表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/157

第81話 工廠 ~side Kaito~

自己紹介大会の翌日。


カイト達は、ルクス・ヴァルキュリアの工廠区画にいた。


人の次は、艦と機体。


自己紹介で顔と名前を覚えたばかりの者達が、今度はそれぞれの機体と技術を前にして向き合うことになる。

そう言ったグリッドの言葉は、冗談ではなかったらしい。


「……広すぎるだろ」


カイトは思わず呟いた。


目の前に広がっていたのは、格納庫という言葉では収まらない空間だった。


天井は遠い。

壁面には何層もの整備足場が組まれ、巨大なクレーンが無音に近い動きで滑っている。

床には機材、ケーブル、装甲板、外された推進器、修理待ちの部品が並び、遠くでは火花が散っていた。


そこは、艦の中というより、もう一つの造船所だった。


「ルクス・ヴァルキュリアの主工廠区画だ」


レオニスが淡々と言った。


「元々は長距離航行中に、自艦の修理と搭載機の改修を行うための区画だ。規模だけなら、小型艦なら複数隻を同時に収容できる」

「小型艦って……」


カイトは言いかけて、視線を上げた。


そこで言葉が止まった。


工廠の奥。

巨大な整備架台の間に、二隻の艦が並んでいた。


アーク・ノア。

そして、クロウヴェイル。


どちらも、かつては単独で宇宙を航行していた艦だ。

それが今は、ルクス・ヴァルキュリアの腹の中で、外装を外され、骨組みを晒しながら修理を受けている。


「……本当に中に入ってる」


カイトが呟くと、グリッドが楽しそうに笑った。


「入れた」

「言い方」

「いや、実際そうだろ。普通はこんな場所に艦を二隻も突っ込まねぇ」

「普通なら、そもそもこんな艦を持っていない」


タツヤが疲れた声で言う。


その顔には、昨日から寝ていないのではと思うほどの疲労が浮かんでいた。


「タツヤさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫に見えるか?」

「見えないです」

「正直でよろしい」


その横で、コウタも端末を抱えながらふらふらしている。


「整備班、ほぼ総動員です。艦が三つあるようなものなので」

「三つ?」

「ルクス本体、アーク・ノア、クロウヴェイル」

「ああ……」


カイトは納得した。


確かにそうだ。

ここにあるのは、機体数機の修理ではない。


艦隊の残骸を、ひとつの箱舟にまとめ直す作業だった。


「アーク・ノアとクロウヴェイルは、最終的に一つにする予定だ」


ジンが静かに言った。


その言葉に、カイトは振り返る。


「一つに?」

「ああ。どちらも単独運用には限界がある。だが、使える機能はまだ多い」


タツヤが端末を操作しながら説明を引き継ぐ。


「アーク・ノアは指揮系統と通信系がまだ生きてる。クロウヴェイルは機動性と外宇宙航行用の改造ノウハウが残ってる。なら、片方を捨てるより統合した方がいい」

「……船を合体させるみたいな話ですか?」

「言い方は軽いが、やることは近い」


グリッドがニヤリと笑う。


「アーク・ノアの頭と、クロウヴェイルの足をくっつける感じだな」

「雑に言うな」

「分かりやすいだろ」

「分かりやすいのが余計に腹立つ」


タツヤが眉間を押さえる。


カイルは少し離れた場所で、クロウヴェイルを見上げていた。

その顔はいつものように軽く笑っている。

けれど、目だけは静かだった。


「クロウヴェイルも、ずいぶん無理をさせたからな」

「艦長が無茶をするからです」


リノヴァが即座に言った。


「否定はしない」

「否定してください」


クロエが端末を覗き込みながら続ける。


「ただ、統合が終わるまではクロウヴェイル単体での出撃は厳しいね。推進系の癖が強すぎるし、フレームにも疲労が出てる」

「それ、直るのか?」

「直す」


グリッドが答える。


「直るかどうかじゃねぇ。直すんだよ」

「……レイヴン組って、だいたいそういう考え方ですよね」


カイトが言うと、クロエが笑った。


「生き残ったら勝ちだからね」

「雑だな……」


だが、嫌いではなかった。


「ただし」


ジンが一歩前に出る。


「アーク・ノアの通信系は、当面残す」


カイトは首を傾げた。


「通信系だけ、ですか?」

「ああ」


ジンは工廠の奥、アーク・ノアの艦橋区画に繋がる太いケーブルを見上げた。


「ルクス・ヴァルキュリアを地球に降下させるなら、地球統合軍上層部との連絡が必要になる」

「ルクス本体の通信では駄目なんですか?」

「駄目ではない。だが、相手は警戒する」


エルが端末を見ながら補足した。


「ルクスの識別コードは、地球側には登録されていません。大質量艦、所属不明、内部に帝国系技術反応あり。普通に考えれば、接近前に迎撃対象になります」

「……ですよね」


カイトは思わず乾いた声を出した。


この艦は味方だ。

少なくとも、今ここにいる者にとってはそうだ。


だが、地球から見れば違う。


どこから来たのかも分からない巨大艦。

中には、元帝国兵器、パルスティア、GD、レイヴン組、難民、そしてレクイエムの残骸まである。


警戒するなという方が無理だった。


「だから、アーク・ノアの認証を使う」


ジンが言う。


「地球統合軍に正式な通信を送る。こちらが生存していること、ルクスに収容されていること、修理と補給のため降下許可を求めることを伝える」

「……すんなり通りますかね」

「通らないだろうな」


即答だった。


カイトは少し固まる。


「通らないんですか」

「当然だ。だが、通さなければならない」


ジンの声は静かだった。

だが、その静けさの中に、艦長としての硬さがあった。


「この艦には、地球側の人間だけが乗っているわけではない。説明しなければ、上層部は必ず疑う」

「……元帝国関係者もいますし」

「PTもいる。難民もいる。レイヴン達もいる」


ジンは一度、カイトを見る。


「だからこそ、正式な回線が必要だ。アーク・ノアはまだ死んでいない。少なくとも、地球と我々を繋ぐ声としてはな」


その言葉に、カイトはアーク・ノアを見上げた。


航行能力は失われつつある。

船体も傷だらけだ。

けれど、まだ役目は残っている。


それが少しだけ、救いのように思えた。


「で、次は機体だ」


グリッドが言った。


「艦の話が終わったからって、帰れると思うなよ」

「思ってませんけど、少しは休みませんか?」

「休むのは死んだ後でいい」

「よくないです」


カイトが即座に返すと、タツヤが頷いた。


「そこはカイトが正しい」

「おい、地球側整備主任。裏切るな」

「俺は常識側だ」


そんなやり取りをしながら、彼らは工廠の下層区画へ移動した。


そこには、人型機動兵器用の整備架台が並んでいた。


LF。

GD。

そして、そのどちらにも分類しづらい機体。


地球側と帝国側。

科学と異質な技術。

それらが同じ場所に並んでいる光景は、どこか不気味だった。


「まずは、お前のだ」


タツヤが指さした先に、アルタイル・カスタムがあった。


カイトは息を呑む。


アルタイル・カスタム。

自分が乗ってきた機体。


白を基調とした装甲に、青いラインが走る。

関節部には地球軍機らしい灰色のフレームが覗いていた。


だが今は、胸部装甲が外され、右肩のフレームもむき出しになっている。

脚部には補助支持具が噛ませられ、背部ユニットも半分解体されていた。


「……思ったよりひどいですね」

「思ったより、で済ませるな」


タツヤが端末を見せる。


「フレーム歪み、関節負荷、制御系のズレ、推進補助の損耗。戦える状態じゃない」

「修理は?」

「予定には入っている」


カイトは嫌な予感がした。


「予定には」

「ああ」


タツヤは隠さず言った。


「今は艦が先だ。アルタイルだけ直しても、帰る場所が落ちたら意味がない」

「……ですよね」


分かっている。

分かっているが、胸の奥が少し重くなった。


次に何か起きた時、自分は出られるのか。

また誰かが戦っているのを、見ているしかないのか。


その不安が、顔に出ていたのだろう。


レイが短く言った。


「焦るな」

「……レイ」

「機体は直る。焦って乗れば、機体より先にお前が壊れる」


相変わらず言葉は少ない。

だが、妙に重かった。


カイトは苦笑する。


「経験者っぽい言い方ですね」

「経験者だ」


それ以上、レイは言わなかった。


アルタイルの隣に、薄藍と真珠色の装甲を持つ機体が整備されていた。


「ルナ・スケイル」


ミオが静かにその名を言う。


彼女の機体だ。


白というより、淡い月光色。

薄藍の装甲に、真珠色の鱗状パネルが重なる。

背部には防御補助ユニットが畳まれ、光を受けるたび、銀色の縁取りが静かに揺らめいていた。


月の鱗という名の通り、装甲の一部が薄い板のように重なっている。


「ミオの機体ですよね」

「はい。防御支援、姿勢制御、電子補助を重視した機体です」

「相変わらず綺麗な機体だな」

「性能評価に美観は関係ありません」

「いや、褒めたんだけど」


ミオは少しだけ首を傾げた。


「なら、ありがとうございます」


そのやり取りに、ユイが横で小さく笑う。


「ミオらしい」

「ユイほど扱いにくくはありません」

「どういう意味」

「そのままです」


カイトは少しだけ安心した。

こういう会話ができるなら、まだ大丈夫だと思えた。


その隣には、まだ登録名が新しい機体があった。


ガルム・カスタム。


黒ではない。

鉄紺に近い装甲と、獣の毛並みを思わせる狼灰の外装。

関節部には赤いセンサー光が細く走り、機体全体が低く身構えた獣のように見えた。


「これはレイの機体ですか?」

「ああ」


タツヤが端末を操作する。


「元はガルム系の機体だが、レイの反応速度に合わせて調整してある。近接戦闘重視。装甲より機動と突撃力を優先している」

「レイが前に乗ってた機体って、これだったんですね」

「記録上はな」


レイは機体を見上げたまま言う。


「名前を呼ぶ必要がなかった」

「いや、読者的には必要だったかもしれません」

「読者?」

「いえ、何でもないです」


カイトは慌てて首を振った。


レイは少しだけ不思議そうにしていたが、それ以上追及しなかった。


「こっちがレイヴン側だ」


クロエが少し楽しそうに言った。


そこには、黒紫の艶を帯びた機体があった。


レイヴン・ハウル。


その機体は、他のGDともLFとも違う雰囲気を持っていた。

細身でありながら、各部に鋭い装甲が重なり、背部ユニットは翼を畳んだ鳥のようにも見える。


その黒は、ただの黒ではない。

光を受けるたび、濡れた羽根のように紫がかった艶を返していた。

青いセンサー光が、眠る烏の目のように細く灯っている。


「……これが、カイルさんの機体」

「ああ」


カイルが軽く頷く。


「レイヴン・ハウル。俺の相棒みたいなものだ」

「相棒、ですか」

「艦がクロウヴェイルなら、機体はこいつだな」


カイトは機体を見上げた。


黒い烏が、翼を畳んで眠っている。

そんな印象だった。


けれど、起きればきっと。

静かに、鋭く飛ぶ。


「今は?」

「修理中。無茶をさせすぎた」


リノヴァが横から言う。


「艦長が無茶をするからです」

「昨日も聞いた」

「何度でも言います」


カイルは苦笑した。


その少し奥に、別の機体が固定されている。


ネヴァ。


傷だらけの機体だった。

装甲は白ではなく、焼けた黒鉄に近い色をしている。

あちこちに焦げ跡が残り、片腕の外装は外され、胸部フレームも開かれていた。


黒紫の艶を持つレイヴン・ハウルとは違う。

こちらは、火をくぐり抜けた鉄のような黒だった。

装甲の隙間からは、青白い内部光が細く漏れている。


アシュは、その前に立っていた。


「……あれが、ネヴァ」

「ああ」


グリッドが頷く。


「アシュごと拾った機体だ。状態は悪い」

「直るのか?」


アシュが静かに尋ねる。


グリッドは即答した。


「直す」

「直るかじゃなくて?」

「直すんだよ」


アシュは少しだけ目を伏せた。


「……そうか」


その声には、安堵にも似たものが混じっていた。


カイトは何も言わなかった。

言わない方がいい気がした。


ネヴァは、ただの機体ではない。

アシュにとっては、ここまで生き残ってきた証なのだろう。


その隣には、重厚な機体が立っていた。


ヴァルクレイド。


黒鉄の骨格に、暗赤の装甲を重ねた機体だった。

肩部には管制用の複合センサーが並び、その一部が金色に光っている。

派手ではない。

だが、戦場全体を見下ろすための重さがあった。


「これが私の機体、ヴァルクレイドだよ」


レータが真顔で説明する。


「統率、戦術管制、現場支援に対応してる」

「自分で説明するんですね」

「誤情報を防ぐため」


クロエが小さく笑う。


「レータらしい」

「評価として記録する」

「褒めてるかどうかは微妙だけどね」


レータは真剣に頷いた。


「それも記録する」


次の区画には、パルスティア関連の機体が並んでいた。


その一つを見た瞬間、セラの表情が少しだけ変わる。


フェンリオン。


長距離射撃用のフレーム。

肩部に展開式の砲撃ユニット。

脚部には姿勢固定用のアンカー構造。


白いGDではある。

だが、純白ではない。

砂を混ぜたような白磁色の装甲に、橙色の照準ラインが細く走っている。

頭部と砲撃ユニットのセンサーだけが、金色に光っていた。


いかにも、射撃特化型の機体だった。


「……私の機体」


セラが短く言った。


「調整はまだ終わっていない」


レオニスが補足する。


「セラの反応値に合わせた再調整が必要だ。以前の登録データは、帝国側仕様のまま残っている」

「つまり、そのまま乗ると?」

「無理に起動すれば、機体がパイロットを命令系統に戻そうとする可能性がある」


その言葉に、カイトは顔をしかめた。


「それ、危険じゃないですか」

「危険だ」


セラは淡々と答えた。


「だから、まだ乗らない」

「……乗りたいんですか?」

「必要なら乗る」


それは、戦いたいという意味ではなかった。

けれど、逃げるつもりもないという意味だった。


ユイが静かにセラを見る。


「無理しないで」

「あなたに言われたくない」

「……それは、そう」


珍しくユイが言い返せなかった。


次に、ロス・セレネ。


ナユの機体だった。


フェンリオンほど鋭くはない。

青紫の装甲と銀灰の支援ユニットを持つその機体は、夜明け前の月のように静かな印象だった。

背部には可変式の支援ユニットがあり、肩部には細かなセンサーが並んでいる。


ルナ・スケイルが月光なら、ロス・セレネは夜明け前の空だった。

淡い水色のセンサー光が、静かに明滅している。


「ロス・セレネ」


ナユがその名をゆっくり呼ぶ。


「私の機体です」

「そうだな」


カイルが頷いた。


「お前用に調整する。ただし、今すぐ戦わせるつもりはない」

「戦闘任務ではないのですか」

「違う。まずは生きる訓練だ」


ナユは少し考える。


「生きる訓練」

「ああ。飯を食うのも、寝るのも、誰かと話すのも、その一部だ」


アイナが隣で微笑む。


「じゃあ、食事教官として私も関係あるね」

「はい。重要任務です」

「だから教官じゃないってば」


周囲に小さな笑いが起きた。


その隣に、白銀の装甲を持つ機体があった。


ヴァイス・リッパー・リビルド。


リンの機体。


白銀の装甲に、赤い補強ラインが走る。

再構築された裂断者の名にふさわしく、各部の刃状装甲だけが不自然に鋭かった。

赤いラインは飾りではない。

補強材と出力経路を兼ねた、再構築の傷跡のようにも見えた。


名前だけなら、他の機体よりもずっと物騒だった。

白銀の裂断者。

それを再構築したもの。


「……ずいぶん派手な名前だな」


タツヤが呟く。


リンは腕を組んだまま答える。


「名前で戦うわけじゃない」

「いや、名前も結構大事だぞ」


グリッドが笑う。


「少なくとも、敵は嫌がる」

「なら、それでいい」


リンは短く言った。


だが、その視線は機体から離れない。


カイトは少しだけ分かった気がした。

リンにとっても、あれはただの兵器ではない。

自分が戦場に立つための、自分の場所なのだ。


「イリスの機体は?」


カイトが尋ねると、イリスは静かに首を振った。


「ありません」

「ないんですか?」

「はい」


イリスは工廠の上層、管制席の方を見る。


「私は、乗るより見る方が役割に近いです」

「見る」

「観測し、記録し、判断材料を渡す。それが私の機能です」


カナデが優しく言った。


「機能だけではなく、あなたが選べる役割でもあります」

「選べる役割」

「ええ」


イリスは少し考えた。


「では、私は管制席で見ます」

「はい。怖くなったら、いつでも止めていいです」

「止めることも、選択ですか」

「もちろん」


イリスは小さく頷いた。


そのやり取りを見て、カイトは少し胸が軽くなった。


機体に乗る者。

乗らない者。

戦う者。

支える者。


それぞれの場所が、少しずつ決まっていく。


それは、昨日の自己紹介大会の続きのようだった。


「で、ここからが問題だ」


タツヤが低い声で言った。


一行はさらに奥の区画へ進んだ。


そこは、他の整備区画とは違っていた。

照明が少し暗い。

空気も重い。


分厚い隔壁の向こうに、倉庫があった。


「ここは?」


カイトが尋ねる。


答えたのは、ユイだった。


「……予備格納区画です」

「予備?」


グリッドが扉の認証盤を見る。


「認証が変だな。帝国式でも、地球式でもねぇ」

「個人封印に近い」


リクトが端末を見ながら言った。


「誰の?」

「……私です」


ユイの声は小さかった。


カイトはユイを見る。


「ユイ?」

「必要になると思って、隠していました」


タツヤの眉が動く。


「何を」

「量産型GDです」

「……一機か?」

「一通りです」


沈黙。


タツヤが頭を抱えた。


「お前、その“一通り”って言い方やめろ」

「事実です」

「事実だから困ってるんだよ!」


隔壁が開く。


その奥に、量産型GDが並んでいた。


一機、二機ではない。

整然と並ぶその姿は、眠っている兵士の列のようにも見えた。


装甲は、灰白に近い無塗装色だった。

個性を消した、兵器としての色。

先ほどまで見てきた専用機達とは違い、名前を持たない量産品の冷たさがそこにあった。


カイトは息を呑む。


「これ、全部……」

「帝国系の量産型GDだ」


レオニスが険しい顔で言った。


「よく隠していたな」

「必要になると思ったので」

「それはもう聞いた」


タツヤが疲れた声で言う。


コウタは半ば呆然としていた。


「これ、使えるんですか?」

「機体としては使える」


リクトが答える。


「ただし、認証ロック、追跡信号、命令系統の残留、操縦適性の問題がある。安全確認なしで起動するのは危険だ」

「つまり?」

「すぐには使えない」


グリッドが笑う。


「でも、使えないわけじゃねぇ」

「笑うな」

「笑ってねぇよ。震えてるだけだ」


その言葉に、カイトは少しだけ分かった。


戦力はある。

だが、使えるかどうかは別問題。


兵器は、ただそこにあるだけでは味方にならない。


その時、タツヤが端末を見て眉をひそめた。


「……ユイ」

「はい」

「この倉庫、奥にまだ封鎖区画があるな」

「……」


ユイは答えなかった。


カイトはその沈黙で察した。


「ユイ」

「……あります」


声が、少しだけ硬かった。


倉庫のさらに奥。

量産型GDの列を抜けた先に、もう一つの隔壁があった。


そこだけ、明らかに空気が違っていた。


レオニスが端末を確認し、表情を変える。


「これは通常の封印ではない」

「帝国式じゃないのか?」

「違う。ユイ個人の生体認証を基準にしている」


リクトも画面を見て、声を低くした。


「しかも、外部からの強制開放を想定していない。開けるなら、ユイ本人の承認がいる」

「……開けるのか?」


カイルが尋ねる。


ユイはしばらく黙っていた。


その沈黙は長かった。

誰も急かさなかった。


やがて、ユイは小さく頷いた。


「開けます」

「いいのか?」

「隠していても、いずれ必要になります」


その言い方が、少しだけ苦しかった。


ユイが認証盤に手を置く。


低い音が響いた。

隔壁がゆっくりと開いていく。


その奥に、黒い機体が眠っていた。


カイトは息を呑んだ。


量産型GDとは違う。

フェンリオンとも、レイヴン・ハウルとも違う。


黒い装甲。

細く鋭い輪郭。

背部に畳まれた、翼とも刃ともつかない構造。


だが、その黒はレイヴン・ハウルのような艶ではない。

ネヴァのような焼けた黒鉄でもない。

照明を受けても反射せず、むしろ周囲の光を吸い込むような黒だった。


装甲の色というより、そこだけ夜が沈んでいる。

そんな錯覚を覚える。


「……あれは」


カイトが呟く。


ユイが小さく答えた。


「ノクス・リリス」

「以前、私が乗っていた機体です」


その名を聞いた瞬間、ミオの表情がわずかに変わった。


「ユイ……あなた、これをまだ」

「はい」

「どうして報告しなかったのですか」

「報告すれば、解体されると思いました」

「それは……」


ミオは言葉を止めた。


否定できなかったのだろう。


タツヤはノクス・リリスを見上げ、低く言った。


「危険なのか」

「危険です」


ユイは即答した。


「でも、必要になる可能性があります」

「お前はそればっかりだな」

「事実です」


タツヤはため息を吐いた。


怒っている。

だが、怒鳴りはしなかった。


「今すぐ起動は?」

「しません」

「当然だ。調査が先だ。いいな」

「はい」


カイトはノクス・リリスを見上げた。


以前、ユイが一人で乗っていた機体。

誰にも言えず、誰にも頼れず。

それでも必要になると思って、隠していた機体。


その事実が、少しだけ痛かった。


「ユイ」

「はい」

「これに乗ってた時、一人だったのか?」

「……はい」


短い返事。


それだけで十分だった。


カイトはそれ以上聞かなかった。


だが、工廠の奥には、さらに重いものがあった。


それは機体ではなかった。

少なくとも、今はそう呼べる形をしていなかった。


隔離区画の最奥。

厚い防護壁と複数の拘束アームに固定された、巨大な残骸。


焼け焦げた黒い装甲。

砕けたフレーム。

融けた内部構造。

その内部で、赤黒い光だけが微かに脈打っている。


それでも、そこから漂う圧だけは消えていない。


ノクス・リリスの黒が夜だとすれば、こちらは災害の黒だった。

焼け、崩れ、なお消えきらない悪意の色。


カイトは、その名を聞く前に分かった。


「……ネメシス・レクイエム」


ユイの肩が小さく揺れた。


レオニスが低く言う。


「残骸だ。完全に停止している」

「完全に、か?」


グリッドが目を細める。


レオニスは少しだけ沈黙した。


「少なくとも、現時点では」

「嫌な言い方だな」

「安全だと言い切れる材料がない」


リクトが続ける。


「これは兵器というより、災害の残骸だ。下手に起動すれば、何が起きるか分からない」

「じゃあ、なぜ保管している」


ジンが尋ねた。


レオニスは答えない。

代わりに、ユイが口を開いた。


「使える可能性があるからです」

「ユイ」


ミオが少し強い声を出した。


ユイはそれでも続ける。


「そのままでは使えません。危険すぎます」

「でも、残骸の中には、まだ使える構造が残っている」

「制御系も、出力機関も、通常のGDとは違う」

「もし、改修できれば……」


カイトは嫌な予感がした。


「まさか」

「私の機体にできる可能性があります」


その言葉に、空気が止まった。


ネメシス・レクイエムの残骸を改造し、ユイの機体にする。


それは、ただの改修ではない。

悪夢の残骸を、もう一度力に変えるということだった。


「反対だ」


タツヤが即座に言った。


「危険すぎる」

「分かっています」

「分かってるなら言うな」

「でも、必要になるかもしれません」

「またそれか」


タツヤの声に怒りが混じる。


「お前は何でも一人で抱えようとするな」

「……」

「ノクス・リリスも、量産型GDも、レクイエムの残骸も。全部、必要になると思ったから隠した。そう言うんだろ」

「はい」


ユイは否定しなかった。


カイトは二人の間に入るべきか迷った。

だが、ジンが静かに手を上げる。


「今ここで結論を出す必要はない」

「艦長」

「レクイエム残骸は隔離保管を継続。調査は許可制。起動実験は禁止」

「妥当だな」


カイルが頷く。


「必要になるかもしれない。だが、今すぐ触るものじゃない」

「……はい」


ユイは小さく頷いた。


けれど、その目は残骸から離れなかった。


怖い。

そう思っているように見えた。


だが、それだけではない。


まるで、まだ終わっていない何かを見ているようだった。


工廠を一通り見終えた頃には、カイトの頭は完全に情報で埋まっていた。


ルクス・ヴァルキュリア。

アーク・ノア。

クロウヴェイル。


アルタイル・カスタム。

ルナ・スケイル。

ガルム・カスタム。

レイヴン・ハウル。

ネヴァ。

ヴァルクレイド。

フェンリオン。

ロス・セレネ。

ヴァイス・リッパー・リビルド。


量産型GD。

ノクス・リリス。

ネメシス・レクイエムの残骸。


艦もある。

機体もある。

戦力もある。


だが、そのほとんどが修理中で、調整中で、危険物で、信用問題を抱えている。


「……あるのに、ないみたいですね」


カイトが呟くと、タツヤが少しだけ笑った。


「分かってきたじゃないか」

「嬉しくないです」

「戦力ってのは、数だけじゃない。動くか、乗れるか、信用できるか、整備できるか。そこまで揃って初めて戦力だ」


グリッドが肩をすくめる。


「つまり今は、使えるものを探してる段階だな」

「棚卸し、ですね」

「そうだ。壊れた箱舟の棚卸しだ」


カイトは工廠を見回した。


昨日は人の名前を覚えた。

今日は機体の名前を知った。


けれど、それはただの紹介ではなかった。


誰が生き残ったのか。

何が残されたのか。

何を直し、何を捨て、何を使うのか。


それを決めるための時間だった。


「カイト」


ユイの声がした。


振り返ると、ユイが少し離れた場所に立っていた。

視線はノクス・リリスのある方向へ向いている。


「怒っていますか」

「何に?」

「隠していたこと」

「……驚いたけど」


カイトは少し考えた。


「でも、怒ってるかと言われると、違うと思う」

「なぜですか」

「ユイが必要だと思った理由も、少しだけ分かるから」


ユイは黙る。


カイトは続けた。


「でも、これからは一人で決めないでほしい」

「……」

「必要になるかもしれないなら、なおさら。みんなで考えた方がいい」


ユイは少しだけ目を伏せた。


「私は、まだそれが苦手です」

「知ってる」

「……知ってるんですか」

「見てれば分かる」


ユイは少し不満そうにした。

けれど、怒ってはいなかった。


「努力します」

「うん」


その返事は短かった。

だが、前よりは少しだけ近かった。


工廠の出口に向かう途中、ジンが立ち止まった。


「エル」

「はい」

「アーク・ノア通信系の復旧を急がせろ」

「了解しました」

「地球降下前に、必ず本部へ連絡を取る」


カイトはその言葉に反応した。


「地球に、戻るんですね」

「戻るというより、降りる」


ジンは言った。


「修理、補給、収容者の保護。どれも宇宙だけでは限界がある」

「でも、地球側が受け入れるかどうかは」

「だから通信が必要だ」


ジンは工廠を見渡す。


「この艦に何が乗っているのか。誰がいるのか。何を抱えているのか」

「それを隠したまま降りるわけにはいかない」


その言葉に、ユイがわずかに反応した。


ジンはそれを見ていたのか、静かに続ける。


「隠すことで守れるものもある。だが、隠したままでは進めない時もある」

「……はい」


ユイは小さく答えた。


カイトは、もう一度工廠を振り返った。


巨大な艦。

壊れた機体。

眠る兵器。

危険な残骸。

そして、それらを直そうとする人達。


ルクス・ヴァルキュリアは、まだ完成していない。

むしろ、壊れたものを無理やり抱え込んでいるだけかもしれない。


それでも。


ここには、直そうとする意思があった。


艦も。

機体も。

人も。

関係も。


すべてが、まだ修理中だった。


そしてその修理は、きっと。

次の戦いが始まる前に、終わるとは限らない。


それでも進むしかない。


カイトはそう思った。


ルクス・ヴァルキュリアの工廠では、火花が散り続けていた。


壊れたもの達が、次の形へ変わるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ