↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第九章 「このスキル、やばスギル」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
100/189

第100話 帰りたい時に

 外出用品を置いた棚には、二本の線を刻んだ小石がある。


 俺たちが共用で使ってきた《帰還石》だ。


 外へ出る者が持ち、戻る時に二つある接続地点のどちらかへ近づく。


 すると俺へ反応が届く。


 ただし、誰が持っているかは、先に確認しておかなければならない。


「今、これを持ってるのは誰だっけ」


 棚の小石を指すと、リゼが答えた。


「誰も持ってない。昨日、私が戻した」


「記録にもあるぞ」


 千代が、外出用品の貸し出しを記した紙を見せる。


「じゃあ、今は棚にあるので合ってるんだ」


「見れば分かるだろ」


「同じような石と入れ替わってないかもしれない」


「二本の線を刻んだのは、それを見分けるためじゃろう」


「分かってる。でも、誰かが持ってると思ってたのに棚にあったら怖いだろ」


 持っているだけでは安全にならない。


 落とせば反応しない。


 接続地点の近くまで、自分の足で戻る必要もある。


 それでも、戻ってきたことを俺へ知らせる方法ではある。


「それなら、最初から一人ずつ持てばよいのではありませんか?」


 レイナが言った。


「俺も、そう思ってた」


 作れる数が一つだけとは言われていない。


 実際、ナーヴァは専用の《帰還石》を持っている。


「ナーヴァだけ専用なんだよな」


「我が選んだ」


 ナーヴァが、腰に付けた赤黒い小石を見せる。


「うん。だから、ほかの皆も自分で選んだ方がいい気がする」


「同じ石を一つずつ配るのではないのか?」


「石じゃなくても登録できる。普段から持っていたい物を、自分で選んでほしい」


 同じ形なら、また見分ける必要が出る。


 それぞれが自分で選んだ物なら、誰のものかも分かりやすい。


「専用品を持たねば、外へ出られぬのか?」


 千代が確かめる。


「持ちたくないなら、共用を使えばいい。専用品を作ることも強制しない」


「専用ができたら、共用はどうするの?」


 ヴィオラが棚から小石を持ち上げた。


「いらなくなるかと思ったけど」


「残せばよい」


 ナーヴァが即答した。


「なくした者へ貸せる」


「なくす前提?」


「なくさぬなら、使わずに済むだけだ」


「忘れた場合や、まだ専用品を選んでいない者にも使えます」


 ファステも賛成する。


 専用品ができたからといって、共用品を捨てる必要はない。


 予備として、今までどおり棚へ置いておけばいい。


「その前に、もう一度確認してもよろしいかしら」


 レイナが手を挙げた。


「これを持っていれば、必ず帰れるのですか?」


「必ずじゃない」


 《帰還石》と呼んでいるせいで、持っていれば帰れる道具に聞こえる。


 実際は、そこまで便利ではない。


「登録した住民が持って、登録してある接続地点の近くへ入る。そこで初めて、俺に反応が届く」


「私たちがいる正確な場所は?」


「分からない」


「怪我をしているかは?」


「分からない」


「誰かに追われているかも?」


「分からない」


 答えるたびに、帰還石という名前から離れていく。


「会話もできない。反応があっても自動で入口は開かない。俺が外の様子を確かめて、入口を開く必要がある」


「落とせば使えぬ」


 リゼが付け足した。


「そう。鍵というより、呼び鈴みたいなもの」


「帰りたい時に、夜斗を呼ぶ物?」


 ヴィオラが聞く。


「そう」


「夜斗が帰ってこいって鳴らす物じゃないんだ」


「俺からは鳴らせない。持ってるから帰ってこいって意味でもない」


 戻りたいと思った本人が、その時に俺へ知らせる物だ。


「では、誰の分から決めますの?」


 レイナが全員を見る。


 ファステ。


 リゼ。


 レイナ。


 千代。


 ヴィオラ。


 ナーヴァ。


 それから、今ここにはいない住民が一人いる。


「セリナの分は、どうする?」


「セリナとは誰だ」


 ナーヴァが顔を上げた。


「知らない?」


「聞いておらぬ」


 考えてみれば、ナーヴァが召喚された時には、セリナはもう外へ出ていた。


 二人は一度も会っていない。


「お前より前に召喚された住民。今は外を旅してる」


「住民なのに、ここにおらぬのか」


「外へ出る方を選んだから」


 ナーヴァの眉が、わずかに動いた。


「そなたは止めなかったのか」


「止めてない。セリナが選んだことだから」


「戻らぬかもしれぬのか」


「分からない。また来るとは約束してない」


 セリナが旅立った時には、《帰還目印》の機能をまだ知らなかった。


 俺がセリナへ伝えられたのは、戻りたくなった時に来る場所だけだ。


「その者は、目印を持っておらぬのか」


「持ってない」


「では、戻ったことをどう知らせる」


「今は知らせられない。俺たちが近くにいる時に来れば迎えられるけど、いつでも気づけるわけじゃない」


「不便だな」


「うん。戻ったら、欲しいか聞く」


 今ここにいないセリナの分は、空けておくことになった。


「我より先にここへ来て、それでも外を選んだ者か」


 ナーヴァが呟く。


「気になる?」


「どのような者か、知らぬだけだ」


「それを気になるって言うんじゃない?」


 ナーヴァは答えなかった。


 少ししてから、腰の赤黒い小石へ触れる。


「戻ったなら、話くらいは聞いてやる」


「上からだな」


「我より先にいたことと、我より上であることは別だ」


 会ったこともないのに、もう張り合うつもりらしい。


          ◇


「こちらにします」


 最初に小物を決めたのは、ファステだった。


 手のひらへ載る、小さな布の針入れ。


 自分で縫ったらしく、補修用の針と短い糸を安全に収められるようになっている。


「それでいい?」


「はい。外へ出ても、必要になると思いますから」


「料理中に汚れたりしない?」


「調理の時には外します。普段はエプロンの内側か、外出用の小袋へ入れておけます」


 ファステは、何度か針入れを開け閉めして確かめた。


「戻りたい時に、戻るための物なのですよね」


「うん。持ってるから、絶対戻らないといけないわけじゃない」


「分かっています」


 最初に会った頃のファステなら、違う受け取り方をしたかもしれない。


 ここに置いてもらうために必要な物。


 役に立ち続けると示すための印。


 今は、自分が外へ出る可能性を考え、自分が戻りたい時のために選んでいる。


 俺は、針入れを《帰還目印》として登録した。


『《帰還目印》を設定しました』


 ファステは返された針入れを両手で受け取った。


 細いが、長く働いてきたため少し荒れた指で表面を確かめる。


「ありがとうございます」


 穏やかに微笑み、エプロンを少し持ち上げて、その内側へ針入れを収めた。


 実用品を大切に扱う手。


 布の内側へ手を入れる自然な仕草。


 それから、俺にだけ向けられた柔らかな笑み。


 自分の居場所を失わないためではなく、自分の意思で戻るための物を持つようになった。


 その変化と、目の前にいる成人女性としての仕草が重なって、俺の欲望へ刺さった。


『《淫獄石》を700個獲得しました』


『所持《淫獄石》:4,520』


「もう増えたね」


 ヴィオラに見つかった。


「まだ一人目なんだけど」


「いい始まりじゃない?」


「この先が怖くなってきた」


          ◇


「新しい飾りはいらない」


 リゼが選んだのは、古い装備から外した小さな金属留めだった。


 交換した後も、修理に使えるかもしれないと保管していたらしい。


「見えない所に付けるの?」


「飾る物じゃない。落とさず使えればいい」


 登録を終えると、リゼはシャツの裾を少し上げた。


 現在使っている革ベルトの内側へ、金属留めを固定していく。


 何度も装備を直してきた手に迷いはない。


 俺が近くに立っていても、追い払わなかった。


 持ち上げた布の下に見える、引き締まった腰回り。


 実用だけを考えている仕草だからこそ、成人女性の身体の輪郭を意識してしまう。


『《淫獄石》を400個獲得しました』


『所持《淫獄石》:4,920』


「今、増えたか?」


「増えた」


「装備を付けただけだぞ」


「分かってる」


「分かってない顔だな」


 リゼはシャツの裾を下ろし、金属留めが邪魔にならないか確かめるため、その場で身体をひねった。


「それ以上動かなくていいから」


「確認しない方が危ないだろ」


 正しい。


 正しいが、今は困る。


          ◇


「私は、こちらにしますわ」


 レイナは、自分で選んだ柔らかな色の髪飾りを差し出した。


「大切にしてる物だよな」


「ええ。だからこそ、自分で持つ物にしたいですわ」


「落としたら反応しないよ」


「失くさないよう、自分で結びます」


 登録した髪飾りを受け取ると、レイナは俺へ背を向けた。


 淡い金色の髪を両手で持ち上げ、自分でまとめていく。


 以前は、髪も服も、周囲の者に整えられていたらしい。


 今は自分の手で、自分が動きやすい形を選んでいる。


「曲がっていません?」


 持ち上げられた髪の下から、白いうなじが見える。


 俺は少し近づき、髪飾りを確認した。


「曲がってない」


「髪飾りだけをご覧になりました?」


「見ました」


「何を、とは聞きませんわ」


 レイナが振り返る。


 自分のために選んだ髪飾りを、自分の手で身につけた姿。


 その背中を俺へ向け、近くから確認させる距離。


 見透かしたような菫色の瞳まで重なった。


『《淫獄石》を450個獲得しました』


『所持《淫獄石》:5,370』


「やっぱり見ていたのではありませんか」


「髪飾りを確認したんだよ」


「それだけで増えるのでしたら、そういうことにしておきますわ」


          ◇


「刀は選ばないんだ」


「失えば困る物へ、さらに役目を重ねる必要はない」


 千代が用意したのは、深い赤色の短い紐だった。


 普段使う髪紐とは別の物だ。


 指先で紐を折り、小さな結び飾りへ整えていく。


「護符?」


「護符ではない。帰る意思を伝える印じゃ」


 千代らしい答えだった。


 登録した結び飾りを受け取ると、千代は帯をわずかに緩めた。


 内側の小袋へ結びを固定し、落ちないことを確かめる。


 女城主としての凛とした姿は崩れない。


 その手が今は、戦の命令書ではなく、自分が帰るための小さな印を扱っている。


 帯へ添えられた指。


 装束を締め直す腰の動き。


 威厳と、生活の中にいる成人女性としての姿の差が、俺の欲望を刺激した。


『《淫獄石》を400個獲得しました』


『所持《淫獄石》:5,770』


「またか」


「すみません」


「謝られても困る」


「俺も困ってる」


「増えて困る物ではなかろう」


「そうなんだけど、理由が全部知られてるのが困る」


 千代は深く息をつき、帯の位置をもう一度確かめた。


          ◇


「私はこれ」


 ヴィオラが一枚のコインを持ち上げる。


「それ、いつも賭けに使ってるやつじゃない?」


「使ったら手元からなくなるでしょ」


「ヴィオラがコインを賭けないんだ」


「帰る場所まで賭けるほど、見境ないと思ってた?」


「少し」


「正直だね」


 ヴィオラは笑いながら、コインを指の間で転がした。


 使い込まれた縁が、細い指の間を滑っていく。


「本当に、それでいい?」


「だから選んだんでしょ」


 俺はコインを登録した。


『《帰還目印》を設定しました』


 手のひらに置いたコインを、ヴィオラはすぐには取らなかった。


 俺の手の上へ自分の指を重ね、コインごと押さえる。


「これは賭けない」


 近い。


 長い旅をしてきた、少し日焼けした指が俺へ触れている。


 琥珀色を帯びた瞳は、いつものように俺の反応を見逃さない。


 身体に合った旅装と、力の抜けた立ち姿。


 何でも賭けにするように見えて、自分が帰るための物は賭けないと決めた。


 触れた指と、至近距離の目と、ヴィオラ自身が選んだ距離。


 それらが一度に欲望へ刺さった。


『《淫獄石》を550個獲得しました』


『所持《淫獄石》:6,320』


「一番増えた?」


「数えないで」


「勝った?」


「勝負にしてない」


「残念」


 ヴィオラは俺の手からコインを取り、自分の小袋へ収めた。


 取り出しやすいが、ほかのコインとは混ざらない場所らしい。


「本当に賭けないんだ」


「確かめるために賭けてみる?」


「やめて」


「冗談だよ」


 たぶん。


          ◇


「ナーヴァは、今の石のままでいい?」


 最後に聞くと、ナーヴァは腰の赤黒い小石を見せた。


「我が選んだ物だ。変える理由がない」


「なくしたり、別の物にしたくなったら言って」


「なくさぬ」


「絶対?」


 リゼが聞いた。


 ナーヴァは言い返しかけて、止まる。


「……なくした時は言う」


「少し学んだな」


「そなたに褒められる筋合いはない」


 ナーヴァの石は、すでに専用品として登録されている。


 作り直す必要はない。


 共用《帰還石》は、元の棚へ戻した。


 誰かが借りる場合は、今までどおり千代の記録へ残す。


「専用の物を忘れた場合は、こちらをお借りします」


 ファステが言う。


「忘れ物をした上に、記録まで増えるんだ」


「忘れねばよい」


「千代は絶対に言うと思った」


「分かっておるなら忘れるな」


 専用品が増えても、忘れ物までなくなるわけではない。


 確認することも、記録することも残る。


 ただ、戻りたいと知らせる方法が、それぞれの手元へ渡った。


 レイナが自分で結んだ髪飾りへ触れ、ファステも針入れをエプロンの内側へ収めた。使い方は、もう全員に伝わっている。


「反応があっても、その時の外側が安全かは別に確かめる」


 リゼは腰の金属留めを服の上から押さえた。


「面倒だが、それでよい」


 ナーヴァも、自分の石へ手を置く。


「夜斗が寝ていたら?」


 ヴィオラが聞いた。


「起きると思う」


「絶対?」


「……起きられるように頑張る」


「そこは断言しないんだね」


「知らないことを断言するなって、最近ずっと言われてるから」


 ヴィオラが笑った。


 それぞれの目印は、棚には並ばなかった。


 ファステは針入れをエプロンの内側へ。


 リゼは金属留めを装備のベルトへ。


 レイナは髪飾りを自分の髪へ。


 千代は深紅の結びを帯の内側へ。


 ヴィオラは賭けないコインを小袋へ。


 ナーヴァは赤黒い小石を腰へ。


 一人ひとりが、自分で選んだ場所に持っている。


 でも、全員分ではない。


 ここにいないセリナの物は、まだない。


「セリナが戻ったら、欲しいか聞こう」


「戻ったなら、我にも知らせろ」


 ナーヴァが続けた。


「話を聞くんだっけ」


「どのような者か確かめるだけだ」


「仲良くしてよ」


「会ってもおらぬ相手との関係を、なぜ今決める」


「それもそうだ」


 セリナが戻るかも、戻った時にナーヴァとどんな話をするかも分からない。


 それでも、戻りたい時に知らせる方法だけは、それぞれの手元へ渡せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。