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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第十一章 「広くなりすぎた家」

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第113話 帰るための目印

「次は、いつ来ればよいですか?」


 《淫獄》で調べたことをまとめ終えたミネットが、記録帳を閉じた。


「また学校まで迎えに行けばいい?」


「その方法しかないのであれば、お願いします」


「ミネットさんにも、《帰還目印》を用意してはいかがでしょう」


 ファステが言った。


「帰還目印?」


「外へ出た住民が戻りたい時に使う物です」


「それがあれば、一人で《淫獄》へ帰れるのですか?」


「いや、そこまで便利じゃない」


 俺は、《帰還目印》について説明した。


 普通の小物を登録できる。登録した住民が持った状態で、登録接続地点の一定範囲へ入ると、俺へ反応が届く。


 ただし、入口が自動で開くわけではない。誰がどこにいるのか、正確な位置も分からない。話もできない。怪我をしているか、誰かに追われているかも分からない。最後は俺が入口を開く必要がある。


「帰還する道具ではなく、帰りたい住民が近くにいると知らせる物ですね」


「うん。呼び鈴みたいなもの」


「では、《帰還目印》という名前も、正確ではない可能性があります」


「そこから?」


「それだけでは帰還できないのでしょう?」


「帰るために使ってるから、帰還目印でいいんだよ」


「持つことは決まりなのですか?」


「違う。持ってるから帰ってこい、って意味じゃない。外へ出る時に持たないと駄目って決まりでもない」


「追跡は?」


「できない。反応が来るのは入口の近くだけだし、どこにいるかも分からない」


「では、私が帰りたい時に、入口を開いてもらうための物ですか?」


「そう」


 ミネットは少し考えた。


「それなら、持ちたいです」


     ◇


 外出用の棚の近くに、皆が自分の《帰還目印》を持って集まった。


 ファステは布製の針入れ。リゼは古い装備から外した金属留め。レイナは自分で作った繊維製の髪飾り。千代は深紅の結び飾り。ヴィオラは賭けに使わないコイン。ナーヴァは赤黒い小石。


「同じ形ではないのですね」


「本人が、普段持っていたい物を選びましたから」


「我の物が最も壊れにくい」


 ナーヴァが小石を見せた。


「持ってて楽しいかは別だけどね」


「帰るための物に楽しさが要るのか?」


「毎日持つなら、あった方がいいでしょ」


「不要だ」


「ナーヴァは、その石を気に入ってるんじゃないの?」


「これが適しておるだけだ」


 否定する割に、手放す様子はない。


「選ぶ際に、共通する条件はありますか?」


「持ち歩きやすいくらい?」


「落とさないことも重要です」


 リゼが自分の金属留めを示した。


「誰かに貸す物も避けた方がいいだろうな。外部者が持っても反応しないらしいが、本人が持っていなければ意味がない」


「壊れた場合は?」


「試してない」


「濡れた場合は?」


「それも」


「登録した後で、別の物へ変えられますか?」


「複数は作れる。でも、解除とか上書きの細かいところは分からない」


 ミネットが黙り込んだ。


「目印を一個決めるだけだよな?」


「外で失えば、帰還反応を正しく使えなくなるのでしょう?」


「そうだけど」


「考えるべきことを考えておるだけじゃ」


 千代はミネットの側だった。


「学校で持っていても不自然ではなく、毎日使う物。学校の備品ではなく、私個人の所有物。実習中に失いにくく、汚れても手入れができる。他人へ貸す可能性も低い物がよいと思います」


「もう決まってない?」


「記録帳を使います」


 ミネットは鞄から、いつもの記録帳を取り出した。


「本ごと?」


「いいえ」


 開いたページの間から、細い革紐を抜く。端に、簡素な結び目が作られていた。


「栞?」


「正確には、記録帳に挟んでいる目印です」


「目印を、目印にするんだ」


「用途が増えるだけです」


 革紐なら、記録帳と一緒に毎日持ち歩く。学校の備品でもない。誰かへ貸すこともほとんどなく、なくなればすぐに気づける。


「本当にこれでいい?」


「はい。私が、自分で持っていたい物です」


 俺はミネットから革紐を受け取り、《淫獄》へ意識を向け、目印として登録する。


『《帰還目印》を設定しました』


 表示を確認してから、革紐を返した。


「何か変わりましたか?」


「見た目は同じ」


 ミネットも両側から革紐を確認する。


「触れた感覚も変わりません」


「でも、登録はできた」


「これで学校からでも呼べますか?」


「たぶん無理。登録した入口の近くまで行かないと反応しない」


「では、学校からどこへ向かえばよいかは、別に覚える必要があります」


「道案内もしてくれないからな」


「便利ですが、できることは限られているのですね」


「便利すぎないんだ」


「できることが限られている方が、扱いは決めやすいです」


     ◇


 せっかく登録したので、動くかどうかを一度だけ確認することになった。


 俺とミネットとリゼで外へ出た。人目がないことを確認してから、どこまで離れ、どの道を通って戻るかを決める。


 反応が届いても、入口を開く前に外を確認する。それだけはリゼと先に決めた。


 今回は試験なので、ミネットが一人で戻ってくる時刻も、おおよその場所も分かっている。


 俺とリゼが先に《淫獄》へ戻った。


 ミネットは革紐を挟んだ記録帳を持ち、決めた経路を通って一度範囲外へ離れる。


 あとは待つだけだった。


「まだ?」


「今入ったばかりだ」


 リゼに止められる。


「反応がない?」


「ない」


「なら、待て」


 分かっている。でも、外の様子が見えないのは落ち着かない。


 しばらく待つと、意識の端に小さな反応が届いた。


「あ」


「来たか?」


「たぶん、ミネット」


「名前は分かるのか?」


「今回はミネットしか試してないから」


「では、通常使用時に誰かまで分かるとは限らないな」


 また分からないことが増えた。


 リゼと一緒に外へ出て、安全を確認する。


 決めた場所の近くに、ミネットが一人で立っていた。周囲に怪しい人影がいないことを確認してから、俺は《淫獄》への入口を開いた。


 入口が開いても、ミネットの身体は動かない。自動で引き込まれることもない。


 ミネットは外から中を確かめ、自分で境界を越えた。


「反応は届きましたか?」


「届いた」


「では、目印としては使えます」


「帰れた?」


「入口を開いてもらい、自分で入りました」


「細かいな」


「自動で帰還したわけではありませんから」


 入口が開いても、入るかどうかは本人が決める。


 ミネットは、反応が届いたことと、開く前に俺が外を確認したことを記録する。


「呼び鈴という説明が一番近いですね」


「帰還目印のままでいい?」


「すでに皆さんがそう呼んでいるのであれば、今は変更する必要はないと思います」


「今は?」


「より正確な名前が必要になれば、その時に考えます」


     ◇


 確認を終えたミネットは、革紐を記録帳へ戻した。


 首へ掛けたり、特別な装備へ付けたりはしない。いつもどおり、続きを書くページへ挟む。


 記録帳を閉じると、結び目のある端だけが少し外へ出た。


「それなら、学校でも持っていられますね」


 ファステが言った。


「はい。調べたいことを書いた場所も、帰りたい場所も、忘れにくくなります」


「これで、一人でも帰れるな」


 ミネットは少し考えた。


「帰り始めることはできます」


「最後までは言わないんだ」


「最後は夜斗さんが入口を開くのでしょう?」


「そうだけど」


 ミネットの記録帳から、細い革紐が覗いている。


 それは帰る扉の鍵ではない。


 ただ、自分が帰りたいと決めた時、そのことを知らせるための目印だった。

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