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第453章 都会の超進学校というものは

那加の留守に届いていたのは熱烈なラブレターだった。しかし差出人はわからなかった。

 俺は、少し焦って、首を眞知の方へ向けると、何度もうなずいた。

「う、うん。そうだね。とにかくこの人を見つけて、話を聞いてみなくちゃいけないね」

 和泉さんと母親を見る。

「手紙が来たのはいつですか?」

「最初のは、去年の4月か5月だったな。最後のはいつだっけ」

「秋のころだったような気がするわ」

「やっぱり、同じ中学の人である可能性が高いでしょうね。眞知は、心当たりって、なにか、ないの?」

「ないなあ。ストーカーみたいな人がいたらしい話は聞いたけど、相手は誰だかわからないし……」

「ストーカー?」

 和泉さんが少しびっくりして背筋を伸ばす。

「そんなことがあったのか。いつごろのことだ? どんなことがあったんだ?」

「話を聞いたのは2年生のころだった気がする。ずいぶん前……解決したかどうかは知らないけど、那加は、それほど、困ってはいなかった感じだった。いやになるとは言っていたけど……」

 母親もうなずく。

「私も、なんか学校で嫌なことがある、みたいなことは聞いてたけど、具体的には、何も知らない。お父さんがなくなったのも2年の時だから、ちょっと、それどころじゃなかったというのが正直なところだけど……でも、あらためて、そういう話を聞くと、ちょっと気になるわね。ずっと続いていたりしたのかしら。まさか、それが嫌で、家出したなんてことはないわよね」

 和泉さんは腕組みをする。

「可能性はゼロじゃないかもしれないね。絶対に追ってこられないように、行先を、家族にも秘密にしたのかもしれない」

「でも、相手は中学生でしょ? いくら何でも、家出しなくちゃならないほど、そこまで深刻ってこと、あるかしら」

 眞知が頬に人差し指を当てる。

「ストーカーの話を聞いたときは、那加のことだから、大丈夫って思って、深刻には考えないでいたけど……今になって思えば、もっといろいろ話を聞いておけばよかった。那加だって、できることとできないことがあるよね。私って、ほんとに能天気の考えなしだから」

「とにかく、今日の夕方には、眞知の友だちに、学校の話を聞くことになっているんです。その時に、そのストーカーのことも、それとこの手紙の主のことも、聞いてみようと思います。どこまでわかるかは、わかりませんが……」

「手回しがいいんだな。実は、私たちも、那加が姿を消した後、学校に行って先生に話を聞いたんだが、そんな話は出なかったな」

 母親もうなずいた。

「そう、那加と眞知のことはほめちぎってくれたけど、それもただのリップサービスで、何にも知らない感じだったわね」

「あの学校は、先生たちもビジネスライクよね」

 と眞知が俺を見る。

「やっぱり都会と田舎では違うよね。田舎だと、先生たちは生徒と一緒にがんばろうっていう雰囲気があって、私は好きだな」

 俺は首をかしげる。

「優秀な生徒ばかりの超進学校じゃ、生徒がしっかりしていて手がかからないから、授業だけの接触になるのかな。うちの学校だと、生徒が手がかかるから、接触も増えるよね」

 もちろん、いろんな先生もいるし、何とも言えないなと思いつつ、都会では田舎より人間関係が希薄なのかなと思ったりもする。

「授業でも、どうなのかな」

 と眞知は俺を見る。

「私たちは行ってなかったけど、ほんとに、みんな塾に行ってるよ。そもそも、先生をあてにしていない感じ……先生の方も、授業は、主体的な学びとか言って、先生が教えるとかいうよりも、自分で調べさせたり考えさせたりというのが多いし……」

「そう言えば、あそこは、生徒の主体性重視を売りにしてアピールしてるよな。結構、マスコミにも取り上げられて……ま、自分で売り込んででるんだろうけど」

 和泉さんはあごに手をかけた。眞知はちょっと肩をすくめた。

「いいかどうかは微妙だよ。そういう授業の時、いつも思っていた。優秀な人なら、こういうのも向いてるのかもしれないけど、私なんかだと、優秀なリーダーについていって、なるほどって感心するだけで終わっちゃう。ついてこられるのは、まだいい方で、お客さんで終わっちゃう人もいるし……私は、今の田舎の学校の授業のほうが好きだな」

「今、受けているのは、昔風の、教科書を見ながらの一斉授業なんだろ」

「そうだよ。先生は、とにかく落ちこぼれないようにって、わかりやすく教えてくれるから。わかる気がするのね。中学校の時は、研究発表なんか一応するんだけど、かっこよく解説しても、あんまり、わかった気がしなかったもの。とにかく、私みたいなぼーっとしてるひとには、今のほうがわかる気がする」

 和泉さんは腕組みをした。

「学校から届くパンフレットなんか見ると、自分で見つけてこそ、本当に知識になるって書いてあったがな」

「私にはわからないけど、みんなも割とそんな感じみたいだよ。とにかく、学力という意味では、授業には期待していないと思う。塾に行って学力を上げるのが当たり前って思ってるみたい。結局、入試は点数を取らなくちゃいけないし、って言ってた。那加みたいな優秀な人たちもいるから、結局、東大や医学部にたくさん入って、この学校の評判を高めてくれるけど、それが、この学校の教育のおかげか、それとも、この学校の教育にもかかわらず、かは微妙だよね、って言う人もいる」

「おやおや、そんなもんか」

「だって、大学入試は、結局、記憶力がものをいうペーパーテストよね。それを乗り切らなくちゃいけないんだもの」

「ま、それはそうだが……」

「私の友だちでとても面白い子がいるの」

 と、俺の方を振り向いて言う。

「今日、夕方、会う約束になっている子の一人なんだけど……とてもいい子なの。その子がね。この大学入試は、『この世の中で、唯一、公平な制度だ』って言うのよ」

「公平?」

「そう、その子が、お金持ちだとか、美人だとかに関係なく、点数さえ取れれば合格できるからなんだって」

「まあ、たしかに、それはそうだけど……でも、例えば、塾に行くにもお金が必要だから、テストでさえ金持ちが有利ということにはならない?」

「そうだけど、それは努力でカバーできるって……努力が報われることなんて、世の中にはめったにないから、そういう意味でも、すごいって」

「おもしろいことをいう子だね」

「その子の家は貧乏なんだって。無理して私立に来たんだって。だから、塾に行くお金なんかないんだって」

 和泉さんは首をかしげる。

「どうしてだい? その子の考え方なら、何も有名私立に行かなくたって、努力すれば、大学には合格できると思ってるんだろう?」

「それはね。努力だけではどうにもならないことがいっぱいあるからなんだって」

「どういう意味?」

「その子に言わせれば、この世はコネの世界なんだって。何かを成し遂げようと思えば、社会的な地位のある知り合いがどれだけいるかがとても大きいんだって。政治や芸能界なんかの人気商売は、特にそうらしいけど、公務員やビジネスの世界だって、コネがすごく大きな影響があるっていうのね。そうなんですか? 和泉さんは、社会人としてやっぱりそう思いますか?」

 そう聞かれて、和泉さんはちょっと慌てたように、妻をちらっと見るとうなずいた。

「あ、ああ、まさしくそうだね」

「これは、努力ではどうにもならないんだって。たとえば、大会社の社長が親だと、その子と仲良くしていた方が得だからという理由で、いろんな人が仲良くしたいって思ってくれるから、社会的に成功できる確率はぐんとあがるって言うんです。こういう家柄とか名声とかコネというのは、もう、生まれや育ちで決まるから、努力じゃどうにもならないって」

「う、うん。その通りだね」

「だから、その子は、無理してでも私立中学に来たんですって。ここで、セレブの子どもとたくさんのコネを作るのが目標なんだって。そのうえで、将来はできれば東大に入って、さらに有力なコネを増やすんですって。でも、東大でコネを作るためにも、高校の同級生がいっぱいいたほうが有利だから、そういう意味でも、たくさん合格者のいるこの学校を選んだそうよ」

 俺はびっくりした。そういう世界か。

「すごいね。野心家だね。東大には、当然、入れると思ってるんだ」

「だから、そこはさっきも言った通り、努力で何とかなるから、公平だって……頭のいい子だし、ほんとに努力家だから、きっと入れると思うよ」

 和泉さんも驚いた顔で少し体を起こした。

「中学生でそこまで考えてるのはすごいな。その子は将来の希望とかはあるのかい」

「その子は政治家になりたいって言ってた。公平な社会を作るんだって」

「公平な社会?……」

 いやはや、と俺は、内心思っていた。都会の超進学校には、そういうのがいるのか。俺は、ほんとに大海を知らない田舎者だな。公平な社会を作るために不公平な社会に挑戦か、志が高いんだな。

 母親が、何か言いたそうに和泉さんを見ているのに気がついた。

「何かどこかで聞いたような話よね」

 和泉さんは母親を見返している。

「いや、それは違うよ。違う」

 眞知が、二人を見比べる。

「どうしたの? 何の話?」

 母親が、和泉さんを見つめる。

「これから、もしかすると、私たちの子どもになるかもしれない二人なんだから、ちょっと、あなたのこと話していい? 秘密というわけではないし……」

「話すって、何を……」

「だから、あなたの生い立ちよ」

「え? 今、ここで?」

「だって、秘密なんかないし、ごく簡単によ……」 

 和泉さんは、口に手を当てて考えている。

 何なんだ、いったい、何があるというんだ?


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