第104話 一個、あふれなかった
翌朝、目を覚まして最初に見たのは召喚画面だった。
『所持《淫獄石》:10,000』
『通常《住民召喚》を実行できます』
減っていない。
当然だ。寝ている間に回した覚えはない。
増えてもいない。
昨日と同じ数字が並んでいる。
「まだ回しておらぬな」
千代が起きてきた。
「確認しただけ」
「昨日も、何度も確認しておったが」
「押してないだろ」
「押さぬまま眺め続けることを、我慢と呼ぶかは難しいところじゃな」
昨日持ち越した受け入れ準備を、役割ごとに決めていく。
「縁が離れぬ時はどうする?」
千代が聞く。
「無理に引きはがさない。本人が嫌がってたら、俺たちも近づきすぎない」
「話したくないって言われたら?」
ヴィオラが口を挟む。
「必要なことだけ伝えて、待つ」
「外へ出たいと言った場合は?」
「危険は説明する。でも、閉じ込めない」
答えながら、必要な物を書き出していく。
「ねえ、その表示、もう一回見せて」
ヴィオラが俺の横から覗き込んだ。
「昨日から変わってないよ」
「だから見たいんじゃなくて、夜斗が回したそうな顔をしてるから」
「顔は表示されてないだろ」
「こっちを見れば分かる」
振り向くと、思っていたより顔が近かった。
長い茶色の髪が頬へ触れる。耳元で笑う声と、薄着の身体が肩へ触れそうな距離。俺が固まったのを見て、ヴィオラの目が楽しそうに細くなった。
「押したくなった?」
「別の意味で困ってる」
「何の意味?」
「分かって聞いてるだろ」
昨日も近い距離にはなった。似た刺激に少し慣れていたのか、大きく揺さぶられたわけではない。
それでも、欲望は確かに反応した。
『《淫獄石》を1個獲得しました』
『所持《淫獄石》:10,001』
「……一個?」
「少ないね」
「そこじゃない」
表示を閉じ、もう一度開く。
『所持《淫獄石》:10,001』
「残ってる」
「何が?」
「一万を超えた分」
ヴィオラも表示を見直した。
「上限、一万じゃなかったの?」
「そのはずだった」
◇
千代が過去の記録を開いた。
「前は、上限へ達したと分かる表示が出ておった」
「うん」
「上限中に増えた石が、保持されなかったこともある」
俺にも覚えがある。
前回、所持数が10,000個へ届いた時には、はっきり表示された。
『《淫獄石》は現在の上限に達しています』
今回は違う。
昨日10,000個へ届いた時に出たのは、通常《住民召喚》を実行できるという表示だけだった。
そして今日、増えた一個は失われずに残っている。
「じゃあ、いつ上限が変わったんだ?」
「変化したのが今回とは限らぬ」
「もっと前から?」
「可能性はある。わしらが一万を超えるまで確かめられなかっただけかもしれぬ」
「今の上限は?」
「一万ではない。それ以上は分からぬ」
俺は表示へ尋ねた。
「《淫獄石》の所持上限は?」
『所持《淫獄石》:10,001』
「それは今持ってる数。上限」
新しい答えは出ない。
「次の通常召喚に必要な石は?」
『必要《淫獄石》:10,000』
「次の次は?」
答えはなかった。
「どうして一万を超えて持てるようになった?」
これにも答えはない。
「聞き方を変えたら?」
ヴィオラが言う。
「俺が、一万より高くなるのは嫌だと思ったから?」
何も表示されなかった。
「肯定も否定もせぬか」
「能力は、俺の欲望に関係してるんだよな」
「既にある欲望が、能力の向かう先へ影響する。その可能性はある。されど、今の情報だけでは証明できぬ」
通常召喚に必要な数が10,000個で止まり、持てる量だけが増えた。
もし俺が、高くなり続ける召喚価格を嫌ったからだとしたら。
《淫獄の王》は、俺が望んだ形へ少し変わったことになる。
でも、変わったとは教えなかった。
「嘘は出してないんだよな」
「今のところ、表示された数と実際の結果に食い違いは見つかっておらぬ」
「でも、必要なことを全部言ってない」
「それも、どこまでを必要とみなすか次第じゃ」
召喚価格。所持上限。解放条件。《淫獄》の機能。
今までも、できるようになった後で初めて知ったことがある。聞いても答えず、実際に起きるまで分からなかったこともある。
表示されたことだけを、その仕組みの全部だと思っていた。
「今さらだけど、これ、かなり説明が足りなくない?」
「今さらじゃな」
「そこは否定してほしかった」
◇
話を聞いたリゼは、召喚画面より先に俺を見た。
「それで、私たちのことまで疑うのか?」
「疑わない」
答えはすぐに出た。
「システムの説明は疑う。でも、皆が自分で選んだことまで疑うつもりはない」
ファステがここで暮らすことを選んだ。
レイナが自分で身につける物を作った。
セリナが外へ出た。
ナーヴァが皆へ肉を残した。
それは表示で教えられたことではない。
俺たちが実際に見て、聞いて、話してきたことだ。
「当然だ」
ナーヴァが腕を組む。
「我の意思を、あの表示ごときに決められてたまるか」
「うん」
「そなたの欲望に反応して石を出すことだけは、少々不愉快だがな」
「俺も好きで表示してるわけじゃない」
「欲望はそなたのものであろう」
「そこを言われると弱い」
ヴィオラが笑った。
◇
「では、今日の召喚はどうする?」
千代に聞かれ、俺は二つの数字を見た。
『所持《淫獄石》:10,001』
『必要《淫獄石》:10,000』
回せる。
一回回しても、一個残る。
何が出るかも見たい。
でも、昨日まで考えていた理由の一つは消えた。
一万で上限なら、それ以上に増えた石を無駄にする前に回さなければならない。そう思っていた。
貯められるなら、石があふれるからという理由で今すぐ回す必要はない。
新しい住民が必要になった時。
迎えられる余裕がある時。
どうしても回したくなった時。
その時に、改めて決めればいい。
……回したくなった時、という条件を入れた時点で、少し負けている気もするけど。
「今日は、まだ回さない」
「昨日より一個増えたのに?」
「一個増えたからだよ」
次の一個も残る保証はない。
上限そのものがなくなったと分かったわけでもない。
それでも、少なくとも今は、10,001個を持っていられる。
「千代。これからは、出た表示だけじゃなくて、出なかった表示も記録できる?」
「以前なら出たはずのもの、という意味か」
「うん」
「出なかったものまで?」
ヴィオラが首を傾げる。
「今回、役に立ったであろう」
千代は昨日の記録へ、一行を書き加えた。
所持数10,000個。
通常召喚可能。
上限到達の通知なし。
今日の記録にも、新しい数字が残る。
『所持《淫獄石》:10,001』
『必要《淫獄石》:10,000』
一個あふれたのではない。
一個、残った。
システムが今まで見せていたものは、嘘ではないのかもしれない。
ただ、全部でもなかった。




