積み上げる
「おう、律!」
現場に到着すると、いつもの声が聞こえてきた。
「おはようございます、ゲンさん」
「おう。今日も元気そうやな」
「元気ですよ。ゲンさんは?」
「俺はいつも通りや。腰が痛い以外な」
「それは元気とは言わないんじゃないですか?」
「ははぁ!せやな!」
ゲンさんはよく笑う人だ。
…処分が迫っているのに。
何か特別なことを話すわけでもない。
仕事のことや、食べ物のこと、天気のこと。
本当にどうでもいいような話。
それでも、ゲンさんと話している時間は不思議と心地よかった。
「律は休みの日、何してんの?」
「うーん、ゴロゴロしてます」
禁忌の機械作ってるなんて言えない。
「若いんやから彼女くらい作れ!俺の娘とかどうよ?」
うわ、その返し昭和やん。
「うわ、その返し昭和やん」
あ、しまった
「律!」
豪快に肩を叩かれたあとに、またゲンさんは笑う。
思い返せば、ゲンさんと接するようになってから、以前より笑うようになっていた。
「ゲンさんは、どうしてこの仕事をしているんですか?」
「どうしてって?」
「建物を作る仕事です。完成したら、そこから先は別の人が使うんですよね」
「そらそうやな」
「自分が作ったものを、自分で使うことはないんですか?」
「ないなあ」
ゲンさんは少し考えてから答えた。
「でもな、俺らが作った建物で、飯食ったり、寝たり、家族と笑ったりするんやろ?」
「……」
「その場所を作ってるんやと思う」
僕には、その感覚がまだよく分からなかった。
けれど、ゲンさんがそう話す姿を見ていると、少しだけ分かる気がした。
「律も、そういうもん作れるようになったらええな」
「僕がですか?」
「そう、律ならできる。何かは知らんが笑」
「考えておきます」
「おう!」
ゲンさんとの会話は、いつもこんな調子だった。
答えを教えてくれることもあれば、答えにならないこともある。
それでも、話していると時間が過ぎるのが早かった。
気づけば、仕事の休憩時間が終わっている。
「よし、ぼちぼち戻るか!」
「はい」
僕はゲンさんの後を追って、作業場へ戻った。
ーーー
「律、そっち頼むわ!」
「分かりました」
建設現場で働き始めてから、しばらく経った。
最初は慣れない環境に戸惑うこともあったが、仕事そのものは難しくない。
指示された作業を理解し、必要な手順を整理し、効率よく実行する。
そして最初に怒られた理由も分かってきている。
「すいません、ここまで終わったんで僕手空きました」
「おー律くん、ならそっちの資材運んどいてくれる?」
「わかりました」
返事をして、指定された資材を運ぶ。
「お前、ほんま仕事早いなあ」
「そうですか?」
「そうやで。新人とは思われへんわ。AI族の中でも飲み込みいい方やわ」
「ありがとうございます」
褒められること自体は悪い気分ではなかった。
そんなやり取りを繰り返しながら、僕は少しずつ現場の人間たちに馴染んでいった。
仕事の合間には雑談もする。
昨日食べたものの話。
休日に何をするかという話。
テレビで見たニュースの話。
どれも僕にとっては、それほど重要な情報ではない。
けれど、彼らは楽しそうに話している。
学校で学んだ知識とは違う。
こういうものが、人間社会でいう日常なのかもしれない。
*
僕は部屋に購入したパソコンの部品を並べていた。
父さんの残したインターネットを使うために、自分で新しいパソコンを組み上げる。
必要な部品は揃っている。
設計も済んでいる。
あとは組み立てるだけだ。
……のはずだった。
「……あれ?」
部品の向きが合わない。
設計図を確認する。
もう一度確認する。
問題はない。
どうやら、実際の作業には設計図だけでは把握できない部分があるらしい。
知識として知っていることと、実際に経験することは違う。
そんな当たり前のことを、今さら実感していた。
いや、仕事を始める前の僕は、それを当たり前と思っていなかったっけー
感傷に浸りつつ、作業を進める。
一つずつ部品を取り付け、配線を整理し、接続を確認する。
途中で何度か手を止めたが、どうにか形になった。
そして最後の工程。
電源ケーブルを接続する。
スイッチを押す。
ファンが回り始めた。
モニターにメーカーのロゴが表示される。
「……よし」
無事に起動した。
建設現場で働き始めてから、約一ヶ月。
僕はモニターを見つめていた。
父さんが残してくれたSIMを差す。
インターネットへ、再びつながる。
残り二ヶ月。
この建物の完成まで、ゲンさんの処分まで。
どちらも、もうあまり時間が残されていない。




