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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第九章 「このスキル、やばスギル」

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第102話 前にもいた



「美咲、こっちへ寄せる!」


「もう少し右!」


「そっちから見た右だろ! 俺からだと左!」


「じゃあ私から見た右!」


「最初からそう言え!」


「二人とも、戦ってる途中だから!」


 小川ひなたの声で、神崎蓮は目の前の魔物へ意識を戻した。


 大型犬より少し大きな灰色の身体が、頭の短い角を下げて迫ってくる。


 以前なら正面から受け止めていた。力で押し返して動きを止め、美咲に撃たせる。そのつもりで、何度も前へ出すぎた。


「神崎君、左足!」


「傷はない!」


「さっきからかばってる! もう一度受けないで!」


 蓮は剣を構えたまま横へ跳んだ。角が服のすぐ横を通り過ぎる。


「今度こそ、美咲から見て右!」


「分かってる!」


 魔物の横腹を剣の平で打つ。倒すためではない。進む方向を変えるための一撃だ。


 魔物が地面を削りながら向きを変える。蓮は追わず、射線から外れた。


「今!」


 美咲が片手を前へ向ける。光が集まり、すぐに大きく膨らんだ。


「高峰、抑えろ!」


 離れた位置から監督者の声が飛ぶ。


「今やってます!」


「まだ大きい!」


「これでも小さくしてます!」


「標的の後ろまで壊すな!」


 美咲が歯を食いしばる。集まった光が少しずつ縮んだ。


「撃っていい!」


「言われなくても!」


 放たれた光が魔物の胴へ命中した。鈍い音が響き、魔物は横倒しになる。


 後ろの地面には小さな焦げ跡しか残らなかった。以前のような穴もなく、木も倒れていない。


「……倒した?」


 美咲が聞く。


「たぶん」


「たぶんって何」


「動いてない。でも、確認するまでは分からない」


「急に慎重になった」


「前に確認せず近づいて怒られたからな」


「二人とも、そのまま待って」


 監督者が先に近づき、長い棒で魔物へ触れた。首元と呼吸を確かめ、ようやく頷く。


「終わりだ」


「三人で?」


 ひなたが聞いた。


「三人で倒した!」


 蓮が答えると、美咲が笑って手を上げた。蓮も手を上げる。


 手のひらが触れる直前、腕へ鋭い痛みが走った。


「痛っ」


「何それ」


「ちょっと腕が」


「格好悪い」


「成功した後に叩かれるとは思わなかったんだよ」


「まだ叩いてない。触っただけ」


「神崎君、腕も見せて」


「大したことない」


「足も何ともないって言ってたよね?」


「足は本当に傷がない」


「痛くないとは言ってないね」


 蓮は逃げ道を探した。美咲は楽しそうに見ている。監督者にも助ける気はなさそうだった。


「……少しだけ痛い」


「最初からそう言って」


          ◇


「今回は後ろの地面を壊してません」


 美咲が焦げ跡を指さした。


「見れば分かる」


「木も倒してません」


「それも見れば分かる」


「味方も巻き込んでません」


「巻き込んだら訓練を中止している」


「そこ、少しくらい褒めてもよくないですか?」


 監督者が顔を上げた。


「できて当然になるまで続けろ」


「褒める気ないですよね」


「前より良かった」


 美咲の表情がすぐに明るくなる。


「ですよね」


「単純だな」


「神崎も褒められたそうな顔してるけど」


「してない」


「神崎。一人で倒そうとしなかったのはよい」


「はい」


「顔が嬉しそう」


「黙ってろ」


「小川も左足への注意が早かった」


「ありがとうございます」


「ほら、小川だって嬉しそうだろ」


「私は普通に嬉しいよ」


 蓮は自分の状態へ意識を向けた。見慣れた表示が開く。スキルの名前も段階も変わっていない。


「上がってない」


「神崎も見てるじゃん」


 美咲も表示を開いていた。


「これだけうまくいったのに、何で変わらないの?」


「一回成功するたびに上がったら、すぐ五になるだろ」


「でも成功したんだよ?」


「表示が変わるために戦ったわけではなかろう」


 監督者が呆れたように言った。


「できなかったことが、できるようになった。それでは不足か」


「不足じゃないですけど、何か出た方が分かりやすいのに」


 ひなたも表示を確かめる。


「私も変わってない」


「小川も見るんだな」


「二人だけ増えてたら気になるし」


「三人とも同じです」


 美咲が満足そうに言う。


「全員、何も上がってないけどな」


「そこまで言わなくていいでしょ」


 数字は同じだった。それでも、以前にはできなかった連携を成功させた。何も変わっていないわけではない。


          ◇


「もう歩きたくない」


 帰り道へ入ってすぐ、美咲が言った。


「さっきまで走ってただろ」


「訓練は終わったから、もう動く理由がない」


「戻らないとご飯も食べられないよ」


 ひなたの言葉に、美咲は背筋を伸ばした。


「歩く」


「切り替え早いな」


「今日のご飯、何だろう。甘い物も食べたい」


「この前も言ってたな」


「言ったら出てくるかもしれないでしょ」


「誰が出すんだよ」


「誰か」


「雑すぎる」


「でも、私も少し食べたいかも」


 ひなたまで加わった。


「元の世界なら、帰りに買えたのにね」


 三人の間が少しだけ静かになる。


「……次に街へ出られたら、似たものを探そう」


 蓮が言った。


「神崎がおごって」


「何でだよ」


「無敵の剣士だから」


「関係ないだろ」


 静かになった空気は、すぐに戻った。


          ◇


「楽しそうなところ悪いけど、また見られてたぞ」


 三浦悠斗が道の先で待っていた。隣には水野葵もいる。


「今、褒められた余韻に浸ってたのに」


「知らないよ」


「誰に見られてた?」


「いつもの関係者と、記録を取ってた人間が三人。たぶん能力調査」


「たぶん、なんだ」


 水野が聞く。


「断定すると、お前たちが怒るだろ」


「少しは学んだね」


「何で俺まで褒められる側なんだよ」


「服装は?」


 蓮が尋ねた。


「街の役人みたいだった。ただ、役人かは分からない」


「顔、描ける?」


 美咲が聞く。


「無理」


「観察役なのに?」


「観察役は似顔絵師じゃない」


 水野が二人を止めた。


「誰が見ていたか分かっただけでもいいでしょう。あとで特徴を共有しよう」


「強くなったか確かめてるだけじゃないのか?」


 蓮の問いに、三浦は肩をすくめる。


「それだけならいいけどな」


 以前なら疑いすぎだと返したかもしれない。今は、記録されている事実まで無視する理由はなかった。


「あとで教えてくれ」


「分かる範囲でな」


「助けてもらってることと、全部を信用することは別。でも、疑ってるから敵だと決めるのも別」


 水野が言う。


「今は、見られていたことだけ覚えておこう」


          ◇


 街へ戻る前の休憩場所で、蓮たちは自分たちの噂を聞いた。


「剣を持った若い男が、魔物を一人で倒したらしい」


「女の魔法使いは森ごと焼けるんだと」


「治療役もいる。死にかけても、すぐ元どおりだそうだ」


 五人が黙る。


「森ごと焼けるって」


 美咲が嬉しそうに言った。


「しないでね」


「しないよ。たぶん」


「焼かない方の絶対を言って」


 三浦が蓮を見る。


「一人で倒したんだってな。無敵の剣士」


「今日も三人で倒した」


「噂では一人らしいぞ」


「最後まで見てくれよ」


「私は何でも治せるわけじゃないよ」


 ひなたが困ったように言う。


「三人で倒したって訂正する?」


 美咲が噂をする者たちを見る。


「自分で?」


「……やめようか」


「恥ずかしいね」


 実際に苦労した連携より、派手な個人能力の方が噂には残りやすいらしい。五人は何も言わず、その場を離れた。


          ◇


 戻った後、五人は以前にも話を聞かれた部屋へ通された。


「また能力の話かな」


 美咲が小さく言う。


「聞こえるぞ」


「聞こえるように言ったから」


「今日は能力の強さを確認するためではありません」


 担当者が先に答えた。


 聞かれたのは、元の世界の文字、国や土地、日用品、転移直前の状況、言葉が通じたこと、自分でスキル表示を確認できることだった。


「前にも答えましたよね?」


 美咲が眉を寄せる。


「以前の回答を疑っているわけではありません」


「では、何と比べるんです?」


 三浦が尋ねた。


「古い記録です」


 部屋の空気が変わった。


「あなた方のように、別の世界から来たと話す者は、過去にも存在したとされています」


「私たち以外にも?」


「今もいるんですか?」


「その人たちはどうなったんですか?」


「帰れたんですか?」


 声が重なった。担当者がわずかに身を引く。


「順番にお願いします」


「無理ですよ。今の話をされて落ち着けるわけないです」


 水野の言葉に、担当者は頷いた。


「記録は非常に古く、数も多くありません。事実と、後から作られた伝承が混ざっている可能性もあります」


「帰れた人は?」


 ひなたが改めて聞いた。


「私が確認できる範囲では、元の世界へ帰還したと確実に証明できる記録はありません」


 美咲の肩が下がる。


「じゃあ、帰れないってこと?」


「そこまでは分かりません。記録が途切れた者が、帰還したのか、別の土地へ移ったのか、そこで生涯を終えたのか。それを判断できる資料がないのです」


「結局、分からないんですね」


「はい」


 過去にもいたと聞いた瞬間、帰る方法も残っているのではないかと思った。だが、そんな都合のよい答えはなかった。


「その人たちは、この世界で何をしたんですか?」


 水野が尋ねる。


「見慣れない道具の考え方や作業方法、独特の言葉や習慣を残したとされる記録があります。ただし、本当に異世界由来だったのか、後世に話が加わったのかは分かりません」


「そんな記録があるなら、なぜ最初に教えてくれなかったんですか」


 蓮の声が少し強くなる。


「あなた方の証言と照合できるか確認していました。また、確かめられていない話を帰還できるという希望として渡すべきか、判断できなかったためです」


「俺たちを調べる材料が増えたから、今になって話した面もありますよね」


 三浦が言う。


「その面もあります」


「そこ、否定しないんだ」


「嘘をつかれるよりはいいよ」


 水野が言う。


「正直なら何でもいいわけでもないけどな」


「三浦、今日ずっと面倒だな」


「お前が単純なんだよ」


「今の話を、途中の街にいる皆にも伝えられますか?」


 ひなたが尋ねた。


「一緒に来たほかの学生と、先生たちです」


 現在この街にいるのは五人だけだった。ほかの学生や教員は、移動途中の街で働く場所や学べる場所、保護先を見つけて暮らしている。


「連絡が可能か確認します」


「お願いします」


「先生、また難しい顔で聞きそう」


 美咲が小声で言う。


「誰のことだよ」


「何人かいるでしょ」


 蓮は担当者へ向き直った。


「もう一人、確認したい人がいます。俺たちと一緒に来て、行方が分からなくなったやつです」


「黒瀬夜斗という方ですね」


 名前を覚えていた。それだけで、蓮は少し息を吐いた。


「古い記録から、黒瀬がどこへ転移したか分かりませんか」


「分かりません。転移地点を予測できるほど、記録は揃っていません」


 また、分からない。


 今日分かったことは増えた。それ以上に、分からないことも増えた気がした。


          ◇


「帰る方法、あると思ったのに」


 部屋を出た後、美咲は食事の並んだ机へ突っ伏した。


「俺もかなり思った」


「正直だね」


「私も少し期待した」


 ひなたも認める。


「期待しすぎだ」


 三浦が椅子へ座った。


「三浦は思わなかったの?」


「……少しは思った」


「全員同じじゃん」


 水野が笑う。


「途中の街にいる皆は、どう思うかな」


「帰りたい人もいると思う」


「今の生活を続けたい人もいるかも」


「先生だからって、全員を連れて帰りたいとは限らないよね」


 本人たちへ聞かなければ分からない。帰る方法自体、まだ見つかっていない。


「過去にもいたなら、黒瀬も生きている可能性はある」


 蓮が言った。


「過去例があることと、黒瀬が無事なことは別でしょ」


「分かってる」


 美咲が少し驚いた顔をする。


「言い返さないんだ」


「俺だって学ぶ」


「無事だって決められない。でも、もう駄目だって決めなくてもいい理由は一つ増えたと思う」


 ひなたが静かに言った。


「見つけた時に、帰るよう押しつけないことも忘れるなよ」


 三浦が続ける。


「まず生きてるか確かめる。その後は黒瀬に聞く」


「神崎が担いで連れ帰らないようにね」


「しない」


「本当に?」


「何で全員、俺を信用しないんだよ」


 蓮以外の四人が、ほぼ同時に頷いた。


          ◇


「明日、休みにならないかな」


 美咲が再び机へ突っ伏す。


「さっきまで強くならないとって話してただろ」


「強くなりたいのと、明日休みたいのは両立する」


「神崎君は腕を見てからね」


「もう痛くない」


 ひなたが腕へ触れようとすると、蓮は反射的に引いた。


「今、避けたよね」


「反射だ」


「明日の朝、もう一度確認するから」


「訓練は?」


「状態を見てから決める」


「少し学んだね」


「休むとは言ってない」


「だから、見てから決めるの」


「高峰は休みでも寝過ごしそうだな」


 三浦が言った。


「起きられる」


「絶対?」


「……起こして」


「誰が?」


「起きてる人」


「雑だな」


 五人の話は、いつの間にか明日の朝食へ移っていた。


          ◇


 夜。


 蓮は寝台の上で、自分のスキル表示を開いた。


 Lv.は変わっていない。新しいスキルも増えていない。


 それでも今日は、三人で魔物を倒した。一人で前へ出る以外の方法を選べた。


 そして、自分たちより前にも異世界から来た者がいたと知った。


 帰る方法は分からない。黒瀬の居場所も分からない。


 それでも、自分たちだけが世界から外れた存在ではなかった。


 蓮は表示を閉じる前に、もう一度だけ何も増えていない一覧を見た。


 明日の朝、腕が動けば訓練する。


 動かなければ、ひなたに怒られる前に休む。


 過去の転移者がどうしたのかは分からない。


 まずは自分たちが、明日をどうするかだった。

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