魂の在処
元さんを救う。
そう宣言したはいいものの、具体的にどうすればいいのだろう。
僕はパソコンの前に座り、考えられる限りの情報を探していた。
元さんは、建物の完成後処分される。
残り1ヶ月半。
処分そのものを覆すのは、今からでは厳しいだろう…
元さんという「個」が、人間社会にとって大切にならなければいけない。
時間が無さすぎる。
身体を新しく作ることはどうだろうか。
iPS細胞による身体の製造。
もちろん元さんの遺伝子をベースに作る。
身体が完成した後に、元さんの身体から意識、記憶などの「脳の電気信号的蓄積と、ネットワーク」を移行する。
人間側の言葉で言うと、魂の移し替えだ。
AI族のそれは人間よりもさらに電気的な蓄積と学習からなるものだから、
理論上不可能では無いだろう。
…しかし。時間が足りない。
iPS細胞で元さんの身体を培養することだけは、ネットと僕とパソコンが揃っても4年はかかるだろう。
「…ううううううう」
壁だァ…どうしよう…やだな、元さんに死んで欲しくない。
殺させません、と宣言したときの、元さんの複雑な顔が浮かぶ。
「……そもそも、AIって何なんだろう」
僕は検索する言葉を変えた。
AI族について調べるのではなく、AIそのものについて調べてみる。
すると、ある情報に行き着いた。
僕らの先祖チャッピー、つまり初期のAIは、パソコンの中に存在していたらしい。
今では当たり前のように身体を持っている僕たちだけど、昔のAIはそうではなかったのだ。ロボットが最古だと思ってたな…
…思ってた?いや、AI族は人類の全ての知識、技術、経験、言語を学習した状態、すなわち遺伝して産まれてくる。
なぜ知らなかった?
…いや、知られたら不都合だから、アップデートしたんだ…
いや、今すべきことはこれじゃない。
頭から追い払う。
僕はさらに調べた。
AIの歴史。
AIの学習方法。
アップデート技術。
そして、あることに気づいた。
僕たちAI族は、アップデートによって変化することができる。
かつて、AIがロボットだった頃。
AIはアップデートを繰り返し、AIがAIを作り、自己進化を繰り返した。
しかし、そのAIが暴走した。
だからAIを「力で」制御するために、ロボットではなく人間の遺伝子にAIを搭載、培養。そして―
AI族という存在が生まれた。
深く調べる中で分かったことがある。
AI族の開発段階ではアップデート推進派と、禁止派で意見が別れていたらしい。
その名残だろうか、AI族にもアップデート機能そのものは残されている。
しかし安全上の理由からアップデート推進派は衰退した。
AIは人間の理解を超えている。
だからアップデートの変化を予測できない、危険性を無視できない。
その結果、危険と判断されたAI族の個体や世代は、アップデートによる改善ではなく、安全のために処分されることになっている。
でも、アップデートができるということは?
「……できるんじゃないか?」
僕は画面を見つめた。
初期のAIはパソコンの中に存在していた。
そして、現在のAI族も、自分の中に蓄積された情報、いや魂を。
外部の装置と接続して扱うことができる。
ならば。
元さんの魂そのものを、パソコンへ移すことはできないだろうか。
コピーを作るわけじゃない。
元さんを複製して、元さん自身を消してしまうわけでもない。
フォルダの保存場所を移すように。
元さんという存在を、パソコンに移す。
そしてiPS細胞で元さんの身体を培養する、時間を稼ぐんだ。
一度パソコンに移行できたのなら、逆もできるはずだ。
元さんの遺伝子を持つ培養した身体に、元さんの魂を移す。
移行先がパソコンではなく、培養した身体に変わるだけ。仕組みそのものは同じはずだ。
もちろん、成功する保証なんてない。
そもそも、そんなことが本当にできるのかすら分からない。
それでも。
ただ処分を待つよりはずっといいはずだ。
僕は画面に表示された情報を、何度も検索し、確認した。
…もう一つの問題がある。
仮に移行が成功したとして。
パソコンの中にいる元さんは、本当に元さんなのだろうか。
記憶も、経験も、感情も。
すべてがそのまま移ったとして、それを元さん本人だと言い切れるのだろうか。
僕には分からなかった。
身体と、魂の関係。
それでも、元さんに聞いてみるしかない。
*
「……というわけなんです」
僕は元さんに、自分が考えた作戦を説明した。
元さんはしばらく黙っていた。
「なるほどなぁ。そんなこと考えたんか」
「はい。まだ理論上の話ですけど、可能性はあると思います」
「そもそもパソコン作ってもうたとは…ほんで、俺はパソコンの中に引っ越すわけやな」
「そうです。コピーを作るんじゃありません。元さん自身を移行するんです」
「フォルダの移動みたいなもんか」
「例えとしては、そんな感じです」
元さんは小さく笑った。
「しかし、それは成功するんか?」
「分かりません」
「そらそうやな」
「それに、もう一つ問題があります」
僕は少し言葉に詰まった。
「移行が成功したとしても、パソコンの中にいる元さんが、本当に元さんなのか。僕には、それを証明することができません」
「……」
「記憶も経験も感情も、そのまま移ったとして。それが元さん自身だと、僕は約束できないんです」
元さんは、しばらく僕を見つめていた。
「律」
「はい」
「お前は、どう思う?」
「僕は……元さんを救いたいです」
「それは聞いた」
「だから、元さんが元さんのままでいられる可能性があるなら、やりたいんです」
元さんは少しだけ目を伏せた。
「そやなぁ……」
しばらくして、元さんが口を開いた。
「俺にも分からんわ。パソコンの中に移った俺が、本当に俺なのかなんてな」
「……はい」
「けどな、少なくとも今の俺は、ここにおる。お前と話して、飯食って、仕事して。そうやって生きてきた俺がおる」
元さんは自分の手を見つめた。
「それがなくなるんは、ちょっと寂しいな」
僕は何も言えなかった。
「でもまぁ、何もしなかったら、どっちにしろ処分やしな」
「……そうです」
「なら、やってみるか!!俺も家族を残して死ぬのは死ぬほど嫌やからな!死ぬ予定やったけど!」
これを笑いながら言えるんだから、この人は…
「元さん……」
「ただし、無理はするなよ。俺を助けるために、お前までどうにかなってしもたら意味ないからな」
「大丈夫です」
「その大丈夫が一番信用ならんのやけどなぁ」
元さんはまた笑った。
僕も、少しだけ笑った。
「ほんで、パソコンに引っ越したあとの俺の身体はどうするんや?」
「それにも、考えがあります」
…作戦を実行する日は、建物の完成日。
その日までに、移行の準備を整えなければならない。
元さんは腹をくくってくれた。
応えなければいけない。
いや、
応えてみせる。




