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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十一章 「広くなりすぎた家」

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第123話 我の金で、皆が使う

 二つに分けた香草の芽は、今日もどちらかだけが急に伸びたりはしていなかった。


「少し増えた?」


「増えています。ただ、水を変えた後に出た芽なのか、すでに土の中で育っていたものが今日出たのかは分かりません」


 ミネットは二つの札を確認し、それぞれの区画に出ている芽の位置を記録する。


 縁は今日も近くにいる。


 ただし、昨日と同じ場所ではない。ミネットの足元でもなく、生成水を使った区画のそばでもなく、二つの区画から少し離れた土の上で丸くなっていた。


「まだ、どっちがいい水かは分からない?」


「植物にとって違いがあるかも、まだ分かりません」


「何日くらいで分かる?」


「それも分かりません」


 質問するたび、答えより記録が増えていく。


 だが、今日は菜園だけを見ているわけにはいかなかった。


 探索者組合から、以前預けたものについて話があると伝えられていた。


「皮と角の確認だっけ」


「そのはずだ」


 リゼが立ち上がり、腰の剣を確かめる。


「私も行く。受け渡した時の話を聞いているからな」


 俺たちは菜園の記録をミネットと千代へ任せ、外へ出た。


     ◇


 探索者組合の担当者は、以前と同じ窓口にいた。


 俺たちが来たことに気づくと、手元の紙を一枚取り出す。


「以前こちらへ回していただいた、大型魔獣の皮と角についてです」


「使えそうだった?」


「一部は」


 全部ではないらしい。


「種類と状態を確認した結果、特別に希少な素材ではありませんでした。現在の地下入口へ、これを目当てに繰り返し入るほどの価値でもありません」


「売れない?」


「いいえ。扱える状態で残った部分について、引き取りたいという者はいます」


「売れるの?」


「売れます。ただし、大きな利益を期待するほどではありません」


 売れるけど、大金にはならない。


 話を聞く限り、共同資金を一気に増やせるような物ではなさそうだ。


「汚れてなかった?」


「今回、引き取りの対象にできる部分については、扱える状態だと判断されています。ただ、次も同じとは限りません」


 担当者の指が紙の上で止まる。


「グール由来の汚れが付いていれば、そのまま扱うことはできません。この入口で得られる程度の素材では、手間をかけて汚れを落とし、安全を確認するほどの価値が残らない場合もあります」


「汚れてたら、ほとんど売れない?」


「その可能性が高いです」


 同じ魔獣を倒し、同じ部位を持ち帰っても、毎回金になるとは限らない。


 今回使える部分が残ったからといって、次も皮と角を集めれば稼げるとは決められなかった。


「それで、引き取りを進めるなら確認があります」


 担当者が別の欄を指す。


「代金は、どなたへ渡せばよいですか?」


「俺じゃないの?」


 答えてから、違う気がした。


 倒したのはナーヴァだ。


 持ち帰る物を確認したのは、ナーヴァとリゼ。


 運び込んだ後、外へ持ち出してここまで来たのは俺たちだ。


 だが、運んだから俺の物になるわけではない。


「倒した者と、持ち込んだ者は別ですか?」


「一緒に行ったやつが倒した。俺は戻ってから話を聞いた」


「でしたら、先にその方へ確認してください。所有について争いがないなら、誰が受け取るかはこちらで決めることではありません」


 争いはない。


 ただ、決めていなかった。


「一度、本人に聞いてからでもいい?」


「構いません。引き取り条件も、その後で決めてください」


 金になると聞いたのに、俺たちは何も受け取らず組合を出た。


     ◇


「前に持ち帰った皮と角、欲しい人がいるらしい」


 《淫獄》へ戻って説明すると、ナーヴァは食堂の大きな卓の向こうで腕を組んだ。


「欲しければ持っていけばよい」


「持っていく代わりに、金を払うって」


「なぜだ?」


「皮や角を、何かに使うからだよ」


「我は使わぬ」


「使わなくても、欲しい人には価値があるんだって」


 ナーヴァは納得していない顔で、隣のリゼを見る。


「食える部位ではなかったぞ」


「人間は、食えない物も使う」


「面倒だな」


 否定できない。


 俺も少し前まで、ナーヴァが残した皮や角を食べ残しだと思っていた。


「それで、売るなら、その金はナーヴァのものだと思う」


「我は金など要らぬ」


 即答だった。


「要らなくても、勝手に俺たちのものにはできないだろ」


 ミネットが小さく頷いた。


「運んだのはリゼたちだぞ」


 ナーヴァが言う。


「でも、狩ったのはナーヴァだ。皮と角も、お前の獲物から取った」


「我が捨てるはずだった物だ」


「捨てる前に残して、持って帰っただろ」


「そなたらが残せと言ったからだ」


「それでも、ナーヴァが残すと決めた」


 俺たちが確認用の部位を求めたから、ナーヴァは食べずに残した。


 だが、無理やり奪ったわけではない。


 皆も食べられるかもしれないと知って、ナーヴァは自分が気に入った肉まで分けた。


 その獲物から生まれた金を、本人へ何も聞かず共同資金へ入れるのは違う。


「金があれば、何ができる」


 ナーヴァが聞いた。


「食料を買ったり、服を買ったり。寝具や家具、道具も買える」


「肉は?」


「買えるけど、ナーヴァが満足する量をずっと買うのは無理だと思う」


「役に立たぬな」


「少し買うことはできるぞ」


 リゼが補足する。


「今回の皮と角だけで、屋敷の家具をすべて揃えることもできない。だが、小さな物ならいくつか選べるかもしれない」


「家具……」


 ナーヴァが周囲を見る。


 邸宅は広くなった。


 食堂も、全員が囲んでも余裕のある大きな卓もできた。


 だが、椅子までは人数に合うように揃っていない。


 以前から使っていた椅子や腰掛けを運び込んでいるため、高さも形もばらばらだ。今いる者が座るだけなら何とかなるが、ミネットが泊まり、セリナが帰ってくれば足りなくなる。


 何より、ナーヴァが座っている椅子は、彼女の体格には少し狭い。壊れそうには見えないが、身体を預けて休めるほど頑丈にも見えなかった。


 場所は増えたのに、中で使う物はまだ追いついていなかった。


「ならば、我の椅子を買う」


 ナーヴァが言った。


「皆の分は?」


「我だけ座っても食事は始まらぬだろう」


 迷いのない答えだった。


「卓の高さに合う椅子が揃えば、皆様もお食事をしやすくなると思います」


 ファステが大きな卓へ視線を向ける。


「ただし、我の物は広く、頑丈にせよ」


「そこは絶対なんだ」


「我が使うのだからな」


 ナーヴァは、自分の椅子と全員分の椅子を揃えるという考えを変えなかった。


「でも、全部を椅子へ使わなくていいからな」


「なぜだ?」


「ナーヴァの金だから。自分の部屋に欲しい物ができるかもしれないだろ」


「我の部屋には、場所がある」


「場所しかないとも言えるけど」


 ヴィオラが言う。


「寝る時はどうしてるの?」


「寝られる場所で寝る」


「自分の部屋を選んだ意味、半分くらいなくない?」


「戻る場所が決まっておればよい」


 ナーヴァらしいが、広い部屋にほとんど何もないのは事実だ。


 ファステが少し考えてから言う。


「厚手の敷物や、大きめの寝具があれば、今より休みやすくなるかもしれません」


「我は地面でも眠れる」


「眠れることと、心地よく休めることは別です」


 今度はファステだった。


 ミネットが顔を上げる。


「合っています」


「判定する側になってるね」


「私の言葉ではありません」


 その言葉を最初に聞いたのが誰からだったのか、もう分からなくなってきた。


「椅子と、敷く物」


 ナーヴァが言う。


「両方買える?」


「選ぶ物による」


「ならば、買える物を持ってこい」


「店ごと持ってくるのは無理だよ」


「では我が見に行く」


「それは別の相談がいる」


「また別か」


 今度は全員が少し笑った。


     ◇


 売った後の金をどう置くかも決めなければならなかった。


「俺が預かる?」


「なぜそなたが持つ」


「そうなるよな」


 金を使い慣れていないことと、俺が管理してよいことは別だ。


「自分の部屋へ置くか、共同資金とは別にして保管場所へ置くか、誰かに管理を頼むかだな」


「共同資金の隣へ、別の容器を置くのが分かりやすいと思いますわ」


 レイナが提案する。


「ただし、同じ場所に置いても混ぜません。記録も分けます」


「使う時は?」


 ナーヴァが聞く。


「ナーヴァへ聞く」


「我の金なのだろう。ならば、使う時は我へ聞け」


「分かった」


 ナーヴァが金の数え方や価値をすぐ覚えるかは分からない。


 それでも、誰の物かだけは決まった。


 次は椅子だ。


「我の椅子は大きく頑丈にせよ」


「大きすぎても、卓との高さが合わなければ使いにくいですわ」


 レイナがナーヴァの椅子と大きな卓を見比べる。


「それに、部屋へ入らなければ使えません。廊下の幅や曲がり方も測る必要がありますわね」


「壁を広げればよかろう」


「椅子のために《淫獄》を変えようとするな」


「広くなったのだから、できるかもしれぬ」


「できるかどうかも分からないし、できてもやっていいかは別だ」


 言ってから、ミネットを見る。


「合ってる?」


「私へ確認しないでください」


 呆れたように言われた。


 千代が記録用の紐を持ち、食堂の端に立つ。


「まず測るぞ。入口、廊下、卓の高さ。それから必要な椅子の数と、ナーヴァが座るのに要る幅じゃ」


「広さだけでなく、頑丈さも忘れるな」


「全員が無理なく使える物を探す」


「我は全員に含まれておる」


「分かってるよ」


 ナーヴァは、途中で飽きてどこかへ行かなかった。


 自分が椅子へ座った時に必要な幅を示し、背を預けても壊れぬ物にしろと念を押す。


 ファステは皿を運ぶ通路を確認する。


 レイナは入口から食堂までを歩き、曲がり角で何度か止まった。


 ヴィオラは紐の端を持ちながら、軽い椅子なら遊びにも使えると言い、椅子を賭けるなと千代に却下された。


 すぐに新しい椅子が並ぶわけではない。


 まず、売るかどうかをナーヴァが決めた。


 次に、金を何へ使いたいか決めた。


 それからようやく、何を買えるか確かめに行く。


 《淫獄》は、俺たちが暮らせる広い食堂を用意した。


 だが、そこへ置く物までは決めなかった。


 ナーヴァが狩った獲物は、肉になって皆の皿へ載った。


 残した皮と角は、今度は皆が卓を囲むための椅子へ変わるかもしれない。


 ただし、それを決めたのは《淫獄》でも、俺でもない。


 自分の金だと知ったナーヴァが、自分で選んだ。

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