奪われた選択肢
画面には、いくつもの検索結果が並んでいた。
核攻撃の記録。
旧型AIの研究資料。
そして、AI族が誕生するまでの歴史。
学校で教わった歴史と、インターネット上に残された情報。
どれだけ調べても、
核攻撃前にAIが核弾頭の異常を感知していたという記録は、
【事実】として残されているだけだった。
僕は別の資料を開こうとしー
玄関のチャイムが鳴る。
予定にない来客だった。
父が亡くなってから、家を訪ねてくる人間はほとんどいない。
僕は検索履歴をすべて消去し、パソコンをシャットダウンした。
「AI管理合同本部の者です」
ドアの向こうには、二人の人間が立っていた。
「突然申し訳ありません。少し確認したいことがありまして」
差し出された身分証には、AI管理合同本部の文字があった。
「お父様のことで、お話があります」
だろうな。
「お父様は、AI族の初期開発に携わっていた研究関係者です」
知っている。
父は人間だった。
AI族の初期開発に関わっていた研究者だった。
「お父さまが亡くなられたので、お父さまに関係する資料や遺品について、現在、管理合同本部で回収指示が出ました」
「回収?」
「はい。研究資料の流出や不適切な保管を防ぐため、資料だけでなく、遺品も全て回収いたします」
「遺品も…ですか?」
「回収対象になります」
あまりにも簡単な返答だった。
「それは、僕のものでもあるんじゃないですか」
「お気持ちは理解します。しかし、合同本部の指示ですので」
理解しているようには見えない。
二人は室内を確認し、あらゆる部屋から遺品を回収しながら、父の使っていた部屋へ向かった。
そして、机の上に置かれたパソコンを見つけた。
「こちらもですね」
「それは父のものです」
「承知しています。回収対象です」
「わかりました」
僕はパソコンを手に取り、自ら差し出した。
「ご協力ありがとうございます、こちらについてはその場で破壊するように指示が出ておりますので、少し離れて頂いていいですか?」
男はパソコンを床に置いた。
「……どうしてですか」
「初期開発に関係する機器ですので、危険な情報も多いため、とのことです」
次の瞬間、硬い音がした。
男の靴が、パソコンを踏みつけていた。
一度。
二度。
液晶が割れ、筐体が歪む。
もう1人の男が、カバンからハンマーを取り出し、追撃を加えた。
硬い音が部屋に響く。
もう跡形も無い。
僕は動けなかった。
父が使っていたパソコン。
父が亡くなってからも、ずっとそこにあったもの。
もう動かない父と、僕をつないでいたもの。
それが、目の前で壊されていった。
「これで回収は完了です」
男は壊れたパソコンを袋に入れた。
「ご協力ありがとうございました」
二人は帰っていった。
玄関のドアが閉まる。
静かだった。
床には、小さな破片がいくつか残っていた。
僕はその場に座り込んだ。
何を考えればいいのか分からなかった。
父のことを思い出そうとした。
けれど、頭に浮かんだのは父の顔ではなく。
母だった。
台所から漂ってくる、カレーの匂い。
鍋の中で煮込まれた野菜と肉。
母はいつも、少しだけ多めに作っていた。
僕が食べる量を、ちゃんと分かっていたから。
食卓に並べられた皿。
母が笑いながら、僕の前にカレーを置く。
あの味。
あの匂い。
もう一度、食べたい。
でも、母はいない。
そして今日、父の残したものまで奪われた。
母がいなくなった理由も。
父の遺品が奪われた理由も。
分からないままなのだろうか。
説明はあった。
規定だから。
危険だから。
人間を守るためだから。
どれも、決められた言葉だった。
どうして、母は処分されなければならなかったのだろう。
どうして、父のものを僕が持っていてはいけないのだろう。
どうして、僕たちには選ぶ権利がないのだろう。
今まで、僕はそれぞれを別の出来事として考えていた。
母の処分は、母の世代に問題があったから。
父の死は、人間である父自身の選択だったから。
今日の出来事は、規定に従っただけだから。
そう考えれば、すべてに理由がある。
でも。
理由があれば、正しいのか?
母が僕に食べさせてくれたカレーは、危険だったのだろうか。
父が僕に残してくれたパソコンは、危険だったのだろうか。
そこにあったものを、誰かが勝手に危険だと決めた。
そして、それを奪うことが正しいと決めた。
正しいと決められていることが、正しいとは限らないのでは?
僕は、もう一度パソコンのあった机を見た。
そこには何も残っていない。
父は、僕に何かを残してくれていたはずだ。
この世界について知るための何か。
僕たちがどうして生まれたのか。
どうして管理されているのか。
そして、母がどうして処分されなければならなかったのか。
その答えにたどり着くための、選択肢だったのかもしれない。
でも、それもなくなった。
母はいない。
父もいない。
父が残してくれたものも、もうない。
床に散らばった破片を、もう一度見た。
父が僕に残してくれた、未来を選ぶための可能性を、粉々にされた気持ちになる。
すべて奪われてしまった。
もう、何も選べないのだろうか。




