第86話 航路 ~side Raven~
ルクス・ヴァルキュリア内部工廠から外殻側へ伸びた建造区画で、巨大建造アームが動いていた。
火花、重機音、溶接光。
中央で再構築されていく巨大艦――《クロウヴェイル・ノア》。
まだ未完成だ。
しかし、すでに以前のクロウヴェイルではない。
アーク・ノア由来大型装甲、帝国推進器。
ルクス補助炉、三勢力の技術が混ざり始めていた。
その光景を、カイルは工廠上層通路から静かに見ていた。
後ろから足音、リノヴァだった。
「またここにいたの」
カイルは視線を動かさない。
「進んでるか確認してた」
リノヴァが下を見る、建造アーム。
接続されていく装甲、以前のボロボロのクロウヴェイルとは違う。
「……変わったわね」
カイルは小さく笑う。
「ああ」
短い返事。しかし、そこには少しだけ実感があった。
その頃、ルクス中央戦術区画。 大型ホログラムに宇宙航路が表示されていた。
複数の“地球”。
帝国航路、崩壊宙域、ブラック・ピット、アース・ヴェルデ、アース・デッドエンド。
それら全てが、線で繋がっている。
クロエが端末を操作する。
「帝国艦隊再編速度、 予想より早い」
橘ジンが眉をひそめる。
「やはり来るか」
レオニスが静かに頷く。
「ネメシス思想派は崩れた」
「だが帝国そのものは残っている」
ホログラム上、複数の帝国艦隊反応。
辺境宙域再集結、新しい補給ライン。
再侵攻準備、完全には終わっていなかった。
その時、別ラインが表示される。 《未確認艦隊反応》。
ブラック・ピット外縁、さらに別地球航路。
クロエが少し真顔になる。
「……これ、帝国正規ルートじゃない」
カイルがホログラムを見る、静かに呟く。
「まだ他にもいるな」
その時、壁際に控えていたアシュが静かに口を開いた。
「外縁航路は、正規航路とは違う」
クロエが端末から顔を上げる。
「アシュ?」
アシュはホログラム上の細い航路線を見る。
そこはブラック・ピットの外側、帝国の公式航路からも外れた場所だった。
「帝国でも、あの辺りはまともに記録されていない」
「記録されていない?」
レオニスが眉をひそめる。
アシュは短く頷いた。
「残骸帯、重力乱流、通信断絶宙域」
「それに、帰還記録のない偵察艦の航跡」
「航路図に線が残っていても、実際に通れるとは限らない」
艦橋の空気が少し重くなる。
クロエが表示を拡大する。 未確認艦隊反応の周囲には、途切れた航路情報がいくつも重なっていた。
まるで、そこだけ宇宙が塗り潰されているみたいだった。
「つまり、そこを通っている相手は?」
ジンが低く問う。
アシュは少しだけ間を置いた。
「普通の艦隊じゃない」
「道を知らない奴なら死ぬ」
「道を知っている奴なら、帝国正規軍より厄介だ」
カイルはホログラムを見つめたまま、小さく息を吐く。
「未確認航路か」
「ええ」
クロエが真顔で頷く。
「嫌な響きね」
アシュは否定しなかった。
「外縁は、捨てられたものが流れ着く場所だ」
「艦も、人も、作戦も」
「何が残っていてもおかしくない」
カイルが短く言う。
「覚えておく」
戦争は広がっている、地球だけじゃない。
帝国だけでもない、宇宙そのものが、
まだ混乱の中にある。
一方、ルクス医療区画。 ユイはゆっくり歩いていた。
まだ完全回復ではない。しかし、以前よりずっと動ける。
その隣にはイリス、さらにレータ。
完全に付き添い状態だった、ユイが苦笑する。
「……別に一人で歩けるんだけど」
レータが真顔で返す。
「信用がありません」
「ひどくない?」
イリスも静かに頷く。
「無茶します」
ユイが少し困る、その時。 通路窓の向こう。
建造中のクロウヴェイル・ノアが見えた。
巨大だった、まだ骨格だけ。 しかし、
確かに新しい船、ユイは少し目を細める。
「……進むんだね」
イリスが静かに聞く。
「怖いですか?」
ユイは少し考える、怖い。 正直。
また戦争になる、また誰か傷付く。
しかし、 それでも、 以前とは違った。
「……ううん」
小さく笑う。
「今度は一人じゃないから」
その言葉に、イリスも少しだけ笑った。
――――――。
工廠最上部、カイトとカイルが並んで新艦を見る。
数秒、無言。 その後、カイトが小さく聞く。
「これからどうします?」
カイルは静かに宇宙を見る、遠い航路。
複数の地球、帝国。 崩壊した宙域。
まだ終わっていない、やがて静かに言った。
「進む」
短い言葉。しかし、 今のクロウヴェイルには、
それが似合っていた、逃げ続けた船。
残された者達の船。しかし、 もう違う。
その時、巨大建造アームが再び動き始める。
《クロウヴェイル・ノア仮設計工程移行》
《第二骨格接続試験開始》
轟音、火花。
巨大艦が少しずつ形になる、ルクス・ヴァルキュリア。
クロウヴェイル・ノア、そして。 集まり始めた生存者達。
物語は今、新しい段階へ進もうとしていた。




