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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十二章 「向こうから、つながった」

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第127話 向こうから、つながった

 翌朝、灰色の砂は増えていた。


「昨夜は、あの辺りに数粒だけだったよな」


 門前空間へ続く門の内側から、俺は床を指さした。


 昨日、縁が臭いを嗅いでいた場所。


 外界への入口を開く時、いつも境界が現れる場所だ。


 そこから門へ向かって、灰色の粒が細い線を描いている。


「少なくとも、記録した位置とは違います」


 ミネットが記録帳を開いた。


「昨夜、門を閉じた後に誰かが入った可能性は?」


「ない」


 リゼが即答する。


「門の内側は交代で確認していた。開けてもいない」


「風で動いたとか?」


「それなら、風があったことを確認する必要があります」


 ミネットは門の隙間へ近づかず、その場から砂の位置を見ている。


 千代も昨日の記録と見比べた。


「量だけでなく、範囲も広がっておるな」


「地下から来てるのかな」


「まだ決められません」


「聞く前に言われた」


「必要な確認です」


 門の近くにいた縁が、俺たちの足元へ寄ってくる。


 だが、昨日のように門前空間へ出ようとはしなかった。


 ミネットの隣に座り、閉じた門を見ている。


「縁も行きたくないみたい」


「そう見えることと、危険を感じていることは別です」


「今日は早かったな」


 ヴィオラがいれば喜びそうだ。


 いや、もう皆が言うようになっている。


「入口の表示は?」


 リゼに聞かれ、俺は能力を確認した。


 外部接続地点。


 固定前室を登録した表示は、まだ残っている。


 昨夜と同じだ。


 消えていない。


 使用できないとも書かれていない。


 危険だという警告もない。


「表示は残ってる」


「開くなよ」


「分かってる。確認するだけ」


 いつもなら、登録した場所を選べば、そこへ入口を開く感覚がある。


 実際に開く前でも分かる。


 今からここを外へつなげるのだと、能力の使い方が自然に頭へ浮かぶ。


 だが、今日は何もなかった。


「……開けない」


「開けようとしたのか?」


 リゼの声が低くなる。


「違う。選ぶところまで進まない。俺が止めたんじゃなくて、入口を開く感覚がないんだ」


「開けないのですか。それとも、開かないのですか」


 ミネットが尋ねる。


「俺がやらないんじゃなくて、できない方だと思う」


 自分で答えてから、表示を見直す。


 登録は残っている。


 それなのに、使い方だけが消えていた。


「表示には何も出ておらぬのか」


「何も」


「ならば、今の表示から分かるのは、名前が残っておることだけじゃ」


 千代の言うとおりだった。


 安全だとも、壊れたとも書かれていない。


 使えるとも書かれていない。


 ただ、消えていないだけだ。


 その時だった。


 門の向こうから、硬い物を引きずるような音がした。


 全員の動きが止まる。


 音は一度で終わらなかった。


 ざり、と何かが擦れる。


 少し間を置いて、また聞こえた。


「砂か?」


 リゼが剣へ手をかける。


「全員、下がれ」


 俺たちは門から距離を取った。


 縁はミネットより先に後ろへ下がる。


 誰も入口を開いていない。


 門も閉じたままだ。


 それでも、その向こうで何かが動いている。


「中の皆へ知らせる」


 千代が踵を返す。


「異常確認。門前空間へは近づかせぬ」


「俺も――」


「そなたとリゼは見ておれ。全員で背を向ける方が危うい」


「分かった」


 千代が邸宅へ向かう。


 俺はリゼ、ミネットとその場に残った。


 音は徐々に大きくなった。


 砂を擦る音。


 石が軋む音。


 だが、門が壊されている音とは違う。


 もっと手前。


 昨日まで、何もなかった場所から聞こえている。


「門を開けずに確認できますか」


 ミネットが聞く。


「隙間から見るくらいなら」


「顔を近づけるな」


 リゼが俺より先に門へ寄り、開閉部分から門前空間をのぞいた。


「……砂が動いている」


「何かいる?」


「見えない。だが、床が変だ」


 俺も少し離れた位置から確認する。


 昨夜まで平らだった門前空間の奥。


 外界への入口を開く時、境界が現れていた場所。


 そこへ灰色の砂が集まっていた。


 砂の線を境に、向こう側の床が暗く沈んで見える。


 壁に穴が開いたわけではない。


 何もなかった場所へ、新しい扉が生えたわけでもない。


 いつも入口が現れていた境界だけが、閉じた状態へ戻らなくなっている。


 灰色の石が、こちらの床へ少しずつ重なる。


 逆に、《淫獄》の床も向こうへ入り込んでいるように見えた。


「混ざってる?」


「何がですか」


「入口があった場所と、向こうの石が」


 言葉にした直後、低い音が響いた。


 空気が揺れる。


 灰色の砂が一斉に浮き、すぐに落ちた。


 暗く沈んでいた境界が、奥行きを持つ。


 その先に現れたのは、見知らぬ灰色の通路だった。


 グールがいた区画ではない。


 薄暗く、乾いた灰色の壁が遠くまで伸びている。


 入口を開いたわけではなかった。


 《淫獄》側の境界と、向こうの通路の入口が重なっている。


 二つあったはずの入口が、一つになったようにしか見えない。


「あれは?」


 リゼが、灰色の通路から少し離れた場所を指した。


 門前空間の端に、昨日まではなかった門ができている。


 壁内敷地へ続く門とは別の、灰色の石で囲まれた小さな門だ。


 門扉は開いたままだった。


 その向こうに、見覚えのある石壁が見えた。


「固定前室……」


 地上の入口から石段を下りた先。


 以前、俺たちが《淫獄》の入口を開いた場所。


 同じ石壁と床が、灰色の通路とは別の門の向こうに残っている。


 その先に、地上へ続いていた石段も見えた。


 固定前室からダンジョンへ続いていたはずの境界はない。


 代わりに、固定前室から《淫獄》の門前空間へ続く門ができていた。


「夜斗さん」


「俺じゃない」


「閉じられますか?」


 能力へ意識を向ける。


 閉じる時の感覚を探す。


 何もない。


「閉じられない」


「登録を消すことは?」


「今、勝手にやっていいか分からない」


「消したら閉じるとも限らない」


 リゼが境界を睨んだ。


「これは、お前が作った入口なのか?」


「違うと思う。俺が開けてないから」


「ダンジョン側の入口と、《淫獄》側の境界が変化した可能性があります」


 ミネットが境界を見ながら言う。


「融合したってこと?」


「そう見えます。ですが、現時点では見た形からの推定です」


 灰色の通路も、固定前室へ続く開いた門も消えない。


 瞬きをしても、能力表示を閉じても、そのままだった。


「全員を邸宅へ」


 俺が言った直後、背後から足音が近づいた。


「何が起きた」


 ナーヴァだ。


 千代も一緒に戻ってきている。


「入口が勝手につながった。閉じられない」


「ならば、見ればよい」


「門の外へ一人で出るなって決めただろ」


「一人ではない」


 ナーヴァが俺たちを見回す。


「我もここに残る」


「他の皆は?」


「ファステ、レイナ、ヴィオラは邸宅へ入れた。縁も連れていくつもりじゃったが――」


 千代の視線がミネットの足元へ向く。


 縁は、まだそこにいる。


「縁も中へ連れていった方がいい」


 ミネットがしゃがもうとする。


 だが、抱き上げる前に止まった。


 縁が望んでいるか分からないからだ。


「縁」


 ミネットが名前を呼び、邸宅の方へ数歩進む。


 縁は一度境界を見た後、その後を追った。


「私が一緒に戻ります」


「頼む」


 ミネットと千代が縁を連れて邸宅へ向かう。


 残ったのは、俺、リゼ、ナーヴァ。


「門を閉める」


 灰色の通路と融合した入口自体は閉じられない。


 それでも、門前空間と壁内敷地の間にある門は閉じられる。


 三人で壁の内側へ戻り、門を閉める。


 リゼが閂を確認した。


「これで止まると思うか?」


「分からない」


「壁ごと壊せぬものではないのであろう」


 ナーヴァが門を見上げる。


「壊れないって確認したことはない」


「ならば、我が壊される前に倒す」


「何が来るか見てからだ」


「来ると決まったのか?」


「決まってない。でも、来た時の準備はする」


 門の向こうから、細い音が聞こえた。


 今度は石ではない。


 爪のような物が、床へ触れる音。


 一つ。


 二つ。


 不規則に近づいてくる。


 リゼが剣を抜いた。


 ナーヴァは人型のまま、門の前へ立つ。


「炎は使うなよ」


「まだ何もしておらぬ」


「先に言ってるんだ」


「では、必要になれば使う」


「使う前に言え」


「面倒だな」


 そう言いながらも、ナーヴァの口元に炎はない。


 門の隙間から、細長い影が見えた。


 地面すれすれを進んでいる。


 灰色の皮膚。


 四本の脚。


 前脚だけが異様に長く、その先には細い指のようなものがある。


 大きさは、伏せた犬より少し大きい程度。


 魔物は門へ飛びかからなかった。


 こちらを見た後、門の端へ顔を寄せる。


 長い指が、金具へ触れた。


「何してる?」


「静かにしろ」


 魔物は金具を何度も引いた。


 爪で削り、指を隙間へ差し込み、こちら側へ固定している板ごと剥がそうとする。


 俺たちを襲うより先に、門の金具へ執着している。


「門を開けたいのか?」


「違う」


 リゼが魔物の動きを見る。


「あれは、金具そのものを取ろうとしている」


 短い音が響いた。


 金具の外側が外れる。


 魔物は落ちた金属片へ飛びつき、口と前脚で抱え込んだ。


 そして、そのまま灰色の通路へ戻ろうとする。


「持っていくのか?」


 ナーヴァが呆れたように言った。


「我らより、あの小さな金属片を選んだぞ」


「金属だからかもしれない。光ったからかも」


「理由は後だ」


 リゼが門の向こうを見たまま言う。


「一体ではない」


 暗い通路から、別の影が現れる。


 一体目より小さい。


 その後ろにもいる。


 同じような姿に見える個体もいれば、背中の形が違うものもいる。


 最初の魔物が抱えていた金属片へ、二体目が飛びついた。


 甲高い声が上がる。


 二体は俺たちではなく、金属片を挟んで争い始めた。


「仲間割れ?」


「仲間かどうかも分からない」


 通路から出てきた三体目は、争いへ加わらなかった。


 鼻先を動かし、門の向こうからこちらを見ている。


 目線が、リゼの剣へ移る。


 次に、俺の腰へ下げた小袋。


 さらに壁内の奥へ向いた。


 食堂や厨房がある邸宅の方角だ。


「見られてる」


「下がれ」


 リゼが言った直後、三体目が門へ飛びついた。


 長い指が隙間へ入り込む。


 閂が軋んだ。


「押さえる!」


 俺は門へ手をかけた。


 向こう側から引かれる。


 門を開けて入ろうとしているのか。


 門そのものを持っていこうとしているのか。


 分からない。


 だが、力は見た目よりずっと強い。


「退け」


 ナーヴァが門を片手で押さえた。


 軋みが止まる。


「弱いな」


「ナーヴァと比べるな」


 別の個体も門へ取りついた。


 金具を引く。


 板を削る。


 壁との境目へ爪を差し込む。


 攻撃というより、門を細かく分けて持ち去ろうとしているように見えた。


 乾いた音が連続する。


 ナーヴァが押さえている門ではなく、その横の蝶番に近い部分へ亀裂が入った。


「壊れるぞ!」


「ならば、我が出る」


「待て!」


 門の一部が内側へ傾く。


 できた隙間から、一番小さな個体が滑り込んできた。


 リゼの剣が走る。


 刃の腹で魔物を横から打ち、壁へ叩きつけた。


 だが、倒れない。


 四本の脚で着地し、すぐに方向を変える。


 俺たちには向かってこなかった。


 地面へ置いていた確認用の棒へ飛びつき、それを抱えて走り出す。


「それを取ってどうするんだよ!」


 追おうとした俺の横を、さらに別の個体が抜けた。


 門の隙間が広がっている。


「夜斗、邸宅へ下がれ!」


 リゼが叫ぶ。


「でも――」


「決めただろ!」


 異常が起きたら、まず全員を下げる。


 判断できなければ邸宅まで戻る。


 昨日決めたばかりだ。


「ナーヴァ!」


「分かっておる」


 ナーヴァが門から手を離す。


 傾いた扉がさらに開き、魔物が二体入り込んだ。


 その代わり、ナーヴァの両手が自由になる。


 最初の一体が跳びかかった。


 ナーヴァは首をつかみ、地面へ押しつける。


 石床へ亀裂が入った。


「加減!」


「生きておる」


「それ、加減したって意味?」


「かなりな」


 聞いたことのある答えだった。


 もう一体はナーヴァへ向かわず、邸宅へ走る。


 途中で菜園の囲いへ爪をかけた。


 木片が外れる。


 魔物はそれを持ち上げかけたが、別の何かを見つけて放り出した。


 邸宅の開いた扉。


 その内側にある棚や、食堂へ運ぶ途中だった器。


 そちらへ向かって走り出す。


「止めろ!」


 俺たちは邸宅へ向かう。


 中では、ファステたちが待っていた。


「夜斗様!」


「全員いる?」


「はい。ミネットさんと縁も一緒です」


「扉を閉めろ!」


 俺が入口へ入る。


 千代が扉へ手をかける。


 だが、魔物の方が速い。


 扉を閉じきる前に、灰色の身体が跳び込んできた。


「危ない!」


 ファステを庇おうと、俺は振り返った。


 魔物の前脚が伸びる。


 その指先は、俺の背中へ届かなかった。


 何もない場所へ衝突したように、身体が止まる。


 鈍い音がした。


 魔物は入口の外へ落ちた。


「……え?」


 扉はまだ開いている。


 俺と魔物の間に、壁はない。


 それなのに入ってこなかった。


 魔物が立ち上がる。


 再び開いた入口へ飛びつく。


 今度は前脚からぶつかった。


 指が止まる。


 爪も牙も、入口の途中から中へ進まない。


「閉めないでください」


 ミネットが言った。


「一度だけ、今の状態を見ます」


「危なくない?」


「危険です。ですから、近づきません」


 全員を入口から離す。


 魔物は何度も境界へ爪を立てる。


 扉にも床にも触れていない。


 空中の何もない場所を引っかいているように見える。


 それでも、こちら側へは入れなかった。


「《淫獄》が止めてる?」


「そう見えます」


「ここは安全なのか?」


 ヴィオラが尋ねる。


 ミネットはすぐには頷かなかった。


「少なくとも、あの個体は、今の方法では入れていません」


「全部の魔物が入れないとは限らない?」


「はい。別の種類、別の攻撃、毒、煙などについては確認できていません」


「それを確かめるために持ち込んだりはせぬぞ」


 千代が先に釘を刺す。


「もちろんです」


 魔物が入口から離れた。


 諦めたのかと思ったが、外に落ちている金属片へ向きを変えただけだった。


 それを拾おうとしたところへ、ナーヴァが追いつく。


「そこまでだ」


 人型の細い腕が、魔物を横から払った。


 灰色の身体が地面を転がる。


 ナーヴァがさらに踏み込み、起き上がる前に仕留めた。


 リゼも遅れて戻ってくる。


「敷地内は?」


「入った個体は三体。こいつで最後だ」


「門の向こうは?」


「まだいる。だが、追ってきてはいない」


「金具を取り合ってる?」


「そう見えた」


 リゼは邸宅の入口を見た。


「こいつは、ここへ入れなかったのか?」


「うん。扉が開いてたのに止まった」


「なら、邸宅が守られている?」


「少なくとも、今の魔物は入れなかった」


 同じ言葉を繰り返す。


 安全だと言い切りたかった。


 ここへ入れば、もう何も来ないと。


 だが、それはまだ分からない。


「ナーヴァは入れる?」


「何を当然のことを聞いておる」


 ナーヴァが入口を越える。


 何も起きない。


「リゼも」


「私は何度も入ってる」


「今も確認して」


 リゼも普通に中へ入った。


 俺たちを拒んでいるわけではない。


 あの魔物だけを止めたように見える。


「外から攻撃してみるか?」


 ナーヴァが尋ねる。


「やらない」


「中へ届くか分かるぞ」


「届いたら困るだろ」


「我ならば止められる」


「その確認で家を壊すな」


 ナーヴァが不満そうに鼻を鳴らす。


「では、今日はやらぬ」


「今日だけじゃなく、勝手にやるなよ」


     ◇


 すぐに外へ出ず、まず全員の無事と、外から危険な物が持ち込まれていないことを確かめた。


「全員、目立った怪我はない」


 リゼが言った。


 縁はミネットの椅子の下にいた。


 毛を逆立ててはいない。


 ただ、入口の方を見ている。


 門の外から来た物は、邸宅内に見当たらなかった。


 壁門と菜園の囲いが壊されたことを伝えても、誰も外へ確かめに行こうとはしなかった。


「門前空間だけではなかったのじゃな」


 千代が記録へ目を落とす。


「壁と門より内側も、侵入を防ぐ場所ではなかった」


「でも、ここには入れなかった」


「今の一体はな」


 千代も断定しない。


「邸宅内へ入れぬ魔物がおる。それ以上は、まだ分からぬ」


 邸宅が魔物を止めても、毒や煙、俺たちが持ち込む危険まで防ぐとは限らない。


「外の入口を開くのは?」


 ヴィオラが聞いた。


「現地の方へ出られるなら、逃げられるんじゃない?」


「魔物も出たらどうする」


「ここへ入れないなら、邸宅の中から開けば――」


「どこに入口が開くかも、今までと同じか分からない」


 通常の外界入口まで変わっている可能性もある。


 それに、魔物が近くにいる状態で現地世界へ通じる場所を開くのは危険だ。


「逃げ道を確認することと、向こうへ危険を出さないことは別です」


 ミネットが言った。


「今日は、その確認もできない?」


「安全に行える方法を決めてからです」


「分かった」


 リゼとナーヴァが敷地内を確認するまで、全員が邸宅内に留まることになった。


     ◇


 しばらくして、リゼとナーヴァが外を確認した。


 敷地内に動いている魔物はいない。


 門前空間の向こうには、まだ灰色の通路が見える。


 その脇には、固定前室へ続く新しい門も開いたまま残っている。


 魔物の姿は見えなくなっていたが、奪われた金具も消えていた。


「持っていったのか」


「持ち帰ることに意味があるのかは分からない」


「使うとは思えぬがな」


 ナーヴァが壊れかけた門を見る。


「食いもしない物を奪うとは、妙な連中だ」


「光る物を集める魔物とか?」


「金属が必要なのかもしれぬ」


「門を壊したかっただけかも」


 理由は分からない。


 ただ、俺たちより先に金具を選んだ。


 持ち去ろうとした。


 仲間らしき魔物同士でも奪い合った。


 それだけは見た。


「入口は?」


 もう一度、能力表示を開く。


 固定前室の登録は残っている。


 開く操作は出ない。


 閉じる方法も分からない。


 目の前では、灰色の通路と《淫獄》の境界が一つになったまま残っている。


 固定前室は、その隣にできた別の門の向こうにある。


 二つ目の接続地点へ意識を向ける。


 水場から少し離れた場所の登録は残っていた。


 こちらには、入口を開く感覚もある。


 ただし、今まで外界への入口が現れていた門前空間ではない。


 壁の内側。邸宅の玄関から少し出た場所へ、入口を開けるようになっていた。


「水場の方は?」


「開けられると思う。でも、場所が変わってる」


「今、試すのか?」


「試さない。閉じたままにする」


 門前空間では、まだ何が来るか分からない。


 閉じておける入口まで、確かめるためだけに開く必要はなかった。


「融合した方は変わらない」


「時間が経てば戻る可能性は?」


「あるかもしれない。でも、今は戻ってない」


 ミネットが記録へ書き込む。


「夜斗さんが開いた入口ではありません」


「うん」


「ダンジョン側の入口と、《淫獄》側の入口が、同じ境界になったように見えます」


「つながったんじゃなくて、入口が一つになった?」


「現時点では、その表現が近いと思います」


「固定前室は?」


「ダンジョンから切り離されて、別の門で門前空間へつながったように見えます」


 入口を開いて、二つの場所を一時的につなげる。


 これまでの《淫獄》は、そういう場所だった。


 閉じれば離れる。


 俺が開かなければ、外から勝手に入ってくることはない。


 でも、今は違う。


 入口そのものが、向こう側の入口と混ざってしまった。


 俺が開けたわけではない。


 だから、俺には閉じられない。


 いつまで続くかも分からない。


 門は壊れる。


 壁の内側にも魔物は入る。


 邸宅は、少なくとも今の魔物を拒んだ。


 それだけだ。


 俺は傷ついた門の向こうを見た。


 これまで《淫獄》は、外で何かあった時に逃げ込む場所だった。


 扉を閉めれば、追ってこられない場所だった。


 今は、その外側に知らない通路が続いている。


 向こうから魔物が入り、俺たちの暮らす場所から何かを奪おうとしている。


 俺は入口を開けていない。


 閉じることもできない。


 《淫獄》は、外から逃げ込むだけの場所ではなくなった。


 今度は俺たちが、ここへ入ってくるものを止めなければならなかった。

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