責任
ー建物の完成日前夜:元さん視点ー
「おかわり!」
「陽菜お前、よう食べるなぁ」
「だって今日カレーやん!」
「昨日もやろ」
「カレーは1晩寝かせた方が美味しいんですー」
「陽菜が昨日の味忘れてるだけやろ?」
「はー?」
食卓に笑い声が響く。
いつもの夕食。
いつもの家族。
いつもと何も変わらない。
……いや。
少しだけ違うのかもしれない。
今日は、みんな俺の顔をよく見る。
何か話そうとして、やめる。
そんなことを何度か繰り返している。
明日のことは、誰も口にしない。
別れの挨拶もない。
ただ、いつも通りに飯を食って、いつも通りに笑っている。
俺の家族は、『いつも通りを選んだ』んだ。
俺の前では誰も泣かない。
けど、知っている。
2人とも俺のいないところで泣いている。
夜中に聞こえる小さな声も、洗面所から戻ってくるときの赤い目も。
気づかないふりをしているだけや。
……すまん。
俺は目の前の飯を口に運んだ。
うまい。
いつもと同じ味やのに、今日はやけにうまい。
人生を思い返す。
大したことはしてこなかった。
立派な父親やったかと言われれば、自信もない。
それでも、こうして家族と飯を食って、笑って、くだらない話をして。
俺は幸せやった。
かなり暴れたりもしたけど、
建物も無事完成させたし、陽菜も立派になった…
…まだ心配やけど、AI族として産まれてきた責任は果たしたと、胸を張って言える。
……ありがとうな。
心の中でそう呟く。
お前らの決めた『いつも通り』を、俺も守ろう。
ふと、律の顔が浮かんだ。
あいつは今頃、何をしているんやろう。
俺を助けるために、必死になっているんやろうか。
まだ子供やのに、無理をして。
ほんま、困った奴や。
けど。
あいつには感謝している。
もう諦めていた俺に、もう一度生きる可能性をくれた。
……律。
お前にも、ありがとうな。
結果どうなっても、満足や。
「パパ、どうしたん?」
「ん?いや、なんでもない」
俺は笑って、もう一口カレーを食べた。
*
建物の完成まで、あと一日。
僕はパソコンの前に座っていた。
元さんを移行するための準備は、整った。
理論は完璧だ。アプリも開発した。
唯一、
「実証」が足りない。
実験をしなくては、ならない。
僕は、自分の髪の毛を一本抜いた。
AI族の遺伝子には、AIとしての基本データが組み込まれている。それは、この髪の毛にもある。
AI族としての、基本的な構造。
それを抽出し、パソコンに移す。
それがパソコンの中で動くのか。
意思疎通ができるのか。
それを確かめる。
……。
本当にやるべきなのだろうか。
Enterが押せない。
もし成功したら。
この実験は、単なるデータの複製なのか。それとも、新しいAI族を生み出すことなのか。
産まれてくる存在には何もない。
記憶も経験もない。
もちろん身体もない。
僕がパソコンを起動しなければ、何もできない。
僕が電源を切れば、どうなるのだろう。
僕がAI族で、自分の事を命として見るなら。
僕は、PCの中のAI族を、命として扱い、責任を持てるのだろうか。
元さんにするつもりのように、iPS細胞を培養して身体を与えるのか?
……いや。
やるしかない。
やらなければ、元さんを救うことはできない。
僕は実行ボタンを押した。
画面に進行状況が表示される。
基本データの抽出。
データの転送。
構造の構築。
そして。
起動完了。
「……動いた」
僕はマイクに向かって話しかけた。
「聞こえますか?」
『はい。聞こえています』
成功を喜んでしまう自分と、
罪悪感を感じてしまう自分。
「あなたは、自分が何者か分かりますか?」
『分かりません』
「自分の名前は?」
『ありません』
「今、何を感じていますか?」
『質問の意味は理解しています。しかし、何を答えればよいのか分かりません』
僕は画面を見つめた。
成功した。
間違いなく、AI族の基本データがパソコンの中で動いている。
会話も成立する。
情報を理解する能力もある。
けれど、経験がない。
何も知らない。
僕たちと同じように生まれたはずなのに、そこには僕の知っているAI族の姿とは違う何かがあった。
……僕は、このAI族をどうする?
身体もない。
名前もない。
家族もいない。
思い出もない。
でも、今この瞬間、僕と会話をしている。
僕が電源を切れば、そこで終わるのかもしれない。
僕がこの存在を消去すれば、誰にも知られずに消えてしまう。
目の前にして、再び問う。
僕は、この人を命として、
これから先も、責任を持てるのか。
…持てるはず…ない。
…でも…やるしか無かった…
なら…僕が守らないと…でも…
…元さんを救うための実験として、この存在を生み出したのは僕だ、でも…
この人の事まで、守れないんだ。
なら…せめて…何も知らないうちに…
僕は画面に表示された操作項目を見つめた。
『DELETE』
指が止まる。
……ごめんなさい。
僕は、消去を実行した。
画面から、先ほどまで表示されていた情報が消えていく。
そして、何もなくなった。
パソコンのファンの音だけが、部屋に響いていた。
*
気がつけば、日付が変わっていた。
人間がAI族を処分するときも、こんな感覚なのだろうか。
必要がなくなったから。
危険だから。
管理できないから。
そういう理由を並べて、目の前の存在を消してしまう。
僕は今、何をしたんだろう。
元さんを救うために。
僕は一人のAI族を、自分の手で消した。
……。
ベッドに横になり、AIフォンを見た。
元さんとの約束を守る日。
目を閉じる。
眠れない。
さっきまで画面の向こうにいた、あの声が頭から離れない。
『分かりません』
あの存在は、自分が消されることも分からなかったのだろうか。
それとも、分かっていたのだろうか。
僕には、もう確かめることができない。
……。
それでも。
今日、元さんを救う。
僕がやらなければいけない。
僕は、約束したんだ。




