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第88話 休暇命令 ~side Kaito~

ルクス・ヴァルキュリアが地球統合軍指定海域上空に降下してから、三時間。


艦内は、地獄だった。


少なくとも、工廠区画はそうだった。


「第三固定アーム、再調整! クロウヴェイル側のフレームがまだ揺れてる!」


「アーク・ノア通信ブロック、冷却系統を切るな! まだ本部との回線を維持してる!」


「量産型GD倉庫、再封印確認! 勝手に開けるな! 開いたら俺が死ぬ!」


「誰だ、レクイエム残骸の隔離ログを手動入力にした奴は! 自動化しろ、自動化!」


怒号と警告音と工具の音が、工廠区画に重なっていた。


カイトは通路の端に立ち、その光景を見ていた。


アルタイル・カスタムは、相変わらず整備架台に固定されている。

その奥には、レイヴン・ハウル、ルナ・スケイル、ガルム・カスタム、フェンリオン、ロス・セレネ、ヴァイス・リッパー・リビルド、ネヴァ、ヴァルクレイドが並んでいた。


そして、さらに奥の隔離区画には、量産型GD群。

その奥に、ノクス・リリス。

最奥には、ネメシス・レクイエムの残骸。


改めて見ると、よく地球側が降下を認めたなと思う。


認めたというより、監視下に置くために降ろした。

そう言う方が正しいのかもしれない。

ルクスは拠点であると同時に、地球側から見れば巨大な危険物の集合体でもあった。


「おい、そこに立ってるなら手伝え!」


タツヤ・グレンの声が飛んできた。


カイトは反射的に背筋を伸ばす。


「え、俺ですか!?」

「他に誰がいる!」

「いや、俺、整備できませんけど」

「できることを探せ!」

「無茶を言ってる自覚あります?」


タツヤは油と汗で汚れた顔のまま、端末を抱えて走っている。

その目の下には、はっきりと隈ができていた。


グリッドも別方向から現れる。

こちらも似たような状態だった。


「地球ってのは便利だな。降りた途端に書類と監視と補給申請が増えやがる」

「それは便利って言わないと思います」

「文句を言ってる暇があるなら、ネヴァの右腕外装を運べ」

「だから俺は整備員じゃ」

「腕は二本あるだろ」

「そういう問題じゃないです!」


コウタが横から荷物を抱えて通り過ぎる。


「カイトさん、逃げた方がいいです」

「コウタ?」

「今の工廠は、近くにいる人間を全部作業員として認識します」

「怖いこと言うなよ」

「事実です」


コウタは真顔だった。


その後ろで、リクトとレオニスが端末を突き合わせている。

帝国研究区画に由来する知識を持つリクトと、帝国開発局にいたレオニス。

経歴は違う。

だが、地球側から見れば、どちらも警戒対象だった。

地球側からすれば、最も警戒される二人だ。


事実、工廠の入り口付近には地球統合軍の監視兵が数名立っていた。

武器は下げている。

だが、視線は鋭い。


「監視つきの整備って、やりにくそうですね」


カイトが呟くと、レオニスが淡々と答えた。


「当然だ。こちらは信用されていない」

「……嫌じゃないんですか」

「嫌かどうかで状況は変わらない」

「強いですね」

「慣れているだけだ」


その言い方には、少しだけ引っかかるものがあった。


リクトは、ノクス・リリスの封印ログを見ながら言う。


「むしろ、監視がある方が地球側も安心する。俺達が自由に動いていると思われるよりはいい」

「でも、気分は良くないですよね」

「気分の問題で済むなら安い」


カイトは何も言えなかった。


地球に降りた。

でも、受け入れられたわけではない。


それが、工廠の空気だけでも分かった。


工廠のさらに奥では、アーク・ノアとクロウヴェイルの改修作業が続いていた。


二隻は、まだ別々の艦としての形を残している。

だが、その間には太い接続フレームと仮設のエネルギーラインが通されていた。


アーク・ノア側の通信中枢は、厳重に保護されている。

そこから伸びるケーブルは、ルクス本体の管制系統へ接続されていた。


エルがその前で作業している。


「アーク・ノア通信系、地球本部との待機回線を維持」

「認証パケット、三十分ごとに再送」

「外部監視網との照合、異常なし」


クロエが横で端末を覗き込む。


「地球側、かなり見てるね」

「はい。外部からの監視照射、現在七系統」

「七?」

「減りました」

「減ってそれなんだ」


エルは静かに頷く。


「降下直後は十一系統でした」

「歓迎ムードじゃないね」

「予想通りです」


ジン艦長もそこにいた。


彼は工廠全体を見渡しながら、淡々と報告を受けている。


「地球側の補給部隊は?」

「第一便が二時間後に到着予定です。ただし、艦内進入は制限付き。積み荷は外部受け渡しになります」

「妥当だな」

「医療班は?」

「重傷者優先で地上施設への搬送準備中。ただし、PT及び元帝国関係者の艦外移動は当面不可です」


ジンはわずかに眉を寄せた。


「そうか」

「はい」


簡単な返事だった。

だが、その内容は重かった。


地球側の負傷者や難民は、少しずつ地上へ移せる。

しかし、PT達や元帝国関係者は艦内待機。


保護対象とは認められた。

だが、自由ではない。


カイトはそれを聞いて、胸の奥が少し重くなった。


「分かっていたことだ」


レイがいつの間にか横に立っていた。


「レイ」

「地球側がすぐに受け入れるはずがない」

「……そうですね」

「不満か」

「不満というか、複雑です」

「複雑で済むならいい」


レイは工廠を見回す。


「まだ撃たれていない」

「それが基準ですか」

「基準だ」


短い。

でも、レイらしい答えだった。


その時、リンが近くを通りかかった。

レイと並んだことで、二人の雰囲気が妙に似て見えた。


無口。

目つきが鋭い。

立ち方が戦闘向き。

どちらも、近づきづらい空気をまとっている。


近くにいた地球軍の若い兵士が、小声で言った。


「……姉妹か?」


リンの動きが止まった。

レイも、わずかにそちらを見る。


兵士は一瞬で背筋を伸ばした。


「す、すみません!」


リンは眉をひそめる。


「姉妹ではない」

レイも言った。


「系列が近いだけだ」

「言い方まで似てる……」


カイトが思わず呟くと、二人の視線が同時に向いた。


「何か言ったか」

「何か言った?」

「いえ、何も」


カイトは即座に目を逸らした。


リンは少し不満そうに腕を組む。


「私は量産型だ」

レイは短く答えた。


「それで?」

「……それで、とは」

「戦場で生き残ったなら、今はそれでいい」


リンは黙った。


レイはそれ以上何も言わない。

それだけだった。


けれど、リンは少しだけ視線を落とした。


カイトはその横顔を見て、何も言わないことにした。


一方、居住区画では別の混乱が起きていた。


こちらは工廠ほど危険ではない。

だが、別の意味で騒がしい。


降下に伴い、難民達の一部が地上施設へ移送される。

そのための検査、登録、荷物整理、区画移動。


そして、その全てに対して、ナユが真面目に対応しようとしていた。


「次の方、識別票を提示してください」

「ナユ、それは地球軍の係の人がやるから」


アイナが慌てて止める。


「ですが、列整理が滞っています」

「分かるけど、休んでいいんだよ」

「休む」

「うん。今はナユが全部やらなくてもいい時間」

「全部やらない時間」

「そう」


ナユは少し考えた。


「それは、任務放棄ではありませんか」

「違うよ」

「違いますか」

「休暇って、そういうものだから」


ナユは納得したような、していないような顔をした。


「休暇」

「うん」

「休暇とは、何を達成する任務ですか」

「だから任務じゃないんだってば」


アイナが困ったように笑う。


その横で、レータが端末を開いていた。


「休暇について、作戦計画を立案しました」

「しなくていいと思います」


イリスが淡々と答える。


「十時〇〇分、休息開始。十時〇五分、休息効果測定。十時一〇分、自由行動へ移行」

「自由行動に分単位の予定が設定されています」

「はい」

「自由ではありません」

「……矛盾を確認」


レータは真剣な顔で端末を見直した。


「では、自由行動の予定を削除します」

「確認」

「代わりに、自由行動候補一覧を作成します」

「自由度が低下しています」

「再度、矛盾を確認」


イリスは数秒考えた。


「休暇は、難しいです」

「はい。想定以上に高度です」


その会話を聞いていたカイトは、思わず額に手を当てた。


「真面目すぎる……」


近くにいたミオが静かに頷く。


「レータは基本的に真面目です」

「真面目な天然って、一番止めづらいですね」

「はい」


ミオは否定しなかった。


その後、カイト達は艦橋前の会議区画に呼び出された。


そこには、ジン、カイル、リノヴァ、ミオ、ユイ、レイ、セラ、レータ、ナユ、リン、アシュ、イリス、アイナが集まっていた。


整備関係者の姿はない。

タツヤも、グリッドも、コウタも、レオニスも、リクトもいない。


いるはずがなかった。


今頃、工廠で地獄を見ている。


「全員、揃ったか」


ジンが言った。


「これより、パイロット及びPT関係者の一時休暇について通達する」


その瞬間、数名が反応した。


「休暇?」


リンが警戒するように言う。


「任務ですか」


ナユが真面目に聞く。


「違う」

「では、訓練ですか」

「違う」

「待機命令ですか」

「それも違う」


ジンは少しだけ疲れた顔をした。


カイルが横で笑う。


「休めって言われてるんだよ」

「休む」


セラが小さく呟く。


「今、この状況で?」

「ああ」


ジンは頷いた。


「整備班、管制班、医療班は降下後処理で動き続ける必要がある。だが、パイロットとPT達は違う」

「機体の多くは修理中。無断出撃も禁止されている。今、君達が戦闘待機しても意味は薄い」

「だから休め」


レイが短く言う。


「命令か」

「命令だ」


ジンは即答した。


「休暇も命令として扱う」

「……なるほど」


レイは納得したようだった。


カイトは少し複雑な気持ちになる。


休暇を命令にしないと休まない人間が多すぎる。


「ただし、完全な自由行動ではない」


ジンは続けた。


「地球側との取り決めにより、艦外活動は制限付きだ。今回は、地球統合軍指定補給基地内、および隣接する管理区域のみ」

「各自、識別タグを携帯。監視員の同行あり。無断で基地外へ出ることは禁止」

「元帝国関係者は今回は対象外。PT達も、事前登録された者のみ同行可能」


その言葉に、空気が少し重くなる。


休暇。

だが、監視付き。


受け入れられたわけではない。

その現実が、ここにもあった。


セラが静かに言う。


「私達は、監視対象ですね」

「そうだ」


ジンは隠さない。


「だが、監視対象であっても、閉じ込めたままにはしない」

「休暇は、君達が地球側と接触する最初の機会でもある」


ミオが少し目を伏せる。


「危険はあります」

「ああ」

「敵意を向けられる可能性も」

「ある」

「それでも行かせるのですか」

「だからこそ、今は小さな範囲で慣らす」


ジンは言った。


「いきなり社会へ出すわけではない。基地内、管理区域、監視付き」

「それでも、艦内だけに閉じ込めるよりはいい」


カイトはジンを見る。


その判断が簡単なものではないことは分かる。


地球側の警戒。

PT達の不安。

艦内の人員不足。

それでも、日常に触れさせる。


第87話でジンが言ったことの続きだった。


兵器ではなく、保護対象として扱う。

その言葉を、少しずつ現実にしようとしている。


「組み合わせはこちらで決めた」


ジンが端末を操作すると、表示が出た。


カイトは思わず画面を見る。


そこには、休暇行動の同行組が並んでいた。


カイト、ユイ。


ミオ、セラ。


レイ、リン。


レータ、イリス。


ナユ、アイナ。


カイル、アシュ。


その他、地球側の監視員と案内担当が各組に一名ずつ。


「……俺とユイ?」


カイトが呟くと、ユイが隣で首を傾げた。


「問題がありますか」

「いや、ないけど」

「なら問題ありません」


そういうものなのだろうか。


ミオが表示を見て、わずかに頷く。


「妥当ですね」

「そうなの?」

「ユイを単独行動させるよりは安全です」

「俺が制御役ってこと?」

「はい」


即答だった。


カイトは少しだけ不安になった。


「俺で止まりますか?」

「止まらない場合もあります」

「そこは嘘でも止まるって言ってほしかった」


ユイが少し不満そうにする。


「私は暴走しません」

ミオが静かに言った。


「収集対象がなければ」

「ミオ」

「事実です」


カイトはその言葉を聞き逃さなかった。


「収集対象?」

「ユイは、集め始めると止まりません」

「……初耳なんだけど」

「聞かれませんでした」

「聞く場面、今までありました?」


ユイは視線を逸らした。


「大げさです」

「大げさではありません」


ミオは淡々と続ける。


「玲奈も制限を設けていたはずです」

「……一種類につき一つまで、とは言われていました」

「守れましたか」

「場合によります」

「守れていませんね」


カイトは頭を抱えた。


「ユイ、何を集めるの?」

「色々です」

「その色々が怖いんだけど」


カイルが横で楽しそうに笑う。


「いいじゃないか。休暇らしくて」

「カイルさん、他人事だと思ってますよね」

「思ってる」


堂々としていた。


一方、カイルの同行相手であるアシュは、少し不満そうにしている。


「俺は工廠に残る」

「駄目だ」


カイルが即答した。


「ネヴァの修理が」

「グリッド達がやってる」

「でも」

「お前が張り付いてても、ネヴァは早く直らない」

「……」

「機体より先に、お前が休め」


アシュは黙った。


その言葉は、軽く見えて、かなり深いところに刺さっているようだった。


リンは表示を見て、レイを見る。


「なぜ私とあなたが」

「PT-R系列だからだろう」

「それだけで?」

「それだけで十分らしい」


レイは淡々としている。


リンは少し納得していない顔をした。


「姉妹扱いされる可能性がある」

「すでにされた」

「……不本意だ」

「俺もだ」


カイトは思わず口元を押さえた。


似ている。

かなり似ている。


セラはミオを見る。


「私は、あなたと?」

「はい」

「監視役ですか」

「必要なら」

「……」

「ですが、今日は休暇です」

「あなたが言うと、余計に休暇に見えない」

「それは否定できません」


ミオは真面目に答えた。


レータは自分とイリスの組み合わせを見て、端末を開く。


「イリス、休暇観測計画を共同で立案しましょう」

「休暇は観測対象ですか」

「はい。未知の行動様式です」

「理解しました」

「まず、休息効率と精神反応の相関を」

「自由行動ではありません」

「再度、矛盾を確認」


もう始まっている。


ナユはアイナの方を見る。


「私は、アイナと行動します」

「うん。よろしくね」

「休暇を教えてください」

「任せて。たぶん」

「たぶん」

「私もそんなに休暇の専門家じゃないから」


ナユは真剣に頷いた。


「では、共同学習です」

「うん。それでいいかも」


その様子を見て、ジンは少しだけ表情を緩めた。


――――――。


「なお、整備班については」


ジンが言いかけた瞬間、通信端末からタツヤの声が割り込んだ。


『休暇なんて単語を工廠に流すな!』

「聞こえていたか」

『聞こえるように流しただろうが!』

「整備班は降下後処理が終わり次第、交代休に入る」

『いつ終わるんだ!』

「努力する」

『艦長、それは終わらない時の言い方です!』


通信の向こうでグリッドの笑い声が聞こえた。


『おいタツヤ、休暇だってよ』

『黙れ。お前もこっち側だ』

『最悪だな』

『自覚しろ』


カイトは苦笑した。


工廠は本当に地獄らしい。


ジンは通信を切ると、集まった面々を見た。


「彼らが動いている間に、君達は休む」

「これは命令だ」

「戦闘になれば、また君達に頼ることになる」

「だから今は、休め」


その言葉に、誰もすぐには反論しなかった。


休むことに慣れていない者が多い。

どうしていいか分からない者もいる。


それでも、命令なら従える。

そのあたりが少し悲しくもあった。


カイトはユイを見る。


「休暇だって」

「はい」

「何したい?」

「……」


ユイは少し考えた。


「地球の空を見たいです」

「うん」

「それから、普通の場所を見たい」

「普通の場所?」

「戦闘区画でも、工廠でも、医療区画でもない場所です」


カイトは頷いた。


「じゃあ、基地の外には出られなくても、管理区域の中を回ってみよう」

「はい」


そこでユイは、少しだけ目を伏せる。


「ゲームセンターはありますか」

「え?」


カイトは思わず聞き返した。


「ゲームセンター」

「いや、基地内にあるかは分からないけど……休憩施設なら、似たものがあるかも」

「玲奈に、昔連れて行かれました」

「そうなんだ」

「ただし、本気でやるなと言われました」

「……何を?」

「景品を取るものです」

「嫌な予感がする」


ミオが横から静かに言った。


「カイト」

「はい」

「ユイを景品コーナーに近づける場合は、上限を設定してください」

「上限」

「はい。一種類につき一つまで、もしくは総数三個まで」

「そんなに具体的なんですか」

「過去の反省です」


ユイが不満そうにする。


「三個は少ないです」

「やっぱり危ないじゃん」


カイトは額に手を当てた。


通達の後、各組は準備のために一度解散した。


通路には、降下後処理のアナウンスが流れ続けている。


《外部補給第一便、接近中》

《地球側監視班、連絡橋への接続準備》

《非戦闘員移送リスト、確認中》

《休暇対象者は識別タグを受領してください》


カイトは識別タグを受け取りながら、窓の外を見た。


ルクス・ヴァルキュリアは、指定海域上空に浮かんでいる。

眼下には、青い海。

遠くには、地球統合軍の沿岸補給基地が見えた。


地球だ。


でも、知っている地球とは少し違って見える。


監視されている。

試されている。

受け入れられるかどうか、まだ分からない。


それでも、海の青さは変わらなかった。


「カイト」


ユイが隣に来る。


識別タグを首から下げている。

それは少し不自然で、少しだけ痛々しかった。


「それ、嫌?」

「タグですか」

「うん」

「必要なら、付けます」

「そうじゃなくて」

「……少し、嫌です」


ユイは正直に言った。


「管理されている感じがします」

「うん」

「でも、今は必要です」

「そうだね」


カイトは少し考えてから言った。


「じゃあ、今日はタグを付けたままでも、普通のことをしよう」

「普通のこと」

「歩いて、何か食べて、何か見て、休む」

「それが休暇ですか」

「たぶん」

「曖昧ですね」

「俺も、こんな状況の休暇は初めてだから」


ユイは少しだけ笑った。


「では、共同学習ですね」

「ナユみたいなこと言うな」

「そうですか」

「うん。ちょっと似てた」


その時、遠くからミオの声がした。


「カイト」

「はい?」

「上限を忘れないでください」

「まだ何もしてないのに!」

「事前警告です」

「信用されてない……」

「ユイに関しては、信用と警戒は両立します」


ユイが少しむっとした顔をする。


「ミオは大げさです」

「では、収集しませんね」

「状況によります」

「やはり警戒が必要です」


カイトは深く息を吐いた。


どうやら、休暇は休めるものとは限らないらしい。


工廠では火花が散り続けている。

通信区画では地球側との交渉が続いている。

医療区画では搬送準備が進んでいる。

監視兵達は、まだ警戒を解いていない。


ルクス・ヴァルキュリアは、地球に降りてもなお、戦場の延長線上にあった。


けれど、その中で。


カイト達には、短い休暇が与えられた。


それは完全な自由ではない。

監視付きで、制限付きで、どこかぎこちない。


それでも、確かに休暇だった。


戦うためではなく。

逃げるためでもなく。

ただ、少しだけ普通の時間を過ごすための。


カイトは、地球の海をもう一度見た。


「行こうか、ユイ」

「はい」


ユイは頷いた。


その背後では、レイとリンが無言で並び、地球兵にまた姉妹と勘違いされていた。

レータとイリスは、休暇計画の矛盾をまだ検証している。

ナユはアイナから、休暇中は走らなくてもいいと教わっている。

セラはミオに促され、少し不満そうに歩き出す。

カイルはアシュの背を軽く押し、工廠へ戻ろうとする彼を連れ出していた。


それぞれの休暇が、始まろうとしていた。


たぶん、普通にはならない。


けれど、今の彼らには。

その普通ではない休暇こそが、必要だった。

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