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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十一章 「広くなりすぎた家」

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第118話 風呂を沸かす竜

 初めて風呂を使った翌朝、ファステは厨房の隅でしゃがみ込んでいた。


「何かなくなった?」


 声をかけると、ファステが振り返る。


「なくなってはいません。ただ、昨日は普段より多く使いました」


 ファステの前にあるのは、火を起こすために使っている物だ。


 食事を作る時にも必要になる。それを昨日は、風呂へ入れるだけの湯を用意するために何度も使った。


「足りなくなりそう?」


「すぐに困るほどではありません。でも、昨日と同じことを毎日続ければ、今までより早く補充が必要になります」


 水は《淫獄》の中で出せるようになった。


 だから、風呂の問題もほとんど解決したと思っていた。


 実際には、水が出ても湯にはならない。


 生成した水の一部を厨房で温め、浴室まで運ぶ。冷たい水と混ぜて、熱すぎれば水を足す。冷めれば、また温め直す。


 昨日は全員が初めて使ったから、何度も同じことを繰り返した。


「水が出るようになったから、毎日入れると思ってた」


 食堂へ集まって話すと、ヴィオラが残念そうに言った。


「水が出ることと、湯を用意できることは別だ」


 リゼが即座に返す。


「リゼまで言い始めた」


「今回は言葉どおりじゃ」


 千代が記録へ書き加える。


「毎日、全員が湯へ入る必要はないでしょう」


 ファステが言う。


「身体を洗うだけなら、使う水も温める量も減らせます」


「湯へ入る日を決める方法もあるな」


「燃料をもっと買えば?」


「買えるが、これから必要になる物はほかにもある」


 リゼが指を折る。


「菜園を試すなら、種や道具がいる。部屋へ置く物も足りない。水を温める道具も、今ある物だけで十分とは限らない」


「お金も無限じゃないしね」


 ヴィオラはそう言いながら、どこか楽しそうだった。


「何で嬉しそうなんだよ」


「使い道を考えられるだけ、前より余裕があるから」


 それは確かにそうだ。


 以前なら風呂の燃料より、今日食べる物と飲む水の方が先だった。


 今は、どうすれば次も湯へ入れるかを皆で考えている。


「我が温めればよい」


 それまで黙っていたナーヴァが言った。


「何を?」


「湯だ」


 一度、全員が黙った。


 ナーヴァは不思議そうに俺たちを見る。


「火が要るのであろう」


「要るけど」


「ならば我が出せる」


 理屈だけなら、間違っていない。


 問題は、ナーヴァが出す火を、俺たちがよく知っていることだった。


「我の炎を恐れておるのか」


 返事が遅れたせいで、ナーヴァの目が少し細くなる。


「怖いよ」


 正直に答えた。


 ナーヴァの視線が鋭くなる。


「でも、怖いから使わないって決めたわけじゃない」


「では何だ」


「風呂の水を温めるくらいまで、小さくできるのか分からない」


 竜の姿で放った炎は、《淫獄》に阻まれていなければ、俺たちごと周囲を焼いていた。


 狩りでは人の姿のまま、力を抑えて戦えた。それでも地面や岩には大きな跡が残った。


「どのくらい小さな炎を、どのくらい続けられる?」


 リゼが聞く。


「必要なだけだ」


「実際に、湯を温めたことは?」


 ナーヴァが黙った。


 答えは、それだけで分かった。


「敵を焼きすぎぬ加減なら知っておる」


「湯は敵じゃない」


「ならば、覚えればよい」


 ナーヴァは、できないとは考えていないらしい。


 俺たちも、できないと決める理由はなかった。


 ただし、いきなり浴室で試す理由もなかった。


     ◇


 試す場所は、邸宅の外にある広場にした。


 周囲に燃えやすい物がないことをリゼが確かめる。


 縁はファステと一緒に邸宅の中だ。レイナとヴィオラにも、決めた距離より近づかないよう伝えた。


「私たちまで離れる必要がありますの?」


「炎がどのくらい小さくなるか分からないからな」


「最初から近くで見たいのに」


「ヴィオラはもっと下がれ」


「私だけ?」


「一番近づきそうだから」


 広場の中央には、火にかけてもよい小さな容器を置いた。


 中の生成水も少量だけだ。


 近くには、火を消すための水を別の容器に用意してある。水が出せるようになったことが、こういう時にはありがたい。


 温度を正確に測る道具はない。


 まずは離れた位置から湯気と水面を見る。次に棒を浸し、取り出して少し待ってから触れる。最後に少量だけ別の容器へ移し、十分に冷めるのを待ちながら確かめる。


「面倒だな」


「熱すぎる湯へ入る方が面倒だよ」


「怪我をする、と言いたいのであろう」


「分かってるなら抑えて」


 ナーヴァは人の姿のまま、容器の前へ立つ。


「その姿でも炎を出せるの?」


「出せぬと思っておったのか」


「見たことなかったから」


 ナーヴァが少し息を吸う。


 唇の間から、細い赤黒い炎が伸びた。


 竜の姿で見たものとは比べようもないほど小さい。


 それでも、人間が料理へ使う火よりは、明らかに強かった。


「止めて!」


 俺が声を上げると、炎はすぐに消えた。


 容器の中で、水面が大きく揺れている。


 すぐに湯気が上がり、用意した棒を浸すまでもなく、熱すぎることが分かった。


「今ので抑えたのか?」


 リゼが聞く。


「かなりな」


 聞いたことのある答えだった。


「温まったではないか」


「温まった。でも、速すぎる」


「早い方がよいのであろう」


「風呂に入れる温度で止めたいんだよ」


「面倒だな、湯は」


「人間が面倒なんじゃなくて?」


 離れたところから、ヴィオラが言う。


「両方だ」


 容器は壊れていない。


 ナーヴァも、合図を聞いてすぐ炎を止めた。


 水を温めること自体には成功している。


 ただ、人が使える温度を大きく越えた。


「もう一度やる」


 ナーヴァが言う。


「さっきより小さくできるか?」


「できる」


「絶対?」


 俺が聞くと、ナーヴァは一瞬だけ黙った。


「……やってみなければ分からぬ」


 その答えを聞いて、リゼが新しい水を用意する。


 今度は、炎を一度に当て続けないことにした。


 短く当てる。止める。水面と湯気を見る。必要なら、もう一度だけ当てる。


 ナーヴァが、先ほどより小さく息を吐く。


 細い炎が容器の底をなぞり、すぐに消えた。


「まだだ」


 リゼが水面を見る。


 もう一度。


 炎を当て、止める。


 三度目で、ごく薄い湯気が上がった。


 棒を水へ浸し、取り出して少し待つ。リゼが先端へ慎重に触れた。


「さっきよりは低い」


 少量を別の容器へ移す。


 すぐには触れず、外側の熱が落ち着くまで待った。


 最後に俺も指先で確かめる。


「これなら、水を足せば風呂に使えそう」


「できたではないか」


 ナーヴァが胸を張る。


「できた」


「まだ少量だけだ」


 リゼが付け加える。


 ナーヴァは言い返しかけて、先に口を閉じた。


「できたことと、大量にできることは別だと言うのであろう」


 今度は、俺たちが黙った。


「覚えたね」


 ヴィオラが笑う。


「何度も聞かされればな」


     ◇


 少量の水を温められた。


「ナーヴァ様にお願いすれば、燃料を使わずに済むのでしょうか」


 ファステが確認する。


「できるかもしれない。でも、毎日の役目にはしない」


「我が入りたい時は、我が温める」


 ナーヴァが言う。


「うん」


「ほかの者の分も、我がやると決めた時は温める」


「それならいいと思う」


「そなたらが必要なら、我へ聞け。断るかどうかは、その時に我が決める」


 ナーヴァ自身が決めた条件を、千代が記録へ加えた。


 身体を洗うだけの日も作り、今までどおり燃料を使う方法も残す。ナーヴァへ頼む時は、その都度本人へ聞く。


 炎を浴室の設備へ直接当てず、当面は広場で容器の水を温める。


 大量の湯を一度に作れるかは、まだ試さない。


「これでよいか?」


 千代が読み上げると、ナーヴァは頷いた。


「よい」


「では、今日の試験は終わりじゃな」


「待て」


 ナーヴァが、先ほど温めた水を見る。


「これはどうする」


「冷ましてから捨てる?」


「捨てる必要はあるまい」


「何かに使う?」


「湯に足せばよい」


 ファステが少しだけ笑う。


「今夜もお入りになりますか?」


「確認が一度で足りぬこともあるのであろう」


「風呂、気に入ったんだ」


「悪くないと言っておる」


 ナーヴァは、自分で温めた容器を持ち上げた。


 熱すぎないことをリゼがもう一度確認してから、浴室へ運んでいく。


「今日も風呂上がり、待ってる?」


 ヴィオラが俺の隣へ来る。


「待ってない」


「石、増えるかもしれないのに?」


「そのために入ってもらってるわけじゃない」


 俺は浴室の前には残らず、自分の部屋へ戻った。


 昨日は、皆の風呂上がりを立て続けに見た。


 今日は、ナーヴァが出てくるのを待たない。


 しばらくしてから表示を開いてみても、所持数は変わっていなかった。


『所持《淫獄石》:15,001』


「増えてない」


 当たり前か、と呟く。


 その違いについて深く考えず、表示を閉じた。


 ナーヴァの炎は、まだ安全な給湯設備ではない。


 毎回同じ温度にできる保証もない。大量の水を温められるかも分からない。


 それでも今日は、誰も焼かなかった。


 何も壊さなかった。


 小さな容器の中で、水だけを温めた。


 戦場を焼き尽くした竜の炎は、初めて風呂の湯を温めた。


 本人は、それを大したことだとは思っていないようだった。

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