体が後ろへ跳ぶ。


 別の一体は抱えていた皮を捨て、奥へ逃げた。


 金属片を奪い合っていた二体も、互いを押しのけながら死骸の陰へ回る。


「止めて!」


 俺が叫ぶ。


 炎が消えた。


 リゼと千代が、すぐ壁門を引く。


 閉じる直前、死骸の露出した肉へ赤い火が残っているのが見えた。


 重い扉が合わさる。


「当たったよな?」


「端だけだ」


「当てないって言った」


「当てぬようにはすると言った」


「そうだけど」


「魔物は散った」


「それは成功だ」


 リゼが門から手を離す。


「炎もすぐ止まった」


「では問題ない」


「死骸が燃えてる」


「少しだ」


「少しならいいわけじゃないだろ」


 ナーヴァが何か言おうとした。


 その前に、壁門の隙間から臭いが入ってきた。


 さっきまでの濃い死骸の臭いとは違う。


 焦げた脂。


 焼けた肉。


 炭へ落ちた汁が煙になったような、食欲を刺激する匂い。


 全員が黙った。


「……いい匂い」


 ヴィオラが鼻を覆っていた布を少し下げる。


「うん」


 俺の腹が、間の悪い音を立てた。


「夜斗」


「違う。これは勝手に鳴った」


「誰も何も言ってないよ」


 ナーヴァが得意そうに腕を組む。


「うまそうであろう?」


「認めたくないけど」


「最初から我が言っておる」


「前は、焼けてなかっただろ」


「焼けばうまそうになることが分かった」


「匂いだけだ」


 リゼが言う。


「焼けた臭いが食べ物に似ている。それ以上は分からない」


「でも、普通に肉を焼いた匂いだよ?」


「毒のある肉でも、焼けばよい匂いになるかもしれぬ」


 千代が壁門を見る。


「臭いで毒が分かるとは限らん」


「匂いがいいことと、食べて安全なことは別だよね」


 ヴィオラが言った。


 ナーヴァが、ゆっくりこちらを見る。


「本人がおらぬのに、また増えたな」


「何が?」


「ミネットの言葉だ」


「違うものは違うんだから仕方ないじゃん」


「そなたまで言うようになったか」


「ナーヴァも前に言ってたよ」


「我は言っておらぬ」


「できたことと、大量にできることは別だって」


 ナーヴァが黙った。


「言ってたな」


 俺が言う。


「……あれは必要な区別だ」


「今のも必要だよ」


「うまそうな物は、食って確かめればよい」


「それを止めてるんだって」


 匂いはまだ残っている。


 死骸だと知っている。


 壁の向こうが《万物迷宮》だとも知っている。


 それでも、腹は正直だった。


「ファステが嗅いだら、何て言うかな」


 ヴィオラが聞く。


「連れてこない」


 俺はすぐに答えた。


「厨房にいる人へ未知の死骸の匂いを嗅がせて、料理できるか聞くのは順番が違う」


「でも、料理するならファステでしょ?」


「料理すると決めてない」


「食えるかも決めておらぬ」


 千代が言う。


「まずは調べるための物を得られるかじゃ」


「取るのか?」


 ナーヴァがすぐ反応する。


「少量だけ」


「ならば開けろ」


「待って」


「まだ何かあるのか」


「炎を吐いた直後だよ。逃げた魔物が戻ってくるかもしれない」


 黒い人型ゴーレムを見る。


 壁門を突破しようとする動きはないらしい。


 けれど、それだけで外が安全だとは言えない。


 しばらく待った。


 音はしない。


 爪で引っかく音も、何かが門へぶつかる音もない。


 焼けた肉の匂いだけが、少しずつ薄くなっていく。


「確認する」


 リゼが再び門へ手をかけた。


「今度は見るだけだ。何かいれば閉じる」


 細い隙間を作る。


 外を覗く。


「近くにはいない」


「死骸は?」


「燃え続けてはいない。表面が焼けただけだ」


 俺も見る。


 死骸の脇腹近くが黒く焦げていた。


 そこから少し離れた床に、小さな肉片が落ちている。


 小型魔物が引き裂いた後、炎に驚いて捨てたものかもしれない。


 表面の一部が焼けている。


「あれなら、死骸そのものへ近づかなくても取れる」


 リゼが言う。


「取った後は?」


「密閉する」


「《淫獄》へ入れるの?」


「壁門に近い隔離場所までだ。厨房にも食堂にも持ち込まない」


「我が持つ」


 ナーヴァが言う。


「素手で?」


「焼けておるだけだ」


「駄目」


「我は炎で傷つかぬ」


「熱いかどうかだけが問題じゃない」


「毒かもしれない」


 ヴィオラが続ける。


「汚染されてるかもしれない」


 俺も言う。


「触っただけで何か起きるかもしれない」


「食う話から遠ざかっておらぬか?」


「安全に食べるためにも必要なんだよ」


 以前、汚水を扱った時に使った物とは別に、汚れた物を直接触らず動かすための長い挟み具がある。


 新しい布と、蓋を閉じられる硬い容器も用意した。


 容器は壁門の内側へ置く。


 俺たちはもう一度、手順を確認した。


 リゼが門を開ける。


 ナーヴァと黒いゴーレムが周囲を見る。


 俺と千代は内側に残る。


 ヴィオラには邸宅側へ戻ってもらった。


「なんで私だけ?」


「何か来た時に、ファステとレイナへ知らせて」


「走る係?」


「嫌なら別の人に頼む」


「やる」


 ヴィオラは少し離れ、こちらを見た。


 リゼが外へ半歩だけ出る。


 長い挟み具を伸ばし、床の肉片をつかむ。


 死骸へは近づかない。


 その場で新しい布へ包み、容器へ入れる。


「閉めるぞ」


 リゼが戻る。


 門を閉じる。


 蓋も閉じた。


 誰も肉片へ直接触れていない。


「取れたな」


 ナーヴァが容器へ近づく。


「開けないよ」


「少し見るだけだ」


「透明じゃないから見えないだろ」


「匂いを確かめる」


「密閉した意味がなくなる」


「焼けた時に嗅いだ」


「じゃあ、もういいだろ」


 ナーヴァは容器の前でしゃがんだ。


 蓋へ触れようとはしない。


「いつ食う」


「安全だと分かってから」


「いつ分かる」


「まだ分からない」


「ミネットに聞けば分かるか?」


「見ただけじゃ無理だと思う」


「学校へ持っていくの?」


「それも、ミネットと学校へ確認してから」


「時間がかかるな」


「食べるなら必要だよ」


 ナーヴァが不満そうに容器を見る。


 少量の肉片。


 表面が焼け、うまそうな匂いを出した。


 それでも、今は食べ物ではない。


 調べるために回収した、正体不明の試料だ。


 俺たちは容器を壁門近くの隔離場所へ置いた。


 厨房から離す。


 食器とも分ける。


 誰かが間違って開けないよう、紙へ大きく書いた。


『未確認。食べない。開けない』


 ナーヴァがその文字を見る。


「我へ向けて書いたのか?」


「全員へ」


「我しか開けようとしておらぬ」


「だからナーヴァにも読んでほしい」


「読んだ」


「守って」


「安全が分かるまではな」


「それでいい」


 ナーヴァは立ち上がる。


 もう容器へ手を出さなかった。


     ◇


 昼を過ぎて、ミネットと縁が戻ってきた。


 入口を閉じた後、ミネットは俺たちの顔を順番に見る。


「何かありましたか?」


「どうして?」


「ナーヴァさんが、あの容器を見続けています」


 隠せていなかった。


「死骸が減ってた」


 俺は壁門の確認から説明した。


 小型魔物が群がっていたこと。


 肉、皮、金属を持ち去っていたこと。


 ナーヴァが炎で散らしたこと。


 炎が死骸へ少し当たったこと。


 焼けた肉片を一つだけ回収したこと。


 ミネットは記録帳を開く。


「直接触れましたか?」


「触れてない」


「生活区域へ持ち込みましたか?」


「壁門の近くまで。厨房と食堂からは離してる」


「容器は開けましたか?」


「開けてない」


「食べましたか?」


「食べてない」


「まだな」


 ナーヴァが付け足した。


 ミネットの筆が止まる。


「食べる予定なのですか?」


「安全なら、皆で食べられるかもしれないだろ」


「以前、別の魔物を食べたことはあります」


「うん」


「ですが、違う魔物を一度食べられたことと、今回の肉が安全であることは別です」


 全員が黙った。


 ミネットが顔を上げる。


「どうしましたか?」


「本人が言った」


 ヴィオラが言う。


「本人?」


「今日、同じことを話してたんだよ」


「私がいない間に?」


「増えたってナーヴァが言ってた」


「実際に増えておる」


 ナーヴァが腕を組む。


 ミネットは俺たちを見る。


「必要な区別だったのでしょうか」


「必要だった」


「では、問題ありません」


「それで終わり?」


「何か問題がありますか?」


「ないけど」


 ミネットは隔離場所へ近づき、容器へ触れない位置から状態を確認した。


「焼けた時は、どのような臭いでしたか?」


「うまそうだった」


 ナーヴァが答える。


「ナーヴァ以外もそう感じた」


 俺が言う。


「普通に肉を焼いたみたいな匂いだった」


「臭いに異常な誘引作用があった可能性は?」


「分からない」


「食欲以外に、身体や意識の変化は?」


「俺は腹が鳴った」


「それは普段と違う反応ですか?」


「……あの時間なら、たぶん普通」


「では、それだけでは判断できません」


 ミネットが記録する。


「今日は開けません。学校へ持ち込めるかも、私だけでは決められません」


「いつ食える」


「食べると決めていません」


「またそれか」


「重要です」


 縁が容器の近くへ寄ろうとした。


 ミネットが一歩移動する。


「こちらへ来ますか?」


 呼び寄せるのではなく、自分の位置を変える。


 縁は容器へ進まず、ミネットの足元へ向かった。


「縁も、いい匂いが分かるかな」


 ヴィオラが言う。


「分かりません」


「契約しても?」


「私が肉を焼いた臭いだと思っていることは、縁の判断ではありません」


「じゃあ、縁が食べたいかも分からない?」


「はい」


 ミネットは縁を見る。


「だから、縁にも与えません」


 ナーヴァが残念そうに息を吐く。


「食える者が一人も増えぬではないか」


「安全が分かれば増えるよ」


「いつだ」


「それをこれから調べる」


 壁門の向こうで、巨大な死骸は少しずつ失われている。


 消えたのではない。


 《万物迷宮》へ溶けたわけでもない。


 向こうにいる魔物たちが、欲しい部分を奪い、運んでいた。


 俺たちは、その一部を初めてこちらへ回収した。


 今はまだ、焼けばうまそうな匂いがすることだけ分かった、正体不明の肉片だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。