第116話 空いてる部屋は、誰のもの?
翌朝になっても、誰も新しい部屋へ移っていなかった。
俺が起きた場所も、昨日まで使っていた簡素な仕切りの中だ。
ファステも、リゼも、レイナも、千代も、ヴィオラも、それぞれ以前の寝所から出てくる。
「部屋、増えたのに誰も移ってないな」
「勝手に決めるなって言われたから」
ヴィオラが答えた。
「言ったのは、部屋を選ぶなではない。全体を確認する前に、勝手に占有するなと言ったんだ」
「似たようなものじゃない?」
「違う」
「それは別です?」
ヴィオラがミネットを見る。
「今回はリゼさんの説明だけで十分です」
「使わないんだ」
「必要がありませんから」
口癖は、言えばいいというものではないらしい。
「でも、もう全部見ただろ?」
「用途の候補を確認しただけじゃ。誰がどこを使うかは決めておらぬ」
「空いてるんだから、好きなところを取ればよくない?」
「お前が最初に一番大きな部屋へ入ろうとしたから止めたんだ」
「まだ入ってないよ。予約は占有じゃない」
「ほかの者が選びにくくなる」
部屋が増えたことで、寝る場所そのものは足りるようになった。
それでも誰も移らなかったのは、自分が先に選べば、ほかの誰かが困るかもしれないと思ったかららしい。
「じゃあ、今日決めよう」
「全部?」
「使う人の部屋は。共用の場所とか、空いてる部屋は後でもいい」
「最初に希望を聞く?」
「うん。同じ部屋がよかったら、その時に相談する」
「勝負?」
「相談」
「くじ?」
「相談」
「急に面白くなくなった」
◇
新しい個室候補を、もう一度見て回った。
同じように見えた部屋にも違いがある。
厨房と食堂へ行きやすい場所。門と装備区画に近い場所。工房に使えそうな部屋の近く。資料を置く候補区画へ行きやすい静かな場所。皆が集まる部屋へ出やすい場所。庭へ近く、ほかより少し広くて天井の高い場所。
「同じ大きさじゃないんだ」
「完全に同じ条件なら、くじでもよかったかもしれぬがの」
「じゃあ、一番いい部屋は?」
「何をよいと思うかが違うであろう」
千代の言葉どおりだった。
厨房に近い方が便利な人もいれば、音が気になる人もいる。門に近ければ外へ出やすい。でも、人が出入りするたび気配も近くなる。
「ここは?」
ヴィオラが、一番広い部屋の扉を開けた。
ほかの個室候補より明らかに広い。ただし、寝台も家具もない。特別な印や名前もなかった。
「王様の部屋じゃない?」
「俺の?」
「この中で王様なの、夜斗でしょ」
「俺が名乗ったわけじゃないけど」
「《淫獄の王》なのであろう」
ナーヴァが当然のように言う。
「だったら、ここを使わないと駄目?」
「知らぬ」
「じゃあ、俺の部屋だって決まってないよな」
広い部屋へ一人で寝ても、使い道に困るだけだ。
「当面は、共用の予備にしない?」
「予備?」
「まだ使い方を決めない部屋。必要になった時に、皆で相談して使う」
「それがよかろう」
最大の部屋は、誰の個室にもせず保留になった。
◇
「まず、ファステはどこがいい?」
「私からですか?」
「順番に意味はないけど、聞かないとまた全員待ちそうだから」
ファステは並んだ扉を見た。
「私は、皆様がお選びになった後で、残ったお部屋を――」
「それだと今までと同じじゃない?」
言い終わる前に止めた。ファステが少し目を伏せる。
「今まで、空いている場所へ自分の物を移してたんだろ。今回は、ファステが使いたい場所を選んでほしい」
「ですが、私だけ先に決めれば、ほかの方が」
「だから全員の希望を先に聞く。重なったら、その時に考える」
ファステは、食堂側へ続く通路を見た。
「では、厨房と食堂へ行きやすいお部屋を希望してもよろしいでしょうか」
「料理を作るため?」
「それもあります」
「それだけ?」
ファステは少し考えた。
「皆様が集まる場所の近くにいる方が、私も落ち着きます」
「じゃあ、そこがファステの希望だな」
「はい」
余った部屋ではない。ファステ自身が使いたい場所として、一つ目の候補が決まった。
「次、リゼ」
「門と装備区画に近い部屋だ」
「警戒しやすいから?」
「それもある。外へ出る準備と、戻った後の確認がしやすい。私は装備を手元から遠ざけすぎる方が落ち着かない」
「皆を守るためじゃなくて?」
「私自身が、その位置を使いやすいと思っている」
「分かった」
「レイナは?」
「工房として使えそうな場所の近くがよいですわ」
レイナは、比較的明るい部屋を選んだ。
「作業する物は工房へ置き、私自身の物は自室へ置けます。今までのように、すべてを同じ場所へ重ねずに済みますから」
「千代は?」
「資料を置く場所に近く、静かな部屋じゃな」
「記録を全部、自分の部屋に入れる?」
「共同体の記録は皆が確認できる場所へ置く。わらわ個人の記録とは分けるべきであろう」
「ヴィオラは?」
「一番広い部屋」
「そこは共用で保留になっただろ」
「言ってみただけ」
ヴィオラはほかの扉を見比べ、共用場所へ出やすい部屋の前で止まった。
「ここかな」
「広くないけどいいの?」
「一人でいる時に広すぎても、つまらないし。遊ぶ場所にも近いから」
「誰かの部屋へ勝手に入るなよ」
「遊ぶ時は呼ぶよ」
◇
「ナーヴァは?」
「我に、このような小さな箱を割り当てる必要はない」
「人型で寝る時もあるだろ」
「空いている場所を使えばよい」
「でも、誰かが使ってたら?」
「別の場所へ行く」
それでは、場所が足りなかった頃と変わらない。ナーヴァ自身が毎回譲る側になるだけだ。
「昨日、竜に戻れる広さが欲しいって言っただろ」
「庭で戻れた」
「人型の時に休む場所はいらない?」
「我はどこでも休める」
庭に近い場所に、ほかより少し広く、天井も高い部屋がある。竜形態では入れないが、人型で休むには十分だった。
「ここ、ナーヴァが使えば?」
ナーヴァは部屋へ入り、広さと庭までの距離を確認した。
「我の物を置く場所は、ここでよい」
「部屋は?」
「それも、ここでよい」
「決まったな」
「我が使うと決めただけだ」
「それを部屋を決めるって言うんだよ」
ナーヴァは否定しなかった。
◇
「ミネットは?」
「私は、専用の部屋を希望しません」
「住民なんだから、一部屋取ってもいいんじゃない?」
「毎日こちらで暮らすと決めた時に、改めて選びます。今は、泊まれる空室があれば十分です」
「セリナの部屋も残す?」
ヴィオラが聞いた。
「戻ってきた時に、本人に選んでもらう」
セリナが戻れば、その時に本人へ聞けばいい。誰かを追い出して場所を作る必要は、もうなかった。
「それで、夜斗様はどちらになさいますか?」
「俺は今までの場所でも――」
「それだと、今までと同じじゃない?」
ヴィオラに返された。
「まだ最後まで言ってないけど」
「今までの場所でいいって言おうとしたでしょ」
「……言おうとした」
「そなたが全員へ希望を言えと求めたのであろう」
千代にも逃げ道を塞がれる。
俺は、共用場所へ出やすく、入口からも遠すぎない普通の部屋を選んだ。
「それでいいの?」
「うん。皆のところへ行きやすいし、外で何かあっても遠すぎない。俺も、その方が落ち着く」
「なら、いい」
俺も余った部屋ではなく、自分が使いたい場所を選んだ。
◇
決めた部屋の扉には、取り外せる小さな目印を付けた。
名前を壁へ刻んだわけではない。《淫獄》へ登録したわけでもない。使いにくければ、後から変えられる。
「鍵は?」
「見当たらないな」
「勝手に入れる?」
「入れるかどうかと、入っていいかどうかは違うだろ」
「また言った」
「これは必要だと思う」
「私もそう思います」
ミネットに認められた。
「個人の部屋へ入る時は、先に声をかける」
リゼが言う。
「返事がない時は?」
「急ぎでなければ入らない。火事や怪我の時は、後で範囲を決める」
扉ができたことで、今までより一人になれる。その分、どこまで入ってよいかも決めなければならなくなった。
◇
部屋割りが決まった後、縁のために見える区画へ寄った。
縁は今日も、低い棚の下にある箱で丸くなっている。
「やっぱり箱が好きみたいだね」
「小さな通路も使っていました」
ファステが言った。
「さっきは、あの段差にも上ってた」
「じゃあ、寝床はいらない?」
浅い水場は空のままにしてある。生成水が安全だと分からないうちは、縁にも飲ませない。
「しばらく、縁が何を使うか見てみよう」
縁が箱を選び続けるなら、そこが少しずつ居場所になっていく。
◇
生成水については、ミネットとファステが短い暫定ルールを作った。
水を出した時刻と量を記録する。清潔な容器へ少量だけ分け、濁りや匂い、状態の変化を見る。
飲まない。料理にも使わない。縁にも与えない。正体の分からない物や危険な物は、排水口へ流さない。
紙へ書いたルールを、厨房の見やすい場所へ置く。
「水が出るようになったのに、今日も外から運ぶの?」
「安全が確認できるまでは」
「便利になるまでが長い」
「確認せずに使って問題が起きるより短いです」
「そう言われると反論しにくい」
「反論する必要がありますか?」
「ないけど」
水の話は、それで終わった。本格的に調べるのは、また別の日だ。
◇
食事中、窓のような開口部から土の土地が見えた。
「何を植える?」
ヴィオラが聞く。
「まだ育つと決まってないぞ」
「育ったら何がいい?」
ファステは料理へ使える香草や野菜。リゼは保存しやすく食料になる物。レイナは、食べられる物だけでなく繊維や加工に使える植物にも興味があるらしい。
「栽培の難しさと、収穫までの日数も調べねばならぬ」
「ヴィオラは?」
「甘い実。甘ければ頑張れる」
「ナーヴァは?」
「肉だ」
「肉は畑から生えない」
「では、我には関係ない」
「野菜も食べてただろ」
「肉の横にあっただけだ」
ミネットは、庭の土と生成水で植物が育つか、まず少量で確認すべきだとまとめた。
何を植えるかは、まだ決めない。今日の中心は部屋だ。
◇
最初に新しい部屋へ運んだのは、以前皆で作った簡易寝床だった。
新しい家具はない。だから、これまで使っていた物を持ち込む。ただし、古い生活場所を一度に空にはしない。
一晩使って、寒さや湿気、音、明るさに問題がないか確かめる。
「新しい部屋なのに、寝床は前のままだね」
ヴィオラが運びながら言う。
「嫌なの?」
「ううん。これ、結構気に入ってる」
ファステとレイナが、自分たちで整えた寝床を新しい部屋へ運ぶ。
リゼは装備をすぐ全部移さず、今夜使う物だけを選んだ。千代は個人の記録だけを持ち込み、共同体の記録は資料室候補へ分ける。
ナーヴァは何も要らないと言っていたが、最後には自分の戦装束に関わる物を壁際へ置いた。
「もう部屋らしくなった?」
俺の部屋には、簡易寝床と、わずかな私物しかない。
「さっきよりは」
ヴィオラが入口から覗く。
「声をかけろって決めたばかりだろ」
「夜斗」
「何?」
「入っていい?」
「もう半分入ってる」
「返事を待ってる」
「駄目って言ったら?」
「出るよ」
「じゃあ、今はいい」
ヴィオラが部屋へ入り、何もない壁を見回す。
「本当に普通の部屋を選んだね」
「普通がよかったからな」
「そのうち物、増えるかな」
「必要になったら」
《淫獄》が作ったのは、空いた部屋だった。
誰の部屋にするかを決め、そこへ何を持ち込むかを選んだのは、暮らす本人たちだった。




