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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第135話 もう借りてきた



 翌朝、門前空間へ出ると、吊り寝台が空になっていた。


「エウリオ?」


 呼んでも返事はない。


 吊り寝台は床へ下ろされ、そのそばには運搬用の小型ゴーレムが三体。試験中の石製個体だけは、警戒設備の横に立っている。


 人の形をした二体のうち、黒い方も見当たらなかった。


 残っている淡い色の人形は、融合入口へ身体を向けている。


「一体、減っています」


「エウリオもいない。二人で出たのか?」


「人形を一人と数えるのですか?」


「見た目は人に近いし」


「数え方と、種別は別です」


 朝からいつもどおりだった。


 リゼが固定前室門の先を確認する。


「争った跡はない。自分で出た可能性が高いな」


 残っている人形へ聞いても、固定前室門へ顔を向けるだけだった。


「昨日、近くの街に住むって言ってたじゃない」


 ヴィオラの言葉に、嫌な予感がした。


「まさか、もう探しに行った?」


「本人へ聞かなければ分からぬ」


 千代が言った直後、固定前室門の向こうから足音が聞こえた。


 先に現れたのは、黒い外套だった。


 全身を布で覆っているが、その歩き方には見覚えがある。エウリオに付き従っていた黒い人型ゴーレムだ。


 半歩後ろから、エウリオが自分の足で歩いてくる。その顔は昨日より疲れて見えた。


「どこへ行ってたんだ?」


「近くの街」


 片手には、小さな金属の鍵がある。


「何、その鍵」


「家の鍵」


「……家?」


「借りてきた」


 誰もすぐには答えなかった。


「もう?」


「昨日、借りると決めただろう?」


「決めたのは、家を探すってところまでじゃなかった?」


「同じことだよ」


「同じではありません」


 ミネットが即座に否定した。


「家を借りる前に、安全について確認する予定でした」


「確認してから、また街へ行くのは面倒だろう?」


「だから先に行ったの?」


「何度も同じ道を歩かずに済んだ」


 黒い人形が、エウリオの後ろで止まる。


「その人形も連れていったんだ」


「一人で知らない街を歩けば、自分で周囲を警戒しなければならないからね」


「護衛に任せた?」


「そのための個体だよ。人の多い場所では、僕の後ろを歩かせただけだ」


「固定前室門も通れたんだな」


「僕と一緒なら、少なくとも今回は通れた」


 理由は分からない。今確認できたのは、この一体がエウリオと一緒に往復できたことだけだ。


 家は街の外縁部にある、小さな一軒家らしい。


 周囲の家とは少し離れ、建物は古いが使える。家賃はエウリオ自身の金で前払いしたという。


「金、持ってたんだ」


「前にいた場所で、荷物を運ぶ仕組みを作ったり、壊れたゴーレムを直したりしたからね」


「働いてたんだ」


「今後働かなくて済むなら、先に働くこともあるよ」


 自分で得た金で、正式に家を借りた。そこまでなら、俺たちが止めることではない。


「家を借りたことは分かった」


 俺は鍵を見た。


「《無為宮》には、まだつないでないよな?」


 エウリオが黙った。


「もうつないだよ」


「そっちも?」


「家を借りたのに、玄関を使えなければ意味がないだろう?」


「普通の玄関としては使えるだろ」


「僕が欲しかったのは、《無為宮》へ帰れる玄関だよ」


     ◇


「何も起きなかった」


 壁門の内側へ戻ってから、エウリオは説明した。


「扉を《無為宮》へつないだ。少しだけ開いた。閉じた。元の玄関にも戻った。それだけだよ」


「その前に、俺たちと話す予定だっただろ」


「話してから街へ行けば、往復が増える」


「その往復を減らすために、勝手につないだの?」


「そう言っている」


 悪びれていない。


「家を借りることは、エウリオが自分で決めていいと思う」


「なら、問題ないね」


「でも、領域を街へつなぐことは別だ」


「僕の領域だよ」


「分かってる。でも今、《万物迷宮》と《淫獄》の入口がくっついてるんだぞ。また何か起きたら、街の人まで巻き込むかもしれない」


「《淫獄》へ直接つないでいない」


「直接つないでいないことと、影響が出ないことは別です」


 ミネットが言う。


「その言い方は、本当に便利だね」


「必要な区別です」


「今回は何も起きなかった」


「何も確認できなかったことと、安全だったことも別です」


「増えた」


 エウリオが俺を見る。


「君たちと話していると、『別』が増えていく」


 ナーヴァが腕を組み、エウリオの前へ立った。


「つまり、そなたは面倒を減らすため、さらに面倒が増えるかもしれぬことを勝手にしたのだな」


「増えなければ成功だよ」


「増えた後では遅いと言っておるのだろう」


 エウリオは危険を何も考えなかったわけではない。


 接続は短時間。ゴーレムも荷物も通さず、異常がないことを見て閉じた。本人なりには危険を減らしたつもりなのだろう。


 ただ、その判断を全部一人で終わらせた。


「エウリオは前に、オルカが強欲を止められなくなってるって言ったよな」


「言ったね」


「欲望そのものが問題じゃなくて、自分で止められないことが問題なんだろ?」


「そうだよ」


「自分が少し急ぎすぎたとは思わない?」


「急いではいない。なるべく動かずに済む順番を選んだだけだ」


 それを聞いて、余計に不安になった。


 エウリオにとっては、相談することまで減らせる手間の中へ入っていた。


「もうつないだものを、なかったことにはできません」


 ミネットが記録帳を閉じる。


「実際の場所を確認した方がよいと思います」


「私も行く」


 リゼが言った。


「俺も行く。エウリオ、案内して」


「また街まで歩くの?」


「自分で往復を増やしたんだろ」


「一度で終わらせたはずだったんだけどね」


「終わってない」


 エウリオは深く息を吐いた。


     ◇


 出発前、エウリオは門前空間に残る淡い人形へ、融合入口から何か来た場合だけ決めた手順で対処し、追跡せず、固定前室門も越えないよう命じた。


 残り三体の小型ゴーレムと吊り寝台も、そのままだ。試験中の石製個体は警戒設備のそばに残っている。


 連れていくのは、街から戻ってきた黒い人形だけだった。


 地上へ出ると、黒い人形は外套の頭部分を深く下げた。継ぎ目のある顔を隠し、エウリオの半歩後ろを歩く。


 街の外縁部に、エウリオが借りた家はあった。


 古く、小さい。だが大きな損傷はなく、隣家まで少し距離がある。


「本当に借りてる」


「鍵を持っていただろう」


 中にも大きな異常はなかった。最低限の家具が残り、窓の外には狭い空き地が見える。


 リゼが床や窓、壁を一通り確認する。


「今のところ、建物に異常は見えない」


「だから言っただろう?」


「見ただけだ。安全だとは言っていない」


 エウリオが面倒そうに目を伏せた。


「そっちも、その言い方を使うの?」


「必要なら使う」


 ミネットは玄関の周囲を確認した。


「接続したのは、ここだけですか?」


「そうだよ」


「壁や床へ何か刻みましたか?」


「何も」


「魔法陣や道具は?」


「使っていない」


 エウリオ自身の操作だけで接続したらしい。


 まず普通に玄関を開くと、先ほど通ってきた街路が見えた。


「《無為宮》へ変える時は?」


「扉を閉じて、接続先を切り替える」


 俺たちは扉の正面を避けた。


「今回は誰も通りません。物も入れません。短時間で閉じてください」


 ミネットが条件を確認する。


「閉じられなかった場合は、外へ避難し、周囲の方にも離れてもらいます。その後、探索者組合へ報告します」


「何も起きなければ?」


「今回、短時間の接続に成功したと記録します」


「安全とは書かない?」


「書きません」


「聞くまでもなかったね」


 エウリオが扉を閉じ、取っ手へ手を置いた。


 魔力が大きく動いた感じはない。ただ、扉の向こうにあった街の気配だけが急に遠くなる。


「開けるよ」


 扉の先に、道はなかった。


 柔らかな光に照らされた、広い通路が続いている。


 滑らかな床と壁。遠くで動く、ゴーレムらしき影。


 《淫獄》とも《万物迷宮》とも違う。


 必要のない音が、最初から出ないように作られている。そんな場所に見えた。


「ここが、《無為宮》?」


「僕の領域だよ」


 エウリオは、それ以上説明しなかった。


 借家に目立った変形はない。揺れも異音もなく、《淫獄》が引かれる感覚もなかった。


 ただ、何も感じないから大丈夫だとは言えない。


「もう閉じて」


「まだ少ししか見ていないよ」


「最初は、それでいい」


「また開く手間が増える」


「一度で全部確認しようとするな」


 エウリオが扉を閉め、接続を解除する。


 もう一度開くと、外の街路が見えた。


「切り替えと解除はできた」


「今回の一回はね」


「君までミネットに似てきた」


「必要なところだけ」


     ◇


 接続自体を禁止はしなかった。


 ただし当面は必要な時だけ。開けたままにせず、魔物や危険物を通さない。ゴーレムをまとめて移すのも待つ。異常が出たら即座に閉じ、閉じられなければ避難して報告する。条件を変える時は、先に共有する。


「全部守った方が、あとで同じ説明を受けずに済みそうだ」


「理由はそれでもいい」


「なら守るよ」


「でも、次に何かを変える時は、勝手に先へ進めないで」


「必要なら話す」


「必要かどうかを、一人で決めないでほしいんだ」


「それは難しいね」


「難しい?」


「話す必要があるかを確かめるために話すなら、最初から話すことになる」


「それでいいんだよ」


 エウリオは納得した顔をしなかった。それでも否定もしなかった。


 確認が終わると、エウリオは玄関へ向かう。


「この家で寝るんじゃないの?」


「この家には玄関がある。寝る場所は向こうにある」


「やっぱり家に住んでないだろ」


「街に住むことと、街の寝台で眠ることは同じなのかい?」


 ミネットが口を開きかけ、一度閉じた。


「今、『別です』って言おうとした?」


「今回は、説明が長くなりそうなのでやめました」


「助かるよ」


 エウリオが玄関を《無為宮》へ切り替える。


 黒い人形が先に進み、奥で振り返った。エウリオがその後へ続く。


「残してきたゴーレムは?」


「次に行った時に動かす」


「遠くから命令は変えられないんだろ?」


「だから、戻るまで同じことを続けさせるようにしてある」


「融合入口から何か来たら?」


「淡い方が対処する。石の個体は警報を戻す。残り三体は吊り寝台の近くで待つ」


「予定外のことが起きたら?」


「予定外だから、今は決められない」


「なら、早めに戻ってきて」


「必要があればね」


「警戒設備の試験を延ばしたんだから、必要はある」


「分かっているよ」


 エウリオは欠伸をしながら《無為宮》へ入り、内側から扉を閉じた。


 少し待ってから俺が玄関を開くと、目の前には普通の街路があった。


 外から見れば、古い一軒家でしかない。


 それでも、この扉はエウリオが望めば《無為宮》へ変わる。


 エウリオは、帰るのが面倒だった。


 だから、帰り道を短くした。


 手続きも、支払いも、接続も、一人で済ませていた。


 本人にとっては、余計な手間を減らしただけなのだろう。


 けれど、その手間の中には、俺たちへ相談することまで含まれていた。


 強欲を止められなくなった王を、エウリオは暴走していると言った。


 なら、面倒を避けるためなら何でも先に済ませようとする自分を、あいつはどこまで止められているのだろう。

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