守りたいもの
まずは、ゲンさんの処分について調べることにした。
処分対象の選定基準。
処分が決定するまでの手続き。
そして、処分を回避する方法。
検索を進めていくと、いくつかの資料が見つかった。
『AI族処分基準について』
一定の基準に基づいて処分選定され、本人のAIフォンへ通知される。
AI遺伝子自体に欠陥が見つかった場合、近しい世代ごと処分を検討する。
処分対象のAI識別番号をAI族全員のAIフォンに通知される。
処分対象者以外への通知は、唐突な身内の処分によってAI族社会の混乱を抑止するため。
ー要するに、別れの時間を設けることで諦めさせていると。
虫唾が走る。
『処分措置取り消し基準』
・危険因子が研究、監視によって誤解だったと判断された場合。
・処分による安全策以上に、処分した場合のAI族・人間社会への影響が著しい場合。
処分対象となる条件、いや、概念だな、、、いくつかあるようだが、
具体的な判定例がどれだけハッキングしても出てこない。
そうなると母さんのことも、ここから調べるのは難しいかもしれない。
だが、どこにも残っていないということは無いはずだ。
そう考えて調べていたが、いよいよ目が疲れてきた。
あ、コンタクト外してない。
「……難しいな」
一度、画面から目を離した。
残り二ヶ月。
時間は限られている。
もう少し調べてみよう。
そう思ったところで、AIフォンが通知音を鳴らした。
画面を確認する。
ゲンさんからだった。
『今度の休みの夜、うちで飯でも食わん?』
思わず笑ってしまった。
『ぜひお願いします』
そう返信した。
*
約束の日。
僕はゲンさんの自宅を訪れていた。
住所を確認し、玄関の前に立つ。
表札に目を向けた。
『元』
なるほど、名字だったのか。
元気の元。そのまんまだな。
そんなことを考えていると、玄関の扉が開いた。
「おう!律!」
「こんばんは、元さん」
「おう、よう来たな!」
「お邪魔します」
「遠慮せんでええぞ!」
奥から女性が顔を出した。
「初めまして律さん。夫から話は聞いてますよ!とっても仕事ができるって」
「いらんこと言うな!」
元さん裏では褒めてくれてるんかw
どうやら奥さんらしい。
「へへ、すいません。お邪魔します」
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
明るく迎えてくれた。
リビングに通されると、もう一人女性がいた。
「娘の陽菜や。俺に似て可愛いやろ」
あ、片目だけ虹色だ。
「パパきもい。律さん初めまして!」
明るい挨拶だな。血は争えぬ。
「初めまして、いつも元さんにお世話になっています。」
「パパがお世話になってる方でしょ」
また笑いが起きた。
食卓には、いくつもの料理が並んでいた。
「うわ、すごいですね」
「やろ?今日は張り切って作ったんや」
「ママがね」
「俺も手伝ったやろ!」
「パパは最後にはキッチン追い出されてたでしょ」
元さんがいじられとるw
食事が始まると、会話は途切れることがなかった。
仕事の話。
休日の話。
昔の失敗談。
奥さんが呆れ、娘さんが笑いながらツッコミを入れる。
僕もいつの間にか、自然に笑っていた。
特別なことは何もない。
ただ、家族で食事をしている。
そんな時間だった。
そして、僕は知っている。
この家族も、元さんの処分が決まっていることを知っている。
それでも、誰も泣いていない。
悲しくないわけではないのだろう。
けれど、みんな笑っていた。
元さんも、いつも通りだった。
「律、飯足りてるか?」
「はい。十分ですよ」
「遠慮せんでええぞ!」
「お父さん、律くん困ってるじゃん」
楽しい時間だった。
本当に、楽しい時間だった。
*
食事が終わり、しばらく談笑していたときだった。
「律、ちょっとええか?」
元さんが僕に声をかけた。
「はい?」
「ちょっと男同士の話があんねん。悪いけど、席外してくれるか?」
元さんは家族に言う。
なんだろう、仕事の話かな?
「えー、お父さん何それ」
陽菜さんがぶーたれてる。
「ええやないか。男には男の話があんねん」
「はいはい。好きにしてください」
奥さんも笑いながら立ち上がった。
「じゃあ、私たちは片付けでもしましょうか」
「おう、頼むわ!」
二人が別の部屋へ移動する。
リビングには、僕とゲンさんだけが残った。
「悪いな、律」
「いえ、大丈夫ですよ」
ゲンさんは椅子に座り直した。
いつもの笑顔は、そのままだった。
「ちょっと頼みがあんねん」
「頼み、ですか?」
「ああ」
少しだけ間を置いて、ゲンさんは口を開いた。
「…俺の処分のことは知っとるな?」
「はい」
「俺が処分された後の話なんやけどな」
僕は黙って聞いていた。
「うちの娘な。細かく言うとクォーターや。俺がハーフで、嫁はAI族。でも俺のほうを強く受け継いだのか、片目は人間の瞳。」
「はい、わかります。」
元さんは少しだけ視線を落とした。
「だから、感情が、やっぱり純粋なAI族より強いんや」
「……」
「俺がおらんくなった後、律が良ければ、ちょっと気にかけてやってほしい」
元さんは僕を見た。
「ハーフのお前にしか頼めんと思ってな」
しばらく、言葉が出なかった。
元さんは、自分がいなくなった後のことを考えている。
自分の家族のことを。
僕は、そんな元さんに何を返せばいいのか…
…嫌だ
「いやです」
思わず口にしていた。
「……そうか。無理にとは言わんよ」
元さんは、少し困ったように笑った。
「違います」
僕はゲンさんの目を見た。
「元さんを、殺させません。」
ゲンさんの表情が止まる。
食事に招かれて、決意が固まった。
僕にしかできない。
僕が、やるんだ。




