第80話 自己紹介大会 ~side Kaito~
ルクス・ヴァルキュリア中央食堂区画。
そこには今、妙な空気が流れていた。
緊張ではない、敵意でもない。
ただ、誰が誰なのか分からない。
そんな、ごちゃ混ぜの空気だった。
地球統合軍。
ラスト・オーダー。
パルスティア。
帝国研究区画に由来する者達。
難民、整備員、保護されたPT達。
同じ艦内、同じ食堂。
しかし、出自は全員違う。
カイトは思わず周囲を見回した。
「……本当に人数増えたな」
その一言に、グリッドが笑う。
「今更かよ」
「いや、今更だけど」
「船がデカいから感覚狂うんだよ。まだ空き部屋だらけだぞ」
タツヤ・グレンが呆れたように腕を組む。
「だから普通の感覚で言うな」
「普通なら、こんな艦に住んでねぇよ」
「それはそうだが」
そのやり取りを聞きながら、クロエが端末を軽く叩いた。
「じゃあ、せっかくだし本当にやる?」
「何を?」
「自己紹介大会」
その言葉に、食堂の一部が止まった。
ユイが少し嫌そうな顔をする。
「……本気?」
「本気」
「面倒なんだけど」
「面倒だから今やるの」
リノヴァが肩をすくめる。
「ここまで混ざったら、一度整理しないと危ないわ」
「戦闘中に“あれ誰?”ってなるのは困るしね」
コウタが苦笑する。
「正直、俺もまだ全員覚えきれてないです」
「俺もだ」
カイトが素直に言うと、食堂の空気が少し緩んだ。
それなら仕方ない。
そんな空気が、少しずつ広がっていった。
まず、橘ジンが立ち上がった。
アーク・ノア艦長。
地球側の代表として、今この場にいる。
「橘ジンだ」
「元アーク・ノア艦長。現在はルクス・ヴァルキュリア内の地球側指揮を担当している」
短い名乗りだった。
だが、それだけで十分だった。
その隣でタツヤが面倒そうに手を上げる。
「タツヤ・グレン」
「整備主任だ。主に地球側機体とアーク・ノア関係を見る」
「あと無茶な改造案を止める係だ」
グリッドが笑った。
「止められてねぇけどな」
「黙れ」
コウタが慌てて続く。
「コウタです」
「若手整備員です」
「主に手伝いと雑用と、怒鳴られる係です」
タツヤが眉をひそめる。
「おい」
「事実じゃないですか」
「否定はしないが言い方がある」
その横で、エルが軽く頭を下げる。
「エルです」
「電子戦、解析、通信系統を担当しています」
「ルクス内のシステム統合にも入っています」
クロエがすぐに反応する。
「じゃあ私と同業だ」
「そうなります」
「後で端末共有しよう」
「はい」
いつの間にか仕事の話になっている。
こういうところは、どの陣営でもあまり変わらないらしい。
カイトは少し苦笑した。
その後ろにいたミオが小さく手を上げる。
「ミオ・アステリア」
「オリジナルNo.02」
「サポート、解析、作戦補助が得意です」
ユイが少し横目で見る。
「淡々としてるね」
「ユイほど面倒ではありませんから」
「どういう意味」
ミオは答えない。
その隣でレイが短く名乗る。
「レイ・ガルディア」
「オリジナルNo.03」
「近接戦闘型」
それだけだった。
コウタが小声で呟く。
「短っ」
レイがそちらを見る。
コウタが即座に目を逸らした。
「すみません」
次に、カイルが立ち上がる。
ラスト・オーダー艦長。
クロウヴェイルの艦長でもあった男。
「カイル・アストラ」
「ラスト・オーダー艦長。呼び方はカイルでいい」
「今はルクス側の遊撃戦力と外部航路担当ってところだ」
リノヴァが横から付け足す。
「リノヴァ・セイル」
「操舵、航路管理、艦長の暴走防止」
「最後だけ役職じゃないだろ」
「必要職です」
クロエが楽しそうに手を上げる。
「クロエ・テスア」
「情報担当、解析、通信傍受、あと面白いものを見つける係」
「最後いらない」
「いる」
グリッドが椅子にもたれたまま言う。
「グリッド・ハックボルト」
「整備士だ」
「壊れたものを直す。直らねぇものは改造する」
「壊れてないものまで改造するな」
タツヤが即座に突っ込む。
グリッドは笑った。
「壊れる前に強くしてやってんだよ」
「それを普通は壊すって言うんだ」
レガロンが腕を組んだまま名乗る。
「レガロン・バレック」
「重火器、前衛、荒事担当だ」
「細かいことは苦手だ」
クロエが小さく笑う。
「知ってる」
「うるせぇ」
その後ろで、モルドが静かに頭を下げた。
「モルド・クフェン」
「医療担当だ」
「難民、負傷兵、PTの身体調整も見る」
その言葉に、ナユ達が少し反応する。
モルドは彼女達を見て、静かに続けた。
「兵器としてではなく、患者として扱う」
「それだけだ」
カナデが少しだけ目を細める。
安心したような、少し痛そうな顔だった。
次に、ナユが立ち上がった。
かなり真剣な顔だった。
まるで作戦報告でも始めるみたいに、背筋を伸ばしている。
「ナユ・レイシア」
「量産型PT-Y系列」
「現在はラスト・オーダー所属」
「任務は、学習と生存です」
アイナが小さく笑う。
「あと食事の練習」
「重要任務です」
「うん、大事だね」
リンが横でため息を吐く。
「リン・ヴァルネス」
「R系列量産型」
「戦闘型だ」
「以上」
レータがすぐに補足する。
「リンは警戒心が強いですが、悪い子ではありません」
「余計なこと言うな」
「補足です」
周囲が少し笑う。
リンは顔を逸らした。
レータが次に立つ。
「レータ・ヴェルクス」
「オリジナルNo.05」
「統率、戦術管制、現場支援を得意とします」
そこで一度止まり、真顔で続ける。
「ただし、日常生活に関しては現在学習中です」
「自分で言うんだ……」
コウタが小声で呟く。
レータは真剣だった。
「事実確認は重要です」
その横で、セラが少し遅れて立ち上がった。
食堂の空気がわずかに変わる。
彼女を知らない者もいる。
しかし、知っている者にとっては、簡単な名前ではなかった。
セラは少し視線を落とし、それから短く言う。
「セラ」
「オリジナルNo.04」
「射撃特化型」
それだけで座ろうとした。
だが、クロエが軽く手を振る。
「もう少し」
「……何を」
「経緯。大事でしょ」
セラは少し嫌そうな顔をした。
それから、諦めたように言う。
「ベヒモスの件の後、レイヴンに回収された」
「今は、ここにいる」
グリッドが横から言う。
「拾った」
「拾ったと言うな」
「じゃあ回収」
「もっと悪い」
カイルが苦笑する。
「保護だ」
セラは少し沈黙し、それから小さく頷いた。
「……それなら、まだいい」
ユイがその様子を見ていた。
少しだけ、安心したような顔で。
セラはまだ居心地悪そうだった。
だが、逃げようとはしなかった。
それだけで十分だった。
アイナも小さく手を上げる。
「アイナです」
「アース・デッドエンドから来ました」
「難民です。今は、ナユ達と一緒にいます」
その声は少し震えていた。
けれど、最後まで言い切った。
ナユが静かに頷く。
「アイナは、私の食事教官です」
「教官!?」
「はい」
「そんな立派なものじゃないよ!?」
食堂にまた少し笑いが戻った。
そして、空気が少し変わる。
アルベルト・ルーメン。
レオニス・ハルト。
篠宮カナデ。
鷹宮リクト。
帝国研究区画に由来する者達。
ただし、その立場は一様ではない。
帝国から逃れて地球側に保護されていた者もいれば、崩壊の中で合流した者もいる。
それでも、帝国技術と深く関わっていた事実は、軽く扱えるものではなかった。
アルベルトが先に立ち上がる。
「アルベルト・ルーメン」
「旧パルスティア開発主任だ」
その一言で、食堂の一部が静かになる。
パルスティア。
その言葉に、ユイ達が反応する。
量産型PT達も、無意識に姿勢を正した。
アルベルトは逃げなかった。
まっすぐ彼女達を見る。
「私は、君達を作った側の人間だ」
「だから、許されるとは思っていない」
短い沈黙。
「だが、今は治療と調整を行う」
「兵器としてではない」
「生きている子供達としてだ」
カナデが目を伏せる。
ユイは何も言わなかった。
何も言わない。
今は、それが答えだった。
レオニスが次に名乗る。
「レオニス・ハルト」
「帝国開発局所属だった」
「艦艇、GD、特殊機関系統を担当していた」
タツヤが腕を組む。
「つまり、厄介な技術を山ほど知ってるわけだ」
「そうなる」
「信用は?」
「されていないだろうな」
「分かってるならいい」
レオニスは表情を変えない。
「だが必要な情報は出す」
「生き残る為には、こちらも手段を選べない」
グリッドがニヤリと笑う。
「話が早くて助かる」
「お前は少し疑え」
タツヤが疲れたように言った。
次に、カナデが立ち上がる。
「篠宮カナデです」
「元帝国研究区画所属」
「主にPTの身体調整、精神反応、医療補助を担当していました」
イリスが静かに彼女を見る。
「……カナデ」
「ええ」
カナデは柔らかく頷く。
「今は、あなた達がここで生きていけるように手伝います」
「分からないことも、怖いことも」
「一つずつ確認していきましょう」
イリスは数秒黙り、それから小さく頷いた。
「……はい」
最後に、リクトが立つ。
鷹宮リクト。
その名を知っている者は少ない。
だが、彼が関わっていたものは違う。
GD。
グレイブ・ドール。
地球側にとっては敵機。
PT達にとっては檻。
帝国にとっては兵器。
リクトは短く言う。
「鷹宮リクト」
「元帝国技術局」
「GD開発に関わっていた」
食堂の空気が冷えた。
コウタでさえ、言葉を失う。
タツヤは黙ってリクトを見ていた。
レイも、セラも、リンも、ほとんど表情を変えない。
だが、空気だけは変わっている。
リクトは続ける。
「言い訳はしない」
「俺は、あの技術を作った側だ」
「だから信用しろとは言わない」
そこで一度止まり、視線を落とす。
「ただ、壊す方法も」
「生かす方法も」
「俺は知っている」
沈黙。
その時、ジンが静かに言った。
「なら使わせてもらう」
「ただし、監視は付ける」
リクトは頷いた。
「それでいい」
カイルも続ける。
「過去を消せるとは思うな」
「だが、今ここで出来ることがあるならやれ」
「ラスト・オーダーは、それで判断する」
リクトは少しだけ顔を上げる。
「……分かった」
その後、イリスが静かに立ち上がった。
食堂の空気がまた少し変わる。
今度は重さではない。
どこか、不安定な静けさ。
「イリス」
「オリジナルNo.06」
「観測型」
それだけ言って、彼女は少し迷う。
何を言えばいいのか分からない。
そんな顔だった。
レータが隣で小さく囁く。
「現在の状態も」
「……現在の状態」
イリスは考える。
そして、ゆっくり言った。
「私は、命令なしで行動する練習をしています」
「感情反応も、学習中です」
カナデが優しく微笑む。
ユイも少しだけ笑った。
「それでいいよ」
「……はい」
その後ろに、保護されたPT達がいた。
名前を持つ者。
まだ番号で呼ばれている者。
自分の呼び方を決められない者。
ナユが静かに彼女達を見る。
「名前は、必要です」
「でも急がなくていいです」
リンが少し横目で見る。
「お前が言うと変な感じだな」
「私は学習しました」
「そうかよ」
アイナが小さく笑う。
その笑いに、数人のPTが少しだけ表情を動かした。
「アシュだ」
短く、それだけを言った若い男に、カイトは少し視線を向けた。
「レイヴンに拾われた。ネヴァのパイロット……だった」
「だった?」
「今は、機体も俺も修理中みたいなものだ」
「アシュはレータ達と同じ頃に合流した。機体ごとな」
「拾ったって言い方、増えてない?」
「ラスト・オーダーではよくあることです」
カイトはその光景を見ていた。
兵器。敵。難民。味方。
そんな言葉では、もう足りない。
ここにいるのは、全員、生き残った者達だった。
最後に、ユイが立ち上がった。
食堂が自然に静まる。
ユイ=竜奈=羽崎=クレスケンス。
その名前は、あまりにも多くのものを背負っていた。
パルスティア・オリジナルワン。
帝国の最高機密。
地球で生きた少女。
レクイエムを止めた存在。
だが、ユイ本人は少し嫌そうに周囲を見る。
「……何で私が最後なの」
クロエが笑う。
「主役っぽいから」
「嫌なんだけど」
「諦めて」
ユイはため息を吐く。
そして、少しだけ考えた。
「ユイ」
「オリジナルNo.01」
「Y系列の原型」
「……だった」
その言い方に、ミオが少し目を細める。
ユイは続けた。
「今は、ただのユイでいい」
「帝国のものでもない」
「地球の兵器でもない」
「ここにいる皆と同じ、生き残った一人」
食堂が静かになる。
ユイは少し視線を逸らした。
言い慣れていない。
そんな顔だった。
「まだ、何をすればいいか分からない」
「アミィも、まだ戻ってきてない」
「終わったわけじゃない」
その名前に、オリジナル達が反応する。
アミィ。
オリジナルNo.07。
まだ帝国側に残された妹。
ユイは小さく拳を握る。
「でも」
「ここにいる人達の名前は、覚える」
「もう、番号だけでは呼ばせない」
その言葉に、ナユが少し顔を上げた。
リンも、セラも、イリスも。
そして、名前を持たないPT達も。
ユイは少しだけ笑う。
「多すぎるけど」
その瞬間、空気が少し緩んだ。
クロエが吹き出す。
「それは本当にそう」
グリッドも笑う。
「覚える前にまた増えるぞ」
「やめて」
「無理だろうな」
「本当にやめて」
カイトも思わず笑った。
自己紹介大会。
そう呼ぶには、少し重すぎる時間だった。
けれど、必要な時間でもあった。
誰が敵だったのか。
誰が味方だったのか。
誰が作った側で。
誰が作られた側なのか。
その線は、まだ完全には消えていない。
消えるはずもない。
だが、それでも。
同じ食堂にいる。
同じ艦にいる。
同じ未来へ向かおうとしている。
カイトはそれを見て、静かに息を吐いた。
「……箱舟だな」
隣にいたミオが反応する。
「何がですか?」
「この艦」
「戦艦っていうより、もう箱舟みたいだと思って」
ミオは少し考える。
そして、静かに頷いた。
「そうかもしれません」
「壊れた世界から、拾えるものを拾っている」
「人も、技術も、名前も」
カイトは食堂を見渡す。
グリッドとタツヤがまた言い合っている。
クロエとエルが端末を突き合わせている。
ナユはアイナから食器の使い方を教わっている。
リンはそれを見て呆れている。
レータは真顔で記録している。
セラは少し離れた席で、けれど逃げずに座っている。
イリスはカナデの言葉を聞きながら、何かを考えている。
ユイは、その全部を見ていた。
帝国でもない。
地球でもない。
ラスト・オーダーだけでもない。
ここはまだ、完成された居場所ではない。
いつ壊れるかも分からない。
信頼も、安心も、まだ足りない。
それでも。
名前を呼べる相手が増えた。
それだけで、少しだけ前に進んだ気がした。
その時、グリッドが急に立ち上がった。
「よし、次は工廠だ」
タツヤが嫌な顔をする。
「何でそうなる」
「自己紹介終わっただろ」
「だから?」
「次は船と機体の紹介だ」
カイトが固まる。
「……え」
レオニスが静かに頷く。
「確かに必要だ」
リクトも端末を開く。
「現状の戦力確認は早い方がいい」
エルも真面目な顔で言った。
「アルタイルの損傷確認もあります」
タツヤが頭を抱える。
「お前ら全員、休むって選択肢はないのか」
クロエが楽しそうに笑う。
「ないみたい」
ユイがため息を吐く。
「自己紹介大会の次は、工廠見学?」
カイルが少し笑う。
「この艦らしくていいだろ」
カイトはもう一度、食堂を見回した。
さっきまで混ざりきらなかった顔ぶれが、今は少しだけ同じ方向を向いている。
それが良いことなのか。
危ういことなのか。
まだ分からない。
けれど、少なくとも。
次に進む準備は始まっていた。
ルクス・ヴァルキュリア。
壊れた者達を乗せた巨大な艦。
その中で、新しい日常と、次の戦争の準備が。
静かに、同時に動き出していた。




