第107話 見習いからの相談
「では、いつ来ればいい?」
俺が聞くと、ミネットは閉じていた記録を開き直した。
「私の相談なのに、また来ていただくことになりますが」
「ミネットが俺たちのところへ来る方が困るから」
「皆さんがどこにいるのかも知りません」
「だから、今はここで」
ミネットは俺の顔を見た。俺たちが住んでいる場所について、まだ話すつもりがないことは伝わったらしい。
「分かりました。改めてお話しできる時を確認します」
「今じゃ駄目なの?」
「今からでは、途中で時間が足りなくなる可能性があります。それに、質問を整理できていません」
「昨日から整理してたんじゃないの?」
「整理を始めたのであって、終わったとは言っていません」
「質問、多い?」
「減らせるものは減らします」
「増える可能性は?」
「あります」
「だと思った」
◇
《淫獄》へ戻ると、ヴィオラが最初に話を聞きに来た。
「それで、何を相談されるの?」
「まだ分からない」
「聞かなかったの?」
「ミネットもまだ整理できてないって」
「相談したいことがあるのに、何を相談するか決まってないんだ」
「何をどこまで聞くか決まってない、らしい」
リゼが装備を外しながら口を挟む。
「危険な物ではないと言っていたんだな?」
「それは言ってた」
「危険ではないことと、面倒ではないことは別だぞ」
「内容を聞く前から決めても仕方あるまい」
千代が今日の記録を置いた。
「話を聞くだけなら、また行ってもいいよな」
「聞くだけならな」
「その場で何かを約束せぬことじゃ」
「分かってる」
俺は召喚画面を開いた。
『所持《淫獄石》:10,001』
『必要《淫獄石》:10,000』
押せば、誰かが来る。その人物が俺たちへ相談したいと思っているかも、ここへ来たいと思っているかも分からない。
一方でミネットは、自分から次に会う理由を作った。
だからといって、ミネットを住民にしたいと考えているわけではない。ただ、呼ばなくても向こうから話したいと言う人はいる。
「また見ておるのか」
「確認しただけ」
「何をじゃ」
「まだ回せること」
「昨日も確認したであろう」
「今日も同じとは限らない」
「システムを疑い始めた途端、便利な言い訳を得たな」
千代に言われ、画面を閉じた。
◇
約束した時に魔法学校へ行くと、ミネットは前回より多くの紙を用意していた。
「それ、全部質問?」
「全部を聞くとは決めていません」
「減る可能性はある?」
「お話を聞いて、必要がなければ減ります」
「増える可能性は?」
「あります」
「やっぱり」
「同じことを以前にも聞きませんでしたか?」
「聞いた」
「答えも同じです」
俺の後ろで、レイナが小さく笑う。
リゼは部屋の出入口と窓を確認してから壁際へ立ち、千代はミネットの紙を見た。
「まず、相談の範囲を確認してもよいですか」
ミネットが言った。
「新しい汚染物を持ってきてほしいわけではありません。学校の外で、私に処理魔法を使わせてほしいわけでもありません」
「試料が欲しいわけでもない?」
「はい。未知の試料を、私個人へ預けてほしいとも考えていません」
「地下へ行きたいとか?」
「今は、その相談でもありません」
「じゃあ、何を相談したいの?」
ミネットは紙の一番上へ目を落とした。
「処理を始める前のことです」
「前?」
「学校の課題では、確認された試料が用意されます。一度に扱う量も、使う容器も、作業する場所も決まっています。何を確かめるべきかも、ある程度は最初から示されています」
「それなら簡単なの?」
「簡単ではありません」
すぐに訂正された。
「決められた条件の中でも、状態を見て、手順を選び、魔力を調整しながら正確に処理する必要があります。失敗すれば、分離が不十分になることもあります」
「でも、俺たちが持ってきた水とは違う?」
「はい」
ミネットが頷く。
「皆さんの話は、その前から始まっていました」
「その前って?」
「何で汚れたのか分からない。どの程度危険か分からない。捨て方も、相談先も分からない。その状態です」
俺たちにとっては、そこが一番長かった。
◇
ミネットは、今まで俺たちから聞いたことを順に確かめた。
「最初に、汚れた水を生活に使う物から分けた」
「うん」
「捨て方が分からなかったため、勝手に流さなかった」
「流せる場所がなかったのもあるけど」
「なければ、あったら流していましたか?」
「……最初なら、やったかもしれない」
リゼの視線が刺さる。
「今はやらない」
「その違いも知りたいです」
ミネットは記録へ何かを書き加えた。
「街へ相談する時、現物を最初から持ち込まなかった」
「何か分からない物を持っていく方が危ないって話になったから」
「少量試料だけを密閉して、ここへ持ってきた」
「うん」
「私が預かれないと答えたため、持ち帰った」
「元の水には戻さなかった」
「その後、探索者組合へ相談し直した」
「入口を管理してるのが組合だって、後から知ったから」
「引き渡すまで、隔離した状態で保管を続けた」
「それは本当に長かった」
ミネットが顔を上げる。
「この中で、最初から正しいと分かっていたことは、どのくらいありますか?」
「ほとんど分かってなかった」
「では、どうやって決めたのですか?」
「皆で、やらない方がいいことから決めた」
「やらない方がいいこと?」
「流さない。飲まない。生活用の水と混ぜない。何も言わずに街へ持ち込まない。相談した相手が分からないと言ったら、その場で勝手に処理させない」
「できることを決めたんじゃなくて、やらないことを決めたんですのね」
レイナが言った。
「結果的には、そうなる」
「それで止まったままになる可能性は?」
ミネットが聞く。
「なった。ずっと保管してたし」
「それでも、分からない方法で処理するよりはよいと?」
「少なくとも、取り返しがつかなくなるよりは」
ミネットは、今度は長く書いた。
◇
「私は、魔法を使う前に、何を確認しなければならないのかを知りたいです」
「それって、魔法の勉強?」
「魔法を使ってはいけない時を判断することも、必要だと思います」
処理できる魔法を知っていても、対象が違えば使えない。少量なら扱えても、量が増えれば同じ方法は使えない。分離に成功しても、残った汚染物を捨てる場所がなければ終わらない。
「何が起きたのか。誰が扱えるのか。どこで保管するのか。誰へ知らせるのか。何を勝手にしてはいけないのか」
ミネットが指を折りながら数える。
「学校の課題では、その多くが準備された後から始まります。でも実際には、準備されていないところから始まることもあると分かりました」
「学校の先生に聞く方がよくない?」
「学校で確認できることは、学校でも聞きます」
「じゃあ、どうして俺たちに?」
「実際に分からない物を抱えた人が、何を考えたのかは、その人にしか聞けません」
「俺たち、かなり失敗してるけど」
「成功した話だけでは、何を避けるべきか分かりません」
ミネットは、俺たちを褒めているわけではなさそうだった。
「皆さんは、分からないことを、分からないまま持ち帰ったことがありました。最初の相談先で解決しなければ、別の相談先を探しました。それから、結果を報告するために、もう一度ここへ来ました」
「最後のは、千代に言われたからだけど」
「言われても来ない人はいます」
「いるんだ」
「いると思います」
「見たことは?」
「ありません」
「じゃあ推測?」
「……はい。今の部分は推測です」
ミネットが自分の記録へ小さく印をつけた。
「自分の推測まで訂正するんだ」
「人に正確さを求めて、自分だけ曖昧にするのはよくありません」
◇
「それで、具体的には何をしてほしいのじゃ」
千代が聞いた。
「今後、皆さんが扱い方の分からない物や、判断に迷ったことに出会った時、その経過を聞かせてもらえませんか」
「毎回、ここへ報告に来る?」
「毎回でなくても構いません。危険物そのものを持ってくる必要もありません」
「場所とか、一緒にいた人のことを話せない場合は?」
「話せる範囲だけで構いません」
「それだと判断できないかもしれない」
「その場合は、判断できません」
即答だった。
「ミネットが答えを出す相談じゃないの?」
「私に分かることなら答えます。でも、私は学校を代表して判断できる立場ではありません。別の方や窓口へ確認する必要があれば、私だけでは引き受けられません」
「聞いたことを、学校へ話す可能性はある?」
「内容によります」
リゼの表情が少し厳しくなった。
「何でも秘密にするとは約束できません。私だけで扱ってはいけない危険や、ほかの方へ被害が及ぶ可能性があるなら、誰にも言わないとは言えません」
「必要がなくても話すのか?」
「必要もないのに、皆さんのことを話すつもりはありません」
「必要かどうか、ミネットだけで決める?」
「決められない場合は、決められないと言います」
都合のよい答えではなかった。それでも、できない約束をその場でしないことは信用できた。
「俺たちも、何でも話せるわけじゃない」
「はい」
「場所も、一緒にいた人も、言えないことがある」
「それなら、無理に話さなくて構いません」
「話せる範囲が少なすぎたら?」
「聞いても分からない可能性があります」
「それでもいいの?」
「分からない理由が分かることもあります」
◇
悪い話には思えなかった。俺たちにとっても、扱いに困る物が出た時に相談できる相手が増える。
でも、話の中には《淫獄》へつながるものが多い。ナーヴァが狩ったこと。縁がいること。俺が入口を開けること。住民たちの過去。
俺一人の判断で、全部を話していい情報ではない。
「一度、持ち帰って相談していい?」
「はい」
「返事が遅くなるかもしれない」
「いつまでに決めてほしいとは言いません」
「断るかもしれない」
「それも、皆さんが決めることです」
自分から持ちかけた相談なのに、ミネットは急かさなかった。
「そんなに、あの汚水のことが気になってた?」
「汚水だけではありません」
「では、何が?」
「分からないことが、どうやって次の人へ渡されていくのかが気になりました」
俺たちが魔法学校へ聞いた。魔法学校だけでは扱えず、探索者組合へ相談した。組合は現物を受け取り、扱える先へ回した。
一人で答えを出した者はいない。
「学校の課題では、自分が担当する工程を正確に行います。でも今回は、誰か一人が全てを処理したわけではありません」
「俺たちは、ほとんど運んでただけだけど」
「運ばなければ、次の方へ渡りません」
「何をしたかだけではなく、何をせずに、誰へ渡したのか。それを知りたいです」
◇
《淫獄》へ戻ると、ファステが俺たちを迎えた。
「どのようなご相談でしたか?」
「分からない物に出会った時、どうしたかを聞かせてほしいって」
ヴィオラがコインを止める。
「ずいぶん変わった相談だね」
「答えを教えてほしいんじゃなくて、答えがない時にどうしたかを知りたいらしい」
「受けるのか?」
リゼが聞く。
「まだ決めてない」
「なぜだ?」
ナーヴァが壁際からこちらを見る。
「話す内容に、皆のことも入るかもしれないから」
「我のこともか」
「今は知られてない」
「ならば、話すかどうかを決めるのであろう」
「そうなる」
「では、本人へ聞けばよい」
「ミネットに?」
「話される側全員にだ」
一瞬、誰も答えなかった。それから千代が頷く。
「もっともじゃな」
「我は当然のことを言っただけだ」
「うん。すごく正しい」
「なぜ意外そうなのだ」
「少し前までなら、話す必要があるなら話せ、と言いそうだったから」
「必要かどうかも決めておらぬのであろう」
ナーヴァは興味を失ったように目を閉じた。
自分のことを話してよいか。知らない場所のことを、どこまで伝えるか。
次に決めるのは、俺一人ではない。
ミネットは、秘密を話せとは言わなかった。何でも自分へ任せろとも言わなかった。
分からない時に、何をしなかったのか。誰へ渡したのか。それを知りたいと言った。
答えを教えてほしいのではなく、答えがない時にどうしたのかを聞きたい。
見習いから持ちかけられた相談は、やっぱり質問の方が多かった。




