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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第139話 門前を奪われた



 五つ目の小石が、器へ落ちた。


 灰色の通路から、重い足音が近づいてくる。


 一歩ごとに、門前空間の床が震えた。


「ファステ、レイナ! 縁を連れて下がって!」


「はい!」


 ファステが縁を呼ぶ。


 縁は融合入口の暗がりを見たまま、すぐには動かなかった。


「縁!」


 今度はレイナも呼ぶ。


 縁が二人の方へ走り、壁門を越える。


 ファステはそのまま邸宅側へ向かおうとして、途中で石製ゴーレムを振り返った。


「あの子はどうしますか?」


 石製ゴーレムは、五つ目の通過を記録し終え、警戒設備を元へ戻そうとしている。


 逃げるという判断は、設定されていない。


「連れていって!」


「承知しました!」


 レイナが石製ゴーレムを抱え上げる。


 小さくても石でできている。軽くはないはずだ。


 ファステが反対側から支え、二人で壁門の内側へ運ぶ。


 淡い人型ゴーレムは残った。


 融合入口から何かが来た時、決められた範囲で迎撃する。


 その役割を変えるには、エウリオが近くで命じる必要がある。


「淡い方は?」


 俺が聞く。


「今は、決めた仕事を続けている」


 エウリオは黒い人型ゴーレムの後ろから答えた。


「戻せる?」


「できる。ただ、その前に来るよ」


 融合入口の内側で、大きな影が動いた。


 最初に見えたのは腕だった。


 灰色の皮膚。


 太い指。


 人間より長い腕が、融合入口の縁をつかむ。


 続いて、巨大な頭が現れた。


 人に似ている。


 けれど、顔の形は歪み、下顎が異様に前へ突き出している。


 身体を覆っているのは、皮膚だけではなかった。


 錆びた金属板。


 色の違う石。


 何かの骨。


 折れた武器。


 奪った物を鎧のように重ね、身体へ固定している。


 魔物が門前空間へ足を踏み入れた。


 背中を丸めても、頭が入口の上端へ届きそうなほど大きい。


 腕は二本ではない。


 肩の下から、さらに一対の腕が生えていた。


 四本の手が、それぞれ違う物を握っている。


 折れた槍。


 鎖。


 大きな骨。


 何かの盾だったらしい金属板。


「大きいな」


 ナーヴァが前へ出る。


 笑ってはいなかった。


「我が止める」


「一人で倒そうとするなよ」


「止めると言った」


 ナーヴァが人の姿のまま、魔物の正面へ立つ。


 淡い人型ゴーレムが、その横から飛び出した。


 先に動いたのは魔物だった。


 四本の腕のうち一本が、淡いゴーレムへ振り下ろされる。


 ゴーレムは避けない。


 両腕を上げて受け止めようとする。


 衝突した瞬間、硬い音が門前空間へ響いた。


 淡いゴーレムの身体が床を滑る。


 腕の表面に、細い亀裂が走った。


「一撃で……」


「壊れてはいない」


 エウリオが言う。


「でも、何度も受けさせたくはないね」


 魔物が、もう一本の腕を伸ばす。


 狙っているのは、倒れたゴーレムだった。


 壊すためではない。


 持ち上げようとしている。


「それは、僕のものだよ」


 エウリオの声が低くなる。


 黒いゴーレムが動いた。


 魔物の腕へ身体ごとぶつかり、淡いゴーレムから引き離す。


 その横から、ナーヴァが踏み込んだ。


 魔物の一番太い腕を両手で受け止める。


 床が割れた。


 ナーヴァの足元から亀裂が走る。


 それでも、ナーヴァは下がらない。


「なるほど」


 魔物の腕を受けたまま、ナーヴァが呟く。


「先ほどの小物よりは、力がある」


「感想は後にしろ!」


 リゼが魔物の側面へ回る。


 刃が灰色の脚へ入った。


 浅い。


 皮膚の上に張りついた石と金属が、刃を止めている。


 魔物が振り向く。


 別の腕がリゼへ伸びた。


 黒いゴーレムが間へ入り、腕を押し上げる。


 それでも完全には止まらない。


「リゼ!」


 リゼは床を蹴り、腕の下を抜けた。


 長い指が外套の端だけをつかむ。


 布が裂けた。


 魔物は、つかんだ布切れを捨てなかった。


 口元へ持っていき、一度臭いを嗅ぐ。


 そのまま、自分の身体を覆う金属板の隙間へ押し込んだ。


「布まで取るのか」


「何でも欲しいらしいね」


 エウリオの声はいつもと同じだった。


 けれど、黒いゴーレムを魔物から離そうとはしない。


 欲望の圧力が、また強くなる。


 魔物の身体に埋まった金属。


 武器。


 鎖。


 どれも欲しくない。


 なのに、奪い取れば何か得られる気がした。


 あの魔物が持っている物を、全部こちらへ持ってくればいい。


 倒して。


 奪って。


 俺たちのものにする。


「……違う」


 声に出す。


 倒すのは、守るためだ。


 あいつの持ち物が欲しいわけじゃない。


「夜斗?」


「大丈夫。まだ分かる」


 自分の考えと、押しつけられた欲望。


 今なら、まだ分けられる。


 魔物が吠えた。


 空気が揺れる。


 胸の奥へ、強い欲望が流れ込んでくる。


 あれが欲しい。


 これも欲しい。


 奪われたくない。


 誰にも渡したくない。


 魔物の周囲で、灰色の床が一気に広がった。


「境界が!」


 壁門の内側から、レイナの声が聞こえる。


 それまで押し合っていた床の境界が、こちらへ動いている。


 少しずつではない。


 灰色の石が、門前空間の床を呑み込むように広がっていた。


 《淫獄》側の床も押し返そうとしている。


 けれど、今回は止められない。


 灰色が、その上から重なる。


 門前空間の半分が変わった。


 視界に表示が現れる。


『門前空間の領域保全を維持できません』


「……維持できない?」


 続けて、二行目が表示される。


『当該区画を保全範囲から切り離します』


「夜斗、何が出た!」


 リゼが魔物の攻撃を避けながら叫ぶ。


「門前空間を維持できない! 保全範囲から切り離すって!」


「切り離したらどうなる!」


「書いてない!」


 門前空間の床が、完全に灰色へ変わった。


 壁も変わる。


 これまで《淫獄》側の色をしていた壁へ灰色が走り、古い地下遺跡のような石へ置き換わっていく。


 融合入口との境目が消えた。


 どこまでが入口で、どこからが《万物迷宮》なのか分からない。


 俺たちが立っている門前空間そのものが、灰色の通路の一部になっていく。


「壁門まで下がる!」


 リゼが言う。


「全員、境界を背にするな!」


 どこが境界なのか。


 答えは、すぐに分かった。


 壁門だけが、変わらず残っていた。


 その向こうには、《淫獄》の敷地と邸宅がある。


 灰色の床は、壁門の手前で止まっている。


 門前空間は失った。


 でも、壁門より内側までは取られていない。


「ファステ! 門はまだ閉めないで!」


「はい!」


「俺たちが戻ったら閉める!」


 魔物が壁門を見る。


 その向こうにいるファステとレイナ。


 邸宅。


 菜園。


 俺たちが暮らしている場所。


 魔物の四本の腕が、一斉に動いた。


 ナーヴァを押しのけようとする腕。


 黒いゴーレムをつかもうとする腕。


 壁門へ伸びる腕。


 床に落ちたリゼの外套の一部を拾おうとする腕。


「欲張りすぎだ」


 ナーヴァが、正面の腕をひねった。


 硬い音が鳴る。


 魔物の腕が曲がる。


 折れてはいない。


 だが、姿勢が崩れた。


 リゼが別の脚を斬る。


 今度は、金属板のない関節を狙った。


 刃が深く入る。


 黒い血が床へ落ちた。


 魔物が吠え、リゼへ腕を振るう。


 淡いゴーレムが立ち上がった。


 亀裂の入った両腕で、魔物の一本を抱える。


 黒いゴーレムも反対側の腕をつかんだ。


 二体で動きを止める。


「エウリオ、二体とも大丈夫なのか?」


「大丈夫ではないよ」


「止めないの?」


「今止めたら、君たちの方が壊される」


 エウリオは魔物を見ている。


「だから、今は続けさせる」


 ゴーレムが壊れる可能性を理解した上で、自分で決めている。


「ナーヴァ、まだ止められる?」


「誰に聞いておる」


 ナーヴァが魔物の正面へ身体を押し込む。


 人の姿のまま、巨大な魔物を押し返す。


 一歩。


 灰色の床へ、魔物の足が沈む。


 さらに一歩。


 しかし魔物は倒れない。


 四本目の腕が、ナーヴァの肩をつかんだ。


 指が食い込む。


「ナーヴァ!」


「騒ぐな」


 ナーヴァは魔物を見上げる。


「我を欲するか」


 魔物が口を開いた。


 声ではない。


 飢えた獣のような音が漏れる。


「我は、そなたのものにはならぬ」


 ナーヴァの腕に、赤い光が走る。


「待って、ここで大きな炎は――」


「分かっておる」


 炎は広がらなかった。


 ナーヴァの片手だけを包む。


 つかんでいた魔物の腕、その一点へ熱が集中する。


 金属板が赤くなる。


 皮膚の焼ける臭い。


 魔物がナーヴァを放した。


「今のも抑えたのか?」


「かなりな」


 この状況で、その基準の違いを確認している暇はない。


「リゼ、弱いところは?」


「鎧になっている物が多すぎる!」


 リゼが魔物の周囲を回る。


「だが、全部が身体と一体ではない。張りつけているだけの物もある!」


 ナーヴァが焼いた金属板が、魔物の身体から外れかけている。


 魔物は攻撃より先に、その板へ手を伸ばした。


 自分の身体から剥がれた物まで、失いたくないらしい。


「それだ」


 俺は声を上げた。


「こいつ、落とした物を放っておけない!」


 リゼも気づく。


「注意を逸らせるか」


 俺はエウリオを見る。


「黒い方に、あの金属板を遠くへ投げさせられる?」


「僕のものではないけど」


「魔物に持たせたままよりはいい!」


「それなら、仕事としては単純だね」


 エウリオが黒いゴーレムへ短く命じる。


 黒いゴーレムが魔物の腕を放し、床を滑る金属板を拾った。


 魔物が反応する。


 四本の腕が、同時に黒いゴーレムへ向く。


「壁門と反対へ投げろ!」


 黒いゴーレムが、灰色の通路の奥へ金属板を投げた。


 金属板が床を跳ね、大きな音を立てて転がる。


 魔物がそちらを向いた。


 壁門から目を離す。


 ナーヴァからも。


「今だ!」


 ナーヴァが魔物の身体へ組みついた。


 二本の腕をまとめて押さえる。


 淡いゴーレムが別の一本へしがみつく。


 黒いゴーレムも戻り、残った腕をつかんだ。


 四本すべてが止まる。


「リゼ!」


「見えている!」


 リゼが走る。


 狙うのは、ナーヴァの炎で金属板が剥がれた場所。


 魔物の胸元。


 灰色の皮膚の下で、黒いものが脈打っている。


 リゼの刃が入る。


 一度では止まらない。


 魔物が腕を振りほどこうとする。


 淡いゴーレムの亀裂が広がる。


 黒いゴーレムの足が床へ沈む。


 ナーヴァが吠えた。


 人の喉から出たとは思えない声だった。


 魔物の身体が、わずかに反る。


 リゼが刃をさらに押し込む。


 黒いものを貫いた。


 魔物の動きが止まった。


 四本の腕から、力が抜ける。


「離れろ!」


 リゼの声で、全員が下がる。


 巨大な身体が傾いた。


 灰色の床へ倒れる。


 門前空間だった場所全体が揺れた。


 しばらく待つ。


 魔物は起き上がらない。


 欲望の圧力も、少しずつ弱くなっていく。


「倒した?」


「近づくな」


 リゼが呼吸を整えながら答える。


「まだ確認する」


 ナーヴァが先に魔物の首元へ近づく。


「動かぬ」


「ナーヴァの確認だけで決めるな」


「頭を潰すか?」


「今はやめろ」


 リゼが距離を保ったまま、胸へ刺さった刃と魔物の反応を見る。


 呼吸はない。


 四本の腕も動かない。


 それでも、すぐ安全とは決めない。


「少なくとも、今は動いていない」


 ようやくリゼが言った。


 俺は床へ倒れた魔物を見る。


 消えない。


 光にもならない。


 灰色の床へ沈むこともない。


 死骸は、そのまま残っている。


「吸収されないんだな」


「何へ?」


 エウリオが聞く。


「《万物迷宮》に」


「倒した眷属を必ず取り込むとは、僕も言っていないよ」


「じゃあ、このまま?」


「今のところはね」


 魔物の身体には、奪ったらしい金属や石、骨が大量に残っている。


 価値があるかもしれない。


 何かに使えるかもしれない。


 そう思った瞬間、胸の奥に残っていた欲望がわずかに動いた。


「持ち込まない」


 自分へ言い聞かせるように口にする。


「まだ安全か分からない。死骸はここへ残す」


「同意する」


 リゼが答える。


「調べるとしても、生活区域へ入れる前に方法を決める」


「獲物を放置するのか?」


 ナーヴァが不満そうに死骸を見る。


「今は」


「腐るぞ」


「腐るかどうかも分からない」


「ならば、なおさら見ておくべきではないか?」


「壁門の向こうから確認する」


 ナーヴァは納得していない。


 でも、勝手に運ぼうとはしなかった。


     ◇


 淡い人型ゴーレムの腕には亀裂が入っている。


 黒いゴーレムも、片脚の表面が歪んでいた。


 エウリオが二体へ近づき、損傷を確かめる。


「直せる?」


「直すよ」


「面倒じゃないの?」


「壊れたまま新しい個体を作る方が面倒だ」


 淡いゴーレムが、自分の腕をエウリオへ差し出す。


 その仕草に意思があるのか、点検時の手順なのかは分からない。


「全員、壁門の内側へ戻るぞ」


 リゼが言った。


「ここは、もう《淫獄》側ではない可能性が高い」


 周囲を見る。


 門前空間だった場所は、すべて灰色の石に覆われている。


 壁も床も、《万物迷宮》で見た通路と同じだった。


 融合入口は見つからない。


 なくなったというより、区別できなくなった。


 俺たちが偵察へ入った通路と、門前空間だった場所が、そのまま一つのダンジョンになっている。


 残っているのは壁門だけ。


 その向こうに、《淫獄》の敷地がある。


 ファステとレイナが待っていた。


 石製ゴーレムも、二人の足元にいる。


 縁は少し離れたところから、こちらを見ていた。


 俺たちと二体の人型ゴーレムが壁門を越える。


 最後にナーヴァが戻った。


「閉めて」


 ファステとレイナが壁門を閉じる。


 重い扉が合わさり、灰色の部屋と《淫獄》の生活領域を隔てた。


 扉が閉じても、完全に安全になったとは思えない。


 向こうには、巨大な魔物の死骸が残っている。


 さらに奥には、ほかの魔物もいる。


「門前空間、戻らないのか?」


 表示を開く。


『当該区画を保全範囲から切り離しました』


 それだけだった。


「切り離したままみたいだ」


「再保全は?」


「書いてない」


「取り戻す方法も?」


「ない」


 今は、分からない。


 壁門を開ければ、そこはもう門前空間ではない。


 《万物迷宮》だ。


「固定前室門は?」


 エウリオが言った。


「え?」


「灰色へ変わる前、あちら側にあっただろう」


 現地世界の固定前室へ続く門。


 報告組の三人が出ていった門。


 戦っている間、確認する余裕はなかった。


「開けて確かめる」


「待て」


 リゼが俺を止める。


「全員で開けない。何か来ても、すぐ閉じられるようにしろ」


 ナーヴァが壁門の前へ立つ。


 リゼと二体の人型ゴーレムも、その後ろへ位置を取る。


 俺はファステたちを邸宅側へ下がらせた。


 それから、壁門を少しだけ開く。


 灰色の床。


 巨大な死骸。


 動くものは見えない。


 扉の隙間から、以前固定前室門があった方を見る。


「……ない」


 そこには、門がなかった。


 灰色の石壁が続いている。


 扉の跡もない。


 開口部もない。


 ただ、最初から何もなかったように壁が塞がっている。


「場所を間違えてない?」


 レイナが後ろから尋ねる。


「間違えてない。あそこにあった」


「破壊されたのか?」


「破片がない」


 リゼが言う。


「門ごと、なくなっている」


 固定前室門の向こうには、現地世界へ続く固定前室があった。


 石段を上れば、探索者組合が閉鎖している地下入口へ出られた。


 今は、その門がない。


 俺は壁門を閉じた。


 ファステが、小さく息を呑む。


「千代さんたちは?」


 千代。


 ミネット。


 ヴィオラ。


 三人は固定前室門を通り、街へ報告に行った。


 帰ってくる時も、同じ門を使う予定だった。


「戻れない」


 言葉にしてから、意味が重くなる。


 巨大な魔物は倒した。


 全員で戦い、《淫獄》の生活領域は守った。


 けれど、門前空間を奪われた。


 固定前室門も失った。


 俺たちは勝ったのかもしれない。


 それでも、街へ出た三人が帰ってくるための門は、もうどこにもなかった。

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