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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第九章 「このスキル、やばスギル」

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第103話 今日は回さない

「今日は、大きな予定を入れぬ」


 朝の食事が終わったところで、千代が言った。


「休み?」


「大きな予定を入れぬ日じゃ」


「それ、休みとは違うの?」


「必要な仕事まで消えるわけではない」


 水を使えば補充がいる。食べれば片づけもある。縁の食事や体調も見なければならない。引き渡しまで隔離している物の状態も、完全に放っておくわけにはいかない。


「要するに、千代は休みって言い切ると落ち着かないんだよ」


 ヴィオラが言う。


「そういう問題ではない」


 外出も地下狩猟もなく、水と食料にも今日中の不足はない。


「ならば、我は寝る」


 ナーヴァが立ち上がった。


「一番休みを理解してるな」


「食事も狩りもない日に、起きている理由があるか?」


「皆と話すとか」


「今、話した」


 ナーヴァは壁際へ向かった。本当に寝るらしい。


          ◇


 大きな予定がなくても、ファステはいつもどおり動いていた。


「ファステ。今日中に全部必要?」


「今日済ませておけば、明日の仕事が減ります」


「明日やっても困らない?」


「困りはしませんが」


「時間があることと、全てを仕事へ使うことは別じゃ」


 千代に言われ、ファステは最低限の片づけだけを終えた。


「お茶を淹れてもよろしいでしょうか」


「それも仕事にならない?」


「私が飲みたいので」


 ファステはエプロンを外し、亜麻色の髪を普段より緩く結び直した。柔らかな後れ毛が肩の近くへ残る。


 茶を二つのカップへ注ぐと、俺の向かいではなく隣へ座った。


「隣なんだ」


「いけませんか?」


「いけなくない」


「皆のために淹れた残りではありません。私が飲む分と、ご一緒に飲みたい分です」


 ファステが先に茶へ口をつける。


「どう?」


「好きです」


 茶のことだと分かっている。それでも、エプロンのない服、緩い髪、自分の休息へ俺を招いた距離が、欲望へ触れた。


『《淫獄石》を500個獲得しました』


『所持《淫獄石》:6,820』


「増えましたか?」


「増えた」


「お茶を飲んでいただけですが」


「お茶だけじゃないから」


「では、何が?」


「説明しなくていい?」


「はい」


          ◇


 リゼは剣を磨いていた。


「休みじゃなかった?」


「使わない日に手入れするんだ。私にとっては休みだ」


 手入れが終わると、剣と防具を壁際へまとめた。いつものように、立てばすぐ剣を取れる位置ではない。


 髪を結んでいた紐も緩め、暗い赤茶色の髪が肩へ落ちる。室内用のシャツには、防具に隠れている肩や腰の線が出ていた。


「今日は、そこへ置くんだ」


「入口へ行かないんだろ」


「落ち着かないなら戻す?」


「いや。落ち着かないからって、毎日すぐ抜ける場所へ置く必要もない。今日はこれでいい」


 警戒を捨てたわけではない。それでも自分で剣から距離を取った。戦いの最中には見せない、力の抜けた姿と無防備さが欲望へ刺さった。


『《淫獄石》を520個獲得しました』


『所持《淫獄石》:7,340』


「今、増えたな」


「分かる?」


「お前の顔を見れば」


 リゼは髪を結び直そうとした。


「そのままでいいと思う」


「……そうか」


 髪は肩へ下ろしたままになった。


          ◇


「今日は、私の物を作りますわ」


 レイナは淡い色の布を選んでいた。


「室内で髪を軽くまとめる物が欲しくなりましたの」


 高価な布ではない。髪へ触れても痛まず、結びやすいことを優先している。


 完成すると、レイナは淡い金色の髪を両手で持ち上げた。


「夜斗様。後ろから見て、曲がっていません?」


 長い髪の下から白い首筋が見える。


「少しだけ右」


「こちらですの?」


「もう少し」


「布の端を持っていただけます?」


 近づいて布を受け取ると、指が重なり、柔らかな髪が手の甲へ触れた。


「今度はいかがです?」


「真っすぐ」


「では、これにしますわ」


 俺には確認だけを頼み、最後は自分で決めた。髪を上げる仕草と首筋、令嬢らしい気品と自分の生活用品を作る姿の差が欲望へ結びつく。


『《淫獄石》を580個獲得しました』


『所持《淫獄石》:7,920』


「どの部分でしょう」


「探さなくていいから」


「少し気になりますわ」


「俺はかなり恥ずかしい」


          ◇


「千代も休んでなくない?」


「新しい記録は増やしておらぬ。既にある物を並べ直しておるだけじゃ」


「それを仕事って言うんじゃない?」


 ヴィオラに言われ、千代はやがて筆を置いた。


 深い赤色の髪紐を外すと、長い黒髪が背中へ落ちた。装束の帯も少し緩め、壁際へ座る。


「何かしてないと落ち着かない?」


「城を預かる者が、何も考えぬ時間を作る方が難しい」


「今は城じゃなくて、家の中だけど」


「それでも守る物があることは変わらぬ」


 千代は皆を見回し、髪を耳へ掛けた。


「されど、守る者が休めぬ場所を、帰る場所とは呼びにくいか」


「じゃあ休む?」


「今日はな」


 女城主の威厳を失わないまま、髪と装束を緩めて休む成人女性の姿。その落差が俺の欲望を刺激した。


『《淫獄石》を560個獲得しました』


『所持《淫獄石》:8,480』


「またか」


「ごめん」


「謝られても困る」


「俺も困ってる」


          ◇


 ヴィオラは帽子を外し、長い茶色の髪を緩くまとめてコインを転がしていた。


「一人で賭けてる?」


「相手がいないのに、誰から取るの」


 ヴィオラがコインを投げる。


「表なら、夜斗が私に付き合う」


「裏なら?」


「私が夜斗に付き合う」


「何が違うの?」


「決める側」


 俺が投げ返すと、床へ落ちる前にヴィオラが掴んだ。


「どっち?」


「今日は勝ち負けを決めなくていいか」


 ヴィオラは俺の隣へ座り、肩を触れさせた。少し日焼けした身体が軽く寄りかかる。


「嫌なら離れるけど」


「嫌じゃない」


「正直だね」


 帽子を外した髪、身体に合った服、近い視線。何でも勝負にするようなヴィオラが勝敗のない時間を選び、俺へ身体を預けている。その全てが欲望へ刺さった。


『《淫獄石》を620個獲得しました』


『所持《淫獄石》:9,100』


「増えた?」


「増えた」


「勝った?」


「勝負にしてない」


「残念」


          ◇


 一番まともに休んでいたのはナーヴァだった。


 人の姿のまま壁際で横になり、長い髪を床へ広げている。縁は少し離れた場所から様子を見ていた。


「起こした?」


「起きただけだ」


「場所、変える?」


「必要ない」


 ナーヴァは再び目を閉じ、俺のいる側へ身体の向きを変えた。縁も距離を縮め、足元で丸くなる。ナーヴァは追い払わない。


「布、掛ける?」


 返事がない。近くの布を掛けようとすると、手首を掴まれた。


「ごめん!」


「そこではない。もう少し上へ置け」


「掛けていいの?」


「置けと言っておる」


 言われた位置へ布を掛けると、ナーヴァは俺の手首を放した。


 軍勢を焼き尽くせる竜が、人の姿をした成人女性として無防備に眠っている。近くの縁も、俺が布を掛けることも受け入れていた。


 掴まれた手首には指の感触が残り、布の下には力の抜けた女性の身体がある。強さと無防備さの大きな落差が、深く欲望へ刺さった。


『《淫獄石》を900個獲得しました』


『所持《淫獄石》:10,000』


『通常《住民召喚》を実行できます』


「……回せる」


「何をだ」


 眠ったと思ったナーヴァが聞く。


「新しい住民召喚」


「今?」


 ファステたちも集まってきた。


 回したい。何が出るか分からない通常召喚。それでも今すぐ見たい。


『通常《住民召喚》』


『必要《淫獄石》:10,000』


 実行できる。


「夜斗」


 リゼが呼ぶ。


「分かってる」


「まだ何も言ってない」


「でも、すぐ引くなって顔してる」


 迎える準備も、役割分担もできていない。


「引きたい」


「顔を見れば分かる」


「すごく引きたい」


「ならば引けばよかろう」


「引いた後に困るのは、出てきた人だから」


 召喚は引いて終わりではない。来た人物にとっては、その瞬間から生活が変わる。


「今日は回さない。明日、準備してから決める」


「決めたのに、まだ表示を見てるね」


「見るだけなら減らないから」


「押したくならない?」


「なる」


「閉じた方がいいんじゃない?」


「もう少しだけ」


          ◇


「今後、石が増えそうなことは避けるか?」


 千代が聞いた。


「以前は所持上限を超えた分を保持できなかった。今回も一万が上限なら、召喚までに発生した石は失われる可能性がある」


「それはもったいない」


「なら、今日は皆を見ない?」


 ヴィオラが言う。


「それは無理だろ」


「私たちに服を変えるよう頼む?」


「もっとしない」


「今日は普通に過ごす。石が出そうなことを避けるために、皆の生活を変えたりはしない」


「では、明日の準備を早く決めることじゃな」


「うん」


          ◇


 皆は、それぞれが選んだ休み方へ戻った。


 ファステはエプロンを外したまま茶を飲む。リゼは剣から少し離れ、髪を肩へ下ろしている。レイナは自分で作った髪飾りへ触れ、千代も髪を結び直さない。ヴィオラは勝敗を見なかったコインを転がす。ナーヴァは布を掛けたまま眠り、縁も近くで丸くなっていた。


 俺だけが、召喚画面を何度も開いては閉じた。


 回せる。


 でも、今日は回さない。


『所持《淫獄石》:10,000』


『必要《淫獄石》:10,000』


 同じ数字が二つ並んでいる。


 だから俺は、今回もそこが上限なのだと思っていた。

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