第123話 我の金で、皆が使う
二つに分けた香草の芽は、今日もどちらかだけが急に伸びたりはしていなかった。
「少し増えた?」
「増えています。ただ、水を変えた後に出た芽なのか、すでに土の中で育っていたものが今日出たのかは分かりません」
ミネットは二つの札を確認し、それぞれの区画に出ている芽の位置を記録する。
縁は今日も近くにいる。
ただし、昨日と同じ場所ではない。ミネットの足元でもなく、生成水を使った区画のそばでもなく、二つの区画から少し離れた土の上で丸くなっていた。
「まだ、どっちがいい水かは分からない?」
「植物にとって違いがあるかも、まだ分かりません」
「何日くらいで分かる?」
「それも分かりません」
質問するたび、答えより記録が増えていく。
だが、今日は菜園だけを見ているわけにはいかなかった。
探索者組合から、以前預けたものについて話があると伝えられていた。
「皮と角の確認だっけ」
「そのはずだ」
リゼが立ち上がり、腰の剣を確かめる。
「私も行く。受け渡した時の話を聞いているからな」
俺たちは菜園の記録をミネットと千代へ任せ、外へ出た。
◇
探索者組合の担当者は、以前と同じ窓口にいた。
俺たちが来たことに気づくと、手元の紙を一枚取り出す。
「以前こちらへ回していただいた、大型魔獣の皮と角についてです」
「使えそうだった?」
「一部は」
全部ではないらしい。
「種類と状態を確認した結果、特別に希少な素材ではありませんでした。現在の地下入口へ、これを目当てに繰り返し入るほどの価値でもありません」
「売れない?」
「いいえ。扱える状態で残った部分について、引き取りたいという者はいます」
「売れるの?」
「売れます。ただし、大きな利益を期待するほどではありません」
売れるけど、大金にはならない。
話を聞く限り、共同資金を一気に増やせるような物ではなさそうだ。
「汚れてなかった?」
「今回、引き取りの対象にできる部分については、扱える状態だと判断されています。ただ、次も同じとは限りません」
担当者の指が紙の上で止まる。
「グール由来の汚れが付いていれば、そのまま扱うことはできません。この入口で得られる程度の素材では、手間をかけて汚れを落とし、安全を確認するほどの価値が残らない場合もあります」
「汚れてたら、ほとんど売れない?」
「その可能性が高いです」
同じ魔獣を倒し、同じ部位を持ち帰っても、毎回金になるとは限らない。
今回使える部分が残ったからといって、次も皮と角を集めれば稼げるとは決められなかった。
「それで、引き取りを進めるなら確認があります」
担当者が別の欄を指す。
「代金は、どなたへ渡せばよいですか?」
「俺じゃないの?」
答えてから、違う気がした。
倒したのはナーヴァだ。
持ち帰る物を確認したのは、ナーヴァとリゼ。
運び込んだ後、外へ持ち出してここまで来たのは俺たちだ。
だが、運んだから俺の物になるわけではない。
「倒した者と、持ち込んだ者は別ですか?」
「一緒に行ったやつが倒した。俺は戻ってから話を聞いた」
「でしたら、先にその方へ確認してください。所有について争いがないなら、誰が受け取るかはこちらで決めることではありません」
争いはない。
ただ、決めていなかった。
「一度、本人に聞いてからでもいい?」
「構いません。引き取り条件も、その後で決めてください」
金になると聞いたのに、俺たちは何も受け取らず組合を出た。
◇
「前に持ち帰った皮と角、欲しい人がいるらしい」
《淫獄》へ戻って説明すると、ナーヴァは食堂の大きな卓の向こうで腕を組んだ。
「欲しければ持っていけばよい」
「持っていく代わりに、金を払うって」
「なぜだ?」
「皮や角を、何かに使うからだよ」
「我は使わぬ」
「使わなくても、欲しい人には価値があるんだって」
ナーヴァは納得していない顔で、隣のリゼを見る。
「食える部位ではなかったぞ」
「人間は、食えない物も使う」
「面倒だな」
否定できない。
俺も少し前まで、ナーヴァが残した皮や角を食べ残しだと思っていた。
「それで、売るなら、その金はナーヴァのものだと思う」
「我は金など要らぬ」
即答だった。
「要らなくても、勝手に俺たちのものにはできないだろ」
ミネットが小さく頷いた。
「運んだのはリゼたちだぞ」
ナーヴァが言う。
「でも、狩ったのはナーヴァだ。皮と角も、お前の獲物から取った」
「我が捨てるはずだった物だ」
「捨てる前に残して、持って帰っただろ」
「そなたらが残せと言ったからだ」
「それでも、ナーヴァが残すと決めた」
俺たちが確認用の部位を求めたから、ナーヴァは食べずに残した。
だが、無理やり奪ったわけではない。
皆も食べられるかもしれないと知って、ナーヴァは自分が気に入った肉まで分けた。
その獲物から生まれた金を、本人へ何も聞かず共同資金へ入れるのは違う。
「金があれば、何ができる」
ナーヴァが聞いた。
「食料を買ったり、服を買ったり。寝具や家具、道具も買える」
「肉は?」
「買えるけど、ナーヴァが満足する量をずっと買うのは無理だと思う」
「役に立たぬな」
「少し買うことはできるぞ」
リゼが補足する。
「今回の皮と角だけで、屋敷の家具をすべて揃えることもできない。だが、小さな物ならいくつか選べるかもしれない」
「家具……」
ナーヴァが周囲を見る。
邸宅は広くなった。
食堂も、全員が囲んでも余裕のある大きな卓もできた。
だが、椅子までは人数に合うように揃っていない。
以前から使っていた椅子や腰掛けを運び込んでいるため、高さも形もばらばらだ。今いる者が座るだけなら何とかなるが、ミネットが泊まり、セリナが帰ってくれば足りなくなる。
何より、ナーヴァが座っている椅子は、彼女の体格には少し狭い。壊れそうには見えないが、身体を預けて休めるほど頑丈にも見えなかった。
場所は増えたのに、中で使う物はまだ追いついていなかった。
「ならば、我の椅子を買う」
ナーヴァが言った。
「皆の分は?」
「我だけ座っても食事は始まらぬだろう」
迷いのない答えだった。
「卓の高さに合う椅子が揃えば、皆様もお食事をしやすくなると思います」
ファステが大きな卓へ視線を向ける。
「ただし、我の物は広く、頑丈にせよ」
「そこは絶対なんだ」
「我が使うのだからな」
ナーヴァは、自分の椅子と全員分の椅子を揃えるという考えを変えなかった。
「でも、全部を椅子へ使わなくていいからな」
「なぜだ?」
「ナーヴァの金だから。自分の部屋に欲しい物ができるかもしれないだろ」
「我の部屋には、場所がある」
「場所しかないとも言えるけど」
ヴィオラが言う。
「寝る時はどうしてるの?」
「寝られる場所で寝る」
「自分の部屋を選んだ意味、半分くらいなくない?」
「戻る場所が決まっておればよい」
ナーヴァらしいが、広い部屋にほとんど何もないのは事実だ。
ファステが少し考えてから言う。
「厚手の敷物や、大きめの寝具があれば、今より休みやすくなるかもしれません」
「我は地面でも眠れる」
「眠れることと、心地よく休めることは別です」
今度はファステだった。
ミネットが顔を上げる。
「合っています」
「判定する側になってるね」
「私の言葉ではありません」
その言葉を最初に聞いたのが誰からだったのか、もう分からなくなってきた。
「椅子と、敷く物」
ナーヴァが言う。
「両方買える?」
「選ぶ物による」
「ならば、買える物を持ってこい」
「店ごと持ってくるのは無理だよ」
「では我が見に行く」
「それは別の相談がいる」
「また別か」
今度は全員が少し笑った。
◇
売った後の金をどう置くかも決めなければならなかった。
「俺が預かる?」
「なぜそなたが持つ」
「そうなるよな」
金を使い慣れていないことと、俺が管理してよいことは別だ。
「自分の部屋へ置くか、共同資金とは別にして保管場所へ置くか、誰かに管理を頼むかだな」
「共同資金の隣へ、別の容器を置くのが分かりやすいと思いますわ」
レイナが提案する。
「ただし、同じ場所に置いても混ぜません。記録も分けます」
「使う時は?」
ナーヴァが聞く。
「ナーヴァへ聞く」
「我の金なのだろう。ならば、使う時は我へ聞け」
「分かった」
ナーヴァが金の数え方や価値をすぐ覚えるかは分からない。
それでも、誰の物かだけは決まった。
次は椅子だ。
「我の椅子は大きく頑丈にせよ」
「大きすぎても、卓との高さが合わなければ使いにくいですわ」
レイナがナーヴァの椅子と大きな卓を見比べる。
「それに、部屋へ入らなければ使えません。廊下の幅や曲がり方も測る必要がありますわね」
「壁を広げればよかろう」
「椅子のために《淫獄》を変えようとするな」
「広くなったのだから、できるかもしれぬ」
「できるかどうかも分からないし、できてもやっていいかは別だ」
言ってから、ミネットを見る。
「合ってる?」
「私へ確認しないでください」
呆れたように言われた。
千代が記録用の紐を持ち、食堂の端に立つ。
「まず測るぞ。入口、廊下、卓の高さ。それから必要な椅子の数と、ナーヴァが座るのに要る幅じゃ」
「広さだけでなく、頑丈さも忘れるな」
「全員が無理なく使える物を探す」
「我は全員に含まれておる」
「分かってるよ」
ナーヴァは、途中で飽きてどこかへ行かなかった。
自分が椅子へ座った時に必要な幅を示し、背を預けても壊れぬ物にしろと念を押す。
ファステは皿を運ぶ通路を確認する。
レイナは入口から食堂までを歩き、曲がり角で何度か止まった。
ヴィオラは紐の端を持ちながら、軽い椅子なら遊びにも使えると言い、椅子を賭けるなと千代に却下された。
すぐに新しい椅子が並ぶわけではない。
まず、売るかどうかをナーヴァが決めた。
次に、金を何へ使いたいか決めた。
それからようやく、何を買えるか確かめに行く。
《淫獄》は、俺たちが暮らせる広い食堂を用意した。
だが、そこへ置く物までは決めなかった。
ナーヴァが狩った獲物は、肉になって皆の皿へ載った。
残した皮と角は、今度は皆が卓を囲むための椅子へ変わるかもしれない。
ただし、それを決めたのは《淫獄》でも、俺でもない。
自分の金だと知ったナーヴァが、自分で選んだ。




