第85話 ノア計画 ~side Kaito~
ルクス・ヴァルキュリア第一工廠区画。
巨大建造レールが動いていた。
重機音、火花、溶接光。
そして、中央に並ぶ二隻。
《クロウヴェイル》。 《アーク・ノア》。
どちらも、もう満身創痍だった。
それでも、まだ終わっていない。
工廠中央会議ブロック、巨大ホログラムが展開される。
そこへ映るのは、クロウヴェイル、アーク・ノア、ルクス工廠データ、帝国予備推進器、外部建造ブロック。
その全てが、一つの画面に重ねられていた。
グリッドが腕を組む。
「結論から言う」
「普通の修理は無理だ」
即答だった。タツヤがため息を吐く。
「分かってたけどな……」
レオニスが静かに続ける。
「アーク・ノアは主骨格損傷」
「クロウヴェイルは推進系限界」
「単独運用はどちらも長く持たない」
ホログラム上、二隻の損傷部位が赤く染まる。
かなり酷い、その時。 クロエが別データを展開する。
《ルクス支援建造システム》。 大型工廠AI。
自動再建機構、都市艦補助機能。 カイトが少し驚く。
「こんなのまであるのか……」
レオニスが頷く。
「ルクス・ヴァルキュリアは、 本来“移民都市建造艦”でもある」
「長期航行前提だ」
「補給なしでも艦隊維持できる」
グリッドが笑った。
「つまり使い放題だ」
クロエが即座に返す。
「制限はあるからね!?」
その時、ホログラムが変化する。 クロウヴェイル中枢。
アーク・ノア通信中枢、指揮管制ブロック、ルクス予備炉。
「アーク・ノアの通信・指揮系を残し、クロウヴェイルの機動系へ接続する」
全部が一つへ接続される、巨大な新艦シルエット。
まだ輪郭だけ。しかし、以前より遥かに巨大。
レガロンが低く呟く。
「……別物だな」
レオニスが静かに言う。
「中枢はクロウヴェイルを使用」
「アーク・ノア主機関を接続」
「さらにルクス補助推進器を増設」
グリッドが続ける。
「つまり」
「逃げる船じゃ終わらねぇ」
その言葉に、カイルが少しだけ反応する。
クロウヴェイル、ずっと逃げ続けてきた船。
残された者達の船。しかし、 ここから変わる。
カイトは、その巨大な新艦シルエットを見上げていた。
船が変わる。
なら、自分達の戦い方も変わるのだろうか。
そう思った時、隣へミオが立つ。
「カイト」
「ミオ?」
ミオはホログラムを見たまま、静かに言った。
「艦だけではありません」
「え?」
「あなたの機体も、次を考える必要があります」
カイトは少し息を止める。
アルタイル・カスタム。 これまで何度も無理をさせてきた機体。
だが、次の戦場が同じとは限らない。
ミオは続ける。
「今までは、目の前の誰かを助けるために飛び込む戦いでした」
「……うん」
「でも次は、 それだけでは足りません」
ミオの声は厳しくない。
けれど、甘くもなかった。
「次は生き残るための戦いになる」
カイトは黙った。
その言葉は、妙に重かった。
勝つためではなく。 撃破するためでもなく。
生き残るため。
そのための機体、そのための判断、そのための戦い方。
「無理に突っ込むな、という意味ですか」
「はい」
ミオは即答した。
「あなたは助けるためなら、自分の危険を後回しにします」
「そんなつもりは……」
「あります」
これも即答だった。
カイトは何も言えなくなる。
ミオは少しだけ表情を緩めた。
「だから、新型機構想ではそこも考えるべきです」
「俺が無茶しても戻ってこられる機体?」
「違います」
ミオは首を横に振る。
「無茶をしなくても、誰かを守れる機体です」
その言葉に、カイトはホログラムを見上げる。
クロウヴェイル・ノア。
逃げる船ではなく、残った者達を乗せて進む船。
なら、自分の機体も。
ただ前へ出るだけでは、きっと足りない。
「……考えてみます」
「はい」
ミオは小さく頷いた。
「生き残る事も、戦う理由の一つですから」
その頃、別工廠ブロック。 大型推進器群が運搬されていた。
帝国製超長距離推進器、未使用品。
さらに。 アーク・ノア側主砲制御ユニット。
地球側整備班が慌ただしく動く、タツヤが叫ぶ。
「その配線切るな!」
「そこ生きてる!」
コウタが慌てる。
「どれが生きてるか分からないんですよ!」
横では、リノヴァが頭を抱えていた。
「何で毎回爆発寸前なの……」
グリッドが笑う。
「工廠はそういうもんだ」
「絶対違う」
その時、巨大建造アームがゆっくり動き始める。
クロウヴェイル外装ブロックが外される。
代わりに。 アーク・ノア側大型装甲が接続されていく。
空気が少し変わる、誰も気付いていた。
これは修理じゃない。 “誕生”だ。
会議区画、橘ジンが静かに新艦ホログラムを見る。
その隣にはカイル、そしてカイト。
三人とも無言、やがて橘が低く言う。
「この艦は、 もうどこの所属になる?」
静かな問いだった、地球軍か。 ラスト・オーダーか。
帝国技術艦か、答えは簡単じゃない。
その時、カイルが静かに言う。
「全部だ」
全員が少し見る、カイルはホログラムを見る。
「ここに残った奴ら全部乗せる」
「地球も」
「帝国も」
「PTも」
「難民も」
短い沈黙、その後。 カイトが小さく頷く。
「……そうですね」
橘も静かに息を吐く、否定しなかった。
その時、ホログラム上。 新艦名称欄が空白表示される。
グリッドがニヤける。
「名前どうする?」
クロエが即座に言う。
「嫌な予感しかしない」
グリッドが笑いながら入力する。 《CROWVEIL - NOAH》。
クロウヴェイル・ノア、その瞬間。
工廠全体で巨大建造アームが本格起動する。
轟音、火花。 新しい艦体形成開始。
クロウヴェイル。 アーク・ノア、そしてルクス・ヴァルキュリア。
三つの勢力、三つの生き残り。 その全部を繋いだ船が今、静かに生まれ始めていた。




