弱っちぃ手
その夜。
元さんは、完成した建物の屋上から。
真っ逆さまに落ちていった。
*
「ほんで、パソコンに引っ越したあとの俺の身体はどうするんや?」
「それにも、考えがあります。」
「お?なんやなんや?」
元さんはまるで他人事のように笑う。
…いや、パソコンに引っ越した元さんは、他人かもしれないって話だったもんな…
「……仮説ですが、元さんの意識をパソコンに引っ越したら、元さんの体は意識を失います」
「そうやろなぁ」
「この引越しをする時に、元さんが、ぼくらの作った建物の、屋上に立っていたら?」
「…落ちるやろうな」
「処分を計画している人間には、どう映りますか?」
「…なるほどな、自殺に見せかけるわけか」
「はい。AI族が処分に抵抗し自殺するケースは珍しくは無いです、特に元さんは暴動も起こしていたので、怪しまれることはないかと」
「…なるほどなぁ。人間から見れば処分を前に俺は自殺を選んだ。実際俺は律のパソコンで生きながら、iPS細胞の俺の体ができるまでの時間を過ごす、と。」
「はい。」
「ありがとうな、律。そこまで考えてくれて」
それはこっちのセリフだ。
「だが、断る。律の提案を呑んだら俺は、お前まで処分対象になるリスクを上げることになる。俺はお前らを守りたいと思うが、守って欲しいと思ったことはない。」
真剣な表情の元さん。
仕事を教わるときにする表情の、元さんだ。
こういう元さんは、強い。
……元さんならそう言うとも思っていた。
僕が元さんでも、そう言うだろうから。
だけど。
「元さんは、覚えていますか。」
忘れてたまるか。
「元さんは、事故にあった人間を助けたことがある。それを、欠陥の2文字で片づけられたくない、と。」
言いながらどんどん頭に血が上る。
元さんのくせに、筋が通ってないから。
「その日の自分に!面と向かって!目の前の人を見捨てろと!あなたは言えるんですか!!」
くそ。怒ってるはずなのに。
なんで僕が泣いてるんだ。
「……参った。降参や、律。お前の気持ちを受け取る。子供やと思とったのに、いつの間にか追い越されたのかもなぁ」
そう言って元さんは、嬉しそうな、寂しそうな、そんな顔をしていた。
涙を、流しながら。
その涙の理由は、聞けなかった。
*
完成した建物の屋上。元さんはフェンスの外側に立っている。
僕のパソコンから伸びているケーブルは、6枚の電子パッドに繋がり、元さんの頭部に貼り付けられている。
脳を6つの領域に分け、それぞれの情報を読み取る仕組みだ。
• 大脳
• 小脳
• 間脳
• 中脳
• 橋
• 延髄
全ての読み取りができる。
…自分で実験したから…元さんでも上手くいくはずだ…
読み取った僕の脳は、削除した。
…データを削除しただけだ…
それは僕じゃない…はずだ…
葛藤と後悔。決意と結果。
色んな思いに駆られながら、ここまで来た。
でも。自分で決めて、ここまで来た。
元さんを救うために。
僕のパソコンから元さんの頭に伸びるそれは、
まるで命綱…人間社会なら、バンジージャンプって言うんだっけ…
「元さん、始めますよ。」
パソコンの設定が、アプリの起動が、問題無いかの3度目の最終確認。
文字通り僕の両手に、元さんの命が掛かっている。
4度目の確認をー
「…まて、律。最後に1ついいか。」
はい、と言おうと思ったが、緊張して声が出ない。
瞬間、手を握られた。
大きく、暖かく、力強い手。
元さんがここまで歩いてきていた事に、気が付かなかった。
「…律。ありがとう。お前のこの弱っちぃ手の感触を、俺は忘れない」
「…弱っちぃは、余計です!」
笑ってしまった。
元さんも笑ってる。
「もう!早くやりますよ!誰も見てないとは限らないんですから!」
「おう!」
元さんは元の位置に小走りで戻る。
本当に、この人には、勝てないな。
「始めます!」
「いつでもこい!」
もう、怯えない。
「3! 2! 1!」
Enter。
読み込みが始まる。
元さんがバランスを崩す。
移行完了。
その後間もなく。
元さんの身体は、真っ逆さまに落ちていった。
見たくない光景ーでも、
ここまでは予想通りー
間髪入れずに元さんの意識を起動した。
「元さん!聞こえますか!」
「…おう律!聞こえとるぞ!上手くいったんやな!」
「はぁ〜。。。。」
安心した。涙が堪えきれない。
「元さん。。本当に元さんですか…」
「あぁ、律の声も聞こえとるし、顔も見えとるよ」
「マイクも、スピーカーもぉ、カメラも権限、許可し、てるんで、当然、です」
泣きながらだと、変な声しかでないや。
「はは、お前は凄いな律。めっちゃ眠たくなったな思たら、すぐ近くにお前の顔やからなぁ!」
この人、パソコンに入っても声でかいのか。ボリューム絞ろ。バレても大変だし。
いや、そんな場合では無い。
飛び降りの衝突音は大きい。
「とにかく今はここに居るリスクが高いので、すぐ逃げます!元さん、また後で!」
パソコンを閉じ、その場を後にした。




