第112話 一番近いのは、ダンジョン
約束した日に魔法学校へ行くと、ミネットの前には本が積まれていた。
「増えてない?」
「増えました」
「全部読んだの?」
「必要な部分だけです」
机の上だけでは足りず、椅子の横にも本が置かれている。
「こっちは違った資料です」
「違ったなら、片づけていいんじゃない?」
「なぜ違うと判断したのか、後で確認するために残しています」
「片づける場所がないわけじゃなく?」
「それも少しあります」
少しだけ、見習いらしい答えだった。
「それで、《淫獄》に似たものはあった?」
「部分的に似たものはありました。最初に調べたのは、空間に関係する魔法です」
「空間魔法?」
「そう呼ばれることはあります。ただ、一つの魔法を指す言葉ではありません」
離れた位置や距離へ作用するもの。物を保管する場所に関わるもの。内と外を区切る境界を作るもの。入口や通路の接続を扱う研究。
同じように空間へ関係していても、仕組みや目的は別らしい。
「一個覚えれば、何でもできるわけじゃないんだ」
「一つの魔法で何でもできるなら、私も先にそれを覚えます」
「《淫獄》と同じものは?」
「見つかりませんでした」
入口を別の場所へつなぐ点だけなら、似た研究がある。物を外から見えない場所へ収める点だけなら、似た技術がある。境界によって内外を分ける点だけなら、それもある。
「ですが、《淫獄》では複数の人が生活しています」
「うん」
「内部には明暗の変化があり、空気と水が存在し、生き物も育つ。さらに、内部の形が変化する場合がある」
「入口も俺が開ける」
「入った方が住民として登録される場合もあります」
「一個ずつ似てても、全部一緒にはない?」
「はい」
「では、空間魔法ではないの?」
「分かりません。既存の資料に同じものがないことと、空間に関係しないことは別です」
「また別か」
「はい」
ミネットが、今度は机の右側にある本を開いた。
「資料だけでは調べる範囲を決められなかったので、教師にも質問しました」
「《淫獄》のこと、話した?」
「話していません」
質問したのは、外部と分かれた空間が特定の入口の先に存在する場合、どの分野の資料を調べるべきか、ということだけだった。
「それだけで答えてくれた?」
「質問の範囲が広すぎると言われました」
「怒られた?」
「質問を絞るように言われました」
「それ、少し怒られてない?」
「指導です」
ミネットは気にしていないらしい。
「最初から魔法士が作った術式だと決めない方がよいとも言われました。自然に発生したものや、原因が分かっていない異空間も比較すべきだと」
「そんなものがあるんだ」
「夜斗さんたちも利用しています」
ミネットが開いた本を、こちらへ向けた。
「これに一番近いものは、魔法士が作る空間ではありません」
「じゃあ、何?」
「ダンジョンです」
「ダンジョンって、あのダンジョン?」
「ほかに、どのダンジョンを想像しましたか?」
「グールとか、大型魔獣がいる方」
「それです」
《淫獄》は住む場所だ。ダンジョンは、魔物を狩りに行く場所。俺の中では、ずっと別のものだった。
「似てる?」
「用途ではなく、空間として比較してください」
ダンジョンには決まった入口がある。入口の外から見ただけでは内部の広さを判断できない。中には外界と異なる環境があり、魔物や資源が存在する。接続先や内部環境が変わるものもある。
「普通の地下洞窟とは違うの?」
「地下洞窟として説明できるものもあるかもしれません。ですが、すべてが普通の洞窟だとは考えられていません」
「誰かが作った?」
「分かっていません」
「空間魔法?」
「それも分かっていません」
「分からないこと多くない?」
「だから研究されています」
「俺たちが入った場所も?」
「以前聞いた内容を、もう一度確認してもよいですか?」
「話していい範囲なら」
ミネットが自分の記録を開く。
「地上に、探索者組合が管理している入口がある」
「うん」
「石段を下りた先に、変化しない前室がある」
「今のところは」
「さらにその先に、接続先が変わる領域がある」
「そう聞いてる」
「《淫獄》への入口を開くのは、どこですか?」
「前室」
「変動する領域の中では?」
「開けられなかった」
ミネットの筆が止まる。
「試したのですか?」
「前に一度。でも、入口が開かなかった」
「前室へ戻れば開けた?」
「うん」
ミネットは、前室と変動領域を別々の枠で囲んだ。
「同じ入口から地下へ入り、通路もつながっているように見えるのですよね?」
「見えるというか、歩いて入った」
「それでも、一方では《淫獄》を開けて、もう一方では開けない」
「そうなるな」
俺は今まで、石段の先も、前室も、その奥も、全部まとめて地下だと思っていた。でも、その奥だけ接続先が変わる。
「固定された前室と、その奥の変動領域は、本当に一つの連続した空間なのでしょうか」
「扉でつながってても?」
「入口でつながっているように見えること自体が、ダンジョンの特徴かもしれません」
扉の先が、見た目どおり隣にあるとは限らない。《淫獄》だって、入口の向こうがどこにあるのか分からない。
「じゃあ、《淫獄》もダンジョンなの?」
「似ている部分はあります。夜斗さんが入口を開閉できる、個人に結びついたダンジョンのようなもの、と考えることはできます」
「個人用ダンジョン?」
「いいえ」
「今、自分で言ったよね?」
「今の言い方では、同じ仕組みだと決めたように聞こえます」
ミネットは書きかけた言葉へ線を引いた。
「《淫獄》とダンジョンには、比較できる共通点がある。それだけです」
「違うところもある?」
「あります」
《淫獄》は、俺が入口を開閉する。入った人が住民になる場合がある。必要に応じたように内部の形が変わる。今まで確認した範囲では、敵対的な魔物が自然に発生したことはない。帝国や探索者組合から管理されてもいない。
「最後は、知られてないからじゃない?」
「はい。ダンジョンではないから管理されていないのか、存在を知られていないからなのかは区別できません」
「知らせた方がいい?」
「今の情報だけでは判断できません」
帝国へ知らせた途端、入口を管理すると言われても困る。でも、本当にダンジョンに近いものなら、ずっと隠していていいのかも分からない。
「今は、勝手に話さない?」
「はい。調査のために《淫獄》を特定できる情報が必要になった場合は、先に皆さんへ確認します」
「次は何を調べる?」
ミネットは新しい紙を出した。
「危険を増やさずに確認できることからです」
《淫獄》と外で時間の進み方が同じか。明るさの変化が外の時刻と重なるか。入口を閉じている間も中の空気や水が維持されるか。違う場所から入口を開いた時、内部では同じ場所へ出るのか。新しくできた入口付近の区画がそのまま残るのか。
「全部調べる?」
「一度には行いません」
「魔法で調べた方が早くない?」
「この場所が魔法へどう反応するか分かりません」
強い魔力を流す。境界へ魔法で触れる。危険なものを持ち込む。ダンジョンの中で何度も接続を試す。そういう確認は、今はしない。
「調べるために危険を増やしては、意味がありません」
「じゃあ、今日は話を持って帰る?」
「はい。皆さんにも、どこまで調べてよいか確認します」
◇
ミネットと一緒に《淫獄》へ戻った。
一人で帰る方法はまだ用意していないので、俺が入口を開いた。
新しくできた仕切りも、腰掛けも、棚も残っている。
「消えてない」
「少なくとも、今日までは維持されています」
「それも書くんだ」
「確認できたことですから」
入口近くへ集まった皆へ、ミネットが学校で調べた内容を説明した。
「《淫獄》と同じものは見つかりませんでした」
「何も分からなかった?」
ヴィオラが聞く。
「いいえ。比較するなら、空間魔法よりダンジョンの方が近いと分かりました」
「ここが魔物の巣だと言うのか?」
ナーヴァの目が細くなる。
「言っていません」
「ならばよい」
「早いな、納得するの」
「魔物の巣でないなら、我には関係ない」
「ナーヴァも住んでる場所の話なんだけど」
「我がいれば、魔物が湧いても問題あるまい」
「その考え方が問題になるんだよ」
ミネットは、ナーヴァが何者なのか聞かなかった。ただ、強い自信を持つ女性だということだけは伝わったと思う。
「結局、似てるところがあるって分かっただけ?」
「はい」
「正体は分からないまま?」
「何と比べればよいか分からない状態からは進みました」
「今のところ、一番近い比較対象はダンジョンです」
「ここがダンジョンだって意味じゃなく?」
「同じだと証明するものはありません」
ミネットは、自分の記録と学校から借りた資料を並べた。
「違うと証明するものも、まだありません」
俺たちが帰る場所として使ってきた《淫獄》。
その入口の仕組みを考えるために、一番近いものとして出てきたのは、俺たちが外で利用しているダンジョンだった。
似ていると分かった。
同じかどうかは、分からなかった。




