表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/172

第87話 降下許可 ~side Kaito~

ルクス・ヴァルキュリア、通信管制区画。


そこは、普段の艦橋とは少し違う空気に包まれていた。


戦闘前の緊張ではない。

出撃前の慌ただしさでもない。


もっと静かで。

もっと重い。


これから撃つのは、砲撃ではない。

送るのは、通信だ。


だが、下手をすれば。

それは砲撃よりも危険なものになる。


カイトは、通信卓の前に並ぶ面々を見て、そう思った。


橘ジン。

エル。

クロエ。

リノヴァ。

カイル。

そして、少し離れた場所にユイ、ミオ、レイ、セラ、レータ、ナユ、リン、アシュ、イリス達がいる。


全員が前に出ているわけではない。

けれど、誰も無関係ではいられない。


これから行うのは、地球統合軍上層部への正式通信。


ルクス・ヴァルキュリアの降下許可申請だった。


これは受け入れを求める通信ではない。

少なくとも、ジンはそう考えていた。

こちらが危険物を抱えていることを隠して許可を得るのではなく、危険だからこそ監視下へ置いてもらうための通信だった。

地球側が認めるとしても、それは隔離海域と監視体制を条件にした降下許可になる。

ルクスを自由に降ろす話ではなかった。


「アーク・ノア通信系、起動準備完了」


エルが端末を確認しながら言った。


「識別コード、照合。地球統合軍正規認証、残存率八十七パーセント」

「八十七って、大丈夫なのか?」


カイトが思わず尋ねると、クロエが苦笑した。


「戦闘であれだけ壊れて、八十七パーセント残ってるなら上出来だよ」

「上出来なんですか」

「少なくとも、偽物扱いで即座に遮断される確率は下がる」

「即座に遮断される可能性はあるんですね」

「あるよ」


あっさり言われた。


カイトは少しだけ胃が重くなる。


ジンは通信卓の前に立っていた。

背筋は伸びている。

いつも通り、落ち着いた声で指示を出している。


だが、その横顔には普段より深い緊張があった。


無理もない。


これから彼が説明しなければならないのは、単なる帰還報告ではない。


アーク・ノアは生き残っていた。

その生存者は、正体不明の巨大艦ルクス・ヴァルキュリアに収容されている。

艦内には地球軍、ラスト・オーダー、パルスティア、帝国由来の技術者や保護対象、難民、量産型GD、ノクス・リリス、そしてネメシス・レクイエムの残骸まである。


どこから説明すればいいのか分からない。

それが、カイトの正直な感想だった。


「地球側は、受け入れてくれるでしょうか」


ミオが静かに言った。


その声に、カイトは振り返る。


ミオの表情は落ち着いている。

けれど、わずかに硬い。


「分からない」


ジンが答えた。


「少なくとも、簡単にはいかない」

「ですよね」


カイトが呟く。


レイは壁にもたれたまま、短く言った。


「当然だ」

「当然?」

「正体不明艦が地球に降りる。中には敵性技術と元帝国関係者。警戒しない方がおかしい」


言い方は冷たい。

だが、間違ってはいない。


セラも視線を伏せたまま言う。


「私達は、地球から見れば危険物です」

「セラ」


ユイが小さく呼ぶ。


セラは首を振った。


「事実です」

「……でも」

「分かっています。敵ではないと言いたいのでしょう」

「はい」

「でも、それを地球側が信じる理由はまだ少ない」


ユイは黙った。


カイトは何か言おうとして、言葉を飲み込む。


その沈黙を破ったのは、カイルだった。


「だからジン艦長が話すんだろ」

「……カイルさん」

「ルクスの通信じゃなく、アーク・ノアの通信を使う。地球側の正規艦長が、自分の声で説明する。それ以上に筋の通ったやり方はない」


カイルはいつもの調子で軽く言った。

だが、その声には確かな重みがあった。


「それで駄目なら?」

「その時は、その時だ」


グリッドがいないのに、似たような言い方だ。

カイトは少しだけ苦笑しそうになった。


だが、笑えなかった。


その時は、その時。

その言葉の先にあるものが、軽くないと分かっていたからだ。


「通信回線、開きます」


エルの声が響いた。


室内の空気が一段重くなる。


モニターに、アーク・ノアの識別コードが表示される。

古い通信系。

戦闘で傷つき、何度も応急修理された正規回線。


それでも、地球と繋がるための最後の声。


「送信開始」


ノイズが走った。


画面が何度か乱れる。

低い通信音。

認証待機。

照合。

再照合。


カイトは息を止めていた。


数秒が、妙に長い。


やがて、画面に文字が浮かんだ。


《地球統合軍本部通信網、応答》


エルが小さく息を吐く。


「繋がりました」

「映像は?」

「復旧中です。音声、先に通ります」


ジンは一歩前に出た。


「こちらアーク・ノア艦長、橘ジン」

「地球統合軍本部へ、緊急通信」


しばらく、返答はなかった。


ノイズだけが響く。


そして、低い声が返ってきた。


『……アーク・ノアだと?』


その声には、明らかな驚きがあった。


『識別コードを再送しろ』

「了解。アーク・ノア正規識別コード、再送」


エルが操作する。


『照合中……待機』


また沈黙。


カイトは拳を握った。


画面に映像が入り始める。

まだ粗い。

ノイズで顔ははっきりしない。


だが、複数の人物が通信の向こうにいるのが分かった。


軍服。

管制官。

上層部らしき人物。


その中の一人が、険しい声で言った。


『アーク・ノアは消息不明とされていた』

「その認識で間違いありません」

『では、現在位置を報告しろ』

「地球周辺宙域。現在、ルクス・ヴァルキュリアに収容されています」


その言葉の直後、通信の向こうがざわついた。


『ルクス・ヴァルキュリア?』

『識別不能艦のことか』

『観測班、映像を出せ』

『待て、質量が大きすぎる』


カイトの背筋がわずかに冷える。


やはり、地球側はすでにルクスを観測していた。


当然だ。

これほど巨大な艦が地球周辺に近づけば、隠しきれるはずがない。


『橘艦長』


別の声が入る。


年配の男の声だった。

落ち着いている。

だが、警戒は隠していない。


『その艦は何だ』

「我々の現拠点です」

『地球統合軍所属艦ではないな』

「はい」

『帝国艦か』

「違います」


ジンは即答した。


迷いはなかった。


「ただし、艦内には帝国由来の技術も含まれています」

『……どういう意味だ』

「説明します」


ジンは静かに言った。


「アーク・ノア生存者は、戦闘後、ルクス・ヴァルキュリアへ収容されました。現在、同艦内には地球側生存者、レイヴン率いるラスト・オーダー、パルスティア、難民、元帝国技術者が混在しています」

『元帝国技術者?』

『パルスティアだと?』

『待て、今ラスト・オーダーと言ったか?』


通信の向こうで声が重なる。


カイトは思わず肩に力を入れた。


無理もない。

これだけ聞けば、混乱する。


だが、ジンは続けた。


「現在、我々は修理、補給、収容者保護のため、地球への降下許可を申請します」

『許可できると思っているのか』


即座に返ってきた声は、硬かった。


『所属不明の巨大艦だ。帝国由来の技術を積み、元帝国関係者を収容し、正体不明のパルスティアまで乗せている』

『そのような艦を、地球へ降下させろと?』

「はい」


ジンは短く答えた。


カイトは、思わずジンを見る。


その返答は、あまりにもまっすぐだった。


『橘艦長。状況を理解しているのか』

「理解しています」

『ならば、なぜそこまでして降下を求める』

「宇宙空間での修理・補給には限界があります。負傷者、難民、保護対象のPTもいます。医療、食料、資材、居住環境の安定が必要です」

『PTを保護対象と呼ぶのか』

「はい」


その返答に、室内の空気がわずかに動いた。


ナユが顔を上げる。

リンは腕を組んだまま黙っている。

イリスは、何かを記録するようにジンを見ていた。


『それは兵器だ』

「いいえ」


ジンの声が、少しだけ強くなる。


「この艦にいる彼女達は、名前を持っています」

『橘艦長』

「ナユ、リン、レータ、セラ、イリス。その他、まだ名前を決めていない者もいる」

「彼女達はすでに兵器ではありません」

「少なくとも、私は保護対象として扱います」


通信の向こうが静まり返った。


カイトは息を呑んだ。


それは、ただの説明ではなかった。

ジン艦長の立場表明だった。


地球側の軍人として。

アーク・ノア艦長として。

そして、ルクスにいる者達を守る者として。


『……元帝国関係者についてはどう説明する』

「監視下に置いています」

『信用しているのか』

「信用ではなく、必要性です」

「彼らの知識がなければ、現在の艦内戦力と危険物の管理は不可能です」

『危険物?』


カイトは嫌な予感がした。


ジンは隠さなかった。


「量産型GD群。特殊機ノクス・リリス。ネメシス・レクイエム残骸」

「いずれも隔離・監視下にあります」


通信の向こうが、再びざわついた。


『レクイエムの残骸だと!?』

『なぜ破棄していない!』

『危険すぎる!』


その反応は当然だった。


カイトも、最初に聞いた時はそう思った。

今も、安全だとは思っていない。


だが、破棄すれば済む話でもない。


ジンは表情を変えずに言う。


「破棄にはリスクがあります。構造解析と封印処理が必要です。現時点で無理に処分すれば、逆に被害が出る可能性があります」

『では、地球へ持ち込むつもりか』

「管理下に置いたまま降下します」

『危険を地球へ持ち込むと言っているのと同じだ』

「危険を宇宙に放置するより、管理可能な場所へ移すべきです」


その言葉に、通信の向こうは黙った。


理屈としては正しい。

だが、納得できるかは別問題だ。


カイトは、地球側の気持ちも分かる気がした。


いきなり現れた巨大艦。

中には、危険物と元敵と名前を持った兵器達。


それを受け入れろと言われても、簡単に頷けるはずがない。


『橘艦長』


年配の男の声が、再び響いた。


『君は、その艦の全責任を負えるのか』

「はい」

『簡単に答えるな』

「簡単ではありません」


ジンは静かに答えた。


「ですが、答えは変わりません」


通信室が静かになる。


「この艦には、地球の人間だけが乗っているわけではありません」

「過去に敵だった者もいます」

「作られた者もいます」

「戦うしかなかった者もいます」

「逃げる場所を失った者もいます」


ジンの声は、淡々としていた。


だが、カイトには分かった。


その言葉の一つ一つが、艦内の誰かを指している。


ユイ。

セラ。

レータ。

ナユ。

リン。

イリス。

アシュ。

アイナ。

カイル達。

アルベルト。

レオニス。

カナデ。

リクト。

そして、まだ名前も決まっていないPT達。


「彼らをすべて切り捨てれば、我々は一時的に安全になるかもしれません」

「ですが、それでは何も変わらない」

「帝国が兵器として扱ったものを、我々も兵器としてしか見ないのなら」

「我々は、帝国と何が違うのか」


誰も言葉を発しなかった。


カイトは、胸の奥が熱くなるのを感じた。


ジン艦長は、感情的に叫んでいるわけではない。

理想だけを語っているわけでもない。


現実を見た上で。

危険を分かった上で。

それでも、責任を取ると言っている。


「ルクス・ヴァルキュリアの降下許可を申請します」

「収容者の保護、艦艇修理、補給、危険物隔離処理」

「すべて私の責任下で行います」


通信の向こうは沈黙した。


長い沈黙だった。


やがて、別の声が入る。


『条件がある』


カイトは息を止める。


『降下地点は地球統合軍指定区域。民間居住区から離れた旧外洋演習海域上空』

『降下後、ルクス・ヴァルキュリアは指定高度で停止』

『武装管制は封印』

『搭載機の無断発進は禁止』

『元帝国関係者及びPTの艦外移動は、当面許可しない』

『レクイエム残骸、量産型GD群、ノクス・リリスは地球軍監視対象とする』


条件は厳しい。


だが、拒否ではなかった。


ジンは短く頷く。


「受け入れます」

『橘艦長』

「はい」

『これは許可ではない。暫定承認だ』

「承知しています」

『本部は君達を歓迎しているわけではない』

「理解しています」

『だが、アーク・ノアの生存者を見捨てるわけにもいかん』

「感謝します」


その言葉に、カイトは少しだけ力が抜けた。


完全な許可ではない。

信頼されたわけでもない。

むしろ、疑われたままだ。


それでも。


降りられる。


地球へ。


『降下開始までの準備時間を送る。指定航路から外れた場合、迎撃態勢に入る』

「了解」

『橘艦長』

「はい」

『君の判断が、地球にとって誤りでないことを祈る』


その言葉を最後に、通信は切れた。


通信室に沈黙が落ちた。


誰もすぐには話さなかった。


やがて、クロエが大きく息を吐く。


「……いやあ、胃が痛い」

「お前が言うのか」


カイルが苦笑する。


「かなり厳しい条件ですね」


エルが端末を確認しながら言う。


「でも、降下は可能です」

「暫定承認、か」


ジンが静かに呟いた。


その声には安堵もあった。

だが、それ以上に責任の重さがあった。


ユイが一歩前に出る。


「ジン艦長」

「何だ」

「……ありがとうございます」


短い言葉だった。


けれど、その声は少し震えていた。


セラも、レータも、ナユも、リンも、イリスも。

何も言わなかった。


だが、全員がジンを見ていた。


ジンは少しだけ表情を緩める。


「礼を言うのは早い」

「降りてからが本番だ」

「はい」


ユイは頷いた。


カイトはその横顔を見て、少しだけ安心した。


彼女達は、まだ完全に受け入れられたわけではない。

だが、拒絶されなかった。


それだけでも、今は大きかった。


「カイト」


レイが声をかける。


「はい」

「安心するな」

「……分かってます」


分かっている。


地球に降りることは、終わりではない。

むしろ始まりだ。


地球側上層部との交渉。

ルクス内部の監視。

元帝国関係者への不信。

PT達への視線。

レクイエム残骸の扱い。

量産型GD群の封印。

ノクス・リリスの存在。


何も解決していない。


ただ、次の場所へ進む許可が出ただけだ。


「でも」


カイトは小さく言う。


「それでも、降りられるんですね」

「ああ」


ジンが答えた。


「地球へ降りる」


降下準備は、すぐに始まった。


ルクス・ヴァルキュリア全域に警告灯が灯る。


《全区画へ通達》

《本艦はこれより、地球統合軍指定航路に従い大気圏降下準備に入る》

《非戦闘員は居住区画へ移動》

《工廠区画、全機固定確認》

《医療区画、重力変動対策開始》

《格納庫、発進システム封鎖》


艦内が一気に慌ただしくなる。


工廠では、タツヤとグリッドが怒鳴り合っていた。


「固定ボルト確認! アルタイルの支持具、もう一本増やせ!」

「クロウヴェイル側のフレームが揺れるぞ! 補助アームを噛ませろ!」

「ネメシス・レクイエム隔離区画、温度変化監視!」

「量産型GD倉庫は全ロック二重化!」

「ノクス・リリスの封印確認、ユイ以外近づけるな!」


カイトはその声を聞きながら、通路を走っていた。


途中、難民区画ではアイナが子供達を落ち着かせていた。

ナユがその横で、ぎこちなくも手伝っている。


「大丈夫です」

「これは攻撃ではありません」

「降下という移動です」


言い方は少し硬い。

でも、ナユなりに安心させようとしているのが分かった。


リンは通路の端で周囲を警戒している。

セラは窓のない壁を見つめ、静かに立っていた。

レータは避難誘導の手順を端末で確認し、淡々と指示を出している。

イリスは管制席でデータを記録している。


それぞれの場所で。

それぞれが、できることをしていた。


カイトは、その光景を見て思う。


昨日までは、誰が誰なのかを確認していた。

その次は、何が残っているのかを見た。

そして今、全員が同じ艦で地球へ降りようとしている。


本当に、箱舟みたいだ。


そう思った。


艦橋に戻ると、正面モニターいっぱいに地球が映っていた。


青い星。


カイトが生まれた星。

何度も守ろうとして、何度も失いかけた場所。


その地球が、今は少し怖く見えた。


「不思議だな」


カイトが呟く。


「帰るはずなのに、緊張する」

「当然です」


ミオが隣で言った。


「帰る場所が、必ず受け入れてくれるとは限りません」

「……そうですね」


ユイは少し離れた場所で地球を見ていた。


彼女にとって、地球は何なのだろう。


逃げ込んだ場所。

隠れていた場所。

玲奈と出会った場所。

カイトと出会った場所。

そして今、もう一度戻ろうとしている場所。


カイトには、その全部を分かることはできない。


でも、隣に立つことくらいはできる。


「ユイ」

「はい」

「大丈夫?」

「分かりません」


正直な答えだった。


「でも、逃げません」

「うん」


ユイは地球を見たまま言う。


「前に降りた時は、逃げるためでした」

「今は?」

「戻るため、だと思います」

「……そっか」


カイトは小さく頷いた。


戻るため。


その言葉は、少しだけ温かかった。


「降下航路、地球統合軍指定ルートと一致」


エルが報告する。


「外部監視衛星、複数機が本艦を捕捉」

「地上防衛網、一部ロック反応」

「予想通りだ」


ジンは淡々と言った。


「こちらから逸脱しなければいい」

「了解」


カイルが艦橋の端で腕を組む。


「随分と歓迎されてるな」

「砲口付きの歓迎ですね」


クロエが苦笑する。


リノヴァは航路データを見ながら言った。


「大気圏突入角、許容範囲内」

「ルクスの質量だと、補正を間違えたら大惨事です」

「怖いこと言うな」

「事実です」


カイトは手すりを握る。


ルクス・ヴァルキュリアが、ゆっくりと地球へ向きを変えた。


艦全体が低く震える。

巨大すぎる船体が、重力に捕まっていく。


《全区画、衝撃に備えてください》

《大気圏降下まで、十秒》


カイトは息を吸った。


隣でユイが、静かに地球を見つめている。


《九》

《八》

《七》


工廠では、アルタイル・カスタムが固定具に支えられて眠っている。

レイヴン・ハウルも、フェンリオンも、ルナ・スケイルも、ガルム・カスタムも、ロス・セレネも、ヴァイス・リッパー・リビルドも、ネヴァも、ヴァルクレイドも。

そして、ノクス・リリスも、レクイエムの残骸も。


すべてを抱えたまま。


《六》

《五》

《四》


難民達が手を取り合う。

PT達が目を閉じる。

整備員達が最後の固定確認を叫ぶ。

ジンが前を見る。


《三》

《二》

《一》


ルクス・ヴァルキュリアが、大気圏へ入った。


画面の外縁が赤く染まる。

艦体を包む摩擦光が、炎の翼のように広がった。


カイトは息を呑む。


巨大な箱舟が、青い星へ降りていく。


それは帰還だった。

けれど、凱旋ではない。


それは避難だった。

けれど、敗走でもない。


壊れた者達を乗せた艦が。

まだ名前を持ち始めたばかりの者達を乗せて。

もう一度、地球へ降りていく。


「……始まるんですね」


カイトが呟いた。


ジンが静かに答える。


「ああ」

「ここからが、本当の交渉だ」


ユイは何も言わなかった。

ただ、地球を見つめていた。


その瞳に、赤い降下光と青い星が同時に映っている。


ルクス・ヴァルキュリアは、炎をまといながら降下を続けた。


地球へ。


まだ、受け入れられるかも分からない場所へ。


それでも、帰るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ