第104章 青柳が妹の部屋に遊びに来る話
友部が俺の家に遊びに来て夕食を食べた。その後は妹の部屋に青柳がやってくることになっていた。
ドアを開けて入ってきたのは青柳佐和だった。大きめのゆったりした薄緑色のパーカーにグリーンのキュロットスカート。胸には、ひつじが二匹、草を食んでいる。女の子たちから歓声が上がる。
「佐和、ジラが待ってたよ」
「さーちゃん、ようこそ。かわいい」
妹は突進していって飛びつく。腰に手をまわして、胸に顔をうずめている。
「さーちゃんのおっぱい、大きくなったね」
ふくらみの谷間に頬をうずめてすりすりしている。そう言えば、眞知が、胸は、青柳が一番大きいらしいね、と言っていたな。
「柔らかくて気持ちいい」
静は胸に顔を埋めてうっとりとしている。額田のようだ。女の子はわりとこんなことを平気でする。される方も、それほどいやでもないみたいで、青柳は少し戸惑いながらも、肩越しに静の背中に手を回す。
「なんか、久しぶりね。静ちゃんも大きくなったね」
静は青柳の手をとって、床の小さいテーブルを囲んで座っている俺と友部の脇にすわらせる。静はなんの魂胆か、テーブルとベッドの間の狭い空間に俺と友部を並んで座らせたので、その脇に青柳が座ると、俺と友部は体温が感じられるほどますます密着する形になった。それだけでも、結構どきどきものなのに、青柳が友部の隣に並んで美少女二人と狭い空間に一緒に座ることになって、ますますどきどきだ。静の魂胆がどうあれ、俺にこんな幸せをくれたことには感謝だ。
またドアが開いて母親が紅茶をトレーに乗せて運んできた。
「さーちゃん。お久しぶりー」と、明るい声を出す。「うちに来るの、何年ぶり? 前は、毎日のように来ていたこともあったのにねえ。もっと遊びに来てよ。忙しいの?」
「すみません。ちょっと、いろいろ忙しくて」
「そうよね。もう、高校二年だものね。早いわあ……あんなにかわいかったのにね……って、今がかわいくないって言っているわけじゃないよ。それどころか、すごい美人になったわね。あらためて見るとすばらしい」
「そんな……ありがとうございます」
「オーディションに出るんですって? ちょっとびっくり。でも、すてきね……」
「よくご存じですね。美少女ばかりでも面白くないかなと思って『いも娘代表』ということで、みんなにも笑ってもらおうかと思って」
「そんな、そんな。何言ってるのよ。昔からかわいかったけど、今はかわいいだけじゃなくて、大人の美しさが加わって、すごく、魅力的。実は、オーディションのことをさっき聞いて、透子さんで決まりかと思っていたんだけど、こうやって並んでいるのを見ると、さーちゃんもすてきねえ。ママ、迷っちゃう」
「おばさんたら……無理にそんなこと言わなくてもいいですよ。透子さんのあだ名は、最近『絶対美少女』なんですよ。私みたいないも娘が勝てるわけありません」
「佐和、あなたの勝ちよ。今日のコンサート、すてきだった。私、一瞬、本当に天使かと思ったもの」
「あの演出は、委員長も知らなかったんですか?」
「知らない、知らない。私は、昨日……じゃなくておとといか、最後に舞台へ上がって、って頼まれて、楽譜を渡されただけ」
「待ってください」と静が口をはさむ。「なんなんですか、その天使とかって」
「ジラ、説明してよ。観客席から見てたんだから」
俺は、今日のコンサートで青柳が天から降りてきた顛末を話す。妹も母親も、文字通り目を丸くして聞いている。
「さーちゃん、そもそも、あれは誰の発想だったんですか? このコンサートのことも含めて」
「えーとね」と青柳は首をかしげる。「誰って、難しいなあ。ヴィーナス先輩が来たのよ。あの方、約束だって言って、毎日、私と麻耶を抱きしめに来るの。額田さんと一緒にね。それでね、私のことをぎゅうぎゅうに抱きしめながら言うの。『私は、青柳さんが、一位になって欲しい。私たちも、炎の天使とさわやかさんに対抗して何かやらない?』って。それで、何ができるだろうって話になって、麻耶が『佐和は何といっても歌よ』と言うわけ。あとは、軽音部のコンサートがちょうど予定されていて、『祭軍』という名前の、麻耶の友だちのバンドが出ることになっていたので、それに乗っかることになって、あのバンドの人たちは、もう、麻耶のためなら何でもしたいという感じだから、大喜びで、話はどんどん決まって……」
「曲は? オリジナルなんでしょう?」
「詞は、麻耶と額田さんと、ヴィーナス先輩の合作。私が見ている前でほとんど即興で作ってた。曲は、麻耶とバンドのメンバーが、これも、ほとんど即興で作ってたよ。あの人たちってすごいね」
「どうやって、空から登場したの?」
「あれはね。一号館と二号館の間にピアノ線を張ったんだよ。ヴィーナス先輩が『印象的な登場の仕方ってないかな。たとえば、野外だし、空からとか』って言い始めたの。まさか、って思ってたんだけど、祭軍の人たちがあっという間に、設計して材料をそろえてくれて、昨夜、夜中に必死で練習したの」
「ふわふわとんでいる感じだったよね」
「まっすぐだと、しかけがわかっちゃうからって、男の子たちがあれこれ工夫してたの。すごい盛り上がってあれこれやってたよ」
「怖くなかった? 万が一、切れたら大変でしょ」
「透子さんと違って、私、『でぶ』ですからねえ。でも、線が何重にもなっていて、『絶対に大丈夫』って言われたよ。まず低いところで試してくれて、浮くのはわかってたの。と言っても、実は、夕べはせいぜい2階の高さで、四階は今日がぶっつけ本番だったの。、四階からだからね。飛び立つときは、正直、怖かったよ。だけど、落ちたら落ちた時と思って……私、賭けられるものと言ったら命ぐらいしかないから、がんばろうとおもって……」
いかにも青柳らしいと俺は思った。青柳は優しい外見からは想像もつかない、「肝っ玉が据わった」ところのある人で、いざ大事な局面となると、びっくりするほど大胆で、とても強くなる。俺は小学生の頃、けんかの時、ずいぶん助けられた。けんかが強いわけではないが、絶対に引かないという覚悟が相手をひるませるらしい。ある意味、無茶な人で、俺の目の前でとっくみあいのけんかをしたこともある。「賭けられるものと言ったら命ぐらい」って平気で言って、ほんとにそれができる人だ。
「賭けられるものと言ったら命ぐらいでしょ」というのは、那加が昔、俺に言ったセリフだが、その時は「あなたみたいな三流の人は」という前振りがついていた。そういう意味では、青柳のような人気者の美少女が言う言葉じゃないはずなんだが、本気でそう言える、このとびきりの謙虚さが青柳の人気の秘密の一つであることは間違いない。
前にも何度か話したが、彼女の容姿の美しさを、誰もが認めているのに、彼女自身だけが認めていない。小さいころからの知り合いなので、俺はそれが謙遜でないことをよく知っている。鏡を見て、ブスだとは思わないまでも、並み以下だと本気で思っているのだ。その自信の無さは不思議なくらいだ。今日のうちの母親のように、「かわいい」とか「美しい」と言う人も多いのだが、みなお世辞だと思っている。
もちろん、世の中にはその手の言葉があふれている。女の子に出会えば、みんなそういう言葉を口にするし、嘘をついているわけではなく、誰もみなほんとうにかわいいし、きれいだ。だから青柳が、みんなのほめ言葉に嘘がないことを知っていても、それをとびきりの美しさと結びつけなくても仕方がない。
それにしても、彼女が、何事でも、自分を過小評価してしまうのは不思議なくらいだ。
それでいながら、俺みたいに、いじけたりしない。俺は、「どうせ、俺のことなんか、みんな、虫けら程度にしか思って思ってないんだろう」という思いが先に立って、うまく人と接することができない。那加の言う、くだらないプライドというやつだ。青柳はそんなプライドに振り回されることなく、いつも誰にもやさしい。
あんなにやさしくされると、男の子はみんな好きになっちゃうよね、と那加が言っていたが、決して、冗談ではないと思う。とても自然に細やかにやさしい。
それに比べると、友部は、やはり、お嬢様体質なのかな、などと考えてみる。俺と同じで、人との接し方に不器用なところがある。まあ、俺と比べるのは、そもそも、もうしわけないんだが。
母親はしばらくコンサートの話に耳を傾けていたが、一区切りついたところで部屋を後にした。母親が部屋を出ていくと、妹が俺の方に身を乗り出した。
「ね、詳しく教えてよ」
「て、何を?」




