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このスキル、やばスギル ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第一章「逃げ場所から始まる生活」

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第15話 五人目の寝床



「明日になったぞ」


 目を覚まして最初に聞いたのは、千代の声だった。


「何が?」


「寝床を作るのであろう」


「覚えてたのか……」


「そなたが明日と申したのじゃ」


 簡易寝床から身体を起こす。


 昨日は休む日と決め、外へ出ず、大がかりな作業もしなかった。


 五人で食事をして、どうでもいい話をして、千代とレイナが小石の数当てで意地を張り合うのを眺めた。


 そして夜、五人目の寝床は今日から作ると約束した。


 まさか起きた直後に回収されるとは思わなかった。


「逃げられなかったな」


 壁際で装備を確認していたリゼが言う。


「別に逃げるつもりはない。起きてすぐ始めるつもりがなかっただけだ」


「日が高くなるまで待っても、この中では何も変わらぬぞ」


「分かってるよ」


 《淫獄》には窓も太陽もない。


 朝と呼んでいるのも、俺たちが休んで起きたからにすぎない。


 それでも寝起きくらい、少しぼんやりする時間が欲しい。


「夜斗様、お水をどうぞ」


 ファステが水を差し出してくれる。


「ありがとう。ほら、まず水分補給。拠点整備はそのあと」


「そなたは何をしても理由をつけるのが上手いな」


「合理的と言ってくれ」


     ◇


「私の寝床は必要ない」


 水を飲み終えて作業の話を始めた途端、千代がそう言った。


「昨日と言ってること違わない?」


「作ることを忘れていたわけではない。考え直したのじゃ」


 現在、《淫獄》にある簡易寝床は四つ。


 住民は五人。


 昨夜は素材を寄せ、俺とリゼの寝床を少しずつ詰めて、千代が横になれる場所を作った。


 一晩なら何とかなる。


 だが、毎日続けるには狭い。


「私は一時的に置いてもらっておるだけじゃ。限られた物を使う必要はない」


「客でも床で寝かせたら駄目だろ」


「昨日は休めた」


「俺とリゼの寝床を狭くしてな」


「私は構わない」


 リゼが口を挟む。


「構う。俺が狭い」


「結局、自分のためか」


「全員のためだ。その中に俺も含まれてる」


 千代は、今ある素材を既存の寝床の改善へ回すべきだと考えているらしい。


 帰る方法が見つかれば、自分は《淫獄》を去るかもしれない。


 そんな人間のために専用の場所を作るのは無駄だと。


「寝床を作ったからって、ずっとここにいろとは言わない」


「では、なぜ私の分まで作る」


「今ここにいるから」


 千代が黙った。


「寝る人が五人いるなら、寝床も五つ必要だろ。出ていくかもしれないから、それまで床で寝ろっていう方が合理的じゃない」


「……それだけか」


「それ以外に必要か?」


 千代がここへ永住するかは、千代が決める。


 帰る方法が見つかったとき、元の世界へ戻るのも自由だ。


 寝床は忠誠の報酬ではない。


 ここへ残るという誓いの証でもない。


 今夜、五人全員が休むために必要な生活設備だ。


「夜斗様のおっしゃるとおりだと思います」


 ファステが言う。


「千代様の分だけがないのは、おかしいです」


「私も賛成ですわ」


 レイナも続いた。


「昨日のように毎晩詰めるより、最初から五人分を整えた方が効率もよいでしょう」


「多数決か」


「四対一だな」


「勝負ではない」


「昨日の数当てよりは決着が早かったな」


「あれもまだ決着しておらぬ」


「レイナが勝っただろ」


「次を行っておらぬ」


 どうやら本当に認めていないらしい。


     ◇


 五つ目の寝床を作る。


 そう決めても、空いている場所へ一つ増やせば終わりとはいかなかった。


 休息区画には、四つの寝床が今の人数と動線に合わせて置かれている。


 そこへ無理に一つ追加すれば、通路か作業場所を塞ぐ。


「ここを少し広げて、五つまとめて置く」


 俺は頭の中で配置を組み直した。


「火から離す。水置き場への通路を残す。作業場所とも近い。五人分を一つの区画へまとめれば分かりやすい」


「全員を同じ場所へ固めるのか」


 千代が尋ねる。


「休む場所なんだから、まとまってた方がいいだろ」


「何か起きた際に、全員がまとめて動けなくなる」


「《淫獄》へ外敵が入れるかも分からないぞ」


「分からぬから備えるのじゃ」


 出た。


 俺と千代の拠点設計思想の違い。


 俺は普段の動線と効率を見る。


 千代は、何かが壊れたとき、失われたとき、使えなくなったときを見る。


「寝床を遠くへ散らしたら、夜中に誰かが動いたとき気づけない。火や水の確認にも時間がかかる」


「全てを遠ざけよとは申しておらぬ。一つの事故で全員の休む場所が使えなくなる配置を避けよと言っておる」


「寝床が使えなくなる事故って何だよ」


「火、水、物資の崩れ。想定できぬことも含めて事故と申す」


 どちらも譲らないまま、俺たちは配置を見比べた。


「お二人とも、私たちが実際に使うときのことを確認なさってはいかがでしょう」


 ファステが遠慮がちに割って入る。


「夜中に火や水を確認するとき、皆さまの横を何度も通らずに済む場所が助かります。それと、外から持ち帰った素材を休息場所へ通さず、置き場へ運べる通路も必要です」


「出口は見える方がいい」


 リゼも続く。


「だが寝床が通路を塞ぐのは駄目だ。何かあったとき、全員が一度に起きて動ける距離にはいてくれ」


「こちらは火へ近すぎますわ」


 レイナが俺の考えていた位置を指す。


「それに、五つを完全に同じ向きへ並べると、端の寝床だけ湿気が残りやすくなるかもしれません」


「湿気まで見るのか」


「素材が傷めば、また作り直しになりますもの」


 三人の意見を頭の中へ並べる。


 効率。


 非常時。


 夜間の生活動線。


 出口と退路。


 素材の状態。


「……俺の案と千代の案を混ぜる」


「どちらも採ると申すか」


「効率を捨てずに、全部を一か所へ固めない。三つと二つで少し位置をずらす。声が届く距離は保って、間に通路を作る」


 作業場所と水へ行きやすい。


 出口への線を塞がない。


 火や一つの事故で、全てが使えなくなる配置も避ける。


 どちらか一方の案ではない。


 五人が使うための案だ。


「悪くない」


 千代が答えた。


「もっと素直に褒めてくれてもいいんだぞ」


「まだ作ってもおらぬ」


     ◇


 役割を決める。


 俺は《淫獄》の床と休息区画を調整する。


 ファステは素材の汚れと寝心地。


 リゼは土台や固定の強度と緊急時の動線。


 レイナは素材の傷みと用途。


 千代は全体の配置と、何かが使えなくなった場合の問題を見る。


「ファステ、その素材は任せる。リゼは固定。レイナは使える部分を選んで。千代は全体を見て、問題があったら止めてくれ」


「お前は?」


「床を動かす。俺にしかできない仕事だ」


 《淫獄》へ形を意識させる。


 休息区画をほんの少しだけ広げる。


 大きく変える必要はない。


 五つ目の寝床を置き、既存の四つも無理なく使える広さ。


 灰色の床が低く震えた。


 四つの寝床の土台の近くに、新しい隆起が生まれる。


 同時に既存の土台も少しずつ位置を変え、三つと二つへ分かれるよう整っていく。


「そこはもう少し離せ」


 千代が言う。


「離しすぎると通路が狭くなる」


「ならば、こちらを半歩分動かせ」


「半歩って曖昧だな」


「そなたの一歩を基準にすればよい」


「俺の歩幅、リゼより狭いぞ」


「威張ることではない」


 レイナが冷静に言った。


 俺が床を整えている間にも、四人の作業は進んでいた。


 ファステが柔らかな素材から汚れた部分を除く。


 レイナが傷みの少ないものを選び、五つへ分ける。


 リゼが繊維を引き、固定に使える強さか確かめる。


 千代は全員の手元と、置かれている量を見る。


「そちらへ良い素材が偏っておる」


「新しい寝床だから、少しくらいはいいだろ」


「千代様の分だけを厚くするのですか?」


 ファステが尋ねた。


「逆。新しい方が素材に余裕があるから、既存の四つへ分け直す」


「私のために、そなたらの分を減らす必要はない」


「千代様の分だけ薄くすることもできません」


「五人で使う場所ですもの。差をつける理由がありませんわ」


 レイナが素材を等しく分ける。


「文句があるなら、自分で素材を取りに行けるようになってから言え」


 リゼの言葉に、千代が目を細めた。


「私は外へ行けぬのか?」


「この世界の危険も地形も知らないだろ。まず覚えてからだ」


「私は戦を知らぬ子供ではない」


「戦場が変われば危険も変わる」


「……それは、そうじゃな」


 意外にも千代は引いた。


 自分の経験だけで全てを知ったつもりにはならないらしい。


 ただし、次に外へ出る際は同行を求めそうな目をしていた。


     ◇


 一つ目の寝床を作ったときより、作業は早く進んだ。


 やるべきことを全員が知っている。


 それぞれが自分の得意な部分を担当している。


 俺がいちいち全てを説明しなくても、問題があれば誰かが気づく。


 気づいた者が声を出し、ほかの誰かが修正する。


「そこは固定が緩い」


 リゼが言う。


「傷んだ繊維が混ざっていたようですわ。こちらと交換しましょう」


 レイナが別の束を渡す。


「詰め物が片側へ寄らないよう、先に中央を留めてはいかがでしょう」


 ファステが包み方を変える。


「この位置なら、通路も残る」


 千代が全体を見る。


 俺は床の形を微調整する。


 最初は全員へ指示を出していた。


 だが途中から、俺がすることはほとんどなくなった。


 《淫獄》の床を動かし、必要なときに配置を確認する。


 あとは四人に任せる。


 これは楽をしているのではない。


 適材適所である。


『《淫獄石》を14個獲得しました』


『所持《淫獄石》:54』


「順調だな」


「何がだ?」


 リゼがこちらを見る。


「作業が」


「今、何か別の表示を見てただろ」


「作業も石も順調だ」


「正直になったな」


 五人の共同作業。


 それぞれ違う役割。


 俺の指示がなくても、四人の関係だけで作業が進む。


 それを眺めることが俺の好みへ刺さったらしい。


 別に石を増やすために寝床を作っているわけではない。


 増えるならありがたく受け取るだけだ。


     ◇


 五つ目の寝床が完成した。


 新しい一つだけではない。


 既存の四つも素材を分け直し、偏りを直した。


 完全に同じではないが、どれか一つだけが明らかに悪いという状態ではない。


「あとは誰がどこを使うかだな」


「私は余った場所で構わぬ」


「その決め方は禁止」


「なぜじゃ」


「昨日から何度も言ってるけど、自分が使う場所は自分で選べ」


 千代は五つの寝床を見回した。


 最初に見たのは、出口へ最も近い場所だ。


「ならば、ここじゃ」


「そこは私が使う」


 リゼがすぐに止めた。


「危険へ近い場所を一人へ任せるつもりはない」


「危険を見るのは私の役割だ。お前は別のものを見ろ」


「私も武器は扱える」


「知ってる。だが、外の警戒までお前が全部背負う必要はない」


 千代が反論しかける。


「千代は備蓄と全体が見える場所でいいんじゃないか」


 俺は別の寝床を示した。


 作業場所と食料置き場が見える。


 出口からは少し離れているが、通路は塞がない。


「そこなら、休みながらでも全体を確認できる。危険に一番近いわけでもない」


「休みながら確認させるつもりか」


「確認しないと落ち着かないんだろ」


 千代はその位置へ歩き、周囲を見た。


 食料。


 水。


 火。


 四つの寝床。


 入口へ続く通路。


 全体を一度に把握できる。


「では、ここを使う」


「決まりだな」


 千代は、自分だけ条件の悪い場所を選ばなかった。


 最も安全で快適な場所を取ったわけでもない。


 自分の役割と、休むことの両方を考えた場所を選んだ。


 寝床を持ったからといって、永住を決めたことにはならない。


 それでも、今ここにいる千代が、自分で使う場所を決めた。


     ◇


「最後に寝心地を確認しましょう」


 ファステが一つへ横になる。


「中央は問題ありませんが、端が少し硬いようです」


「固定は外れない」


 リゼが別の寝床へ体重をかける。


 レイナは裾を整えながら腰を下ろし、素材の偏りを指で直した。


「こちらは、もう少し詰め物を広げた方がよさそうですわ」


 最後に千代が、自分で選んだ寝床へ座る。


 部分甲冑を外し、刀をすぐ手が届く位置へ置く。


 ゆっくり身体を横たえた。


「どうだ?」


「悪くない」


「褒め方がリゼに似てきたな」


「一緒にするな」


「私も一緒にするでない」


「息が合っていらっしゃいますわ」


 レイナが言うと、ファステが小さく笑った。


 家政婦。


 傭兵。


 令嬢。


 女城主。


 異なる世界から来た四人の成人女性が、それぞれ自分で選んだ寝床を持ち、同じ場所で休んでいる。


 寝床というのは、思った以上に私的なものだ。


 眠る場所。


 武具を外す場所。


 誰かへ任せ、無防備になれる場所。


 その五つが、俺の拠点へ並んでいる。


『《淫獄石》を26個獲得しました』


『所持《淫獄石》:80』


「四十個増えた」


「また数えておったのか」


「表示されたんだから仕方ないだろ」


 次回必要数は千個。


 残り九百二十個。


 まだ遠い。


 だが、今日一日だけで四十個増えた。


 いや、効率の話はあとにしよう。


     ◇


 寝床が整ったあと、残っている食料も二つに分けた。


 すぐ使う分。


 予備として残す分。


 水も分けたいが、使える水袋が少ない。


 無理に別の素材へ入れ、漏れて全て失う方が危険だ。


「容れ物がなければ、分けるにも限界がある」


 千代が言う。


「次は容器か」


「加工できそうな素材を、もう一度探す必要がありますわね」


 レイナが素材置き場を見る。


「結局、外へ出ることになるな」


「今日は出ない」


 俺が答えると、リゼが眉を上げた。


「昨日の台詞だぞ」


「今日は作業日だから、別の意味で出ない」


「結局、外へ出たくないだけではないのか」


 千代の理解が早すぎる。


 そう話している間に、《淫獄》全体がかすかに震えた。


『生活環境の変化を確認しました』


『生活区画を微細調整します』


 休息区画がほんの少し広がる。


 寝床同士の間隔が整い、残していた通路がわずかに歩きやすくなった。


 目隠しも、五つの寝床へ合わせるように少し位置を変える。


「作り終わってから調整するのかよ」


「先に行えば、そなたらが何を望むか分からぬからではないか」


「《淫獄》が見て判断してるみたいな言い方やめてくれ」


「違うのか?」


「分からないから困ってる」


 住民が五人になったから反応したのか。


 五人分の寝床ができたからなのか。


 全員で一つの生活課題を解決したからなのか。


 表示からは分からない。


 まあ、生活しやすくなったのなら、今はそれでいい。


     ◇


「そなたは、途中からほとんど指示しかしておらなんだな」


 作業後、千代が言った。


「俺にしかできない床の調整はやった」


「その後は?」


「適材適所」


「楽を覚えただけだろ」


 リゼが横から口を出す。


「違う。俺が全部やるより、得意な人へ任せた方が効率がいい」


「それ自体は間違っておらぬ」


「ほら、本物の城主も認めた」


「ただし、任せた結果を確かめるのも、上に立つ者の務めじゃ」


「仕事が減らなかった」


「当然であろう」


 全部を自分でやる必要はない。


 だが、任せたから知らないでは済まない。


 誰へ何を任せ、結果として拠点全体がどうなったのかを見る。


 それが俺の仕事らしい。


 ほぼ何もしない王への道は、思ったより遠い。


     ◇


 夜。


 五人が、それぞれ自分の寝床へ入る。


 ファステは作業場所へ行きやすい位置。


 リゼは出口を確認できる位置。


 レイナは全員の声が聞こえる中央寄り。


 俺は全体と通路を確認できる場所。


 千代は、備蓄と休息区画全体を見渡せる場所。


 一人増えるたびに、この場所を作り直している気がする。


「暮らす方が増えれば、必要な形も変わりますから」


 俺の独り言を聞いたファステが答えた。


「城も同じじゃ。人が変われば、備えも変わる」


 千代も言う。


 完成させたら終わりではない。


 暮らす人間が増え、関係が変われば、拠点の正しい形も変わる。


 五人目の寝床ができた。


 それだけで、《淫獄》は昨日までより少しだけ五人の場所らしくなった。


『所持《淫獄石》:80』


『所持上限:1,000』


『次回必要《淫獄石》:1,000』


 あと九百二十個。


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 今は次の召喚より、目の前にある五つの寝床だ。


「明日は容れ物について考えるぞ」


 千代の声が飛んできた。


「寝る直前に明日の仕事を増やすなよ」

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