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第452章 那加あての手紙

眞知の母親と今の夫である和泉さんは、那加が姿を消した後届いた差出人が不明の手紙があるというのだった。

 手紙は4通あった。いかにも高級そうな封筒、薄いブルーだったり、オレンジやグリーン、そしてピンク、色とりどりだったが、何の飾り気もない。ブルーとオレンジとグリーンには、住所と、中井那加様とあて名書きがあり、切手が貼ってあったが。ピンクの封筒には、中井那加様と書いてあるだけだった。少し癖はあるがきれいな字だった。

「これが最初だったかしら」

 と母親がブルーの封筒を指さす。

 手に取って裏返してみる。しっかり封がしてあるが、名前は書いてなかった。

「差出人は、わからないんですね」

 和泉さんは首をかしげた。

「まったくわからない。ちょっと不気味だよな。住所を知ってるんだから、それなりに親しい間柄だと思うが、親しかったら、今は手紙なんか、書かないよな、普通、メールとか使うだろう?」

「那加は、自分のスマホは解約しちゃったから、持ってないよ。共有みたいな感じで、私のを使ってる」

「だから、手紙にしたのかな」

「とにかく、誰が書いたのか、中身を見てみましょう」

「そうだな」

 と和泉さんが、最初に来たブルーの封筒を手に取る。

「まず、私と妻で見させてもらう。問題がなさそうなら、眞知と、鯨岡君にも見せよう」

 封を切ると、三つ折りされたブルーの便箋が出てきた。母親と二人で、読んでいる。

 目を見開きながら、長い時間をかけて読んでいる。明らかに戸惑いと驚きの混じった表情に、ただならぬ手紙であることがわかる。ひどく不安になる。

 しばらくして、二人は顔を見合わせた。

「二人に見せてもいいかな?」

 母親は、少し慌てたように、うなずく。

「え、ええ、見せるしかないでしょう」

 と言うと、眞知に渡してくれた。眞知はテーブルに広げたので、俺もわきからのぞき込む。手書きのきれいな字が並んでいる。

『私の愛する中井那加様』

 で、始まっていて少しびっくりする。続けて、いかにも心を込めたという感じの、ていねいな文字が並んでいる。


『あなたは世界中で一番美しい。どんな空も、どんな大地も、どんな風も、どんな光もあなたにはかなわない。いや、それどころか、それらを全部足し合わせたとしてもあなたの美しさの前では、色褪せて見える。

 あなたは世界中で一番賢い。歴史に名を遺すどんな天才たちもあなたにはかなわない。いや誰もが、こぞって、あなたに教えを請いたがるだろう。

 そして、何より、あなたは世界中で一番やさしい。どんなに人々を愛する神様も、慈愛に満ちた仏様も、あなたのようにはやさしくない。あなただけが、本当の意味で人の心を幸せにする。

 ああ、あなたを何に例えようか。天使よりも清らかに、神様よりも高貴なひと。

 僕が、どんなにあなたを讃え、どんなに深く、心から愛しているか、すべてを見通すあなたのまなざしになら、僕の愛に、僕の言葉にほんの少しの偽りもないことをわかっていらっしゃるでしょう。


 僕はあなたのそばで、一生、生きていく決心をしています。あなたに比べたらぼくの命なんて、ただのくだらぬ塵芥ですが、それでも、あなたが近くにいて、ぼくを見守ってくだされさえすれば、僕は鬼にもなれるし、きっと空も飛べる。あなたのために、あなたを幸せにするためだったら、喜んで火の中にでも飛び込むでしょう。あなたの存在こそ、僕の生きる意味です。あなたをぼくの人生のすべてにして生きていきたいのです。


 あなたに会いたいのです。

 何故、急に姿を消したのですか。僕の気持ちを知りながら、ひと言の連絡もなく、突然、姿を消すなんて、あまりにも残酷です。約束してくれたじゃありませんか。あなたを抱きしめたあの夜、僕の腕の中であなたが言ったあの言葉は嘘だったというのですか。

 どうしてもあなたに会いたいのです。あなたがいない世界に生きていたくはない。僕がいらないというなら、いっそ、死んでくれと言ってください。

 あなたに会いたいです。なぜ僕の前から姿を消したのですか。

 あなたの口から、真実を教えてください。

 何があったというのですか。

 もし、何か、悩みや苦しみがあるなら、こんな僕にでもできることはありませんか。僕は、あなたのためなら喜んで命を差し出します。どうしても、もう一度会いたいのです。

 どうか、ひと言でいいですから、連絡をください』


 自分の名前は書いてない。当然、わかると思ったのだろうか。

 びっくりして言葉も出ないでいると、眞知が俺を見た。

「すごい熱烈なラブレターね」

 母親が、眞知の方へ身を乗り出す。

「この人、もしかして、那加の恋人と言うことなの? 眞知は何か聞いてる?」

 眞知は首を振る。

「恋人……とかじゃないと思う。私が知っている限りでは、那加には恋人はいないし、いなかったはず。恋した人はいると思うけど、この人じゃない」

「恋した人はいるって?」

 と、和泉さんが身を乗り出した。

「あの子が……? 誰に恋したって言うんだ? この手紙の子じゃないって、どうしてわかるんだ?」

 眞知は、目を丸くして、口に手を当てて、自分を見つめる三人の顔を見回す。

「ごめん。口が滑った。今のは間違い……私は何も知らない。でも、とにかく、この人は恋人じゃないと思う」

「しかし、じゃあ、この『あなたを抱きしめた夜』と言うのはどういう意味なんだ? それにこの『約束』というのは何なんだ?」

「それは、私にもわからない。わからないけど、恋人じゃないと思う」

「ううむ。とにかく、他の手紙も見てみよう。

 残りの手紙も順番に封が切られた。どれも、言葉さえ違えど、同じような内容だった。

 那加のすばらしさをたたえる言葉。自分がどんなに那加を愛しているか。そしてもう一度会いたい、と。

 最後の一通は切手が貼ってなかった。

「誰だか分らんが、この差出人は、私たちの家を知っているということだよな。那加が教えたということか?」

 和泉さんが首をかしげると、眞知が封筒を手に取る。

「そもそも住所がわかっているんだから、探し当てることは難しくないでしょうけど」

「住所を知っているというのは那加が教えたということなの?」

「そう……なのかな?」

 母親は、手紙の一通をとると、もう一度読んでいる。

「ここまで、熱烈というか、大げさな言葉が並んでいると、何だか、ラブレターというより、ちょっと熱烈すぎて怖い感じもするわよね」

「そうだね。まあ、恋とはこういうものだろうが、こんな書きかたされると、ストーカー的な匂いも感じて、なんというか」

「那加と、どんな関係があったというのかしら……恋人でないとしたら、この『あなたを抱きしめた夜』というのはどういう意味なの?」

「この文面からして、中二病的な感じもするし、ただの妄想とか、思い込みの可能性もあるよな」

「私は、この『約束』というのが気になるわ。どんな約束があったというのかしら」

 みんなの会話を聞きながら、俺は少し気が遠くなるような感じがして、何も言えないでいた。

 いつだったかよく覚えていないが、那加は自分が処女ではないというようなことを匂わせていた覚えがある。ご主人様が処女でないとしたら、いったいどんな人が、こんな素晴らしい人を抱いたのだろう、と思った覚えがある。それが、もしかして、この手紙の主なのか?

 ここにいるみんなには、気持ち悪がられているようだが、俺は、内心、この手紙が、まるで俺の気持ちを語っているような奇妙な感じがしていた。

 マスクをしていない那加の素顔を初めて見たのは、昨日の朝だった。その時の衝撃を今でも覚えている。あまりの美しさに、文字通り、腰が抜けた。俺は、この手紙の主が、那加に対して並べる賞賛の言葉を、怖いとも、中二病的だとも思わなかった。まさしくその通りだと思った。少なくとも大仰な表現だとは少しも思わなかった。この人が那加を思い浮かべながら、どんな言葉もまだ足りないと思っているのが、よくわかる気がした。

 そしてまた、この人が、那加を愛する気持ちをつづるのを読んでいると、まるで、俺の気持ちそのもののように感じた。

 そうだ。俺もまた、ずっと那加に恋してきた。今思えば、奴隷をあんなに夢中でやれたのも、ただ那加の美しさと、賢さとやさしさに恋していたのだと思った。もちろん俺自身は那加に比べたら、この人の言うとおり塵芥だ。それがわかっていたから、恋するなんて大それたことを考えもしていなかった。自分では全く意識することはなかったが、でも、那加に恋していたからこそ、あんなに那加の言葉に忠実な奴隷をしているのが楽しかったのだ。

 そうなのだ。俺はこの人と同じだ。那加に恋して、命を懸けてもいいと思っている。那加を見つけて、「あなたに恋している」と、「あなたの幸せのために生きたい」と言いたい、そのためだけに、必死で那加をさがしているのだと思った。

 昨日、眞知が俺の前で大泣きしたことを思い出す。あの時、眞知に言われて、俺は、自分が那加に恋していることに、初めて気がついたのだった。

 眞知は、那加も俺に恋していると言っていた。だからこそ、眞知のふりをして俺を別荘に呼び出したのだと。

 本当なのか? さっき眞知が言いかけた、那加の恋する相手って、俺のことなのか? それとも、まだ俺の知らない誰かがいるのか?

 もし、昨日の朝、俺が、どんな形でも、那加を抱いていたら、俺は、この手紙の主と全く同じ状況に置かれるのじゃないかと思った。一度きり抱いて、そのあと、姿を消した那加を必死になって追いかける、という状況。この手紙は、まるでもう一人の俺が書いたものであるかのように思えた。俺と同じような境遇の人がもう一人いたということか?   

 頭の中で、いろいろな思いが、ぐるぐると駆け巡って、俺はほとんど呆然として何も考えられない感じだった。

「どう思う? ジラ」

 眞知は、俺が変に黙りこくっているのに気がついたのか、俺の顔を覗き込んだ。


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