↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第一章「逃げ場所から始まる生活」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/65

第14話 今日は休む日



「食料は二か所へ分けるべきじゃ。水も一つの袋へ頼るのは危うい。火の近くには、燃えやすい素材を置かぬ方がよい。それから外の地形も、早いうちに――」


「今日は外に出ない」


 俺が言うと、千代が話を止めた。


「何?」


「今日は外に出ない。探索もしない。大がかりな作業もしない」


 朝。


 目を覚ました俺の前で、千代は既に共同作業台へ食料や素材を並べていた。


 召喚されてから、まだ一日ほどしか経っていない。


 月影城が落ちた直後に呼び出され、知らない場所で俺たちと出会い、昨日は《淫獄》の状況を一通り確認した。


 普通なら、今日くらい寝込んでも誰も責めない。


 なのに千代は、俺より早く起きて拠点の改善案を出している。


「珍しいな」


 武器の状態を確認していたリゼが言った。


「むしろ今まで出すぎなんだよ。俺は外の世界や危険なことを好まない、善良な引きこもりだぞ」


「お前、最初はずっとここに引きこもるつもりだっただろ」


「初心を思い出した」


「何の初心だ」


 異世界へ来てから、俺は自分でも驚くほど外へ出ている。


 水を探し、食料を探し、素材を探し、人里を探した。


 俺の人生における外出頻度としては、明らかに異常である。


「食料には最低限の余裕がある。水も今日一日は問題ない。昨日は人里を探しに遠くまで行ったうえ、千代が来た。全員、一度休んだ方がいい」


「問題はいくらでもあるぞ」


 千代が食料置き場を示す。


「五人分の備蓄としては心許ない。寝床も四つしかない。容れ物も足りぬ。外の状況も――」


「だからこそ。全部今日やる必要ないだろ」


「……王がそのようなことでよいのか?」


「休む日を決めるのも王の仕事だ」


「今考えただろ」


 リゼの指摘が早い。


「王権ということにする」


「都合のよい王権じゃな」


「俺が使える王権なんて、それくらいでいいんだよ」


 正直に言えば、外へ出なくてよい理由を見つけて少し嬉しい。


 だが合理的な理由もある。


 疲れた状態で探索すれば、判断が遅れる。


 怪我をしても治療する設備はない。


 食料の問題は深刻だが、一日休んだせいで即座に全滅するわけでもない。


 つまり今日は、堂々と引きこもってよい日だ。


「というわけで、今日は休む」


 俺はもう一度宣言した。


     ◇


「ならば、せめて備蓄の配置だけでも今日中に――」


「やらない」


「なぜじゃ」


「昨日来た人間に働かせすぎだろ」


「私は働かされておらぬ。自分でやっておる」


「それが一番面倒なやつなんだよ」


 強制されているなら止めやすい。


 本人が自分の意思で働き続けていると、どこから休ませればいいのか分からない。


「……少し、分かります」


 ファステが小さく言った。


「何がじゃ」


「何もしなくてよいと言われると、かえって落ち着かないことです」


 共感を得た千代が、わずかに目を見開く。


「そなたもか」


「はい。以前の私は、何かしていなければ、ここに置いていただけないのではないかと考えていました」


「以前というほど昔ではないけどな」


 ファステが《淫獄》へ来てから、それほど長い時間が過ぎたわけではない。


 それでも、最初の頃とは少し変わった。


 今も働きすぎるところはある。


 休むことが得意になったとも言い難い。


 だが、自分の希望を口にし、誰かと一緒に作業し、時にはほかの人へ任せられるようになり始めている。


「休めない人間が二人になった」


「休む必要があるときは休んでおります」


 ファステが反論する。


「昨日も、最後まで食料の確認をしてただろ」


「あれは必要なことでしたので」


「千代と同じこと言ってる」


 二人が顔を見合わせた。


「必要なことを行って何が悪い」


「何も悪くありません」


「そこで意気投合しないでくれ」


 ファステはともかく、千代まで働き続ける側へ加われば、止める手間が二倍になる。


「今日は食事を作ったら、ファステも休むこと」


「ですが――」


「千代も、改善点を書き出すくらいならいい。でも実際に動かすのは明日」


「指示を出すだけならよいのか」


「駄目。全員休む」


「随分と厳しい休息じゃな」


 そこまで言わなければ休まない人間がいるからだ。


     ◇


 ファステが作った食事は、相変わらず簡素だった。


 火を通した根。


 食べられる部分だけを選んだ野草。


 少量の木の実。


 豪華とは程遠い。


 調味料も、まともな調理道具もない。


 ただ、温かい。


 そして共同作業台の周囲へ、初めて五人分が並んだ。


 ファステは並べ終えた食事を、しばらく黙って見ていた。


「どうした?」


「いえ。五人分になったのだと思いまして」


 最初は俺一人だった。


 そこへファステが来た。


 リゼが召喚され、レイナが加わり、昨日は千代が来た。


 食事を作る相手が、一人ずつ増えてきた。


「大変になったか?」


「少しだけ」


 ファステは正直に答え、それから柔らかく笑った。


「ですが、嫌ではありません」


 命じられたから作った食事ではない。


 ここへいるための代価でもない。


 ファステ自身が、五人で食べるために作ったものだ。


「量は全員、大体同じだな」


 俺は並んだ食事を確認する。


「はい。今日は夜斗様にもご心配をおかけしないようにしました」


「まるで普段は心配させてる自覚があるみたいだな」


「……いただきましょうか」


「流した」


     ◇


 五人で低い台を囲む。


 千代は粗末な食事を前にしても、特に嫌な顔をしなかった。


「一応聞くけど、城主ってこういうの食べられる?」


「食えるものを食う。籠城では選んでおれぬ」


「思ったより強い答えが返ってきた」


「城主がいつでも豪勢な食事をしておると思ったか」


「少し」


「兵糧が尽きかけた城で、当主だけが腹を満たせばどうなる」


「恨まれる」


「それ以前に、そのような者へ誰がついてくる」


 千代は焼いた根を一口食べ、真剣な顔で噛んだ。


「味は薄いが、腹へ入る。温かいだけでも十分じゃ」


「私より慣れていらっしゃいますわね……」


 レイナが少し複雑そうな顔をする。


「そなたは何を食べて育ったのじゃ」


「その質問は少々長くなりますわ」


「最初に水袋を持っただけで限界になった人だからな」


「夜斗さん、その話はいつまでなさるつもり?」


「重要な思い出だから」


「消してくださる?」


 レイナの笑顔が少し怖い。


「リゼは傭兵のとき、何を食べてたんだ?」


「食べられるものだ」


「説明が千代より雑」


「干したものがあればマシ。なければ、その辺で採るか捕る。火が使えないときは、味より腹を壊さないことが優先だ」


「全員、思ったより食生活が強い」


「夜斗様の世界では、何を召し上がっていたのですか?」


 ファステに尋ねられ、俺は少し考える。


「買えばすぐ食べられるもの」


「随分と曖昧じゃな」


「俺の世界では、店に行けば調理済みの食事が買えたんだよ。家から出なくても届くことがあった」


「家から出ずに食事が届く?」


 千代が理解できないものを見る目で俺を見た。


「理想の文明だった」


「なぜそのような場所から、ここへ来たのじゃ」


「俺が一番知りたい」


 元の世界では、腹が減っても森へ入る必要などなかった。


 獣の気配へ怯えながら根を掘ることもない。


 画面を数回触れば、料理が玄関まで届く。


 改めて考えると、現代日本は引きこもりへ優しすぎる。


「ファステは、どんな料理が得意なんだ?」


「今ある道具と食材では作れないものばかりです」


「紅茶以外にもあるのか」


「はい。焼くものや、煮込むものも。お菓子も少しだけ」


 ファステの声がわずかに明るくなる。


「道具と材料が手に入れば、いつか作ってみたいです」


「目標が増えたな」


「まず紅茶ではありませんこと?」


 レイナが言う。


「どちらも作ればいい。拠点は生活を便利にするために発展させるものだからな」


「休む日にも拠点の話をするのか?」


 リゼに指摘される。


「雑談だ。作業はしてない」


 こういう、今すぐ生き残ることと関係のない話をするのは久しぶりだった。


 何を食べていたか。


 どんな料理が好きか。


 いつか何を作りたいか。


 知らなくても今日を生きることはできる。


 それでも、同じ場所で暮らすなら、知っていた方が少し楽しい。


 《淫獄》は、生き延びるためだけの場所ではなくなりつつあった。


     ◇


 食後。


 作業を始めようとする人間が二人いたので、俺は強制的に別のことを提案した。


「何か遊ぶか」


「遊ぶ?」


 千代が聞き返す。


「休む日なんだから、仕事以外のことをする」


「必要があるのか?」


「必要がないことをするのが遊びだ」


 近くにあった小さな石を一つ取り、片手へ隠す。


「どっちに入ってるか当てる。それだけ」


「子供の遊びではないか」


「簡単な方が、全員分かるだろ」


 最初は千代も興味がない顔をしていた。


 だが、レイナが二回続けて正解した辺りから目つきが変わった。


「もう一度じゃ」


「三度目ではなくて?」


「次で決着じゃ」


「さっきから毎回そう言ってない?」


「黙れ、王」


「負けてるときだけ王って呼ぶな」


 俺が石を隠す。


 レイナと千代が同時に右手を選ぶ。


 正解は左。


「今回は二人とも外れ」


「では、勝負はついておりませんわね」


「そうじゃな」


「何で自然に延長戦へ入るんだよ」


「私と千代さんのどちらが先に当てるかという勝負でしょう?」


「最初はそんなルールじゃなかった」


 レイナも意外と負けず嫌いだ。


 千代はもっと分かりやすい。


 俺の手元を真剣に見つめ、石を移動させた瞬間の指の動きまで読もうとしている。


「そなた、先ほどから左へ入れる前に右肩がわずかに動くな」


「そこまで観察する遊びじゃないから!」


「勝負ならば手を抜く方が失礼であろう」


「子供の遊びって言ってたのに」


「勝負は勝負じゃ」


 結局、レイナが先に当てた。


「もう一度じゃ」


「千代さん、これで五度目ですわ」


「次こそ決着じゃ」


「もう決着してる」


「しておらぬ!」


 昨日まで燃える城を見ていた人とは思えないほど、声に力が戻っている。


 悪いことではない。


 ただし、負けを認めるまで続ければ日が暮れそうだった。


     ◇


 リゼは少し離れた壁際にいた。


 武器の手入れを終え、既に横になっている。


「リゼは休むの上手いな」


「何だ、その褒めてるのか分からない言い方は」


「千代とファステを見たあとだと、ものすごく上手く見える」


「休めるときに休むのも仕事だ」


 リゼは腕を枕にしたまま答えた。


「疲れて動けなくなってから休んでも遅い。戦う前に身体を戻しておく方がいい」


 千代の視線がリゼへ向く。


「分かっておる」


「分かってる奴は、朝から全部やろうとしない」


「私は戦の前ではない」


「だから今のうちに休めるだろ」


 千代は反論しようとして、口を閉じた。


 理屈では分かっているのだろう。


 籠城や戦を経験した城主が、休息の重要性を知らないはずはない。


 だが、他人を休ませることと、自分が休むことは別らしい。


 これはリゼにも少し似ている。


 リゼは戦いが終われば休める。


 ただし、誰かを守る必要があると、自分の休息を後回しにする。


 千代は今、守るべき城を失ったばかりだ。


 だからこそ止まれないのかもしれない。


 何もしていなければ、自分が失ったものを考えてしまうから。


 そこまで思ったが、口には出さなかった。


     ◇


 俺は簡易寝床へ寝転がった。


 今日は俺の場所を千代へ貸していない。


 昨夜は素材を寄せ、俺とリゼの寝床を少しずつ詰めて、千代が横になれる場所を作った。


 当然、狭かった。


 今日も夜までには同じようにする必要がある。


 だが、それはあとで考える。


 今は何もしない。


 壁にもたれ、横になり、五人をぼんやり眺める。


 リゼは壁際で休んでいる。


 ファステは食器代わりに使ったものを片づけ終え、袖を整えて座った。


 レイナは生活向けにまとめた衣装の裾を横へ流し、千代へ勝負の結果を丁寧に説明している。


 千代は部分甲冑を外し、昨日より自然な姿で座っていた。


 異なる世界から来た四人の成人女性が、同じ場所でそれぞれくつろいでいる。


 誰も戦っていない。


 逃げていない。


 泣いても、怒鳴ってもいない。


 ただ、同じ空間で時間を過ごしている。


「……いいな」


「何がですか?」


 ファステが尋ねる。


「何も起きないの」


 外へ出れば危険がある。


 食料を探す必要がある。


 人里も探したい。


 一緒に転移した大学生たちのことも気になる。


 元の世界へ戻る方法だって分からない。


 問題はいくらでもある。


 だが今この瞬間は、《淫獄》の中だ。


 安全で、温かい食事を食べたあとで、全員が無事に休んでいる。


「何も起きないことが、そんなによいのか?」


 千代が尋ねた。


「いい。最高だ」


「退屈ではありませんこと?」


 レイナも首を傾げる。


「何かしたくなったら、そのときすればいい。でも何かが起きて、強制的に動かされるのは嫌なんだよ」


「筋金入りだな」


 リゼが呆れる。


「必要がなければ外へ出なくていい。問題が起きてないなら、ここで過ごせばいい。これほど合理的な生活はない」


「外へ出ぬ理由を探しておるだけではないか」


「千代、もう俺のこと分かってきたな」


 拠点が快適になれば、不要な外出を減らせる。


 これは引きこもりの悪化ではない。


 拠点運営の効率化だ。


 本当に。


 たぶん。


 ファステが袖を整える。


 レイナが髪を片側へ流す。


 リゼが防具を外した姿で寝返りを打つ。


 千代も張りつめた姿勢を少し崩し、壁へ背を預けた。


 俺の拠点で、四人がそれぞれ自分なりに休んでいる。


 戦士。


 家政婦。


 令嬢。


 女城主。


 本来なら同じ場所へ集まるはずのない人物たちが、何でもない一日を一緒に過ごしている。


 その光景そのものが、俺の好みへ静かに刺さった。


『《淫獄石》を16個獲得しました』


『所持《淫獄石》:40』


「……何もしてないのに増えた」


「何がじゃ?」


「こっちの話」


 正確には、何もしていないわけではない。


 俺が四人の日常を見て、勝手に欲望を刺激されただけだ。


 だが石を集めるための行動はしていない。


 外へも出ていない。


 狙った状況を作ってもいない。


「これ、普通に暮らしてるだけでも増えるんだよな」


「前からそうだっただろ」


 リゼが寝転んだまま答える。


「いや、改めて考えると効率よくない?」


「休む日じゃなかったのか?」


「考えるだけなら休んでる」


「そのうち考えるだけでは済まなくなりそうだな」


「まだ九百六十個足りないんだぞ。すぐ回せるわけない」


 口にしてから気づいた。


 俺はもう不足数を計算している。


 リゼも気づいたらしいが、何も言わず、かわいそうなものを見る目を向けてきた。


     ◇


 夕方。


 千代は再び立ち上がり、食料置き場へ向かった。


「そろそろ残りの備蓄を分けるぞ」


「続きは明日にいたしましょう」


 ファステが止める。


「今日中に終わらせた方が――」


「今日でなくていい」


 今度はリゼだ。


「私も明日、お手伝いしますわ」


 レイナも続く。


「四対一」


 俺が言うと、千代は眉を寄せた。


「多数決で決めることではなかろう」


「今日は王命ということにする。休め」


「そなた、こういう時だけ王を使うのか」


「便利だから」


「随分と正直じゃな」


 千代はしばらく食料置き場と俺たちを見比べた。


 それから、小さく息を吐く。


「……明日、必ず行うぞ」


「明日になったらな」


 千代は自分から籠手を外し、部分甲冑を外した。


 昨日のように倒れかけてからではない。


 まだ動けるうちに、自分で作業をやめた。


 壁際へ座り、黒髪を結び直す。


「何を見ておる」


「ちゃんと休んだなと思って」


「監視されねば休めぬ者のように申すな」


「監視してないと作業へ戻るだろ」


 千代は否定しなかった。


     ◇


 問題は、夜になってからだった。


「やっぱり寝る場所はどうにかしないとな」


 四つの簡易寝床と、床へ寄せた素材を見る。


 住民は五人。


 寝床は四つ。


 昨日と同じように詰めれば全員横にはなれるが、長く続ける形ではない。


「ようやく働く気になったか」


 千代が言う。


「明日から」


「今日やればよいではないか」


「今日は休む日」


「まだ申すか」


「日付が変わるまでは休む日だ」


 この世界に正確な時計はないが、そこは気分である。


 今日は外へ出なかった。


 新しい住民も増えていない。


 大きな設備も作っていない。


 食料問題も、寝床不足も解決していない。


 物語として見れば、何も進んでいない一日かもしれない。


 それでも、ファステと千代は休めないことへ少しだけ共感した。


 千代とレイナは、子供のような勝負をした。


 リゼは、休むのも仕事だと教えた。


 五人で同じ食事を囲み、どうでもいい話をした。


 千代は昨日より少しだけ自然に武具を外した。


 俺は何もしない時間を、心地よいと思った。


 第1話では、灰色の空間に俺一人しかいなかった。


 今は五人分の気配がある。


 少し狭い。


 食料も足りない。


 寝床も一つ足りない。


 問題だらけだ。


 それでも俺は、外へ出ることより、今ここにいることを選びたかった。


「明日になったら、また考えればいい」


 今日は何も起きなかった。


 たぶん、それが一番よかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。