50:そのころアレクは
おっす、俺アレク! コールズ学園の二回生!
生まれつき魔力がなくて魔術は使えねえけど、山育ちだから体力、腕力にはちょっと自信ありの十六歳!
ほんとはアレクサンドリアって名前なんだけど、長いからみんなにはアレクって呼んでもらってる。
ワーセット国とアル・ユクス国の国境にある近所じゃ険しいって評判の山の奥にある実家じゃ、ときどき遭難者を助けることがある。
たいていは麓から山菜やきのこ取り、猟をしに来た人たちなんだけど、あの日、親父が助けたそうな者がまさかあの有名なコールズ魔術学園の学園長先生だったとは思いもしなかった。
「命の恩人に是非お礼を!」
って言われた親父は遠慮なく俺を学園に入学させてくれって言った。秒だった。即答だった。ちったあ遠慮しろよ。
俺は魔力がないから魔術が使えないし、入学は無理だと思ってたんだ。だって『魔術』学園だぜ?
でも学園長からはあっさり了承されて、入学が決まっちまった。
それから慌てて入学金や旅費を工面して、旅支度をして、入学式に間に合うように出発して……けっこう大変だった。
入学金を用意するだけでいっぱいいっぱいだったから、学園がバイト禁止じゃなくて助かったぜ。
そんなわけで今は学園でアルバイトに精を出す日々を送ってる。
学生の本文は勉強だろって? もちろん、そっちだって疎かにしちゃいないさ。
同室のイザングラン……イジーのおかげで毎回試験は学年で百位以内に入れてるんだぜ。
一学年の生徒数が千人を超えてるのにこの順位はだいぶ良いほうなんじゃないかと思ってる。
予習復習に付き合ってくれるイジーに感謝だな。教え方が上手いんだ、イジーは。
――まあ、そんなイジーとは今ちょっと同室じゃなくなってるんだが。
ケンカして、怒らせて、出て行っちまった。
悪いのはたぶん俺。
でも、今作ってる機巧が完成して、渡せばすぐに仲直りできると思う。
マデレイネやミゲルにも手伝ってもらって、順調に完成に近付いてる……と思う。
作り始めたときはもっと早く完成するはずだったんだけど……。イジーにあげるやつだし、って素材や性能にこだわっちまって、考えていたよりもずい分と完成が遅れてる。
どうせあげるなら完成度が高いやつがいいだろ、って思ってさ。そのほうがイジーも嬉しいだろ、うん。
最近、困り顔のミゲルに
「まだイザングランと話してないの?」
とか
「いつ機巧のことを言うの?」
ってしょっちゅう言われてる。心配かけちまってるよなあ……。
今回のケンカはイザングランを怒らせて、部屋を出てかれるような俺が悪いんだし、俺から謝るのが筋だってのはわかってる。
だから早く機巧を完成させて、イザングランと話さなくちゃな!
あの時、イザングランは珍しく声を荒げるくらい怒ってたけど、前に俺には本気で怒れない、許しちまうって言ってたし、大丈夫だろ!
大丈夫じゃなくても、完成した機巧を見ればぜったいに機嫌も直るはず!
アレクは作りかけの機巧を撫でた。
中身や装飾品にこだわっているから完成が遅れているのであって、すでに外見はほとんど出来上がっている。
ふわふわと柔らかい金色の毛皮は金色山牛のもので、テーリヒェン師の手伝いで高山への狩りに同行したときに手に入れたものを加工した。
眼に使ったのは空色の玉髄晶だ。学生販売所で見つけたもので、一目見て気に入り、すぐさま手付けを払って取り置きをしてもらったものを、ようやく手に入れた。
毎月の仕送りを差し引いて、余った分をこつこつ貯めたバイト代が支払いでいっぺんになくなったときは、望んでそうして、わかっていたのに羽のように軽くなってしまった財布をしばらくじっと見つめてしまった。しかし、後悔はない。
機巧の骨格に使った素材も、教員の手伝いで入手した魔物の骨だったり、鉱石だったり、希少な材木だったりを用途に合わせて厳選した。
機巧を作ろうと思い付いてから、どうやって同室のイザングランに露見しないように事を進めようと思っていたアレクだったので、イザングランには悪いがケンカはちょうどよかったといえた。
イザングランと別行動が多くなったと気付いてからは、ここぞとばかりにバイトで予定を埋めまくり、稼ぎまくっていた。
機巧の完成に必要なものは残り二つ。
心臓部の核になる魔石と、額に付ける飾り石だ。
どれがいいかじっくりと検討して、どちらの石も目星はついているのだが、貧乏学生であるアレクにはどちらも入手が困難だ。
だが、アレクに妥協するつもりなどない。イザングランに最高の贈り物をするためだ。
今まで以上に張り切って、バイトに精を出すしかない。だから、まだイザングランとは話せないのだ。
入学以来、いつも一緒だったイザングランが側にいないのはアレクだとてさみしい。
イザングランの気配がまるきりしない自室に戻るのは、いささかならず気鬱だった。
けれど、アレクにはイザングランが驚き、喜んで腰を抜かすほどの機巧を作り上げるという目的があったし、ミゲルと同室のマルコ・インケリがくしゃくしゃに丸められたイザングランからの手紙を定期的に届けてくれるので、それをイザングランのいない毎日の慰めにしていたから、イザングランほどには落ち込んではいなかった。
マルコ曰く、
「部屋のごみ箱にときどき捨ててある反故なんだけど、紙の質が良いから捨てるのはもったいないと思って。メモ紙にでもしたらどう?」
とのことだ。
マルコとしてはイザングランが反故の横流しに気付いたときの反応を楽しみにしているのだが、いまだ気付く気配すらないらしい。
丸められた手紙のしわはきれいに伸ばされ、アレクは生涯大事に保管していた。
返事を書こうと、毎晩辞書をお供に真っ白な便せんとにらみ合うのがアレクの日課になっていた。
けっきょく、返事は一通も書き上げることができず、書き損じたものも、もったいない、と独り言ちつつもしっかりと灰になるまで燃やして、土に混ぜ込んだので、イザングランはアレクがどんな返事を書こうとしていたのか知らないままだった。
アレクがイザングランに返事を書いていたことさえも。知らないままだった。
アレクがバイトに精を出しているうちに、夏休みはめまぐるしく過ぎていき、そして終わった。
イザングランとアレクが仲直りしないまま、三回生になり――新学期が始まった。




