第105話 呼ばれた側は
「表示だけで分からぬなら、実際に召喚された者へ聞けばよい」
千代が記録を閉じた。
「聞くって、何を?」
「呼ばれた時のことじゃ」
俺が見ていたのは、いつもこちら側だった。
石を払い、召喚を実行する。光が集まり、その中から誰かが現れる。
けれど、向こう側で何が起きていたのかは知らない。
「召喚される前に、説明があったかとか?」
「それもじゃ。何をしておったか。何かを感じたか。こちらへ来ることを選んだ覚えがあるか。召喚直後に、何を理解しておったか」
「そんな細かいところまで、覚えてるかな」
「覚えておらぬなら、それも記録になる」
分からないことを、分かったことにしない。出なかった表示を記録するのと同じだ。
「全員に聞いていいかな」
「聞くことと、答えさせることは別じゃ」
「そこは分かってる」
話したくないことまで聞き出さない。召喚直前の状況には、それぞれの過去がつながっている。
◇
「私は違いますよ」
最初にファステが言った。
「違う?」
「夜斗様に召喚されたわけではありませんから」
「あ」
ファステは、この世界で出会った現地人だ。俺が《淫獄》へ連れてきて、その後、本人が住民になることを選んだ。
「比較にはなるのではないか?」
リゼが壁際から言った。
「ファステは、自分がどうやってここへ来たか知ってる。俺も知ってる。住民になる前に、本人へ聞けた」
「はい。少なくとも、私は住民になることを選んだ覚えがあります」
ファステの言葉を、千代が記録する。
「通常召喚された者にも、同じ選択があったかを確かめるわけじゃな」
「なかったって決まったわけじゃないけど」
「ゆえに聞く」
◇
「その前に、そなた自身はどうなのじゃ」
千代が俺へ筆を向けた。
「俺?」
「異なる世界から突然ここへ来たという点では、そなたも同じであろう」
「でも、俺は《住民召喚》で呼ばれたわけじゃない」
「同じ仕組みとは限らぬ。ゆえに、分けて記録する」
住民へ話させることばかり考えて、自分のことを抜かしていた。
「召喚される直前に何をしてた?」
ヴィオラが、今度は俺へ質問する。
「特別なことはしてなかった。少なくとも、戦場とか晩餐会みたいな場所じゃない」
「声は?」
「覚えてない」
「この世界へ来るか、聞かれた?」
「聞かれてないと思う」
口にしてから、リゼに言われそうなことを思い直した。
「いや。聞かれた記憶はない。聞かれてないとまでは断定できない」
「少しは正確になったね」
「皆に同じことを求めるなら、俺も同じように答えないと駄目だろ」
俺が覚えているのは、気づいた時には元の世界ではない森にいたこと。
そこが異世界だという説明はなかった。元の場所へ戻る方法も示されなかった。《淫獄の王》についても、最初から全てを理解していたわけではない。
「来ることを了承した覚えは?」
「ない」
「戻るかどうかを選ばされた覚えは?」
「それもない」
「移動中の感覚は?」
「分からない。移動した瞬間そのものを、うまく思い出せない」
千代が記録へ書き加える。
黒瀬夜斗。異世界からの転移。通常《住民召喚》とは別枠。事前説明、了承、移動中の知覚――いずれも記憶を確認できず。
「俺も、呼ばれた側だったのかな」
「誰かがそなたを呼んだとは限らぬ」
「事故かもしれないし、自分の能力が原因かもしれない?」
「それすら分からぬ。同じなのは、本人が移動を選んだ記憶を持たぬことだけじゃ」
俺は、自分で開いた召喚画面を見る。
この世界へ来た俺。俺が呼び出した住民たち。同じ仕組みだという証拠はない。
それでも、何も分からないまま生活を切り離されたことだけは、俺にも覚えがあった。
「じゃあ、次は私だな」
リゼが使い込んだ剣を横へ置いた。
◇
「召喚される直前は、戦場にいた」
「それは前にも聞いた」
「仲間を逃がすために残っていた。周囲に敵がいて、まだ戦闘が終わっていなかった」
「何か声は聞こえた?」
「覚えていない」
「光とか、選択肢とか」
「少なくとも、選べと言われた記憶はない」
リゼは少し考えてから続けた。
「戦場にいた。次には、ここでお前たちへ武器を向けていた。それだけだ」
「移動してる途中の感覚は?」
「ない。途切れたようにも思えるが、本当に何もなかったのか、私が覚えていないだけかは分からん」
説明なし。そう書きかけた俺の手を、リゼが止めた。
「説明を受けていない、とは言い切れないぞ。聞かされたが忘れた可能性もある。戦闘の最中だった」
説明がなかったのではない。説明を受けた記憶を確認できない。似ているようで、違う。
「リゼが慎重なこと言ってる」
「お前たちに移ったんだろ」
「俺たちがリゼから習ったんじゃない?」
「どちらでもよい。正確に書け」
◇
レイナは、自分の髪飾りへ触れながら当時のことを話した。
「正式な婚約について話すための晩餐会におりましたわ」
「途中だった?」
「ええ。私の将来について、私以外の方々が話しているところでした」
「こちらへ来る前に、声や説明は?」
「覚えておりません」
「来るかどうか、聞かれた記憶は?」
「ございませんわ。正確には、私が覚えている範囲にはございません」
「気づいたら、ここに?」
「晩餐会の席にいたはずが、次には皆さまの前へ立っておりました。夜斗様から説明を受けるまでは、ここがどこなのかも存じませんでした」
「もし、その時に選べてたら、来なかった?」
聞いてから、踏み込みすぎたと思った。けれどレイナは怒らなかった。
「分かりませんわ」
「分からない?」
「今の私が、当時の私に代わって答えることはできませんもの」
今のレイナがここで暮らすことを選んでいても、召喚前のレイナが来ることを選んだ証明にはならない。
「今ここにいることと、あの時に選べたかは別ですわ」
「……うん」
◇
「わしは、城が落ちるのを見ておった」
千代は淡々と答えた。
「炎も、風も、城も消え、気づけばここにいた」
「呼ばれる感じは?」
「なかった、と断定はできぬ。城を失った直後じゃ。冷静に全てを覚えていたとは言い難い」
「何かを選んだ記憶は?」
「ない。少なくとも、そなたがわしを呼んだことも、《住民》として登録されることも、こちらへ来る前には知らなんだ」
「召喚された後も、表示は見えてなかった?」
「そなたが読み上げるまで、わしの名と二つ名が表示されておることすら知らなかった」
俺に見えている表示が、皆にも同じように見えているわけではない。それは以前から分かっていた。
「こちらには実行するか聞いてくるのにな」
「向こう側にも別の何かが示された可能性は残る」
「でも、誰も覚えてない」
「今のところは、じゃ」
◇
ヴィオラはコインを指の間で転がした。
「私も、似たようなものかな」
「召喚前は?」
「旅の途中。少し休んで、次にどちらへ行くか考えてた」
「戦闘中ではなかった?」
「違うよ。だから、リゼよりは周りを見る余裕があったと思う」
コインが止まる。
「何か見た?」
「急に景色が変わった。ここへ来たあとに光が消えていくのは見えたけど、その前に説明を読んだ覚えはないね」
「声は?」
「覚えてない」
「来るかどうか聞かれた?」
「それも覚えてない。でも、覚えていないことに賭けるなら、何もなかった方かな」
「理由は?」
「選ばされたなら、どちらを選ぶか考えたはずだから。私はそういう時、自分が何を材料に決めたかを覚えてる」
「じゃあ、選択肢はなかった?」
「そこまでは賭けない」
ヴィオラがまたコインを動かす。
「今言えるのは、私には選んだ記憶がない。それだけ」
「ヴィオラまで慎重になってる」
「勝てそうにない賭けをしないだけ」
◇
セリナは、ここにいない。
召喚された直後、周囲を確認し、外へ出られるか、戻らなくてもよいかを俺へ聞いた。
でも、召喚される前に何を見て、何を感じ、選ぶ時間があったのかは聞いていなかった。
「セリナの欄は?」
「未確認じゃ」
「前に話してたことから書けない?」
「旅の途中だったことは確かでも、今聞いておることへの答えにはならぬ」
千代はセリナの名前の横へ記した。
本人不在。確認できず。
「戻ってきたら聞く?」
「話したくないと言わなければな」
空欄を推測で埋める理由にはならなかった。
◇
最後はナーヴァだった。
「我に聞く必要があるのか?」
「一番はっきりしてそうだから」
「戦場におった。敵を焼いていた。次にはここにいた」
「召喚される前に、説明はあった?」
「ない」
今までで一番強い断言だった。
「絶対?」
「……我が気づかなかった可能性まで問うておるのか」
「うん」
「戦闘中ではあった。だが、我へ語りかける声があれば分かる」
「じゃあ、声はなかった?」
「少なくとも、我が聞き取ったものはない」
「選択肢は?」
「見ておらぬ」
「来ることを選んだ覚えは?」
「あると思うか?」
「ないよな」
「我の戦いを中断し、勝手に呼び寄せておいて、今さら何を確認しておる」
「本当にそのとおりなんだけど」
ナーヴァは不機嫌そうに腕を組んだ。
「ここへ来た直後、そなたらを敵と判断した。我が自ら来ると選んでおれば、先に状況を確かめておる」
「それは説得力あるな」
「いきなり焼かれかけた側としても、納得したくないけど納得できる」
リゼも否定しなかった。
「でも、今ここにいるのは?」
「我が決めた」
ナーヴァは迷わず答えた。
「呼ばれたことと、残っておることを一緒にするな」
「うん」
召喚された時には、選べなかったかもしれない。それでも、その後に何を選んだかまでシステムが決めたわけではない。
◇
千代は、聞き取った内容を召喚前の状況と、説明・選択の記憶に分けた。状況はそれぞれ違うが、確認できた者には、こちらへ来ると選んだ記憶がない。セリナの欄だけは未確認のままだった。
「全員、選んだ覚えはないんだな」
「確認できた者の中ではな」
「それって、選べなかったってこと?」
「違う。選んだ記憶を確認できぬ、ということじゃ。選ぶ機会が絶対になかったことまでは証明できぬ」
「でも、あったとも言えない」
「そうじゃ」
俺の画面には、召喚を実行するかどうかが表示される。俺は押す前に考えられる。押さないこともできる。
でも、呼ばれる側が同じように選べるのかは、誰の記憶からも確認できなかった。
「俺が押したら来る。でも、向こうは押される前に選べないのか?」
システムへ尋ねても、何も表示されなかった。
◇
「それで、召喚をやめるのか?」
リゼが聞いた。
「まだ決めない」
「悪いことだと思った?」
ヴィオラの問いにも、すぐには答えられなかった。
リゼは仲間を逃がすために残った戦場から連れてこられた。レイナは自分の将来を決められる席から来た。千代は落ちた城を見届けていた。ナーヴァは戦いの途中だった。
召喚されなければ、今より良い結末になったのか。もっと悪いことになったのか。俺には分からない。
「悪だとは決められない。でも、軽く押していいものとも思えなくなった」
「今までも軽くは押してなかっただろ」
「ガチャだと思ってた部分は、あった」
「今も思っておるであろう」
千代に言われ、召喚画面を見る。
『所持《淫獄石》:10,001』
『必要《淫獄石》:10,000』
何が出るのかは、今も知りたい。次はどんな人物なのか。その結果を見る瞬間を想像すると、押したい気持ちは消えていない。
「俺にとっては一回のガチャでも、呼ばれる側には一回しかない人生なんだよな」
「そうですわね」
レイナは静かに答えた。
「ですが、呼ばれた後の人生まで夜斗様のものになったわけではありませんわ」
「分かってる」
「でしたら、次に呼ばれた方にも、それをお伝えくださいませ」
召喚される前に選べないのなら、少なくとも召喚された後には、できるだけ多くの選択を返す。
ここへ残るか。外へ出るか。話すか。話さないか。誰と関わり、何をして生きるか。
それで召喚したことが正しくなるわけではない。でも、分からないまま押すなら、呼んだ後の責任まで知らないふりはできない。
「今日は回す?」
ヴィオラが聞いた。
「今日は、回さない」
「また?」
「回したくないわけじゃない」
「それは顔を見れば分かる」
「だから困ってるんだよ」
画面を閉じる。けれど、数歩歩いたところでもう一度開いた。
「閉じたんじゃなかったの?」
「確認しただけ」
「何を?」
「まだ押せるか」
「それ、確認する必要ある?」
「ない」
ヴィオラが笑い、千代はため息をついた。
俺には、押すかどうかを選ぶ時間がある。
向こうにも同じ時間があるのかは、分からない。
何も知らされず、選ぶこともできないのかもしれない。
なのに、俺が押せば来る。
「……このスキル、やばスギル。」




